6−11 緑の欲望
レネが気絶したことにより、第二回戦は不利な状態から始まる。
ジュンも消耗が激しいのに対して、ミカロナは完全回復している。まさかミカロナがジュンに治癒魔法を使うなんてことはない。そんな、殺すならば万全の状態の相手でなければならないなんて思うのは、
「理想の悪だけ。だがお前たちは、醜悪そのものだ」
「何?」
「お前たちはただの大量殺人鬼だ。どうして⋯⋯そんなことができる?」
ジュンは思い出す。マサカズ・クロイの顔を。帝国で多くの人々を殺し、青ざめた顔を。
「お前たち魔女も、昔は人間だったんだろう? なぜ、今、人間を殺せる? なぜ、同族を何の躊躇もなく殺せる?」
思っていたのだ。転生者として、ジュンは人類に仇なす魔族を何体か殺してきた。彼らは一様に人間を殺すことに躊躇がなかったと言えば嘘になる。望んで人を殺しているようには見えないのも居た。それはきっと、互いに話ができるからだ。元の世界ならば、人種が違うようなものなのだ。
だが、目の前の魔族は、元人類は、何の躊躇もせず、人を殺すことを嬉々としている。
「なぜって⋯⋯君はさ、君だからそんなこと疑問に思うんでしょ? 確かに、ボクは昔人間だった。少し緑魔法が使えた程度の、ね」
ミカロナは遠い過去を思い出すように、空を虚ろに見る。
「ボクはその時、人々の怪我や病気を治す医者だった。魔法的な意味ではなく、医学的な意味さ。ボクは⋯⋯手術って知ってる? 体を糸なんかを使って縫い付けたりする医療方法なんだけど、それができた。薬なんかも作れた。人間の治癒魔法なんて完璧じゃない。自然には治らない病気を治すには、そういう方法が必要だった」
彼女は話を続ける。
「治癒といえば魔法だ。だからこそ、医者は少なかった。治癒魔法使いでは治せない病気はあったけれど、それ以上に単なる治癒魔法で事足りる傷のほうが多かったからだ。何より医者には知識が居る。ボクは偶々治癒魔法も使えたから医者という、儲けにならない仕事をしていても何とかなった。だから、ボクは多くの人に求められた」
この世界の医学は、そこまで発展していない。治癒魔法なんかがあるからだ。そのため、病気や感染症というのは一種の災害であった。罹患したら仕方ないものであった。なにせ、大抵は治癒魔法で何とかなるから。本当にどうしようもない病気は非常に少ない。
つまり、医者はそこまで求められていない。なのに、医者には多くの知識や能力が居る。では一体、誰がそんなのになりたがるのか。
医学が重要視されるジュンの元の世界と異なり、ここでは医学とは魔法の下位互換。強いてあげるならば、それではどうしようもない病気を治せるという優位点があるが、それは非常に難しく、更にはそんなの滅多にない。需要と供給が成り立たないのだ。
「最初こそ嬉しかった。数は少ないけど人に頼られている。人の助けになっているって思うと、ボクの自己肯定感が満たされるような気分だった。それに治癒魔法も使えたから、儲けもあった。でも、日を追うごとに、ボクは段々と嫌になって来たんだ」
ミカロナは歩き、ジュンに近づく。
「もし、失敗したら? もし、医療行為ができなくなったら? そのとき、ボクはどうなる? と、考えるようになったんだ」
魔法使いの全盛期は十代後半から二十代まで。三十代からは、段々と衰えていく。それは人の老いが原因である。知識や経験が蓄えられても、それを活用できるだけの力がなければ意味がない。
「医者にとって、信用は何よりも大切なもの。一度でも失敗すれば、ボクへの好意はなくなり、それどころか不信を生むだろう。⋯⋯ああ、怖かったんだ、あの時、そうなってしまうのが」
