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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第七章 暁に至る時
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7−3 魔法の師

 エルフの村にオーガが襲撃した後日の、正和たちが人間の国に行く予定は白紙となった。破壊された家屋や畑などの修理、復興作業はそこまで時間は掛からなかった。

 何にせよ、それからは平穏な日常が続いたが──やがて終わりというものは来る。

 亮太と里香は正和より先に死亡した。二人とも八十代での老衰だった。正和は二人とも看取ったが、彼の姿は十六歳のときのままであった。

 彼が創った理、『魔法の理』は、その名の通り魔法という概念をこの世界に現実化させた。しかし、魔法というものがあるだけで、それを扱えるかどうかはまた別問題であったのだ。創造主である正和が問題なく使えるのは、彼が無意識的に彼の体を魔法に適応させたから。しかし、知らない自分以外の体を魔法に適応させることはできなかった。よって、魔法は魔力がなければ行使できないため、正和以外に魔法を扱える者は存在しなかった。

 正和は自分の体を人ならざるものへと変化させる魔法で人外と化したが、どうやらこれは自分以外には使えないようであった。試しにそこら辺の動物で実験をしてみると、動物は灰となったのだ。だから、亮太と里香の老衰を止めることはできなかった。


 ──そしてそれから、二百年が経過した。


「⋯⋯イリシル、今の感じたか?」


 マサカズは自分の横に居た、大型犬くらいの大きさの蜥蜴──翼と三対の脚がある──によく似た生物、ドラゴンにそう言った。


『ああ。⋯⋯わからん』


 キリッとした顔で、自信満々にイリシルは答えた。


「だよな。お前魔力ねぇもん」


『主人、それは酷い言い草だぞ。我もあと少しで、魔法に適応できるのだからな』


 そのあと少しというのは、長寿種族であるドラゴンからしてみればすぐだが、普通の人間で言えば一生換算になる。

 しかし、マサカズもドラゴンよろしく長寿──どころか不老でもあるので、人のこと、もといドラゴンのことは言えない。


「しっかし、初めて魔力を持った奴がこれとはな」


『どんなものなのだ?』


「俺の七割くらい」


 マサカズの総魔力量は勿論世界一位だし、彼自身魔法をよく使っているから、魔力量は時間を掛ければかけるほど増えていくものだ。彼の予想だと、最初の魔法適応者の魔力量は多くとも自身の百分の一程度だと思っていたのだ。だからこそ、七割というのは予想外も予想外。規格外も規格外なのだ。


「じゃあまあ、少し見に行ってみるかな」


 魔法という技術は大変危険なものだ。今のマサカズだと、国滅ぼしくらい朝飯前だろう。だからその魔力持ちが危険である可能性も鑑みて、必要ならば殺すことも考えてある魔法を行使する。


「〈転移(テレポート)〉」


 マサカズの姿はそこから消える。一匹のドラゴンを残して。


『⋯⋯我を置いていくなよ。寂しいな』


 ◆◆◆


 結論から言えば、マサカズは一人の少女の命を救ったと言える。

 あの男の死体は、それはそれは直視してられないほど無残で、ゴミのようであったし、マサカズは少しだけ驚いた。死体を見てもこの反応なのは、自分の感性が狂っているのか、あるいは二百年間積み重ねた様々な経験が、彼を成長させたのかは分からない。

 少女の名はイザベリア・リームカルドだった。


「では改めて、自己紹介を。俺の名前は──マサカズ・クロイ」


 イザベリアに名乗る。


「⋯⋯じゃ、早速やることやろうか」


 まずはイザベリアに魔法について教えたところ、彼女はその存在は知っていても使い方までは知らないらしい。だから使い方を自分なりに教えると、彼女はすぐにそれが使えた。

 一週間もすれば実力の把握は完璧だ。結果、イザベリアの魔法能力はマサカズと同等以上であった。


「師匠、どう?」


「君、マジで⋯⋯死ぬかと思ったぞ」


 ある日のとある森の中。イザベリアとマサカズはいつものように模擬戦をした。彼女は模擬戦であろうと本気でやるタイプだ。だから即死魔法を唱えた。マサカズなら抵抗(レジスト)、あるいは死んでも復活すると思っての行動だ。

