1−14 最強の赤魔法
王立魔法学院には、数々の魔導書が存在する大図書館がある。そこの指定魔導書保管庫以外であれば、一般人でも、学院の許可さえ貰えば自由に閲覧可能だ。ちなみに許可といっても、別に許可書を書かなければならないわけでもなく、大図書館の司書に一言頼む程度である。
エストはその指定魔導書保管庫に居た。いくら学院関係者であるとはいえ、本来であればそこには立入禁止。では何故、彼女がここにいるかというと⋯⋯
「指定魔導書、禁書なんていうものだから忍び込んだというのに⋯⋯大体が黒魔法の魔導書じゃないか」
エストは黒魔法は苦手だが、使えないわけではない。パラパラと文字を読んでいるとは思えない、速読でももうちょっと見るといったスピードで紙をめくっているが、彼女はそのどこにも、知らない魔法を見つけることはできなかった。
「本当の禁書でも紛れさせておこうかな⋯⋯」
エストの家には、見ただけで常人なら正気を保てなくなるような魔導書や、一冊読むのに何年もかかる魔導書、開けばそこら一体を更地にするような魔物を召喚する、もはや魔導書でもなんでもないもの⋯⋯と、色々な禁書がある。言えるのはそのどれもが、悪戯に紛れさせてはならないものであることだ。
エストの手元に現れた黒い靄のようなものから、彼女はある魔導書を取り出す。
「よっと」
エストはつま先立ちし、すこし高い位置にその魔導書を置いておく。
「『大罪の魔人】関連の魔導書だったはず。これなら別に見つかっても問題ないでしょ。あんなのを人間が使えるわけがないし」
500年前に殺した『異世界人】が持っていた魔導書だ。その魔人の力はエストが召喚した〝冷笑の魔人〟と同格であり、国くらいなら滅ぼせる力を持つ。
さらっと爆弾を置いていき、エストはその場から去る。
指定魔導書保管庫から出たタイミングで、エストは教え子の兄妹を見かける。どうやら彼らは非指定の魔導書を読んでいるようだ。
「やあ、ケニー、アリス」
「あ、先生。こんにちは」
「こんにちは!」
エストは兄妹が読んでいた魔導書を覗きこむ。
「これは⋯⋯〈連鎖する爆裂雷〉?」
雷属性の爆裂系魔法だ。その破壊力は凄まじく、エストでさえ本気で防御に撤しなくてはならない。
「先生には言ってなかったけど、私は属性特化の魔法使いだから、この魔法を習得しないといけないの」
属性特化の魔法使いはその名の通り、何かしらの属性しか使わない魔法使いである。それ以外の属性が使えないわけではないが、大半がこだわりを持っているから、そのようになるのだ。当然ながらその1種類以外には能力のリソースは割かないため、必然的に強い魔法を扱えるようになる。弱点は対策が取られやすいことだが、逆に対策されなければ蹂躙可能だ。
「なるほど。キミの能力であれば、〈連鎖する爆裂雷〉は、それを読めば直ぐに習得可能だろう。でもマトモに使えはしないだろうね」
「え?」
「属性特化の魔法使いの弱点は、対策が取られやすいだと思われがちだけど、それより大きな弱点があるんだよ。それは⋯⋯魔力が足りない場合があることだよ」
魔法使いにとって、知力、魔法行使能力、そして魔力、これらは全てが大事であるが、特に魔力はその中でも重要である。
魔力と魔法行使能力は片方が高ければもう片方も高いというわけではない。どちらかが低く、どちらかが高い場合もある。そして、属性特化の魔法使いはリソースを全て1種類に絞っているため、使うだけならば十分可能だが、強力な魔法の消費魔力量と自身の魔力量がほぼ同じなんてことがあるのだ。つまり、燃費が悪すぎるということである。1発デカイのを撃てるが、その後は魔力が尽きたことによる気絶なりで動けなくなるだろう。
「キミの魔力量は多い。でも〈連鎖する爆裂雷〉は撃てて1発。しかもその後は完全お荷物だ。先生からしてみれば、そんな魔法は、少なくとも今は習得しないほうが良いと思うね」