人の命を救うという医療行為。救えなかったという罪悪感。そして、それに伴う責任。それが、ミカロナにはあまりにも重すぎた。
「⋯⋯だから、ボクは何もかもを壊してやった。どうせいつかは失うものだ。なら、それが少し早くなったところで誰が文句を言うんだろうか、ってね。その後ボクは自殺するつもりだった──あれを、見なければ」
彼女の目は見開き、まるで愛する人を頭の中に描き、それを熱愛する乙女のよう──否、それに限りなく近い感情だった。
「女の子が居たんだ。可愛らしい女の子。透き通るような肌に、お人形さんのような美貌。黄金にも引けを取らないどころか上回るような金色の長髪に、ラピスラズリのように青い瞳。ボクはその娘を壊した。白い肌を赤く染め上げ、顔は認識できないくらいに陥没させ、金髪は頭皮ごと引き抜き、瞳をその娘から生きたまま抜き取り、そのまま咀嚼させた。ああ⋯⋯思い出しただけでゾクゾクする。あのないはずの瞳から涙の代わりとでも言うように血を流す姿。局部に剣を突っ込み、子宮をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやったときの愛らしくて美しくて可愛そうな悲鳴! なんて絶景! あそこまでの快楽を覚えたことは、今も昔もない! ボクは彼女のおかけで自覚した! ボクはこういうことが大好きなんだって! だからボクは、この『欲望』のために生きることにしたんだ。ボクは痛めつけるが好きなんだ。ボクは苦しめるのが好きなんだ。ボクは嬲るのが好きなんだ。ボクは拷問が好きなんだ。ボクは殺すのが好きなんだ。ボクは恐怖させるのが好きなんだ。ボクは虐待するのが好きなんだ。ボクは犯すのが好きなんだ。ボクは甚振るのが好きなんだ。ボクは罵倒するのが好きなんだ。ボクは壊してやることが好きなんだ。そして、ボクは壊されるのが好きなんだ。ボクは罵倒されるのが好きなんだ。ボクは甚振られるのが好きなんだ。ボクは犯されるのが好きなんだ。ボクは虐待されるのが好きなんだ。ボクは恐怖させられることが好きなんだ。ボクは殺されるのが好きなんだ。ボクは拷問されるのが好きなんだ。ボクは嬲られるのが好きなんだ。ボクは苦しめられるのが好きなんだ。ボクは痛めつけられるのが好きなんだ。老人を、老人に。子どもを、子どもに。男を、男に。女を、女に。魔族を、魔族に。魔物を、魔物に。──魔女を、魔女に。誰にでも苦痛を味あわせてやりたい。誰からも苦痛を与えて欲しい。でも特に弄びたいのは女の子だ。それも可愛らしいマリオネットのような。女の子が処女なら尚良い。何せ純血を汚してやるときの快感は彼女たち以外では味わえないからね。それに女の子は声が素敵だ。泣き叫ぶ声はボクが寝るときのヒーリングミュージックさ。あれ無しで寝ることは最早できないよ。でも特に弄んで欲しいのは男だ。彼らは力が強くて、その分痛みがあるからね。鍛錬に鍛錬を重ねた筋肉による剣や拳は癖になるほど依存性が高い。ボクの体が壊れていくあの感覚は、ドラッグよりも断然ハイになれるよ。それにボクの体目当ての男なんから最高さ。こんな下等生物如きに犯されるという屈辱感と、それと同時に覚える下半身の快楽と熱。動く度に感度が上がっていき、女としての本能が無理矢理呼び覚まされ、喘ぎ声を発する。頭の中が白くなって、膣内に出されたとき、ボクは雌らしく絶頂するんだ。もっと求めようとする気持ちとと、汚いモノに犯されたという忌避感。相反する二つの感情は、全く最高に愉快。そして後で殺したときにも、普通に殺すより心地よい。気分が晴れるような、曇るような、そんな感じがもう堪らない。でも特に殺したいのは魔女だ。