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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第六章 黒
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6−2 破戒魔獣殲滅作戦Ⅰ 〜開幕不利はスタンダード〜

「──来たか」


 ようやく、来た。

 しかし来たのは、待っていた味方たちではなく、滅ぼすべき相手。『虚飾』の魔人、イシレアによって生み出された十体の化物たち。十戒に反することより、破戒の名を与えられた魔獣──『破戒魔獣』。

 白と黒を基調とした仮面をつけ、腕が長く、黒の体色の人形の化物、『叛逆』リベリオル。

 半固形の薄紫色の集合体であり、目が体に作られては腐りを繰り返す、非生命的な生命体、『偶像』イドル。

 真っ暗闇、そしてそこからは腕が時折姿を表している、『無闇』ライスィツニシル。

 八割が溶けた顔面を持つ、全身真っ白な男の巨人、『違約』エフミテル。

 芋虫と蜘蛛と蝙蝠と老人のキメラ。その瞳は無数の瞳から構成されている、『残酷』ガラウムザル。

 常にドロドロし、滑らかな液体を噴出し続ける、ピンク色のイソギンチャクにも似ている、『淫乱』ブーズェル。

 人間の皮がない口から、その巨体にしてみてはあまりにも短く細い腕を持っている、『侵食』イフォジオル。

 多種多様な金切り声、多種多様な苦悶の貌を持つ球体、『虚偽』ルーガル。

 暴飲、暴食。空腹に喘ぎ、空腹を満たすために、全てを食らう。恐竜のような姿の暴力、『貪欲』ギーリシイル。

 漆黒の鱗を持ち、鱧のような口、更に外側には花弁のような口がそこにはあった、『殺戮』モートル。

 十体の化物が遂に姿を現し、エストたちの前へと現れた。

 それを見た瞬間、皆は一瞬、気を取られ、驚愕し、畏怖し、嫌悪した。その隙が、モートルに一撃を許す時間となったのだが、


「──レヴィっ!」


 セレディナの叫び声で、レヴィアはその素顔を晒す。

 幼く、しかし美しく、可愛らしく、愛でたくなる顔。自然という絶対意思によって造られた美であると言われても納得するほどの美少女。ただし、その顔を見た者は──即死する。

 『嫉妬の罪』が効力を発揮し、彼女の顔を見た者の命は、生命活動の意思は、強制的に葬られる。

 よって、単体で世界を滅ぼすに足りる化物たちのうち、六体の命を瞬時にして奪った。糸が突然切れたマリオネットみたく、何の前触れもなく、倒れ伏せたのだ。

 しかし、目を持たない化物共は止まることを知らない。死ぬことを知らない。『偶像』、『無闇』、『違約』、『淫乱』、『殺戮』はエストたちに襲い掛かってきた。


「〈魔法抵抗弱体突破ペネトレイトウィークマジック憎悪扇動(ヘイトインサイト)〉ッ!」


 エストの左手付近に黒色の魔法陣──黄色が入り混じっている──が展開されると同時に、破戒魔獣たちの動きが、雰囲気が変わった。彼らは各々が、全く別の標的に向かって再度走り始めたことを確認すると、エストは安心したように息を吐き、


「ゴハぁっ」


 ──血も、吐いた。

 

「血⋯⋯。魔法使って血反吐吐くとか、本当久しぶりだね⋯⋯」


 『殺戮』を除く四体のうちの一体の特性に、魔法への強い抵抗力があったのだろう。それを無理矢理突破したため、エストにはそれ相応の反動を受けた。

 袖を血で汚しながら口に付着した血液を拭き取り、魔法陣を構築、展開、行使する。

 自分自身の人並外れた演算能力を駆使し、脳に負荷をかけ、自分に襲い掛かってきた破戒魔獣──『殺戮』を相手取る。


「──さあ、かかってきなよ化物」


 エストは同時に行使できる第十階級魔法の最高数である九十六の魔法陣を展開した。それら全ては多種多様であり、しかし確実に『殺戮』の体を削る魔法だ。

 一瞬頭痛が走ったが、そんなもの気にしていられる余裕はない。たった一人で今度はアレを相手にしなくてはならないのだから。 


「⋯⋯時間は限られているよ、マサカズ、ナオト、ユナ」


 ◆◆◆


 破戒魔獣殲滅作戦の要は、マサカズ、ナオト、ユナの三人の働きだった。

 レヴィアの能力で殺せない五体を全て同時に相手すれば、勝算は皆無に等しい。それがあるとしたなら各個撃破の必要があって、それについてはエストが何とすると言っていた。

 何をするにしても、先ずは破戒魔獣の数を減らさなくてはならない。五体より四体、四体より三体、三体より二体、二体より一体⋯⋯たった一体減るだけかもしれないが、その一体が居なくなるだけで勝率はぐんと上がるのだ。

