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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第六章 黒
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6−27 赤の欲望、悪魔の渇望

 冷気を感じ取ったケテルはすぐさま警戒態勢に入り、そして直後に氷の刃がケテルに迫る。

 しかしケテルは刃を避けるでもなく受け止めると、襲撃者に対して蹴りを叩き込んだ。

 襲撃者──ロアは家屋に突っ込んだ。ケテルは未だ煙がたなびくそこに歩いて向かう。同時、ロアは〈炸裂斬撃〉を行使し、半透明の斬撃波が放たれる。ケテルはそれを受け止めるという愚行はせず、横に跳んで回避。ロアはケテルを畳み掛けるため、空中で回転し勢いをつけた踵落としを食らわせる。

 ケテルは両腕での防御に成功した。骨に衝撃が走り、肉は裂けるパワーであったが、致命傷ではない。しかし、


「っ!」


 ロアが刀を持っていないことに気が付き、ティファレトを思い出したケテルはすぐさま跳び退く。するとついさっきまでケテルが居た場所に『死氷霧』が突き刺さり、本来の対象の代わりに地面を貫き、氷結させた。


「『生きている武器』か」


 本来、魔法武器であっても、そういう加工でもしていなければ遠隔で込められた魔法を発動するなんてできない。こうも威力の大きい氷魔法を発動するならば、行使者の消費魔力量なんて非効率にも程があるし、赤魔法しか使えないロアには遠隔発動型の魔法は行使できない。

 何より、刀は不自然な動きをした。普通の武器を上空に投げたところで、こうも刺突みたく地面に突き刺さることはまずない。回転しながら落ちるのが普通だ。

 それさえ分かれば、それが『生きている武器』であるなんて明白。ケテルは「二対一になったか」と口の中で言った。


「赤の魔女は武器を使っていないと聞いたのだが?」


「こいつの意思で、本来の持ち主から得た」


 ロアは地面に突き刺さった彼女を抜き取り、構えながら言った。


「⋯⋯それは珍しいな。しかし、だからこそとでも言うべきなのか」


 短な問答が終了すると、ケテルとロアの姿が消える──というのは一般人が見た場合だ。

 信じられないほどの風圧と共に二人は衝突する。ロアの斬撃をケテルは躱し、しかし片手剣のように刀を扱っていたためにもう片手でロアはケテルの拳を受け止めた。そしてそこに赤色の魔法陣が展開され、直後、爆発が起こされる。

 ロアは『死氷霧』の氷の壁によって守られたが、ケテルは爆発をもろに食らった。肘から先の右腕が消し飛ばされ、断面は直視したくないほどグチャグチャであった。

 しかしケテルは痛みもしなかった。否、痛覚はある。ただ単にそれが麻痺していただけだし、麻痺が回復する前に腕が生えたからだ。

 皇帝悪魔(デーモンロード)となったケテルの再生力は凄まじい。今ならば全身が木っ端微塵にされようとも五秒で再生できそうだった。黒の加護『サイセイ』の力も悪魔元来の再生力と合わさり、ケテルは事実上の不死身だ。

 だからといって、絶対に死なないわけでもない。再生できない傷──例えば神聖属性の魔法であったならば、再生力は黒の加護の分しか発揮されないだろう。それだけでも十分ではあるが、全身が消し飛ばされたならば復活は不可能だ。


(おそらく、赤の魔女は私の種族に気がついていない。だから神聖属性魔法を行使しないのだろうが⋯⋯あの刀に氷像にされれば私とて死ぬ)


 神聖属性魔法以外であれば、凍りつかされればそのまま死に至る。凍死というものだ。それは再生できないのだ。


(いつ赤の魔女がそれに気づくのかも分からない。知られる前に殺さなければ、今の優位は崩されるな)


 ケテルが警戒しているのは『死氷霧』の氷魔法だけだ。ロアの身体能力もケテルを上回るほどだが、それではケテルは殺せないし、凌駕されているわけでもない。

 今現在、有利なのはケテルだ。しかし時間がその有利を壊しにくる。

 ケテルはそう結論付けると、一直線にロアに向かう。地面は隆起するほどの脚力によるスピードは、流石のロアでも予想外であって、単純な右ストレートを顔面にクリーンヒットさせられた。

 当然、一撃でケテルは終わらせるわけがない。すかさず左拳を叩き込もうとするが、ロアの格闘センスは常軌を逸している。予想外のケネルの身体能力をすぐさま理解し、スピードに追いつきケテルの顎を蹴り上げ、更に回し蹴りで地面にケテルを叩きつけ、そこに『死氷霧』を突き刺すも、ケテルはこれを転がることで回避。勢いをつけて立ち上がり、蹴りには蹴りで返してやる。

 大太刀のような武器から繰り出される斬撃を幻視するほどの回し蹴り。ロアはそれを『死氷霧』で受け止めるが、〈肉体硬化〉を行使したケテルの足を斬ることはできなかった。代わりに金属音が響くだけで、あまつさえロアの体は軽く飛ばされた。身体能力というより、ロアは外見通りの体重であるためだ。