魔女は生物界における最高点。つまり最強の種族。基礎的な身体能力が生物としての限界を遥かに超えて、更に世界の何より強き能力を持っている。今の魔女たちだと──ロアの『無限魔力』は魔女にとっても、生物にとっても最高の能力だろうね。何せそれだけで最高の力を手にできたも同然なのだから。あとはいかにしてそれを制御できるか。たったそれだけで、最強になり得る能力なのだから。レネの『守護』はまさしく尊敬すべき能力だ。他者をありとあらゆる被害から守り、決して死なせはしないという聖母みたいな、女神みたいな優しき力。包容力もあり、その上で残酷性もある。ボクをそうしたように、守るためのその力は、時として殺すための力にもなる。ヴァシリーの『傀儡』は本当に恐ろしい。知らぬ間に大切な人を殺してしまっているとか、自分のありとあらゆる自由意志による選択は全て、ただの誘導された回答だったっていうのがあり得るからさ。自我がハッキリした状態で、したくもないことをさせられるという嫌悪感は、果たしてどんなものなんだろうね? エストの『記憶操作』は一番行使されたら心地良い能力だ。確かに抵抗は簡単かもしれないけど、その隙を狙われるだけ。効果を発揮されればボクの脳では処理できないほどの⋯⋯無限に近い情報量が流れてくるだろう。恐怖を痛みを苦しみを嫌悪を不快を絶望を不安を狂気を。作られたそれらは遥かに本物を超えるものだ。本物を超えて、本物以上で、本物が霞むくらいの、本物が下らなく感じるほどの、偽物の負なる感情を呼び起こし、与えて、蝕ませる。⋯⋯そんな、皆の美しくて華麗で快い残虐的な能力者たちを、尊厳なんか『欲望』なんか踏み潰してやるのはどんな気持ちを抱けるんだろうかな。それはきっと、弱小で矮小で無知で蒙昧で無力で掃いて捨てるだけ存在する人間を、蟻を指で潰すように壊すよりも、断然気分が爽快になれるだろう。でも、殺されるなら強い相手なら誰でも良い。ボクの魔法。ボクの近接戦闘。ボクの能力。ボクの策略。ボクの全て。何もかもが殺すに足りず、何もかもが意味を成さない。絶対的な力の差でも、僅かな力の差でも、ボクを上回り、ボクを殺せる相手にならボクは殺されて良い。それはきっと美しい。全身につけられ、魔力が枯渇し最早治癒できずそのままの傷の痛みも、全く足りない酸素を必死になって取り込もうとし、過呼吸になり、全身の筋肉がピクピクと痙攣する苦しみも、どうやっても勝てる未来が見えない閉ざされた状況に対する絶望感も、そのときに感じる負の感情はまさしく最高峰だろう。詰みは最期だ。最期だからこそ味わえる最上の感覚。それこそ、ボクの望むもの。それこそ、ボクの『欲望』が叶う瞬間。きっかけと終わり。その二つがどちらも過去現在未来の全てにおいて最高なんだろう。初めての楽しさというのは初めてでしか味わえないように、最期の楽しさとは最期でしか味わえないのだから! だからこそ、ボクは君たちを最期の晩餐に選んだ。それは黒の魔女のおかけで台無しにされて、さっきは少し苛立ったけれど⋯⋯ああ、いや、これもまた、素晴らしい。ボクの望むことを成し遂げさせたあとで、全てを壊される。何だ、なぜボクはあんなにも怒ったんだろう? 最高じゃないか。ボクはあまりにもボクの最期に執着していたのか。ボクは既に君に殺される他ないというわけか。拘束されるという、ボクの意思によってボクの最期は訪れないなんて⋯⋯彼女はなんてボクの心を掴むのが上手いのだろう。──とまあ、ボクはつまり、ボクだからこそ人間を殺せるんだ。ボクの価値観。ボクの楽しみ方。ボクの『欲望』。まあ、君たちから見ればボクは狂人だろう。でもボクからしてみれば、皆等しく狂人だ。