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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第六章 黒
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6−6 破戒魔獣殲滅作戦Ⅴ 〜勇気と無謀〜

 防御魔法を行使し、光線を防ぐが、完全に威力を削ぐことはできなかった。しかし、一秒くらいは耐えられるし、光線を避けるにはそれだけで十分だ。


「姉さんはこれを完璧に止めるんだから凄いよね」


 モートルの目を背けたくなるような口から放たれる光線は、いとも簡単に大地を融解させる。

 流れ光線が仲間に飛ばないか不安な所であるが、エストにはそれを解消できるほどの余裕と実力がない。自分が死なないように立ち回るだけで精一杯である。

 エストが今すべきことは、モートルの殲滅ではなく、足止め。マサカズ、ナオト、ユナの三人ならば破戒魔獣のコアを破壊できることに期待しての作戦のため。

 

「少し痛がってもらおうかな」


 エストは空中にいくつもの魔法武具を、モートルの前百六十度に渡り創造。それらを重力魔法で操作し、モートルに投げつける。


「────」


 だが、モートルは光線を薙ぎ払い、それらの殆どは空中で破壊する。残り数少ない魔法武具はモートルの体に刺さったが、そこまで損傷を与えることはできていなさそうだった。

 

「おっ、と」


 モートルがエストに向かってまたもや光線を撃つ。甲高い機械的な音と共に、次の瞬間にはエストの居た場所がドロドロの土と草だったものに成り果てている。


「学習能力もそうだけど、この短時間で進化する能力はやっぱり厄介だね」


 今度の防御魔法は、一秒と持たなかった。十分の五秒ほどだろう。それでもまだ、光線回避は可能であるが、これ以上持たなければ不可能となる。

 防御魔法は使えなくなった。爆発しそうな爆弾を抱えることはできない。


「────」


 光線回避には頭を使う。何せモートルの口は大きく、射線予測が不可能に近いほど困難だったからだ。だから、発射された瞬間からしか光線を予測することはできず、更には転移妨害位置感知魔法をモートルは行使しているおかげで、エストが転移すれば、直後にそこに光線が飛んでくる。

 一回か二回程度ならば死にはしないが、大幅にパフォーマンスは下がる。そこから体力が奪われていけば、イザベリアが力を振るわなければならなくなる。

 要は削り合いだ。黒の魔女が果たしてここまで読んでいたのかには疑問の余地が残るが、結果としてそれは黒の魔女に良い方向に進んでいる。

 ここでエストを消耗させられれば、黒の魔女の戦いを見れないことでイザベリアが情報的に有利になれないし、イザベリアが消耗したならば黒の魔女の有利となる。エスト諸共イザベリアが死んでくれることさえも期待できる。仮に破戒魔獣が殲滅されたとしても、黒の魔女にとってそれらはそこまで重要ではないのだろう。その証拠が、ここで戦わされていることにある。


「全部策略だ⋯⋯なんて考えたくないね」


 もしそうなら情報はどこから漏れていたのか。どんな天才でも、情報が全く無ければ立てられる策略も立てられない。


「うーむ。ワンパターンになってきている⋯⋯ああ、させられているのかな」


 先程からずっと、光線を撃たれては避け、撃たれては避けを繰り返している。体が慣れ始めたから、今みたいにあまり関係のないことを考えられたのだが、モートルはそれが狙いだったようだ。

 エストの魔力は既に二割を消耗している。

 可能な限り節約しつつ、ただ回避に専念してこれだ。戦闘開始から五分が経過していて、単純計算あと二十分でエストの魔力は底を尽きるが、それ以前に魔力の使い過ぎによる症状で動きが鈍り、そこを付かれて即死するだろう。あの光線に直撃すれば半身が残るかさえ確証得ない。

 

「接近すれば光線に命中しやすくなる。けど、ここで回避していてもそのうち終わる⋯⋯か」


 モートルは最初からエストの狙いを理解していたからこそ、わざと時間を稼がせていた。自分の消耗は最低限に、相手の主要戦力を確実に潰すための作戦。そして、モートルの作戦には、


破戒魔獣(仲間)を信用しているってわけね」


 モートルといえど、ここに居るエストたち全員を相手にすることは厳しいはずだ。横目で見た限りだと、援軍も来ていたのだから。

 しかしそれはモートルも知っているはず。最善は逃げることであるだろうが、次点で仲間を信じ、託し、己は己ができることを尽くす。

 エストからしてみればそれが一番されたくないことであった。


「⋯⋯スムーズに行けば一体につき二分分のペースだったんだけどね。だからそろそろ二体目が死んでいても可笑しくないのに」


 これから数分後に『無闇』ライスィツニシルが倒されるが、それはレイが単身でやったことだ。嬉しい誤算というものであるが、絶望的現状にそれ以上の変化はない。


『雲行きが怪しくなってきたね、エストちゃん』


 そんなとき、イザベリアがエストに話しかけてきた。

 