 よって、立てた計画は──マサカズ、ナオト、ユナの三人による破戒魔獣の瞬殺。可能であれば各個撃破。破戒魔獣にはコアがあり、そのコアを撃ち抜くことで即死させられることを見越しての作戦だ。そしてそれを、ユナはできる。


「──ユナ! コアはどこだ!?」


 マサカズで大きな一撃を与えきっかけを作り、ナオトがその部分を切り刻み、露出したコアをユナが射抜く。誰かが失敗すれば計画の全てに影響が出るが、それ以外に方法はなかった。しかし、それ以前に問題があった。


「嘘⋯⋯そんなの⋯⋯嘘ですよね」


 ユナの『慧眼之加護』は、彼女自身の成長もあり、今や、かなりの集中力を要するが破戒魔獣のコアの位置をも特定できるまでになった。

 だが、肝心のコアの位置が高頻度で変化してしまえば意味がない。

 絶えずして変化するその薄紫色の体内にあるだろうコアは、作り変えられる体と同じくして位置も変化する。パターンなどない──少なくともユナにはそれを導き出せるほど単純ではなかった。


「コアの位置が変化し続けています。これだと⋯⋯」


「全身をバラバラにする必要がある⋯⋯ってわけか」


 ナオトの言う通り、イドルを殺すにはその体をバラバラにしなければならない。しかし、モートルの時の違い、三人にはそれを行えるだけの力を持たない。


「──いや、まだ策はある」


 マサカズは、まるで試験の内容を予め知っていたかのように、現状の打開策を思いついた。

 否、それは打開策とは言い難い。どちらかと言えば、それは、


「ユナ、コアの位置変化頻度の間隔はどれくらいだ?」


「え? ⋯⋯大体一秒くらいです」


「分かった。⋯⋯俺が合図すれば、ユナはコアに向かって矢を放ってくれ」


 勿論、ユナの矢はイドルの、体の中心まで最低でも表面から四メートルはあるだろう肉を貫くことはできない。そのため、それは無意味であるように思われるが──


「⋯⋯じゃあボクは、マサカズの進路を切り開けば良いんだな?」


「分かりました。マサカズさん、やってくださいよ」


 ──その意図を、ナオトとユナの二人は理解した。手に取るように、分かったのだ。


「おう。⋯⋯作戦開始。試行回数はゼロ。本番一発で成功してくれよ!」


 聖剣は鞘を走り、そしてその刀身をイドルにマサカズは向けた。

 イドルは空中を浮遊している。それもかなり高い位置であり、いくらマサカズたちと言えど、この距離を詰め切ることは不可能と言って良い。だからまずすべきは、イドルを地に叩き落とすということだ。


「落ちてください」


 ユナは弓を取り出すが、それは以前まで使っていた弓ではない。エストが創った白と青を基調とするロングボウである。

 彼女はそれを、矢を携え引くと、矢は青白い光に包まれる。そして彼女の右目にスコープのようなものが写り、そこには矢が飛ぶ予測線が──複数、描かれていた。


(私の思い描いた通りの予測線。やっぱり高精度ね、これ)


 ユナは引き()った(つる)を抑えていた手を離すと、矢は弾性力により放たれると同時に、それから三つの光の線が飛び出す。

 予測線通り、矢と光は放物線を描きつつ飛び、イドルに命中。命中点ではイドルの表皮が蒸発し、血が舞う。

 イドルは声を上げなかったが、それが怒ったことはよく分かった。体を変形させ、イドルは複数の──直径およそ三十センチメートル──触手を作り、それをユナに叩きつける。


「俺たちとダンスを踊ろうぜ、化物」


 ユナに触手が叩きつけられる直前、彼女はそれを跳躍し回避。そして、地面を叩きつけた触手を足場に、マサカズが登っていく。

 イドルはそんなマサカズを振り落とそうと、触手を滅茶苦茶に動かすが、既にマサカズは跳躍し、イドルの本体の目の前まで来ていた。

 イドルは体を変形させ、触手を肋骨みたいに作り出し、マサカズを飲み込もうとするが、


「ナオト」


 マサカズの影が映っていたイドルの体から、ナオトが現れ、それら触手を焼き斬った。


「ユナ」


 聖剣を構えて、マサカズはユナに合図を送る。


「〈精神鎮静〉」


 その戦技を行使したとき、ユナの精神は異常なくらい鎮静化した。波一つ立たない海面、つまり凪の如き精神。不純を一切合切無くし、無という純粋のみがあった。

 呼吸は安定。手の震えもなし。狙い撃つには最高のコンディションだ。


「──ッ!」


 ユナはコアの位置を特定し、そこに矢を放ち、着矢。──0.2秒。


「〈十光閃斬〉!」


 マサカズは戦技を行使。

 同時に十の斬撃を叩き込む戦技であるが、それらはほぼ、だ。一つ一つには千分の一にも満たないとはいえタイムラグがあった。

 一撃目で肉を縦軸に、二撃目で横軸に、三撃目で右斜めに、四撃目で左斜めに切れ目を入れ、五撃目でそれらの切込みを大きくし、六撃目、七撃目、八撃目で肉を切り進み、九撃目でコアにヒビを入れて、十撃目でコアを──