「──それでも、私はそれを習得したい!」
エストはすこし思案する。アリスの願い、彼女の魔法使いとしての力、どちらを優先すべきかを。そして答えを出す。
「⋯⋯ほう。流石は属性特化の魔法使いだ。それなら、私にいい考えがあるよ」
「⋯⋯?」
「キミたちの魔法杖は、まあ中々のものだ。⋯⋯でも上品質のものではない。魔力石すらないのだから」
「まさか⋯⋯先生⋯⋯」
「──魔力石の採集。今思いついた、次回の野外学習の内容だよ」
◆◆◆
数日後。
魔力石は、生命体以外で唯一魔力をもち、自然に回復する非生命体だ。それは希少で、また市場に出回るような、実用可能なものは、それこそ滅多にない。小石程度の、最低限実用可能なレベルでさえ、その価値が1金貨なんてことはよくある話だ。魔力石がある魔法杖が高価な理由はそれである。
森の中を彼らは歩いていた。
「本当に魔力石なんてあるのか?」
ケニーはよく、アリスや友人と一緒にこの森の中に入っていた。しかし、魔力石なんてものは見かけなかったのだ。
「さあね。でも先生はそういってたよ」
エストは別に、仕込みはしていない。──いや、しようとしていた。しかし、する必要がなくなったのだ。
(⋯⋯これは嬉しい誤算とでもいうべきかな)
彼らを後ろから、バレないようにつけていた彼女は魔力石の存在を確信していた。しかし、それを直接見たわけではない。
「──ケニー、防御魔法でオレたちを守れ!!」
ゼリムは気づいた、レイによって研ぎ澄まされた感覚で。ケニーは全く理解できていなかったが、ゼリムの表情からそれが冗談なんかではないことは理解した。
「〈防壁〉!」
その瞬間だった。普通のよりも1周り大きい狼が噛み付こうと飛んできたのだ。しかも、何匹もいる。
「石食狼!?」
石を食う狼のような魔獣。その体は生半可な剣、魔法を弾き、その牙は石を噛み砕けるほどに硬く、顎の筋力も高い。おそらく冒険者から嫌われているモンスターランキング上位に位置するだろう。
(彼らの成長のための敵としては、丁度良いかな?)
エストがやっても意味がない。なぜなら彼女は反撃できないからだ。マサカズらの能力なら適当にやっても、つまり死なない程度に殺しにいくだけでも伸びる。しかし、それが生徒にはできないのだ。弄ぶことしかできない。もし、攻撃として魔法を放ったなら焦げ肉ができるだけだ。
(私の魔法で消し炭にならないくらいになれば、私が直接やってあげるんだけどね)
エストの見立てでは、石食狼は、今の生徒達であれば勝利は可能である。万が一敗北してしまっても、そのときはエストが助ければ良いだけだ。
(⋯⋯まあ、この石食狼は普通とは違うけど。おそらく魔力石を食ってるから、身体能力もかなり高い⋯⋯それでも、今の彼らには良い相手だね)
「〈雷撃〉!」
「〈衝撃波〉!」
雷撃は石食狼の1体を貫き、衝撃波は跳びかかってきた個体を吹き飛ばす。魔獣は威嚇をするものの、攻撃を仕掛けて来ない。
「今だ!〈身体強化〉!」
ゼリムの体が黄色く光り、剣を構えて魔獣の1体の首を刎ねる。
「っ!〈石壁〉!」
ゼリムの後ろの草むらに隠れていた魔獣が、彼に噛み付こうとするが、魔獣は、地面から生えてきた石の壁によって上方に飛ばされる。
「ありがとよ!」
「ちゃんと気をつけろ!」
その戦いは順調であった。しかし、勝敗が目に見えた頃── 石食狼の群れの中に、ただでさえ身体が大きいと言うのに、更に巨大な個体を確認出来た。
「⋯⋯コいツラ、つヨイ」
その巨大な個体は、人語を話した。
魔獣は知能が高い。そのため、人語を理解する個体も少なくはないのだが、喋れる個体は滅多にいない。なぜならば、上手く喋るには何度も言葉を聞かなければならないからだ。
「喋った⋯⋯!?」
リーメルは軽く見上げて、魔獣を見た。
(⋯⋯喋る魔獣⋯⋯魔獣使いがいるの?)
