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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第六章 黒
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6−3 破戒魔獣殲滅作戦Ⅱ 〜強欲の目覚め〜

 マサカズは雄叫びを上げ、イドルに突っ込む。同時、ユナが矢を射った。矢はコアを正確に捉え、その表面の肉に突き刺さる。

 触手がマサカズの進行を遮るように蠢く。彼自身を殺すためでなく、あくまで自己防衛。学習能力が高いことが見て取れる。普通に反撃に転じれば、触手など簡単に斬られることをたった一回の攻防で理解していたのだ。

 しかし、マサカズはその更に上を行く。


 ──持ってくれよ、俺の体!


「〈紅蓮〉ッ!」


 その戦技は、本来ならその耐えられない反動であるため、行使は無意識に不可能。

 だが、逆に言えば、リミッターさえなんとか解除できれば、一回だけなら行使の可能性はあった。

 剣に紅蓮色の炎が纏われ、マサカズは熱に耐えながらそれを振る。肉をバターみたいに断ち切り、そしてコアに到着するまでの時間はおよそ0.5秒。

 触手の壁を無理矢理突破し、返り血はその前に蒸発したことで付かなかった。

 勝った。殺してやったと確信したとき──それは阻止された。


「ぐわっ」


 マサカズの体に、何かが飛んできたのだ。それにより彼は体制を崩し、コアには切傷を作るだけで破壊まではいかなかった。

 何とか気絶せず、起き上がろうとしたとき、妙に柔らかいものを感じた。


「──フィル!?」


 飛ばされてきたのは、『強欲』のフィルだった。

 触っていた胸からすぐさま手を離し、なぜ彼女が飛んできたのかを把握した。

 ──白い巨人。『違約』のエフミテルだ。


「クソ⋯⋯もう少しだったのに。⋯⋯!?」


 破戒魔獣には知性はあっても、協力意識なんてないと思っていた。しかしそれは間違いであったようだ。そして何より、それはエフミテルの高い魔法抵抗力を証明する出来事だったのだ。

 エストの魔法の効力から、エフミテルは脱した。だから、もう少しで殺されそうだったイドルを、エフミテルは()()()のだ。

 エフミテルはイドルの体を持ち上げ、空中に戻す。イドルは何か、人類には発声できそうにない音を出した。おそらくそれは感謝の意だった。


「あの巨人には私の魔法が通じ辛い⋯⋯私たちにとっては、最悪の相手」


 フィルが立ち上がり、エフミテルを見ながらマサカズにそう言った。

 たしかフィルはカルテナと一緒だったはずだ。


「そう。アレ、ボクたち、相性最悪」


 カルテナはいつの間にかマサカズの傷を癒やしていた。その心地良い暖かさに気を許したいが、現状はそんなこと許されない。

 全長二十メートルほどの白い巨人。それは魔法抵抗力が大きく、魔法使いであるフィルとカルテナの天敵と言える。

 しかし、魔法防御力が大きいなら物理防御力は劣っているのがゲーム的な定番だ。もしくはその両方が高いなら、攻撃力が小さいはず。見たところ、魔法は使わないらしい。

 ならば、やることは自ずと見えてくる。


「フィル、カルテナはイドルを。俺たち三人がエフミテルを相手する」


 破戒魔獣、『偶像』イドルと、『違約』エフミテルたちを同時に相手するのは困難だ。しかし、そうなってしまえば流れに逆らうことはできない。エストにもう一度頼むにせよ、彼女にはそんな暇はないだろう。横目にエストの戦いぶりを見ればそんなこと簡単に分かる。

 

「了解。じゃ、頼むよ」


「ああ。⋯⋯さあ、行くぞ!」


 エフミテルは右足を前に出し──そして次の瞬間、マサカズたちとの距離を無くした。流石は二十メートルもある体格だ。一歩一歩がとんでもなく大きい。


「ワイヤーアクションでもできればもっと楽なんだが、なっ!」


 ほぼ垂直の壁を登るような芸当は不可能に近いものだが、マサカズは〈縮地〉を使って、エフミテルの体を登った。溶けた頭部より上に行ったとき、彼の体は空中へと投げ出されたが、剣を構えていた。


「〈一閃〉」


 エフミテルの拳を躱し、マサカズはエフミテルの喉仏に聖剣を突き立てる。だが、もう二度と同じ過ちは繰り返さない。突き立てた剣を早々に抜き、跳躍し、エフミテルから距離を離す。


