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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第六章 黒
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6−8 瓦礫の王国

 気づいたときには、既に転移していた。

 抵抗しようとすることさえ叶わず、イザベリアに転移させられたのだ。


「────」


 今どうすべきかを考えようとするも、その思考は目の前の光景を見て遠く彼方へと飛んでいった。

 エストたちが転移させられたのはウェレール王国王都の中央広場。イザベリアがそこを知っていたのはエストの記憶からだろう。

 しかし、そこに広がるのは、エストたちの知らない王都であったものだ。


「⋯⋯これは何の冗談だ? 王国なんてかなり昔から訪れていなかったが、いつ荒廃した?」


 セレディナが呟くように、王都は瓦礫の都市と成り果てていた。

 家屋はほぼ崩れており、無事なのは視界内に片手で数えられる程度。炎が立ち上がったようで、真っ黒な木材だったものや、細かく砕かれた石材。そして仄かに血の匂いもする。瓦礫を退ければ死体か、もしくはもう死ぬ人間を発見できるだろう。

 

「少なくともこの凡そ一週間以内ですね。でも⋯⋯」


 ユナは『慧眼之加護』を発動すると、近くのある瓦礫の元に向かって、それを避ける。

 するとそこには女性の死体があった。子供を抱えて、守るように潰された死体だ。子供も母親の努力虚しく、押しつぶされて死ぬことは避けられても、肺でも圧迫されたのだろう。窒息死だ。

 彼女は小さく「酷い」とだけ言う。


「死体の具合を見るに、長くて一日や二日ってところですかね」


「そうか」


 ユナはその死体を瓦礫から出して、そして地面に寝転がし、開けたままだった目を閉ざした。

 

「⋯⋯とりあえず今は、瓦礫の撤去作業をしていられるほど暇じゃない。イザベリアが俺たちを知っててここに転移させたとは考えられないし、つまりそれは、ここが安全とは言えないということだ」


 もしここが前までの王都なら、ジュンやレネと合流して、イザベリアの元に向かったことだろう。仮にそれが無駄だったとしても。それに、マガに取巻きが現れる可能性だってゼロではなかった。

 しかし、現状は誰がどう見ても正常とは言えない。正真正銘、ウェレール王国では異変が起きている。


「一、黒の魔女、または黒の教団幹部の仕業。二、実はまだ破戒魔獣が居て、それがこの国を襲った。三、王国で内乱が発生した」


 フィルが現状についての予測を立てる。三つ目は可能性が低いが、他二つは不自然でない。黒の魔女や教団の目標が大陸全土の国の滅亡ならば、プランアルファ、それが無理なら臨機応変に、なわけがない。大きな計画であればあるほど、不測の事態を予期して、いくつものプランを考えて、用意しているだろう。その一つが破戒魔獣だ。

 マサカズはあまり詳しくないが、十戒という言葉を知っている。だからこそ破戒は合計十体しかいないと考えても良いだろうから、彼はフィルの予測、一であると思っていたが、


「四、無関係の敵対者の出現。もしくは一なのかも知れない」


 少年が、瓦礫の山を超えて歩いて来た。

 黒髪黒目の、この辺りでは見ない顔立ち。腰には刀を携えており、服装で彼の役職は一目で分かる。

 王国冒険者組合の組合長、ジュン・カブラギだ。


「やあ、一週間ぶりだね。⋯⋯色々と強者が揃っていることについて聞きたいことはありまくりだけど、今はそんな状況じゃない」


 よく見ると、彼の服は汚れているし、傷もついている。致命傷と思しきものは少ないが。


「⋯⋯何があった?」


「そうだね⋯⋯一言で済ますなら、そこのお前と同類がこの国を襲ってきた」


 ジュンはマサカズの問にエストを指差しながら、そう答える。

 エストと同類⋯⋯つまり魔女だ。そうならば納得できる。ジュンという転生者が、傷を負うなんてそれこそ魔女クラスくらいを相手にしなければならないのだから。


「──姉さんはどこ!?」


 それを聞いて、真っ先に声を荒げたのはエストだった。何時もは人前ではしない呼び方をしたのも、彼女が今どれだけ焦っているかを示している。


「姉さん⋯⋯? ⋯⋯ああ、レネさんのことか。彼女は生きてる。でも⋯⋯」


「どこ!?」


 エストはジュンの両肩を掴み、必死の形相で訊く。彼はそれに驚き、後ずさるも、答えた。


「冒険者組合の地下の集中医療室A−1」


 言い終わると同時に、エストは転移魔法を行使してその場から去る。


「⋯⋯医療室⋯⋯カブラギさん、レネ様に一体何が」


 レイの主人はエスト。エストの義姉はレネ。そういうこともあり、彼はレネにもエストほどではないが忠誠心がある。

 

