表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第六章 黒
152/338

6−13 最狂vs最強

 ──言葉で表すならば、それは()()しい光だ。

 黒の淀みが混じる血液の如き赤い光は、神秘さの欠片もなく、ただ人々の不安を駆り立てるためだけに存在するようだった。

 そんな光が、マガを包み込む。


 〈禍ノ人〉


 マガの奥義であるそれは、非常にシンプルな力──全能力の超向上に加えて、一時的にそれは至高の領域、即ち世界から()()することになる。


「グ、ガ、アアア⋯⋯」


 しかし、強大な力を得るにしても、その制御力まで得る訳ではない。『逸脱者』と言ってもそれは不完全なものだ。理から外れさせるだけの力の負担は、当然計り知れないものだった。その負担のためにも、マガは一つあるものを犠牲とした。


「⋯⋯へぇ」


 それは、理性だ。


「害獣はきちんと殺処分しないとね」


「──ッ!」


 眼球は闇を内包したみたいになり、赤い残光の線と共にマガはイザベリアに肉薄した。彼は全身に『禍』を纏い、それを手足のように扱う。

 赤黒いそれがイザベリアを押しつぶすべく広がり、叩きつける。だがそれは彼女を捉えることはなかった。


「速い。でもその程度」


 両手を後ろに組み、余裕そうにイザベリアは嗤ってマガの目の前に現れる。それが何だ、とでも言うようにマガはイザベリアを『禍』で囲む。


「でも私には敵わない」


 水晶の弾丸が『禍』を切断し、一時的に無力化する。

 イザベリアは右手を振り下ろすと、それと連動してマガの体が地面にめり込んだ。


「あなたと私とじゃあ、こんなにも力の差がある。⋯⋯いや、別にあなたのその覚悟を貶すわけじゃないよ?」


 紅い水晶を生成。発射。マガの体の一部が侵食されるが、彼はそれを自ら切り離し、『禍』の力で以てその部分を再生する。


「私に本気を出させるのはあなたで三人目さ。あ、ちなみに一人目は師匠、二体目は昔のイリシルね。雑魚ばっか相手してたから、あんなにも鈍ってるんだよね。これが終わったらまた稽古でもしようかな。どう? 妙案だとは思わない?」


 マガの殺意を尽く躱し、イザベリアは語る。ふざけているようにも見えるが、彼女は至って本気だ。


「だから⋯⋯さっさと死ね」


 マガの動きが停止する。イザベリアの右掌には白の魔法陣が展開されていた。


「なあ? モルモット。お前さえ死ねば全て台無しになる。そうでしょ?」


 動けないマガを、薄紫色の水晶が貫く。血の代わりに『禍』が流れるが、それが苦痛を与えているようには見えない。


「ウォーミングアップはもう良い。ああ、お前は私から本気を出させた。でもそれはお前の存在を即刻排除しないといけないからだ。⋯⋯さっさと口を利け。さっさと情報を喋れ。お前は何の為に()()()()?」


「────」


 マガは答えない。更なる水晶が突き刺さるが、彼は咆哮以外の声を発しようともしなかった。

 理性は本当に一欠片もなくなったようだ。


「⋯⋯チッ⋯⋯じゃあ、死──」


 重力魔法が通じるならば、即死魔法も抵抗できない。

 イザベリアが無詠唱即死魔法を行使しようとしたとき、


「ああ、その子を殺すのは止してください」


 ──声がした。美しい声だ。魅惑的で、悪魔的な声だった。

 そして同時、イザベリアの動悸は早くなる。本能が訴えるのだ。その声の主に最大限警戒せよ、と。


「────」


 イザベリアは振り返り、巨大な水晶を放つ。今までのそれを遥かに超えるパワーの魔法は、彼女がどれだけ対象に対して殺意を持っているかが分かった。

 それは対象の上半身を吹き飛ばし、臓物がぶちまけられる。誰がどう見ても対象は即死したと思うだろう。だがイザベリアはそうは思わなかった。


「〈朽ちる真実(デケイトゥルース)〉」


 詠唱し、魔法を唱える。それは辺りの存在を見境なく朽ちさせ、その対象も勿論効果範囲内に存在した。

 対象の体は瞬時にして腐敗し、また次の瞬間には塵と化す。だが、


「その魔法は⋯⋯私以外に行使(つか)える者がいたとは。ですがまあ⋯⋯制御できないのであれば、やはり危険ですね」


 塵は形を作り、形は肉を作る。そしてそれは人へと戻り、何事もなかったかのように再顕現する。

 真っ黒なドレスは宵闇にあってもそれに溶け込むことはないだろう。真っ黒な瞳は闇さえも怯えさせるだろう。真っ黒な髪は夜空から星々を奪ったかのようだ。そしてその美貌は正しく妖艶。人であっても、何者であっても、例え無機物であろうとも、皆彼女に魅了される。