「チッ⋯⋯」


 やはりというか、少し首を刺した程度では重傷にもならないらしい。とは言っても、収穫はあった。


「防御特化。その代わり攻撃や再生能力はそこまで高くないってところか」


モートルのような再生力は、破戒魔獣では標準でないこと。『殺戮』は他の破戒魔獣より飛び抜けた戦闘特化であるということだ。現に、エフミテルの傷の治りは遅い──が、あと十五秒もすれば完治するだろう。モートルなら即完治だ。


「コアの位置は⋯⋯ここです!」


 ユナが矢を射ると、着矢したのはエフミテルの心臓部だった。何とも弱点らしいところにある。

 今度はコアの位置は変化しない。ならば、あの場所に徹底的に攻撃を仕掛けるだけだ。


「〈疾風加速〉」


 ナオトの体の動きがとんでもなく速くなり、両手に持つ短剣を用いて、側転するようにしてエフミテルの体を登る。心臓部に付いたとき、ナオトは乱舞するようにして短剣を振り回した。

 ──しかし、心臓部の肉は、まるで鎧にでも守られているように抉れなかった。

 鈍い金属音が響くだけだ。これ以上やったって短剣に無駄な負荷をかけるだけだろう。


「刃が──通らないっ⋯⋯!」


 エフミテルがナオトを、蚊でも叩くみたいに叩き落とした。地面にナオトの体が埋まるほどの衝撃を受けたが、彼は死ぬことと気絶することだけは何とか免れた。が、エフミテルはそんなに優しくない。トドメとでも言わんばかりに、エフミテルはナオトを踏みつけようとする。


「させるものか!」「させません!」


 ユナが弓を射って、エフミテルの足首の肉を削ぎ落とし、マサカズがそれを完全に断ち切る。

 目の前の危機は何とかなった。ナオトは全身の痛みを無視して、その場から離脱する。


「クソ⋯⋯硬質な皮膚になってやがるのか」


 ナオトの短剣がまるで意味ないなら、マサカズも同じだろう。ユナも例外ではない。

 そうすると、エフミテルも倒せなくなる。

 マサカズがどうにかしてエフミテルの討伐方法を考えるが、思い浮かばなかった。

 ──その時、とてつもない風圧が発生した。


 ◆◆◆


 魔法陣の構築と言うのは少し難しい。頭の中で複雑な要素を組み立てる必要があるからだ。そしてその組み立てにも、要素の位置の設定のため、計算式が必要であって、これが中々、神経を使う。更に消費魔力量も考えることがあるのだが、大抵は発動のための最低消費量で構わない。それが最もエネルギー変換効率が良いからである。

 慣れてくれば無意識に、感覚的に魔法を行使できるようになるらしいのだが、記憶とはそういう感覚さえも保管していたらしく、今のフィルにはそういうことができなかった。

 しかし、体が覚えているということは実際にあり、使えば使うほど思い出していくようだった。


「〈転移(テレポート)〉」


 フィルは転移魔法を行使し、イドルの目の前まで移動すると、イドルは触手を槍のように用いた。  

 だが、フィルは人外故の視力で触手を見切り、無詠唱の白魔法を行使すると、触手は何かに打つかったように反射した。


「〈次元断ディメンショナルスラッシュ〉」


 触手を切り裂き、フィルは更にイドルに接近する。コアとやらを破壊すれば良いらしいのだ。

 その位置を特定することは、フィルには不可能だが、ならば無闇矢鱈に切り裂いてしまえば良い。数撃ちゃ当たるのだから。


「〈硬質水晶散弾ハードクリスタルショット〉」


 複数の水晶の弾がイドルの身体を抉る。

 血肉がぶちまけられ、それがフィルの嗜虐心を擽る。


(以前の私はこういう奴だったのね。⋯⋯楽しい、甚振ることが)


 忘れていた残酷な心が覚醒し、相手を殺し、痛めつけ、血を見ることが望ましいと思う。

 ああ、これが──『強欲』か。


「ふっ⋯⋯はははははっ!」


 演算能力が覚醒してきた。知識を思い出してきた。本当の記憶の選別が完了しつつあるのだ。

 もう少しで、フィルは以前の自分自身を取り戻せる。

 

「私は⋯⋯(本物)はどれだけできたんだろうね!」


 演算能力を駆使し、魔法を複数行使する。その数、十四。全て次元を切り裂く魔法だ。

 イドルの体を抉る。時折イドルは反撃と言わんばかりに触手を蠢かせるが、弾幕の前には無力。

 潰し、切断され、抉られ、壊されていく。


「────」


「無駄無駄無駄無駄ぁ! 私が本物()になる為に、君はもっともっと傷ついてもらわないといけないんだ!」


 生成した触手は刹那さえもその形を維持できずに潰されていく。

 イドルは咆哮を上げたが、そんなのは意味のない無力な者の足掻き。強がりにしか見えなかった、フィルには。

 だがしかし──こと破戒魔獣において、それは異なる。

 イドルは触手を一本、フィルの胸を貫通させるために突き出す。フィルはそれを容易く切断した。そして足掻きは終了したと判断し、露出しかけたコアに最大の一撃を加えようとした時。