「それに、魔女が襲ってきたと言っていたな? 誰だ? まさか⋯⋯黒か?」


 続けて質問するのはセレディナだった。現状、国を滅ぼしにくる魔女なぞ黒の魔女以外には考えられない。何せ、


「基本、魔女たちは自分のことにしか興味がない。他の魔女に干渉するのは、それこそ人類が滅んでから。現状だとまだまだ⋯⋯ってはずだろう? 強き転生者よ」


 口を開いたのは、増援に来ていた四体の魔人のうちの一体。レイとセレディナを助けに来たはいいものの、その直後にマガが乱入してきたことで出番を奪われた二体のうちの片割れでもある、『傲慢』メラリス。短い金髪に金目で、二メートルを超す身長に、とてつもないほどに鍛え上げられた、下手な金属の刃では切り傷も与えられない硬質な筋肉を持つ大男。上半身は裸で、着衣しているのは緑色の半ズボンと靴だけと、彼じゃなければ即通報されていただろう。

 ちなみに、もう片割れは『暴食』ベルゴール。身長は百七十四センチメートルと他の男系魔人と比較的低いが、茶色がかった黒のフード付きトレンチコートからもわかるくらい筋肉はある。フードで隠れていて、まともに顔は見れないし、両手もコートのポケットに突っ込んでいるので、素肌の露出がない。


「ああ、だから黒の魔女が襲ってきたと考えるのも無理はない」


「その言い方だと、まるでそうでないみたいだね。どういうことなのかな? ⋯⋯まさか、黒でない、とか」


 フィルは薄く笑みを浮かべながら、自分の考えを述べる。


「そのまさかだ。⋯⋯黒でもない。勿論(ロア)でもない。あれは⋯⋯『緑の魔女』。名はミカロナだ」


 それから、ジュンはここで何があったのかをマサカズたちに話し始めた。その話は簡潔に纏められていたが、いやだからこそ、その悲惨さが滲み出ていた。

 エストの後を追うように、冒険者組合施設に向かいながら話をして、到着すると同時にそれは終わる。


「これは⋯⋯」


 そこにあったのは、周りと同じく崩壊した元冒険者組合施設だった。見慣れた立派な建物は、今や瓦礫の山と成り果てている。

 そこに居た数人の人間──おそらく冒険者──にジュンは話しかけると、見張りたちは地面に設置された地下に行くためのハッチを開く。


「こっちだ」


 先に行くジュンに続いて、マサカズたちは地下室へ向かっていった。


 ◆◆◆


 冒険者組合施設の地下は万が一の事態のためのシェルターとして作られた。冒険者組合が設立されてからこれまでに何度か使われたこともあったが、それらは大抵自然災害によるものだった。


「⋯⋯⋯⋯」


 エストが見ていたのは、ベッドの上で、目を閉じたまま仰向けになっているレネだった。

 それだけならばエストは安心したものだが、彼女はそうはならなかった。

 ──レネの体は酷くボロボロだ。

 海のように青く、美しく、艶のあった長髪は薄汚れ、ボサボサしており、ワンピースは所々破けていた。

 見える肌は全て包帯で隠されており、その包帯には血が滲んでいる。人間ならば死亡しているだろう傷だ。

 そして、レネの聖母のような顔の右半分に、縦方向の切傷があって、それは彼女から右目の視力を奪っている。何とか治療されたものではあり、止血はされているが、縫われており、それはつまり──レネのこの目の傷は治らないということだ。


「⋯⋯姉さん」


 治癒魔法の原理は、対象の自然治癒力を操作することによる超自然的療法である。なので自然治癒力が少しでもあれば、被治療者に大きな負担がかかるとはいえ、切断された腕をくっつけたり、生やしたりすることもできる。蘇生魔法ならば生き返りたいという意志がそこに更に加わる。

 しかし逆に言えば、自然治癒力が消失した傷は、魔法的に治癒することはできなくなる。例えば切傷なんかは治癒しても跡が残るが、そこに自然治癒力はない。故にそのような傷跡は消すことができないのである。勿論、例えば傷跡に当たるものが喪失した機能であっても、同じことが言える。


「っ」


 エストはレネの悲惨な姿を見て、すぐさまここから立ち去り、その相手を殺しに行こうとする。当然、その相手が今どこにいるかもわからないため、そんなこと無駄足にしかならないと知っているが、この怒りはそうでもしないと抑えられない。


「⋯⋯緑の魔女、ミカロナ。それがレネさんを傷つけた張本人の肩書と名前らしい」


 部屋を出たタイミングで、壁に持たれかけていた少年は答える。エストは彼に振り返ることもなく、一瞬足を止めるがそのまま外へ行こうとした。


「無駄だ。どこに居るかなんて分からないだろ」


「⋯⋯それでも」


 マサカズは無駄な行いをしようとするエストを呼び止める。しかし彼女はそれを自覚した上で行こうとしているのだ。


「前日、緑の魔女ミカロナがここ、王都を襲撃した。その結果として王都は壊滅。被害は尋常じゃない。魔女の力ならば、今朝頃には王国の他の町や都市を全て滅ぼして、帰っているだろうよ」


