7−2 最初の魔法使い
少しショッキングな描写があります。
斧を振りかぶり、そして木を切る。普通なら何度も切りつける必要性があるだろうが、こと異世界人にとっては、たった一回でできた。
「凄いな、あんたたち。そんな小柄な体だと言うのに」
「ええ、まあ⋯⋯」
言葉を濁し、しかし追求されないためにもすぐさま仕事に戻る。
そしてしばらく木を切り続ければ、休憩を挟み、そのうち夜が来る。
夜が来れば長老宅に戻り、眠って、また朝を迎える。そんな日々の繰り返しだったが、繰り返すだけ発見があった。
エルフの生活、この世界の歴史。日常は単なるループではなく、日々着実に変化が訪れること。だが、その度に思うのが──元の世界に帰りたいという想い。
しかし、それはできない。何しろ三人は既に死んだ身だ。その記憶もはっきりとあるし、心のどこかで元の世界への帰還は諦めていた。
何にせよ、太陽が回ることは誰にも止められないし、月だって同様だ。星だって同じ。考えるだけの時間はたっぷりあったが、結局のところ、導き出した答えは最初から出ていたものだった。
「今日はいつもより暑いな」
朝起きたとき、汗をよくかいていたらしく、ベッドは少し湿っていた。ヒンヤリしているはずのこの家でこんなにも暑いのだから、外はそれこそ仕事をするのさえ億劫になるほどだろう。
「おはよう。今日はこんなに暑いし、休みにしようか。どうだい? 川辺で水遊びでもしてきたら」
そんな長老の提案で、正和、亮太、里香の三人は川辺に行くことにした。
この世界には水着というものがない。だから水遊びをするなら下着か、裸であることが一般的であるのだが、勿論現代人である彼らにとっては裸で着水するなど言語道断だった。
なのでないよりはマシ程度の下着で入ることとなった。
「わーお」
エルフたちも似たような感性を持っているようで、裸で水遊びしているエルフは殆ど居ない。居たとしてもまだ毛も生えていない少年くらいだ。しかし同年代からすれば直視はできないだろう。
「俺、ここで見ていたい」
「僕の知ってる正和がどんどん変質者になっていくんだけど」
正和は下着姿で透明な水中を泳ぐエルフの美少女を眺め、鼻の下を伸ばす。年が年なら村八分にされてもおかしくない。彼は転生者特有の人外じみた身体能力によって気配を隠し、それこそ亮太や里香以外では認識さえできない。やっていることは覗きと同じだ。
「亮太、お前も男だろ? 女の子の裸体に興味がないわけじゃないはずだ。その証拠に、お前はここに居る」
二人は今、近くの森の茂みから女子たちを観察している。まず間違いなく、バレようとしなければバレないし、正和の視力は彼女らの体をよく見られる。
「まあ⋯⋯それは否定しないけどさ」
「な? 男ってのは下半身に生きるんだ。欲望を曝け出せ。そうじゃなきゃ生物失格だ」
おおよそ十三歳の子供とは思えない発言である。世も末だ。
「にしても⋯⋯正和はなんでそんなにもエルフが好きなんだ?」
里香は将来が約束された美少女だ。亮太も男の子であるため、村に来るまでの生活は色んな意味で溜まったものだ。だが、正和にはそんな様子が見られなかった。
エルフと人間はよく似た外見をしている。耳が長いことくらいしか変わりない。
「エルフの体は全体的に細いし、体型も森で過ごしやすくするため手足が長い。あと顔も童顔だ。何よりその雰囲気だ。森の妖精だから、神秘的な雰囲気が漂っているんだ。一言で言えば美しい。そうだな、例えばあそこの子だと──」
「やっぱ何でもないです」
深入りすれば一、二時間は語りそうな雰囲気だったので強制的に断ち切らせる。すると正和は少し不満げな表情をするが、すぐさまエルフの観察に戻った。
「⋯⋯ここは天国か?」
何やらたまにおかしなことを言い出すが、それについて突っ込めば色々と語りそうだから、亮太は何も話しかけない。
しかし、エルフが可愛いことには共感できた。正和と同じわけではなく、単に外見が良いからである。だから亮太もエルフ観察をしていた。
日頃の日常生活で引き締まっているが、決して筋肉質ではないスレンダーな体のラインは、子どもでありながら艶やかであった。水着のように下着は不透明ではなく、本来隠すべきものが透けて見える。だがそれは透明ではないから、完璧に見えるわけでもない。不完全ではあるがそれには変わりない絶対領域。見えそうで見えないが見ようとすれば見えるという、形容し難い喜びを感じる。
神聖さがあるというのに、そういう目では見るべきでないと分かっているのに、心に浮かぶ欲望は、罪悪感を、しかし抗えない愉悦感を生み出す。
──しかし、そんな理想は一瞬で砕け散った。
「何してるの?」
後ろから声がした。一応は何をしているか聞かれたが、傍から見ればする必要のない疑問であった。つまりは言い逃れさせる気はないということだろうか。
「──これは、その」
正和は里香を何とかしてもらおうと、亮太にアイコンタクトをしようとするが、
(あいつ逃げやがったな!?)