「フィル!」


 カルテナが目を見開き、彼女の名を叫ぶ。

 刹那、フィルの周りを触手が包囲したのだ。カルテナの魔法能力では、それら全てを無力化することはできない。

 そう、先程のアレは、本命を偽装(かく)すための、


「──囮!」


 無詠唱でも魔法陣の構築は必須。無意識下でそれができないフィルには、この一瞬で魔法を行使することは不可能だ。

 フィルの体を複数の触手が貫く。いくら魔人であっても、それは致命的だ。カルテナならばあるいはその状態からでも命を紡ぐことはできるが、それには時間が必要だった。


「────」


 イドルはボロボロなフィルの体を地面に叩きつけようとする。カルテナはそれがフィルの命を確実に奪うと直感した。

 ──大罪魔人たちに与えられた命令は、セレディナが死亡するまで彼女に従うこと。そして契約を履行できずに死亡すると、魔人は本当の意味で死ぬことになる。


「────」


 フィルの今の体が地面に叩きつけられれば、まず間違いなく死亡する。そしてそれは死体であるかさえ判断がつかないくらいの肉片へと成り果てるだろう。つまり、蘇生魔法は行使できない。意味を、成さない。


「──空白()は、本物()の体をよくもまあ壊そうとしてくれたね」


 ──だが、フィルは死を免れた。

 先程のフィルならばできなかった刹那間の無詠唱を、今のフィルはしたのだ。それはつまり、


「痛い。体に穴開きまくりじゃん⋯⋯〈上位治癒(グレーターヒール)〉」


 フィルの致命傷が回復していく。先程までの彼女なら、治癒魔法は行使できなかったはずだ。だからこそ、カルテナは言った。


「やっと、戻った!」


「待たせてすまないね。⋯⋯話したいことはとてつもないくらい多い。でも今は⋯⋯それどころではなさそうだ」


 フィルは嗜虐的な笑みを浮かべる。ただそれは、先程のそれとは全く異質であった。何せ、それは本物なのだから。


「私の創った人格の相手をしてくれてありがとうね。謝礼として⋯⋯これをプレゼントするよ」


 フィルは凡そ六十もの白魔法を同時展開する。


「さあ、もっと痛がってくれるかい?」


 構築、展開、行使。タイムラグなど限りなくゼロに近い間隔でそれら一連は終了し、魔法は発動する。

 六十の次元を切断する刃がそれらから放たれ、イドルの体を抉った。


「────」


 イドルは本当の意味での咆哮を初めて上げる。それはイドルが、本気を出す合図でもあった。

 触手の数が途端に増える。そして、


「そうか。それが君の能力か。『偶像』とはよく言ったものだ」


 ──イドルは、自身の偶像(コピー)を二つ、造った。


「カルテナ。ヒーラーを頼むよ」


「うん」


 破戒魔獣は一体につき五人の転生者で相手しなくてはならない。しかし、イドルはとてもじゃないがその器ではなかった。それはなぜか。

 単純な理由だ。イドルは破戒魔獣の中で最も賢く、故に手の内を明かさないように、わざと自分を弱く見せ、相手の油断を誘い殺すことを戦術としているから。


「クロイたちには後で、命を救ってやった恩を返してもらおうか」


 フィルの瞳が光る。


「⋯⋯いや、先にそれは返してもらっていたか。『強欲の罪』の本質を教えてくれたのだしね」


 演算能力を高めれば高めるほど、同時展開できる魔法の数と、エネルギー変換効率はより高くなる。しかし演算能力とは殆ど生まれ持って決まるものであり、そこから更に高めるには多くの時間を必要とした。

 ならば⋯⋯演算処理をする機構を増やせばよいのではないか。


「『強欲の罪』は人格に干渉する能力。私は能力を知って、やれることは増えた。今や感情だけでなく、正気や狂気、価値観なんかにまで干渉できるようになった。それを応用し、私の中に新たな人格を形成すると⋯⋯ほら、私は複数人の私で思考し、演算できるようになったんだ」


 実質的な並列思考。記憶喪失になったのも、別の何も知らされていない人格となっていたからである。


「──私は魔王、セレディナお嬢様の配下、『強欲』の魔人、フィル。前哨戦お疲れ様。ここからが本当の殺し合いさ」

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