どうして生きるのか、と聞かれたとき、皆答えが一緒なわけないでしょ? ある人は死にたくないから。ある人は守りたい人がいるから。ある人は趣味があるから。ある人は仕事があるから。ある人は種を存続させたいから。ほら。同じ人間でさえ皆理由が違う。皆違うんだ。何が一般的なんだろうね? 人に迷惑をかけているから? 生きとし生けるものは全て、他者に迷惑をかけている。なぜボクだけが特別に迷惑をかけていると言われるの? ⋯⋯ボクは狂人だろう。でも、それなら、皆も狂人だ。狂気は正気。正気は狂気。正常はなく、全て異常。異常はなく、全て正常。ボクも君たちも、何もかもが等しく、何もかもが異なる。そこにカテゴライズはない。顕在意識の差異の少ないグループが同一視され、それを人々は一般と呼び、ボクらのことは狂人と呼ぶだけ。ただそれは相対的なものであり、絶対的なものではない。所謂価値観というものは時代、人々、環境によって変わる。もう一度答えよう。ボクはボクだから人を殺し、痛めつけ、苦しめる。君は君だからこそそれを受け入れられない。ボクがその美しさを語れば、ボクに賛同する人も居るだろう。君は単に、ボクを理解できなかっただけ。君は君であることを辞めなければ、ボクをどれだけ狂ってると言っても、それは自己矛盾の塊だ。──逆に訊こう。君の正気は、何を以て確証できるのかな? そもそも、正気とは何だ? ボクはそんなものないと思う。正気も狂気も、正常も異常も、確実性も不確実性も、何もかも。あるのは個人の意思だけ。ただ君たちはそれらを、似たようなものと似ていないようなもので分けているだけに過ぎない。さあ、もう満足だろ? ボクが人を殺す理由はそんなものだね」
気圧され、何も言えなかった。ジュンは理解し合えないと結論付けた。命乞いだったのかもしれない。しかしその意思こそ、ミカロナの哲学に肯定するものであったことは、彼自身気づけなかった。
「⋯⋯ということは、お前を倒してもいいってことだな!」
──突如、地面に何かが落ちてくる。それは人外じみた身体能力により、普通ならば全身の骨が折れるような衝撃をいとも簡単に抑えつけたのだろう。彼女は、まるで痛もうとしていない。
「⋯⋯君は⋯⋯ふふふ。⋯⋯なんともまあ⋯⋯今日は最高の夜──いや、朝だね」
王都の舗装路を見事に粉砕し、立ち上げた煙が晴れたとき、彼女は姿を表した。
赤い髪はメラメラと燃える炎のよう。瞳はワインレッドで、赤を貴重としたブラウスに、黒いショートパンツを穿いている。
外見年齢はおよそ十代前半。声も非常に若く、可憐というより、活発で元気な子という言葉を体現したようだ。
「──友達はこのロアが守る! そして他の魔女とそろそろ全力で戦いたかったところなのだ!」
赤色の閃光が走り、それはミカロナの頭を狙い、蹴る。あまりの速さにミカロナの反応は遅れ、蹴りをまともに食らった。首辺りから鳴ってはいけない音が鳴り、同時、彼女の体は地面に叩きつけられる。
「〈三重魔法爆衝撃〉!」
赤色の魔法陣が三つ、ミカロナの真上に展開され、彼女の全身を打ち砕く。『無限魔力』によって制御可能限界まで引き上げられた破壊力は、地面を沈めるに飽き足らず、あまつさえ地割れを引き起こした。
常人ならそれが人の形を保っているかさえ怪しい。しかし相手は魔女。それも治癒に特化した緑の魔女だ。
ロアの真後ろにミカロナが転移する。そして掠り傷を与えようと、魔法を、
「──残念」
予め仕掛けておいた〈爆裂地雷〉が発動し、ミカロナは吹き飛ぶ。その際に四肢がいくつか消し飛び、頭蓋骨や内臓が破壊されるも、無意識下で行使された治癒魔法がそれら傷を瞬時にして完治させる。