喋る魔獣というのは、殆ど自然には居ない。つまり、そういうのが居たとしたら、大抵魔獣使いが関係している。
流石のエストでもこれは予想外だった。
しかし、〈生命探知〉ではそれらしき人物はいなかったため、彼女はこれらの魔獣が、野生に返された個体だと考える。
巨大な魔獣が、その鋭利で巨大な爪を、前方に居たゼリムに振るう。膨大な魔力で纏われているそれによる斬撃は、木をも両断するだろう。
「ぐっ⋯⋯負ける、かぁッ!」
それを何とか剣で受け止め、跳ね返す。しかし、
「しまっ──」
左から他の魔獣が噛み付いてきた。ゼリムの左腕はその魔獣の口の中に入り、魔獣はそれを地面に吐き捨てる。
彼の絶叫が森に響き渡るも、彼はなんとか魔獣の命を絶ち、切れた腕を拾う。
「リーメル、早く!」
「わかってます!〈上位治癒〉!」
ゼリムの腕がくっつく。1度切り離されたために少々動かしづらいものの、ちゃんと動く事を確認する。
「〈石壁〉、今のうちに一旦逃げるぞ!」
不利だと判断した5人はなんとかその場から逃げる。しかし、魔獣がそれを許すわけがなく、壁が消失した瞬間、追いかける。が、
「流石にあの個体だけで厳しいだろうね。だから⋯⋯死んでもらうよ。〈死風〉」
白の魔女は、石食狼のあの巨大個体以外を始末する。しかし、その魔獣は怯えてしまった。それは仲間が殺されたからではなく、彼女が居るからである。
彼女の白い瞳が光る。すると、魔獣の怯えはなくなる。
「〈不可視化〉」
そこから彼女の姿がなくなる。しかし、居なくなったわけではない。
「ハグレて数が少なくなったのか?」
ケニーは後ろを見ながら走っていた。
「そうみたいだな。⋯⋯よし、ここで良いだろう。オレの作戦はさっき言ったとおりに実行する。いいな?特にアリスは重要なんだから」
「わかってるわよ、ゼリム」
アリスは近くの草むらに、リーメルは少し離れた位置に隠れる。しかし、残りのマーカスとケニーとゼリムだけは隠れない。
「作戦、か。にしては、俺達の負担がでかい気がする」
「囮だしね、僕たち」
「仕方ないだろ。これが一番楽なんだから」
──作戦は、シンプルだ。マーカスとケニーとゼリムが巨大な魔獣の注意を惹き、後ろからアリスが攻撃する。もし、他に魔獣が居たならば、この作戦は実行できなかっただろうと、ゼリムは思っていた。
「〈魔法使いの鎧〉」
3人の身体が青く光る。
「あの魔獣の力なら、俺の魔法じゃ、1回だけ即死を回避するのがやっとだ。わかったな?」
「ああ、十分。⋯⋯来るぞ」
森の木々を薙ぎ倒し、その魔獣は現れる。先程人語を喋ったが、そいつが今度発したのは咆哮であった。
「〈魔法矢〉!」
「〈衝撃波〉!」
2種類の魔法と、斬撃を、いとも簡単に魔獣は体内にある魔力と力でそれらをかき消す。
効かないことがわかっても、3人は攻撃しながら、注意を惹く。鬱陶しく思ったのだろう。魔獣は2人を殺すのに必死で、周りの状況を確認していない。そう、チャンスだ。
「〈連鎖する爆裂雷〉ッ!」
石食狼の周りにいくつもの球電のようなもの⋯⋯いや、球雷が出現する。それらは雷であるというのに、爆弾のように爆発し、美しくも凶悪な光を生じさせる。
まるで何重もの雷が落ちてきたような轟音を響かせ、魔獣を、その高電流は身体を内側から焼き尽くし、その身を消滅させる。流れるものが無くなったために、電流は空気中へと放たれ、近くにいた存在達の皮膚をピリピリさせる。
「や⋯⋯やった⋯⋯!」
殆どの魔力を消費したことによる目眩で、立つことさえままならないが、アリスは何とか踏ん張る。
「アリス、大丈夫か!?」