 地面を何度かバウンドするが、ロアは体制を立て直し、ケテルに狙いを定める──が、そこには誰も居なかった。

 ロアは危機感を覚え、振り返るとケテルが拳を突き出していた。ロアは『死氷霧』でそれを受け止め、また吹き飛ばされるのを何とか耐える。


「⋯⋯!」


 ケテルの拳の水分が気化し、凍りついていく。一秒もあれば全身が氷と成り果てるだろうが、それより速くケテルは右腕を切断した。そして再生する。


「やれやれ⋯⋯折角鍛錬したというのに、こうも押されては意味がないな」


 以前のケテルであれば瞬殺されていた魔女相手に、互角に渡り合うというのはそれだけで誇れる成長だ。しかし、当の本人からしてみれば不満でしかなかった。


「デーモンロードも所詮は有象無象の雑魚の頂点。その程度に上り詰めた程度で驕っていた私はいかに愚かだったか」


 ケテルはまだまだ弱い。いくら悪魔最強の名を与えられようとも、ケテルを超える者は居るし、拮抗する者も居る。

 それは弱者だ。


「私は何も変わっていないではないか。白の魔女、エストに二度も敗北したあの頃から」


 なら、どうするか? ならば、どうすればよいか?

 弱者なままで良いのか? 仕えるべき主人──メーデアに失望されて良いのか?


「──感謝するぞ、()()


「⋯⋯は?」


 唐突な感謝に、ロアは困惑を隠せなかった。何よりその時見せたケテルの表情には、何の邪心もなかった。


「私は皇帝悪魔(デーモンロード)。しかしそれである前に、私は十の使徒(セフィロト)。黒の魔女──メーデア様に仕える王冠(ケテル)だ」


 ケテルは敢えて、自らの種族を開示した。そうすればきっとロアは神聖属性魔法を行使するというのに。

 そして、ケテルは自らの主の名を言葉にした。これはメーデアに伝わったはずだ。だから今この瞬間、殺される可能性だってあった。しかし、ケテルは死ななかった。


「⋯⋯言いたいことはそれで終わり?」


「ああ」


 そして予想通り、ロアは神聖属性の魔法を行使してきた。

 彼女は魔女であったが、赤魔法のスペシャリストだ。反動ダメージはほぼゼロにできる。

 〈清浄光線〉は受け止めることができない魔法であったため、ケテルは躱すことを選択した。だが魔法の光線は一直線に動くものではない。九十度で二度曲がれば、対象を追い越しても再び狙える。

 数多の白熱を避け続け、ケテルはロアに接近。そして拳を叩き込むが、『死氷霧』がそれを防いだ。

 今度こそこのままケテルの全身を凍りつかせてやろうと、『死氷霧』は魔法を行使する──


「甘い」


 ケテルは自分の腕を斬り落とすことはなかった。それどころか、もう片手でも『死氷霧』を握った。刃でケテルの手のひらが裂けて、血液は瞬時にして凍結する。


「なっ⋯⋯!」


 全身を凍らされる可能性を上げる危険なことをしたのは、それを破壊するためだった。そしてその賭けは──勝った。

 『死氷霧』の刀身がぽっきりと中程で真っ二つに折れた。

 『生きている武器』はその程度では死なない。だが修復されなければ、人で言うところの気絶状態となる。『死氷霧』は意識を失った。


「⋯⋯これで一対一だ」


 両腕が完全に凍らされ、胴体も凍りついている。あと少しでも氷の魔法の影響を受けていたならば、ケテルは今頃氷像となっていただろう。

 

「──これだわ」


 ケテルには土壌があった。強くなるための素質は既にあった。しかし、ケテルはこれまで強くなれなかった。デーモンロードになったのだって、元々の魔力や身体能力を十全に発揮できるようになっただけだ。そこに明確な違いはない。

 本当に強くなるためには、今の上限を超えなくてはならない。


「下らないことを考えるな」


 どうすれば効率が良いだとか。どうすればもっとスマートに事を運べるとか。どうすればもっと相手を殺せるとか。そんなこと、何もかもどうでも良かった。


「負けないようにするんじゃない。勝つようにする」


 できる、できない、ではない。やる、やらない、ではない。


「──やって、勝つ。それだけに執着しろ。それだけを望め。方法なんてどうでも良い。どれだけそれが汚くても、どれだけ泥臭くても、どれだけボロボロでも、最終的に勝たなきゃ全部無意味だ」


 それがケテルの決意であり、かつ


「それがメーデア様の意思。だから──」


「くふふふ⋯⋯闘争者の目。ロアが、望むもの。ケテル、お前には敬意を表する。だから──」


「──私は、お前を殺す」「──ロアは、お前を殺す」


 ──次の瞬間、両者は互いを蹴り付けた。足と足がぶつかり、それからは想像もできない風圧と音が響く。

 王都の舗装路の石材は捲りあげられたが、それが地面に落ちる合間にケテルとロアのラッシュの速さ比べが行われて、瓦礫はその衝撃波によって砕かれた。

 ラッシュに勝ったのはロアだ。ケテルの胸部に拳を叩き込み、体を空中に放り出す。そしてそれより速く上空に跳び上がり、両手をハンマーみたいにしてケテルの頭を叩いて地面に落とすと、更にそこに膝蹴りを叩き込む。