 マサカズは抵抗(レジスト)に成功したが、それでも死の気配は感じた。それは酷く不快であったが、言語化することができないものだった。


「うーん。師匠やっぱ凄いね。今の私じゃ追いつける気がしないよ」


「そりゃな。俺、君より大体二百年先に生まれたんだぜ?」


 寧ろ、そんな簡単に追いつかれては困る。師匠キャラは弟子に追いつかれることがある種の約束であるのだが、それは師匠が老人であるからだ。身体は十六歳のマサカズに老いはない。魔法使いにとって、年を取ることはデメリットでしかないのだ。


「へぇ。どういう魔法で年を取らなくしてるの?」


「〈不老不死(イモータリティ)〉」


 マサカズがその魔法の名前を言った直後、イザベリアは繰り返す。

 魔法陣──黒色のそれ──は展開されたものの、イザベリアは行使できず、砕け散るように閉止する。


「あれ?」


 イザベリアは魔法使いとしての素質は規格外であったが、そんな彼女でさえ展開はできても行使は不可能な魔法だった。


「おお。予想はしていたが、展開ができるとはな」


「ええ? 師匠、展開しかできてないの間違いじゃ?」


 行使できないというのに、どうしてマサカズはこんなにも驚いたのか、イザベリアにはよく分からなかった。だから彼はそれについて説明する。


「それじゃあ復習だ。魔法には階級があるが、それは全部でいくつあるでしょうか?」


 魔法は六種類に分けられ、更に階級がある。その階級は第一から第十階級まである。


「十」


「そうだな。確かに俺は君にそう教えた。でも、それは正解であり不正解でもあったんだ」


「⋯⋯第十一階級、とか?」


「⋯⋯名称は考えていなかったんだが、それ良いな」


 マサカズは『神魔法』だとか、『番外魔法』だとか、『超級魔法』だとかを、この特別な魔法の名称にしようとしていたのだが、イザベリアの『第十一階級魔法』がしっくり来た。

 続いて、彼はある魔法陣を展開する。それは同じく黒色であったが、先程のものとは異なるように見受けられた。


「第十一階級魔法にはある要素が共通している。これによってどんなに無茶がある効力でも、理論さえ通っていれば発動するんだ。そして、これは俺でさえ詠唱が必須な魔法だ」


「⋯⋯ってことは、それが展開できる私は」


 魔法の発動までには展開行為がある。展開は素質があれば可能だが、なければ行使できない。それは、努力では覆せない、あるいはほぼ不可能な壁である。

 しかしイザベリアは第十一階級魔法が展開できた。


「ただの人間で第十一階級魔法が扱えるとはな。統計が取れないから確証はできないのがもどかしいな」


 今の所、世界で魔法が使えるのはマサカズとイザベリアのただ二人だけ。勿論全ての生命体を確認しているわけではないから、実際はもっと居たって何らおかしくないが、それでも過半数が魔法を使えるわけではないだろう。