いつの間にか彼は居なかった。痕跡もまるで消されてあった。
「言い訳?」
「いや、えと、ほら、俺男の子だし。寧ろ健全っていうか。仕方のない生理現象と言うか」
「それでもやってることは盗撮とあんまり変わらないのよ?」
「堂々と見たら避けられるじゃん」
「当たり前でしょ」
完璧に開き直った正和に対して、里香は呆れる。
確かに、男の子のこういうことは少し多めに見るべきかもしれない。夜中にベッドでゴソゴソしているのだって、気にすることは別にないし、仕方のないことだから、特に何も言わない。気づいていないふりをしている。
しかし、やってはならないラインというものは存在する。
「⋯⋯今回は見逃す。でも今度は見逃さないから」
かなり甘々な対応であることを彼女は自覚しているが、下手をすれば正和の信頼はゼロになる。そうなれば擁護は不可能だ。女とは怖い生物であるのだから。あと、正和は割と容姿が整っているということもあるし、普段の行いも悪くないからだ。
「あい」
「返事はしっかり」
「はい。もう二度としません。命を懸けて誓います」
正和は清流の如く綺麗なDOGEZAをする。言えば足を舐めそうなくらい従順だ。
とりあえず、一度は許された。それが不幸中の幸いであっただろう。
彼は先程見たエルフ少女の半裸姿を脳内メモリーにバックアップし、高解像度で記憶した。
◆◆◆
そんなこんなでエルフの村で過ごし始めて三週間が経過した頃。人間の国に行くための準備をしつつも、今日も今日とて仕事をし終えた夜。
長老宅のリビングのテーブルを囲み、まるで本物の家族のように団欒する。
「ごちそうさまでした」
いつものように食後に手を合わせ、頂いた命に感謝を示す。『いただきます』『ごちそうさまでした』という文化はこの世界では珍しかったが、その理由を話すと素晴らしいと言われた。だから、この村ではそう言うエルフが多くなった。
そんなこんなで、またいつものように三人は寝床に向かおうとしたときだった──いつもと同じでないことが起きたのは。
──グシャ。
液体が、そして肉が地面に落ちて、立てる不愉快な音。しかしそれは、屠殺場から聞こえるものより遥かに乱暴であった。
「なんだ!?」
明らかな異常事態に、正和たちは外へ出ようとする。しかし長老が彼らを止めた。
「まさか⋯⋯奴が」
そんな彼だが、何か現状に心当たりがあるらしい。
「長老! 外で何が起きているんですか!?」
「⋯⋯こんなことできるのは鬼人くらいだ。いや、しかし、奴らは根絶やしにしたはず⋯⋯できていなかったのか」
オーガ。体長およそ三メートル。全身の筋肉は異常とも言えるくらい発達しており、人や人など生物の生肉を好んで食す亜人種だ。知能はさして高くないが、暴力を生業とする生粋の捕食者たち。エルフならば弓でオーガを殺すことはできても、近寄られてしまえばどうしようもない。
「オーガ⋯⋯っ!」
正和たちの身体能力は非常に優れている。しかし、技術があるわけでもなければ、生き物の殺し方なんて知らないし、覚悟もない。だが、
「助けて!」
エルフの少女の叫び声が聞こえた。それだけで、正和の中にあった迷いは消え去った。
「正和!?」
家の中にあった木こり用の斧を持ち出し、強引に長老、亮太、里香の静止を振り切り外に出る。
そして、相対する。
自分の二倍はある巨体。大岩を彷彿とさせる筋肉。手に持つ棍棒は、その辺にある倒木と何ら変わりない太さであった。
獣臭さは鼻をひん曲げるくらいキツく、そして理知的さの欠片も感じられないほど馬鹿げた顔には、人の骨くらい簡単に貫き、砕けそうな歯が見えていた。
オーガは、エルフの少女の両手を掴み、その服を引き裂いていた。オーガにはゴブリン並の性欲があるからだ。女であるならば、それが例え別種族であろうとも犯す対象だ。結果、大きさに耐えきれずに内部から引き裂かれることはよくある話だ。