「ねえ、キミの抵抗力、モートルの光線を無力化できないんだけど」


『いや? 結構威力削げてるよ。削いだ上で即死するだけであって』


「駄目じゃん」


 例えばエストのHPが100とし、イザベリアの魔法抵抗力が300とする。だがモートルの光線威力は400であるため、四分の一の威力になったところでエストが死ぬのは変わりない。


『モートルは今生き残ってる破戒魔獣の中でも最強の矛。殴り合いの戦闘に関しちゃ最強さ。耐久面も群を抜く、正直インチキとしか思えない再生力でカバーしてるしね』


 イザベリアはこの短時間で破戒魔獣の実力を調べ上げ、その上でのモートルの評価を下す。


『私なら一人で破戒魔獣全てを相手にし、殺し尽くせる。けど消耗は少なからずある。私の見解が甘かったよ。まさかこれほどまでの化物が居たとはね。⋯⋯それとも、まだやる?』


 イザベリアはマサカズたちにもう期待していない──というより、相手が予想以上だったために、これ以上の無駄な戦闘は避けるべきだと言っている。

 確かにそうだ。これ以上戦ったって無意味である可能性が高いし、ここから巻き返すのは至難の業。イザベリアに頼って、破戒魔獣を鏖してもらうのが得策だろう。だが、


「黒の魔女がもし、現状を観察していたなら、それは愚策になる、そうでしょ?」


 もし、イザベリアの存在を認知していたのなら、黒の魔女はイザベリアを潰せるこの機会を逃すはずがない。


『⋯⋯周囲二十キロに、私たち以外は居ない。魔法的な観察もされていないし、しようものなら反撃の魔法が作動する』


「〈感知妨害(ディスターブセンス)〉、〈偽装情報(フォールスデータ)〉、〈反撃不能(アンチカウンター)〉、あと保険に〈健忘(アムニジア)〉⋯⋯私ならこれを使った上で監視魔法を行使するね」


『⋯⋯つまり、私が騙されていると言いたいの?』


「違うね。その可能性もある、ってだけ。最悪の可能性を考えて行動するのに間違いはないでしょ?」


 〈感知妨害(ディスターブセンス)〉──感知系魔法を妨害し、十全の効果を発揮させないか、もしくは無効化する。

 〈偽装情報(フォールスデータ)〉──感知魔法やそれに準ずる魔法などによって得られた情報を虚偽の情報にすり替える。この場合、妨害されたという情報を、何もされなかったという情報に替えるだろう。

 〈反撃不能(アンチカウンター)〉──監視された際に、自動発動する監視魔法への反撃魔法を無効化する。手動発動の反撃魔法には作用しないが、それでも無いよりは断然マシだ。

 〈健忘(アムニジア)〉──対象の記憶を一部消去する。自動発動に設定した反撃魔法であれば、予め消去する記憶の内容を具体的に決めておかなくてはならない。この場合だと、エストは、〈偽装情報(フォールスデータ)〉とは別ベクトルからの情報隠蔽に使うことになる。


「イザベリア、キミが動くのは私たちの誰かが死にそうになったときだけ。それまで、キミは動くのは得策と言えないと思うけどね」


 破戒魔獣をこの状況から殲滅する、なんてのは至難の業だ。しかし、それは完璧に不可能という意味ではない。

 ならばそのゼロに限りなく近い可能性に賭けてみようではないか。例え、死にそうになったとしても。例え、この後のために体力を温存しておく必要があるとしても。イザベリアという最大戦力の情報を必要以上に漏らすことに比べれば、戦術的に愚行なことではない。


『⋯⋯分かったよ。エストちゃん、あなたを信じよう』


「ありがとう。──じゃあ、博打といこうか!」


 エストは覚悟を決めた。──ここで、モートルを自分一人で殺す必要がある。そうして、他の援護に回らなければ、消耗戦になり勝てなくなる。


「破戒魔獣相手に消耗戦なんて、まさに、『平原で戦士が魔法使いに挑む』だからね」


 この諺の意味は、そんなことできるはずがない無謀なことである、だ。

 

 ◆◆◆


 ──苦しい。痛い。熱い。

 人が怖い。飲食が怖い。歩くことが怖い。目を開くことが怖い。闇が怖い。光が怖い。眠ることが怖い。起きていることが怖い。呼吸することが怖い。喋ることが怖い。痛い思いをすることが怖い。怖いと思うことが怖い。