兄のケニーは急いでアリスを抱える。リーメルが回復魔法を唱えると、アリスの目眩は治まるが、魔力が回復したわけではない。
「凄いな、あの魔法⋯⋯もしかしたら王国最大火力じゃないか?」
あの巨大な石食狼を一撃で葬る火力。それは他の魔法使いにできるだろうか。否、できないだろう。
「まあ、とりあえず危険は払えたし、早く魔力石を探そう」
「そうだな。〈魔力感知〉──は?」
「ゼリム?どうした?」
「⋯⋯近くに洞窟でもあるのか?そこからとんでもない量の魔力反応があるんだ」
魔力石か、モンスターのものか。それはわからない。しかし、確実に言えるのは、
「仮に魔力石ならとんでもなく貴重なものだし、モンスターなら神話、伝説級だぜ、この魔力量。まあ警戒しておいたほうが良さそうだな」
洞窟を見つけ、中に入る。黄魔法の〈光〉で灯りを確保し、奥に進む。
すると、目的のものを見つける。魔力石だ。それはアメジストよりも明るい紫色がかった半透明の石英⋯⋯いや、水晶のようである。それらは、その洞窟の通路のうち1つの全面、至るところにあり、1種の芸術作品のようにも思える。
「綺麗⋯⋯」
今から、この美しい鉱物を、ピッケルで破壊しなくてはならないと考えると、少々勿体無い気がする。しかし、仕方のないことであるのだから、生徒達は魔力石を採集し始める。
魔力石は自然のものだと、長い年月を要して創り出されるものだ。存在自体が非常に希少であり、また再度創られるまでに100数年も経過するだろう。そのため、採集といっても彼らは、本当にほんの少しだけ削るくらいしかしなかった。エストから言われていた量だけだ。しかし、それでも市場に出たならば大金になるだろう量だ。
目的を果たすと、彼らはその場から立ち去る。帰り際にモンスターと出会いこそしたが、彼らからしてみればそんなのは危険ですらなく、道端にある小石を退ける程度のことだった。
彼らが教室に戻る前にエストは教室に入り、不可視の魔法を解く。さも先程までずっとここにいたかのように、普段は絶対にしない、ゆっくりと本を読むという行為をする。ちなみにその本のタイトルは「聖魔戦争」という500年前の大戦の話だ。エストはその本を1度だけしか読んでいないが、彼女はその文を一言一句間違わずに暗唱できるだろう。
「先生、今戻りました」
「怪我はなさそうだね。お疲れ様。あとは私がやっておくから、帰るなり、私の作業風景を見るなりして良いよ」
自分の杖が改良されるのを見ない魔法使いがいるだろうか。当然のように生徒達は全員、帰らなかった。
エストがまず手にしたのはアリスの杖だ。赤色とピンク色の中間的な色を基調とする杖である。彼女はそれに魔法で、杖の中心部辺りに採ってきた魔力石が丁度嵌る大きさより少しだけ大きい穴をあけ、用意していた爪がついた、金属製の台座をそこにネジで固定し、魔力石を嵌める。
最後に〈防錆〉を唱えて、完成だ。
「キミたちが持ち帰ってきた魔力石は非常に純度の高いものだ。おそらく、キミたちと同等以上の魔力量だろうね」
つまり、アリスであれば〈連鎖する爆裂雷〉を最大2回放てるわけだ。非常に強力な魔法を1度だけならば、リスクなしで使えるのはとても強い。
エストは同じように他の4人の魔法杖を改良していく。30分後には、作業は終了していた。
「よし、終わりっと。⋯⋯どう?使い心地は?」
魔力石を嵌めたことによって少々重くなったが、使用には問題ない重量だ。
「大丈夫よ!ありがとう、先生!」
「そう、なら良かったよ」
このあと生徒達が、他の生徒に、この杖を自慢して回ったのは言うまでもない。