 深淵を人の形に切り抜いたならば、きっと彼女となる。

 無理解の存在。厄災の権化。世界の殺戮者。全ての神殺し。最狂の魔法使い──


「──黒の魔女」


 朝日が昇る。平原は段々と太陽光によって照らされていき、夜の冷たさが失われていく。それは黒の魔女の来訪を饗しているようである。

 黒の魔女は太陽をバックに両手を広げ、そして、


「始祖の魔女。あなたがそうなのですか」


 彼女は微笑む。それは美女が魅せる小さな美術品のようでも、無邪気な子どもが玩具を前に見せるものでも、はたまた嗜虐心を擽られたサディストのようでもあった。

 ともかく、イザベリアを前にして余裕を失わないことが、それ自体が、それのみで、黒の魔女が強者であることを物語っていた。


「すみませんね。生憎、これを殺されることは私の『欲望』が叶わなくなることを示すので、⋯⋯まあだから、ここであなたを殺します」


「──はっ。『最強の魔法使い』を殺す、ね。⋯⋯かかってこい。でも手加減はできないよ?」


「ええ。でなければ、勝負は一瞬ですから」


 互いは向かい合い──直後、殺し合いは始まる。

 イザベリアは紅の水晶を、数えるのさえ億劫になるほど生成。対して黒の魔女は、同じく数えるのさえ億劫になるほどの透明感のある黒い氷を生成した。

 それらは全て、寸分の、数にさえも違いはなく、二者間の距離の丁度真ん中で相殺し合う。草原の草土が巻き上げられ、そこに自然的な煙幕を発生させた。


「〈蠢き、全を喰らえ(サモン・プレデター)〉」


 イザベリアは魔法を詠唱すると、その黄の魔法陣からくすんだ紫の体色の『捕食者』──蛇にも龍にも蜥蜴にも似た、非生命的なそれが現れる。それは黒の魔女を捕食すべく口を開くが、


「喰われればただでは済みませんね」


 黒の魔女は手刀を薙ぐと、『捕食者』の身体は上下で真っ二つに切り裂かれる。

 第十一階級魔法を二つも無傷で突破されたことにイザベリアは驚きを隠せないが、元より〈蠢き、全てを喰らえ〉で黒の魔女を仕留める気なんてなかった。

 足元に水晶を生成し、それに押し出される形でイザベリアは黒の魔女に接近。切り裂かれた『捕食者』を盾にして、水晶の剣を生成しつつ近接戦闘を仕掛ける。

 突きを繰り出すも、黒の魔女には届かない。否、止められた。肉体能力は魔力で強化してようやく黒の魔女の純粋な肉体能力と互角と言ったところだ。勿論、黒の魔女も魔力による身体強化をすれば、イザベリアを上回る。

 水晶の剣を黒の魔女は投げ捨てる。連動しイザベリアも空中に放り出され、その隙を黒の魔女は逃さない。


「〈世界を断つ刃(ワールドブレイク)〉」


 白の魔法陣が展開されたと同時に、イザベリアごと()()()()()()()

 〈次元断〉とは比較にもならない破壊力。最早次元ではなく、世界という概念的存在を切り裂く刃。


 ──死ねるものか。


 ならば、同じく世界規模でその刃を無力化すれば良いだけ。

 

「〈世界再構築(ワールドリビルド)〉」


 切り裂かれた世界を元と同じように再構築し、イザベリアの体も同様に元に戻る。

 しかし⋯⋯、


「はあ、はあ、はあ⋯⋯お前の魔力、どうなってるの?」


 第十一階級魔法をイザベリアは既に三つ行使している。三割、一割、二割と続き⋯⋯使える全体の五割の魔力をこの短時間で失った。その肉体的負荷は尋常ではなく、イザベリアは肩で呼吸せざるを得なかった。

 黒の魔女は息切れ一つしていない。確かに第十一階級魔法は一つ行使したくらいだが、それでもあの魔法でかなりの魔力を消費したはずだ。イザベリアが第十一階級魔法を習得した直後は、それこそ一回行使しただけで死にそうなくらいの嘔吐感を味わった。


「私は八百年を生きる魔女です。この魔法⋯⋯あなたが言うところの第十一階級魔法を使えたのは、生まれてから百年後。あなたほどでないにせよ、格段に劣る程度の魔力ではありませんよ」


 イザベリアの残存魔力量──五割。

 黒の魔女の残存魔力量──八割。しかしイザベリアの総魔力量を100とするならば、黒の魔女の残存魔力量は凡そ70くらいだ。

 つまるところ、まだ負けが決まったわけではない。魔力があっても無駄に使えば負けるし、魔力が残り少なくても効率よく使えば勝てる。だが、負ける可能性が大いにあることに依然として変わらないし、何より魔力を無駄使いするほど、