「まあいいか。時間はたっぷりある。休憩は終わりだ。今度は本気で相手してやる」


「わかった。殺しても許してね」


 イザベリアは魔法を行使する。紅い水晶の散弾だ。その性質を知るマサカズは全力で避けるが──


『主! イザベリア! 我も遂に魔法に適応した──』


「あっ」


『ぞ──?』


 イザベリアの紅い水晶の射線にイリシルが入り込む。マサカズならともかく、イリシルが紅い水晶に命中すればどうなるのかは不明だ。勿論、そのまま死ぬ可能性だってある。


『──抵抗するな』


 マサカズの右手に白色の魔法陣が展開される。イリシルはマサカズから送られたテレパシー通りにあらゆる魔法への抵抗力を弱めると、その体は次の瞬間、地面にめり込んだ。

 紅い水晶をマサカズは左手を犠牲に受け止め、砕く。その後、腕を切り落とし瞬時にして再生させる。


「大丈夫?」


『痛い。ダイジョバナイ』


「あなたに言ってない。師匠よ」


 イリシルはしょぼんとしたような顔を浮かべた──別種族なのでイザベリアには分かりづらかったが──のだが、大体彼の自業自得なので無視して、マサカズの元に駆け寄る。


「モーマンタイ。腕を自分で切り落とすことは少し怖かったけどな」


「⋯⋯うん。完全に消失してるね」


 紅い水晶は少しでも残っていると、指数関数的に増加していくスピードで侵食を始める。そのため、イザベリアはマサカズの体に紅い水晶が残っていないかを確認した。


「確かこれ君が創った魔法だよな? セーフティとか、解除手順みたいなのないのか?」


「ないよ。侵食された部位を完全に取り除く以外だとね。だから、例え私が精神支配されても相手は必ず水晶化するから、安心だね」


「やだこの子殺意高い」


 一度でも命中すれば、その部位を切除する方法以外では助かる方法がないという必殺の魔法。まだ年齢的には(いとけな)いはずの少女が考えたとは思えないくらい残酷な魔法だ。


(まあ、あんなことがあれば当然、か⋯⋯)


 イザベリアと初めて会ったときのことをマサカズは思い出す。あそこにあった死体──イザベリアの友人、サエラの亡骸を見たとき、無関係であったマサカズでさえ胸糞悪かった。


「──あのねぇ、あなたはもう少し周りに注意を⋯⋯」


『うっ⋯⋯』


 思考を巡らせていたマサカズを傍に、イザベリアはイリシルを説教していた。

 マサカズはイザベリアの肩を叩き、


「まあそこまでにしてやれ。イリシルも自殺したいわけじゃなかっただろ?」


 イリシルは頷く。


「⋯⋯ん。イリシル、今度から気をつけてね」


『ああ、我も悪かった。すまない』


 二人は和解するのを、マサカズは微笑みながら見る。何時ぞやのリョウタとリカの喧嘩と、マサカズが仲裁した時の事を思い出し、その姿が彼らに重なったからだ。


「師匠?」『主?』


 マサカズの顔を、イザベリアとイリシルが覗き込む。片や美少女、片や格好良い子供ドラゴン。だが、彼の心には寂寥感が浮かんでいた。


「⋯⋯何でもない。さ、修行の再開だ」


 マサカズは魔法を展開する。


「折角だ。二人同時に来い」


「良いの!? イリシル、殺す気で行くよ」


『流石に殺す気は⋯⋯いや、でもその気でないと倒せないのもまた事実か。よろしい。イザベリア、我に合わせろ』


 イザベリアもイリシルも、一度たりともマサカズに勝利はおろか、傷一つつけたことなかった。だから、二人でマサカズに挑み、その不敗を覆してやろうとした。


「お先に」


 マサカズは手で来いよ、と煽る。

 イリシルは翼を羽ばたかせて、低空を高速で飛行。口を開くと、そこから炎が噴射された。炎吐息(ファイアブレス)だ。しかし、マサカズは風魔法を行使。炎を飛ばしつつ、斬撃を伴う風がイリシルを襲った。


「〈倍反射(ダブルリフレクション)〉」


 幾何学模様が刻まれた青色の六角形の障壁がイザベリアによって展開され、イリシルを守り、斬撃を含む風の威力を倍にしてマサカズに返す。マサカズは上空に転移することでその場から逃れようとするが、


(〈転移魔法遅延領域ディレイテレポートエリア〉と〈転移先特定デステネイションアイデンティファイ〉か。無詠唱行使することで俺に悟らせないようにした⋯⋯本当、末恐ろしいな)


 前者は、本来瞬間的に行われる転移完了するまでの時間を遅延させ、後者は術者の視界内に存在した対象が行使する転移魔法での転移先を特定することができる、両者共々対転移魔法である。

 マサカズの転移は二秒も遅れたし、転移直後に水晶──勿論紅色──が飛んできた。

 青魔法の〈衝撃盾〉を行使し、マサカズは水晶を弾き、砕いた。

 

(イリシルが居ないな。後ろか)


 マサカズの予想通り、彼の後ろにはイリシルが居た。六脚全ての鉤爪を振りかぶり、マサカズを背後から切り裂こうとする。しかし、


「フライングエネミーに風魔法が有効ってのは、ゲームじゃよくある設定だぜ」


 〈大竜巻〉を行使。本来、巻き込んだものを遥か上空へ吹き飛ばすのが竜巻であるが、マサカズはその魔法を操作することでイリシルを地面に叩きつけた。

 