「────」
魔法を行使せずに〈転移〉じみた速度でロアはミカロナの懐に入り込み、ラッシュを叩き込む。腕が幾本にも見えるほど速く、残像を残し、ミカロナを連続で殴りつけた。
最後の一撃でかち上げられるも、ロアはそれより速くミカロナより高い位置に跳躍し、踵落としを彼女の頭に食らわせる。
「⋯⋯これが、赤の魔女」
人知を超えた格闘戦闘をまじまじと見せつけられ、ジュンは息を呑む。今の消耗した自分ならば当然、万全な状態でさえ、確実に勝てる相手とは思えなかったからだ。
「〈崩光〉」
赤色の魔法陣から、魔力を最大効率で変換した破壊エネルギーが放出される。それは直径三メートルのレーザーであった。
白色の熱が、衝撃が、破壊が、ミカロナに直撃した。流石の魔女と言えど、これに防御魔法もなしに耐えられるわけがない。
だが──、
「ロア! そいつは殺しても殺せない! 僕が凍りつかせないといけないんだ!」
「──は」
煙から無傷のミカロナが飛び出し、ロアに肉薄する。
「お返しだ!」
ミカロナがロアを狙い、右ストレートを繰り出す。既の所でロアは両手でガードしたが、ミカロナにその防御方法はあまりに愚か。
「っ──!?」
ガードしたにも関わらず、ロアを、これまでに感じたことのない激痛が襲った。腕はほぼ無傷であると言うのに、骨が剥き出しになり、千切れかけたみたいに痛い。
「〈氷散弾〉」
複数の氷の弾丸が生成。そして空中から発射される。それはきっとロアに致命傷を与えるだろう。
「〈領域・守〉」
ロアとミカロナの間にジュンが入り込み、戦技を唱える。領域が展開され、ミカロナの魔法を正面から刀で斬り伏せた。
次の瞬間、ロアはミカロナの背中に回り込み、後ろ回し蹴りを彼女の頭を狙う。
凄まじい力によって、ミカロナの頭部と胴体は首を起点に引き千切られ、別れた。
空中をクルクルと回る頭部は意識を失ってさえおらず、口を開閉させる。声は出なかったが、無詠唱魔法として〈転移〉が発動する。
生首と胴体が、ロアとジュンから少し離れた場所に再出現し──胴体は独りでに動き、落とし物を拾うと、人形のパーツを嵌めるみたいに首をくっつけた。
「あ、あ、あー⋯⋯よし、きちんと引っ付いたね」
間髪入れず、ロアの左フックが飛んで来て、更に連撃が繰り出される。しかしミカロナはそれを悠々と避け続ける。
「ボクがどれだけ『第六感』ばかりに頼っていたかを自覚できたよ。今は、視覚と聴覚も併用しているんだ」
真横から飛び出してきたジュンの剣戟を受け止め、氷魔法で反撃したのと、ロアの顎を蹴ったのはほぼ同時だった。
「ふう⋯⋯ああ、でも⋯⋯こんなにも長く戦闘をするのは久しぶりだね。やっぱり体力的に厳しいよ」
余裕そうな表情をミカロナはしているが、よく見れば肩で呼吸をしているし、汗もかいている。対してジュンは消耗しているとはいえまだまだ動けるし、ロアは口に溜まった血を吐き、拭うだけで戦闘意欲はまだまだ存在する。
ミカロナに大した傷はない。しかし体力がもう限界に近い。
「ロア。君の精神力は賞賛に値するよ。普通ならのた打ち回るほどの激痛を、君は味わっているはずなんだけど⋯⋯」
「ロアは小さい頃からずっと痛みと一緒に育ってきた。ロアにとって、鍛錬することは痛みに強くなることだったから、今更この程度どうってことない」
「へえ。なら、ボクも⋯⋯君に最高の痛みを感じさせてあげよう。もしかすれば君は、ボクの本気の能力行使にさえ耐えるかもしれないのだからね」