 常人ならトマトみたいに頭部が破裂しただろうが、ケテルは血を流す程度で済んだ。膝蹴りを叩き込まれたお返しとでも言うようにロアの顔面を片手で掴み、そのまま地面に叩き付けたが、ロアは両足でケテルの体を退かすべく、蹴りつける。

 体制を崩し力が緩くなった瞬間を狙ってロアはそこから抜け出し、口に溜まった血を吐き捨てる。


「神聖属性の篭った打撃は本当に痛い⋯⋯だが、これしきのことで狼狽えるとは思うなよ」


 ケテルも血を吐き捨てる。傷は再生しない。否、してはいるが、とても遅い。少なくとも、ロアとの戦闘という、刹那の隙さえも死に直結する戦いにおいてはそうだ。


「そうこなくっちゃ面白くない」

  

 ロアは跳び、ケテルに襲いかかる。踵落としは地面にクレータを生成し、肉を打つ音は最早爆発物の類を使っているのではないかと思えるものだった。

 しかしケテルはそんなロアの猛撃。一発一発が致死のラッシュを、汗水垂らし、スマートさなんてまるでない不細工な顔で捌き切る。

 ケテルのハイキックをロアはしゃがんで避け、懐に入ってアッパーを繰り出す。ケテルの首に嫌な音が響くが、痛みを感じるなんていう暇はない。サマーソルトで反撃し、互いは空を見る。

 倒れそうになった体を強制的に立たせ、ロアに右ストレートをぶっ放す。彼女はそれを躱し、その腕を首の後ろに回してケテルの体を俯せに地面に押し付け拘束。そのまま肩の骨を無理矢理折り曲げて外してやった。そして後頭部に肘打ちするも、ケテルは頭を曲げてそれを回避。足を回してロアの体を下に敷き、首を締め付ける──否、折るために全力を込めて握った。

 ロアの細い首を折ろうにも、片手なこともあり、また彼女の力はケテルを僅かにだが超えるため、一瞬で折れなかった。だから魔法が行使され、ケテルは腹に風穴が開き、


「う、っラァ!」


 ケテルは投げ飛ばされる。


「〈清浄光線(ピュアレイ)〉」


 眉間を狙った光線をケテルはギリギリで避けるが、顳顬を少し抉り取った。そしてロアが再びラッシュを仕掛けてくる。ケテルはこれを両手でガードし受け止めるが、嵐のように、あるいは弾幕射撃のようなラッシュに耐えきれず、瓦礫の山に突っ込んだ。


「〈灼炎爆散バーニングエクスプロージョン〉」


 そして瓦礫の山ごとケテルは炎の爆発に巻き込まれた。大気中の酸素が一時的に消失し、息苦しいほどの爆発。黒焦げになったのは最早瓦礫に隠れていた死体なのか、瓦礫自体なのかも分からなかったが、それが燃えつくされたものであることだけが分かることだ。

 しかし、それでは終わらない。

 煙を突っ切り、全身に直視するのさえ憚られる火傷と裂傷を負ったケテルがロアに肉薄する。今度はケテルからのラッシュだ。ロアはそれを同じくラッシュで迎撃する。

 両者の腕は見えないほど速かった。僅かに衝突する合間、シルエットが見えるくらいだ。

 およそ三秒間のラッシュの後、ケテルはロアの頬を、ロアはケテルの眉間に拳を叩き込み──


「⋯⋯っ」


 ゆらゆらと後退り、二人同時のタイミングで地面に倒れる。

 それでも尚立ち上がろうとする両者だが、もう既に勝敗は決した。ロアもケテルも、立ち上がる体力が既になかった。

 血を流し過ぎて意識があやふやだ。


「⋯⋯⋯⋯勝てな──」


 ──その瞬間、ロアとケテルの近くに何かが吹っ飛んできた。それは地面にめり込み、人の形の穴を形成した。

 遅れて足音が聞こえる。ロアとケテルは動かすのさえ痛む首を曲げ、足音の主を見た。


「この程度で終わるはずがないよね。本当にキミの体はどうなってるのさ?」


 白髪の少女。白いゴシックドレスや肌は所々血液や泥、傷などがあったが、それでも尚彼女の人並外れた美貌は汚れない。


「ええ、勿論。全身の骨が折れ、内臓がスクランブルエッグみたいになった程度で死ぬわけがありません。何せ私は魔女ですから」


 そして、吹っ飛ばされた女性が立ち上がる。あんなめり込み方をしたというのにその体には傷一つ見受けられないし、黒のドレスにも破れた箇所どころか一点の汚れも見られない。まるで先程買ってきた新品のようであった。


 二つの陣営の唯一の残存戦力──エストとメーデアが相対する。


「ロア、助かったよ。あとは全部、私に任せて」


「ケテル、よく頑張りましたね。エストは私が殺すので、もう十分ですよ」


 戦闘不能になったロアとケテルは、メーデアとエストの死闘の邪魔にならないようにその場から何とかして離れる。


 ──そうして始まった、二人の魔女の殺し合いが。

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