黒の魔女が愚かなはずがない。


「⋯⋯来ないのですか? なら──今度は私から行きましょう」


 黒の魔女は両手を広げ、


「児戯も極めれば悪くないものです」


 第三階級魔法、〈氷球〉を行使。人間程度が行使できる魔法は、上位者たちの戦闘では使われない。しかし、これは最上位者同士の殺し合いだ。そんな常識は通用しない。


「何が児戯なのかな。こんなの、最早暴力だ」


 氷の球をイザベリアは水晶の壁で防ぐも、水晶と氷は破裂し、辺り一面をその冷気が覆って、ありとあらゆる物質の運動を停止させた。


「効率は少し悪いですが、ね」


「よく言う。連発余裕なくせに」


 黒の魔女は予備動作なしにイザベリアとの距離を詰め、至近距離で〈氷球〉を行使。イザベリアもそれを迎撃すべく、炎の球を作り出し、氷を溶かした。


「流石は始祖の魔女」


「認めよう。あなたの強さを」


 水晶が地面から生え、黒の魔女を打ちのめす。ふっ飛ばされた黒の魔女は体制を直す暇もなく、イザベリアの〈爆衝撃〉によって地面に叩きつけられた。


「──っ!」


 黒の魔女を叩き付けた場所に、イザベリアは四重の魔法──〈爆裂〉、〈漆黒の烈火〉、〈紅水晶〉、〈重力崩壊〉──を行使する。

 爆風が壊し、黒い火が炭化させ、紅い水晶が侵食し、重力によって捻じ曲げられる。

 そうしてトドメとでも言うように、イザベリアは、


「〈必滅の投槍(グングニル)〉」


 赤紫色に光る槍。半透明のそれは神秘さを兼ね備え、また殺戮の兵器に相応しいオーラーを醸し出していた。

 イザベリアはそれを右手に持ち、投槍らしく投擲すると、的確に黒の魔女の心臓を貫き、破裂させた。


「⋯⋯素晴らしい。ああ、なんと素晴らしいことか」


 〈必滅の投槍〉は、対象に命中さえすれば必ず滅する魔法だ。そしてその後、槍は行使者の手に戻る。魔法効果時間が終了するまで、幾度でも使える、イザベリアが持つ対単体最強の攻撃魔法だ。


「──痛い。これが生きるということ。やはり殺し、殺されるということは、生を実感できる唯一にして最高の方法です」


 だがもし、相手が滅ぼせない相手ならば?


「嬉しい。私はまだ、生きています」


 黒の魔女は心臓から槍を引き抜き、それを握ると、槍は砕けるように離散する。


「──なっ」


 黒の魔女が視界から消えたかと思えば、次の瞬間にはイザベリアの正面に現れた。その右手にはレイピアが握られていて、刺突が繰り出される。

 見えないスピードであったが、イザベリアは軌道を読み、水晶の剣を空中に生成し、弾く。

 イザベリアは裏拳を黒の魔女の側頭部目掛けて打ち付け、骨を折る確かな感触を覚える。しかし、今更首と頭蓋骨を砕かれたくらいで黒の魔女は狼狽えない。すかさず左の抜手をイザベリアの腹に叩き込むも、それは紅い水晶が防いだ。

 瞬刻に黒の魔女の左手は水晶化するも、彼女は平然と自分の左腕を引き千切り、服ごと再生させる。

 極々短時間の攻防だったが、その風圧は草原から草花を吹き飛ばした。

 

「────」


 そして、互いに互いの頭に手を翳す。意識するだけで頭なんて潰せるが、そうしてしまえば自分の頭も潰れるだろう。

 黒の魔女とて、頭が潰れてしまえば一瞬だけ隙ができる。イザベリアも蘇生魔法を行使すれば生き返られるが、同じく隙ができる。仕掛けたほうがその隙が長くなる。だから、膠着状態となった。


「⋯⋯あなたの名前は何でしょうか」


 黒の魔女は訊く。彼女は始祖の魔女がイザベリアという名前であることを知っているが、わざわざそれを訊くのは、おそらくラストネームを知りたいからだろう。


「名前を訊くならば、まず自分の名前から。じゃない?」


「ああ⋯⋯それは失敬」


 黒の魔女は目を閉じ、そしてもう一度開ける。そこにあった漆黒の瞳は、先程とは全く違って見えた。

 黒の魔女は、始祖の魔女を『敵』とし認識する。『玩具』でも何でもない相手として。


「私の名は──メーデア」


 刹那。黒の魔女が名乗るときだけ、音が消えたような気がした。緊張が高まり、その名を聞いたとき、イザベリアの心臓は締め付けられるような錯覚を──


「イザベリア・リームカルド」


 互いに名乗り、戦いは再開する。


「イザベリア・リームカルド。あなたのことはこの私が覚えておきましょう。その姿。その強さ。その名前。⋯⋯では」


 ──錯覚は、錯覚ではなかった。

 本当の意味で、真なる意味で、嘘偽りなく、虚飾でもなく、イザベリアの心臓は、命は、その殺害権利は、メーデアが握ったのだ。


「────ご機嫌よう(サヨウナラ)


 一人の少女が、平原に朽ち果てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