手加減──とは違っていた。ミカロナの『感覚支配』によって対象の痛覚を過敏にさせ、本来より強い痛みを味合わせる。だが普段、彼女はこれに制限をかけていた。なぜならば、ある一定を超えてしまうとそれはもはや痛みとして認識されず、逆に無痛になってしまうのだ。神経を破壊してしまえば痛みがなくなるように、神経に負担をかけすぎて、痛みが痛みではなくなるのだ。
「それは怖い。ロアは別にそういう趣味があるわけではないから、遠慮する!」
肉弾戦になってしまうと、それは接触扱いとなる。ミカロナを殴る度に激痛を感じるのだ。ならば、対処法は単純。触れずに攻撃すれば良い。
ロアはより細かくなった元石畳を片手で拾っていて、それを砂でもかけるように投げると、
「〈電磁加速砲〉」
サイコロ状の石が急加速し、ミカロナの体を抉る。それは無闇矢鱈に体を壊すのではなく、目的があった上で、計算された抉り方だ。
ミカロナの四肢を的確に狙って、液体かと見間違うほどに細々とした肉片へと切り裂く。
一瞬、彼女の行動力を奪った。言葉なんて交わさずとも、ジュンはその意図を、自分がやったことみたいに理解して、刀の先を彼女の心臓に合わせる。
「凍ら──!」
「──待て!」
その瞬間、ロアが声を上げる。必死に、それは駄目だと静止するように。しかし、それはあまりにも遅い。
ミカロナの口角が片方だけ上がり──
「何で、ボクが魔法を何もせずに受けたと思うの?」
刀がミカロナを凍りつかせるより速く、ミカロナは氷の刃を空中に複数も生成する。それは、ジュンを細切れにするに足りるだろう。しかし──
「──レネ」
ジュンの目の前で、鮮血が飛び散った。──レネが、ジュンを守るために身代わりになったのだ。
全身に裂傷が刻まれて、出血量は夥しいほど。その際にレネは右目の視力を奪われたが、
「私が生きている限り、私の目の前で誰も殺させません!」
レネの青い瞳が光り、ミカロナの体を一瞬だけ拘束する。そして、死にそうなくらいの激痛に耐え、血の混じった声で魔法を叫ぶ。
「〈次元断〉ッ!」
そして、ミカロナの片腕が切り裂かれた。同時、彼女は三人から距離を取るように跳躍すると、片腕を抱えながら三人から目を離さないようにする。
──ミカロナは片腕を治癒しない。
「あーあ⋯⋯魔力がもう足りない。三人も相手にして、これ以上戦うことはできないよ」
ミカロナは息を弾ませながらそう言う。
「ボクは死ねないけど、戦えもしない。⋯⋯一時撤退。これはその置土産さ」
「──待っ」
ミカロナは水晶を取り出す。それは『魔力重結晶』。魔女のような強大な魔法使いが時間をかけてようやく作れる結晶であり、魔力石を遥かに超えた魔力を同じ大きさでも蓄えている──つまり、密度が非常に大きい。故に、そこから魔力を必要なだけ取り出すことは難しいが、逆に言えば、それが開放されるとき、
「────」
レネの瞳が青く光って、三人をそれぞれ覆うように防御壁が展開された。
直後──閃光が生じる。辺りを蒸発させるような熱。辺りを吹き飛ばすような衝撃。即ち、破壊現象。熱が木造建築物を焼き、爆風がそれを吹き飛ばす。
〈爆裂〉でさえ生み出せない破滅が王都全域に齎され、それらが終了したとき、
──あの美しき街並みの王都は、瓦礫の山となっていた。
キリのいいところまで書いていると少し長くなりました。
ちなみにミカロナの長文台詞は凡そ三千文字です。次は台詞だけで一話使ってみたいなぁ⋯⋯流石に無理かな。
そう言えばそろそろクリスマスですね。私? 予定ありますよ。塾の。⋯⋯悲しい。まあ別に、三次元の女の子にはあまり興味がありませんので、リア充爆発しろなどとは全然思っていません。ええ、思っていませんとも。
というか、クリスマスが終われば年明けですか。⋯⋯え? この前オリンピックやったばかりですよね?
嫌だ⋯⋯年取りたくない。