「⋯⋯⋯⋯」


「今すべきは、これからどうするかを決めることだ。お前だけどこかへ行くなんて許されない。最善は何かを見極めることだ」


 エストは再び立ち止まり、そして振り返る。


「少しは冷静さを取り戻したか。それとも、まだ頭に水でも欲しいか?」


「⋯⋯うん。もう少し頭を冷やす必要がありそうだね。後でキミたちの所に行くよ。だから、それまで待っ──」


 マサカズは徐に隠していたバケツを取り出し、その内容物をエストにぶっかける。頭から冷たい水を思いっきり被ったエストは、マサカズに対して呆れた。


「気分はいかがかな? エスト。Coolになっただろ?」


「冷たくはなったね。キミへの態度も。気分は最悪さ」


 水びだしになって衣服が透けるエストの姿はある意味で危険だが、勿論マサカズはそれを狙ってやったわけではない。日頃の恨みを晴らすついでに、エストの怒りを文字通り鎮火するためだ。

 エストはすかさず乾燥させる魔法を行使すると、彼女の白の服装は瞬時にして乾燥機から取り出した直後のようになった。


「そりゃ上々。何度か殺してくれた礼を喜んでもらって嬉しいぜ」


 エストはため息をつくと、


「さて⋯⋯皆はどこに居るのかな?」


「あいつらなら臨時の会議室に居る。こっちだ」


 マサカズが地下室を先導する。会議室に行く途中で、エストはレネ以外の怪我人が居る部屋を幾つか見ていった。

 そこには多くの犠牲者がいた。


「生存者はここにいる人たちだけだ」


 マサカズの一言は、エストには信じ難かった。避難民は多く見積もっても千人程度。それは王都の総人口からしてみればあまりにも少ない人数だ。


「⋯⋯なんだって」


「今判明している生き残りの殆どは冒険者だ。一般人の生き残りはほぼ居ないといって構わない。まだ一日しか捜索していないとは言え、人っ子一人見つからないんじゃ⋯⋯まあ、そうなんだろうな」


 エストは、自分の力なら王都一つを壊滅に追いやることくらい造作もない。しかし、残り千人程度にまで殺戮しきれるかどうかは別問題だ。良くて半分を殺し尽くせる程度だろう。そこまで至るには、広範囲魔法を使いこなせなくてはならない。エストはその手の魔法はあまり使わないのだ。


「緑の魔女、ミカロナ。詳しく知ってるか?」


「名前と容姿くらいだね。彼女が殲滅魔法が得意なのは知らなかったよ」


 緑の魔女、ミカロナ。外見年齢はマサカズたちと同じくらいであり、ミディアムロングの緑髪に緑を基調とした服装であったはずだ。

 緑の魔女と言うこともあり、緑魔法が得意なのは知っていた。緑魔法を攻撃に転用するというとんでもないことを軽々と成す魔女であったから、エストの印象に残っているのである。

 

「私が知っているのは、自然治癒力を操作する緑魔法のデメリットを活用して、対象の肉体を内部から崩壊させる魔女ってことさ」


「何だそれ。俺の知ってる緑魔法じゃないんだが」


「治癒魔法は対象に負担を強いる魔法ってことは知ってるよね。高階級になればなるほど、対象への負担は大きくなるけど⋯⋯逆に、わざとその負担を大きくすればどうなると思う?」


「⋯⋯は? それは⋯⋯」


 エストもミカロナとは出会ったことがある。確かあれは三百年前の話だ。

 当時既に最古の魔女扱いされていたエストに、ミカロナは挑んで来た。魔女に成りたてということもあり、当時のミカロナに苦戦することはなかったが、


「あの魔法は痛かった。言うなればマイナス階級魔法と言っていいね。わざとグチャグチャに組まれたあの魔法陣は、まるで対策が取れない。整合性を無視するってことは、イレギュラーってことだからね」


 実際は第十階級魔法と同程度の行使難度、構築要素数であるが、その異質さはそれら全てを格段に跳ね上げている。現にエストも似たようなものを組んでみようとしたことがあったが、できなかった。

 芸術に例えるなら、白いキャンパスに写真と何が違うのか分からない絵を、いやむしろ現実以上の美しさを描けるのがエストだとしたならば、ミカロナはその白いキャンパスを、汚く黒や紫、濁った青色で染め上げた上に、病気で寝込んだときに見るあの不可思議な夢を、素でそこに描くようなものだ。天才としての方向性が違うとでも言うのだろうか。


「今ならより異質で、より質の悪い治癒魔法が使えるようになっているだろうね」


 より質の悪い治癒魔法。それは人を痛めつけるには最も効果的な魔法である。何せ治癒の真逆をするに同義なのだから。

 単なる死ではない。単なる痛みではない。単なる苦しみではない。恐怖だ。治すとは真逆の、壊されるという感覚。


「それ、どれくらいやばかった?」


「私が能力で忘れたくらい」


 さりげなく爆弾発言をしたエストに、マサカズは頭を抱える。

 

「──魔女には、レネさんを除いて碌なのが居ないな」


 むしろレネが異質とも思えるくらい、魔女は誰もがどこか狂ってると、マサカズは思った。

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