「────」


 『偶像』は、イドルは、()()()()()。女声の甲高い悲鳴にも似ていたそれと同時に、作られた──否、元からそこにあった口から吐き出された熱風がマサカズを襲い、彼の皮膚を焼く。

 

「〈縮地〉ィ!」


 声を出したことで、肺にも熱風が入りそこを焼く。マサカズは激痛と苦しみを一瞬味わうが、その場からの離脱には成功した。


「────」


 イドルはこっちを向いた──気がした。

 ともかく、それはマサカズたちをようやく敵として認識したようで、絶えずして変化する身体から大小様々な触手が幾本も生まれた。


「──来るぞ!」


 当初の目的、イドルを地面に近づけるということには成功した。しかしそれは、イドルを激昂させ、殺意満点で近づけるという、ある種失敗とも言える状態だ。

 叩きつけられた触手を避けると、それは地面に衝突、そしてその力に耐え切れずに破裂した。しかし痛覚などないようで、それでイドルは怯みもしなかった。また新たな触手を作り出し、増やすだけだ。

 

「────」


 マサカズの肺をやった熱風を、再びイドルは吐き出す。それを避けることは不可能に近く、マサカズ、ナオト、ユナの三人は風に吹かれた紙のように空中に巻き上げられ、行動を制限される。


「えぐっ⋯⋯!」


 空中において、基本的に人間はほぼ動くことができない。自由落下と、その最中に少しだけ藻掻き、移動できるくらいだ。つまるところ的だ。

 三人の頭部を貫くべく、触手が突っ込んでくる、が、


「〈縮地〉」「〈影移動〉」「〈剛射〉」


 マサカズは触手を逆に足場にするようにし、ナオトは自分の体を影にして地上に戻り、ユナは触手を撃ち落とした。

 マサカズは触手の上を走るも、イドルは触手を崩壊させ、マサカズから足場を奪う。再び空中に投げ出されたマサカズだったが、足場がなくなる直前に跳躍したことで、そのままイドルに向かった。


「はあああッ!」


 聖剣をイドルの体に突き刺すと同時にイドルの体は地面に激突。凄まじい衝撃と風圧が発生し、土を巻き上げた。


「グフ⋯⋯ッ!」


 聖剣を突き刺し、マサカズの体はそこに固定されたことを利用され、イドルは触手を薙ぎ払った。

 マサカズの腹部に激しい痛みが走り、彼の体は地面に叩きつけられ、何度か回転し跳ねる。

 時間は逆行しない。つまりマサカズは死んでいない。だが、


(クソ⋯⋯肋何本か逝ったな、これ⋯⋯)


 折れた肋が肺に突き刺さり、マサカズは血を吐いた。呼吸も荒いが酸素は十分に脳や体には回っていないようで、耳鳴りが酷く、手足の感覚が鈍い。しかし動けないわけではないし、かすれていた視界は瞬きする度に回復していった。

 聖剣を握る力はより大きくなり、口内を切ったことによって溜まった血を唾と一緒に吐き出す。

 痛みは痛覚が麻痺したようであまりなかった。それともアドレナリンが出ているのだろうか。何にせよ、長くは持たないだろう。直に動けなくなることは、何となしに分かった。


「マサカズさん! 大丈夫ですか!?」


 聖剣を杖のようにして立ち上がったマサカズに、ユナが駆け寄ってきた。


「ああ⋯⋯何とか、な」


 ユナは安堵したような表情を一瞬浮かべるが、すぐに険しい表情となる。


「⋯⋯まだ、動けますよね」


「⋯⋯動けるさ。動いてやる」


「分かりました。なら、もう一度やりましょう」


 もう一度、イドルのコアを破壊するために決死の攻撃を繰り出す。今度こそ失敗すれば、死は確実だ。『死に戻り』で何度でも挑戦できるとは言え、死にたくはないし、リスポーン時点によっては絶望する自信があった。

 死ぬことはリスクの方が大きい。


「──だが、挑戦しないことはもっとリスクが大きいからな」


「マサカズ! ユナ! 早くしろ!」


 ナオトが一人でイドルの足止めをしていたが、彼一人では時間稼ぎさえままならない。それでもマサカズが息を整えるくらいの時間を稼いだのは上出来だ。


「ああ!」


 ユナはもう一度弓を引き、マサカズはもう一度聖剣を構えた。

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