 

 実験が怖い。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 何もかもが怖い。


「──逃げたぞ! 追え! 司教様にもすぐ連絡を!」


 黒いローブを着た人間が、僕を追ってくる。もう嫌だ。もうあんな実験されたくない。


「クソ⋯⋯予定時刻まであと一時間だぞ」


「今はそんなことよりあいつを捕まえることに専念しろ。あいつがいなければ、計画は台無しなんだからな」


 多い。多すぎる、追手が。怖い。怖くて怖くて、堪らない。


「う、うわァァァァっ!」


 ──僕、何をした?

 どうして、あのローブの人間の体は真っ二つになった?

 血だ。生温かい血だ。怖い。生命体だ。怖い。怖いよ。

 僕が殺したんだ。殺してしまうことが怖い。けど殺さないともっと怖いことになる。

 ──ああ、殺そう。この力で。


「っ!」


「力を自覚したか! 早く司教様を、幹部様たちを呼べ! 俺たちだけじゃどうにもならない!」


 体の内側にあるこの、渦を、大概に放出するようにイメージすれば、それは実体化する。

 僕は手を薙ぎ払ったら、目の前に居たローブの人間たちは皆、一瞬で事切れた。

 人を殺すこの感覚は最悪。でも殺さないことは超最悪だから、僕は人殺ししなければならない。


「──お前らは出るな。俺が時間稼ぎする」


 黒ローブを着た人間たちのうち、ローブ上でも分かるくらい体ががっしりしている男が僕の目の前に現れた。両手には肉切り包丁のような得物を持っていて、あれなら僕の首を切り落とすことくらい造作もない。


「⋯⋯怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!」


 赤黒い風のような、物質のような、触手のような、液体のようなものが僕の背後から出現して、男の体をズタズタに切り裂くために迫る。でも、男はそれを得物でいなして、僕との距離を詰めてきた。

 死が迫ってきているようだ。──怖い。


「あぁぁぁぁ!」


 先端の尖った赤黒いものを僕は繰り出し、男の頭部を突き刺そうとした。でも男はそれを避けて、


「────」


 イタイノハ、コワイ。


「ぐっ⋯⋯!」


 男の足を貫いた。肉を貫く感覚が、生きている人を殺める感覚が、この上なく不愉快だった。酷く罪悪感を覚えた。

 だから、せめて、苦しまずに、すぐに、一瞬で、殺すことが僕の使命であり、義務なんだ。僕と同じように、苦しまないように。


「〈死禍(しか)〉」


 頭の中に浮かび上がった、たった二文字の言葉。それは戦技や魔法と同じ詠唱文であることが──そしてそれが戦技でも魔法でもない、それらを超した何かであることが──感覚的に理解できた。


「────」


 刹那、音が消えた。

 刹那、空気が消えた。

 刹那、熱が消えた。

 刹那、次元が消えた。

 刹那、命が消えた。

 刹那、存在が消えた。

 刹那、万物が死に至った。


 森羅万象。生物も不死者も意志無きものも区別なく、ありとあらゆるものを殺す。

 赤と黒の河がそこに出来上がり、全てを飲み、全てを殺す。

 僕の最大の慈悲。

 誰も苦しまず、誰も痛まず、誰も怯えず、誰も死を実感することなく、殺す。

 それこそ僕が望むもの。それこそ僕の『欲望』。それこそ僕の存在理由。それこそ僕の最終目標。

 慈悲なる河が辺りを飲み込み、彼ら全員を殺した(救った)


「⋯⋯僕は全員を殺し、全員を救う。君たちの方法は、僕の望むものじゃない。最期は同じでも、過程こそ一番大切なんだ」


 僕を痛めつけ、僕をこんなふうにした奴らにそう言い捨てた。でも僕は、


「誰も苦しませない。誰も痛めつけない。誰も怯えさせない。僕はそうされて嫌だったから、もう誰にも同じことを感じさせたくない。それには、当然君たちも含まれる。⋯⋯だから、安心して欲しい。僕は君たちも殺して(救って)あげるから」


 迫りくる黒の教団員たちを、僕は全員殺した(救った)。そして、まだまだ居る人々を、ありとあらゆる生物を、ありとあらゆる不死者を、ありとあらゆる存在を救う。


「あっちだ」


 僕は西側を見た。遠くにあるけれど、そこには生者がいる。そんな気がする。

 その間にも幾つか国があったはずだけど、そこには生者の気配がしなかった。


「⋯⋯⋯⋯行こう」

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