「おっ、と」


 イザベリアも飛行魔法を行使してマサカズに接近。手には紅い水晶で作成したであろう槍が握られていた。


「何で君水晶化してないの?」


「傷をつけることを水晶化する条件にしてるからね」


 そのとき、マサカズの疑問は氷解した。イザベリアの〈紅水晶〉という魔法は第十階級であるが、その割には効果は高いし、消費魔力量は小さかった。彼女の魔法行使能力が非常に高いことを考慮しても、それは不可能かのように思われたのだが、理由としては、魔法の発動条件を少し厳しくすることで、その他のパフォーマンスを上げていたのだ。

 イザベリアは紅い水晶の槍を投擲。何かしらの魔法を行使していたのだろう。槍は、凡そイザベリアの華奢で小柄な体格からは想像もできない速さで飛び、マサカズの顔面を狙う。


(やっぱイザベリアの殺意高くね?)


 更に、マサカズの周りには複数の紫色の水晶の弾丸が生成されていた。

 紅い水晶は侵食特化、紫色の水晶は単純な破壊力特化だ。つまり、この状況は、紅水晶を侵食させ殺せなかったら、紫水晶で撃ち抜いてやるという意志の表れである。


「だが、まだまだだ。〈世界停止(ワールドストップ)〉」


 その時、世界が停止する。

 それは、白魔法第十階級にある〈時間停止〉の、言うなれば上位互換。〈世界停止〉とは、時間さえも含めた全てを停止させる魔法である。術者以外に停止された世界で動けるモノは一切存在しない。


「ま、消費魔力量はえげつねぇし、文字通り俺以外動けねぇから魔法の展開動作もできない。時間停止と違って、俺以外へのあらゆる干渉ができない、効果時間も長くて一分という制限をかけなきゃ消費魔力量が桁違いに多くなるしで、絶体絶命の状態から脱出できる魔法でしかないんだがな。あとは女の子のパンツ覗けるとか、そんな下らない用途にしか使えない魔法だ」


 停止した世界でマサカズは一人だけ動き、チェックメイトをかけられた盤面から逃れると、停止を解除する。


「で、もう一つ。『俺の視界内に存在するあらゆる生命体は停止中にも記憶行為を可能とする』っていう制限を入れれば、一度の戦闘中にギリ二回行使できるくらいまで消費魔力量を削れるってわけだ。おめでとう、イザベリア、イリシル。お前らは俺の魔力のおよそ四割を既に削ったぞ」


「師匠が私のパンツ覗いたら、寝ている時にイチモツ切ってやろうと思ってたよ」


「こら。女の子がそんな言葉使ってはなりません」


『そうだぞ、イザベリア。やるなら四肢にすべぎだぞ』


「君ら俺に当たり強くない?」


 それからも三人の模擬戦(うち二名にとっては殺し合い)は続き、結果はマサカズの勝利だった。しかし魔力は半分以上削られたし、傷も負っていたのでイザベリアとイリシル的には満足のいく戦果であった。


「⋯⋯じゃ、今日の修行はここまでだな。よし、帰るとしよう。さっさと飯食って寝たい」


『今日の晩飯当番は我だったか。⋯⋯前から思っていたんだが、なぜ我に料理させるんだ? ドラゴンだぞ』


「六本も手足あるんだからできるでしょ? というかできていたしね」


 イリシルは何気に手先、もとい脚先が器用だ。この前彼が料理したときも、かなり手際が良かった。


『どう考えても人間のほうがやりやすいだろうに⋯⋯』


 しかしそれでも人間用に作られた調理器具は人間が一番良く扱える。イリシルとしては少し扱いづらいのだ。


「ま、いいじゃん。俺魚の塩焼き食べたい」


『⋯⋯そこの川から適当に取ってきてくれ、主よ』


「あいよ」


 マサカズは川に飛び込む。素手で魚を捕まえようとしているのだ。バッシャーン、と盛大な音と共に、彼は魚との格闘を始め、すぐに、


「獲ったどー!」


 マサカズは全長二十センチメートルの川魚を両手で持ち上げた。


「主従関係とは何なんだろう」


 イザベリアは二人には聞こえないほど小さな声で、その光景を見て思ったことを言葉にし、呟いた。

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