オーガは腰巻きを巻いているが、局部は盛り上がっていた。おそらく正和が来なければ、きっとエルフの少女は犯され、死んでいただろう。
「やめろ!」
木こりの斧を振りかぶり、オーガのその手をまずは切断してやる。だが──
「ぐあっ!」
確かに、正和の身体能力はオーガを超えていた。しかし、それを使いこなせるかどうかは別問題だ。宝の持ち腐れ。正和は体の適切な動かし方を知らないし、何より体重が変わるわけでもない。軽くて小さな体はオーガの拳一つで簡単に吹き飛び、地面にめり込む。
気絶、あるいは死亡していてもおかしくない一撃だったが、異世界人である正和はそのうちどちらでもなかった。だが骨に衝撃が走り、頭には甲高い音が響くし、クラクラする。立ち上がれない。
「正和!」
そこで、長老、亮太、里香が助けに入る。しかし、行く手を阻むようにして、新たなオーガが二体、現れる。
「く⋯⋯うっ!?」
正和は死んだと思ったのか、またはそんなこと考えてもいないのか、オーガは行為を始めた。
少女の未熟な膣に、オーガの太く巨大で、真っ黒い陰茎を挿入すればどうなるか、そんなのはする前から分かりきっていることだ。しかし、オーガの大きい頭にある脳体積は小鳥以下だ。
少女の下半身は文字通り、比喩でも何でもなく引き裂かれ、快楽の喘ぎではなく激痛の悲鳴を叫ぶ。無理矢理ねじ込むことでどんどんと腹は裂けて、子宮は抉られた。血飛沫が撒き散らされ、それが処女による出血でないことは確かだ。
そんな引き裂かれた膣内に、オーガは射す。コップ一杯では済まない、リットル単位のペットボトルでさえ入り切らないほどの白濁液を放出し、それからは、この辺りには居ないはずの、海洋生物のような匂いがした。
血と白の液体が混ざり合い、ピンク色の粘着質の液体となったそれは、死してなお可愛らしいエルフの少女の体を汚す。オーガは何度も死体を犯した。腰を発情期の猿のように上下に動かした、引き裂かれた少女の穴を擦って。
「────」
あのエルフの少女は、正和が初めてエルフたちと出会ったときに居た子──マキナ・ヴィンネーツだった。あれから何度か話したこともあった。
そんな子が、目の前で犯され、殺され、なおも死姦される。
屈辱の極みだ。本当に気持ちが悪い。最悪な気分だ。
「ふざ、けるなよ」
その低俗で空っぽな脳を握りつぶしてやりたい。その汚らしい生殖器を切り裂いて、食わせてやりたい。いや何よりも、今すぐにでも殺してやりたい。
もうこれ以上、エルフたちを殺させないために。
正和の想いは、たった一度きりの力を発動させる──。
「ふざけるなよ、ゴミが」
瞬間、『世界の理』に新たなものが追加された。そして瞬時にしてそれを理解した正和は、行使する。
彼の体内だけで起こされた突然変異。それによって生じた新たな力は世界へと流れ、その理を捻じ曲げる。
「──〈避けられぬ死〉」
──その時、オーガはあっけなく事切れた。その強靭な肉体も、痛みを知らぬ精神も、何もかも無力に、オーガは死に絶えた。肉体はそのままであるが、それは空だ。魂という根本が完全に破壊されたことによる、即死。意地を失われたそれは、最早植物と何ら変わりないものでしかなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
同じ魔法を、長老たちを助けるために行使。すると、やはり今度も同じくオーガたちはあっけなく死亡した。
殺した。殺した。殺した。
こんな最低な気分も、醜悪な化物を殺せばいくらかマシになれると思っていた。だが、そんなことはなかった。作業のようにオーガたちを殺していくが、ずっと、少女の叫び声が残る。
「⋯⋯一人の少女も守れないのかよ、この、俺は」