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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
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5−28 喧嘩

 勿論、マサカズ&エストvsナオト&ユナをすれば勝者は確実となる。そのため、勝負はマサカズとナオトの一騎打ちとなった。

 場所は防衛要塞の前の訓練場。広さは十二分だ。


「『死に戻り』は使うなよ?」


「ああ。それは公平ではないからな」


 それに、そう簡単に死ねるほど、マサカズは狂っていない。これは一度限りの戦い。死んでも蘇生できるから、試合ではなく殺し合いだ。

 片方は聖剣を、片方は両手に短剣を構える。

 風が吹いた。その音が鮮明に聞こえるくらい、場は静けさに満ちている。

 沈黙は長いようでも、短いようでもあった。時間という概念が一瞬、消失してしまったみたいだった。しかし、それは訪れる。


 ──轟音が、両者の間の丁度真ん中で鳴った。


 少なくとも一般人からしてみれば、何が起こったのか理解することさえできなかっただろう。ユナからしてみればとんでもなく速い動き、エストたちからしてみれば転移者にしては上出来なスピードだ。

 とにかく、轟音と思われたものは剣戟の音で、それは一度で終わらなかった。何度も何度も鋼の甲高い音は響き、それに応じて砂埃が立ち上がる。

 

「はっ! 隠密職が戦士職()とやり合えるとはな!」


 マサカズの剣戟は正に暴力だ。『剣之加護』で才能を引き出され、更に研磨したそれは、最早人間の域にはない。

 ナオトは彼の斬撃を尽くいなす。しかしその度に、彼の手は痺れていった。


(パワーじゃ負けてるってことは戦う前から分かってた。でもスピードでも、少しボクの方が速い程度だとは思わなかったな。その上、)


 マサカズの暴力。剣の嵐にはまるで規則性がなく、無闇矢鱈に剣を振っているようにしか見えない。しかし、ナオトはそれがまやかしだと知っている。

 その剣戟には、計算され尽くされたパターンがあった。そしてそれは、ナオトから徹底的に体力を奪うための剣戟であり、ナオトに傷を負わせる剣戟ではない。

 当然、理由はマサカズがナオトを傷つけたくないからなんていう生温いものではない。それは慎重故の理由。体力を奪ったナオトを確実に殺すための布石だ。


(全く⋯⋯何が自分には才能がない、だよ。あるじゃないか、人の心を圧し折る才能が。まあ、自覚はしていないだろうが)


 そしてそれに気づきつつも、ナオトは乗せられるしかない。何せ剣戟を繰り広げること自体避けられないからだ。

 能力面でも、精神面でも、マサカズの刃は深い所を抉る。徹底した殺しの専門家(プロフェッショナル)


(マサカズは人の心を知り尽くしている。思考誘導⋯⋯いやそれは洗脳にも匹敵するな。それに関しちゃ右に出るのは、それこそ能力を駆使したときのエストくらいか。逆に言えば、マサカズは能力レベルのことを素でできるってわけだ)


 人の心を掌握するなんていう、現代日本では滅多に磨かれることのない才能だったからこそ、彼はそれについて無自覚だ。無自覚であるからこそ、今はこの程度で済んでいるのだが、もし自覚したならば、より才能は磨かれるだろう。そんなのはこの戦いのあとにして欲しい。


(で、その最たる例が、)


 その時、マサカズは躓いた。見ると、彼の足元には石があって、それに引っかかったのだろうと分かる。

 普通の戦士なら、これは好機と見て勝利宣言の如く剣をマサカズに突き刺すだろうし、寧ろこの隙を見極められないなら、そいつは剣の無才だ。

 しかし、ナオトは知っていて、何もしなかった。それどころか、マサカズから距離を取った。


「⋯⋯そんなに分かりやすく動いていたか、俺?」


 マサカズは、左手に握っていた砂を地面に落とす。


「躓いたフリをして油断を誘い、砂を巻き、体力が少なくなったボクの視界を奪ってから、殺す。なんて素晴らしい(卑怯な)戦術なんだろうな」


「卑怯、ね。戦場じゃあ、卑怯もクソもないだろ? ⋯⋯まあ、その言い方は褒めているつもりなんだろうが。俺にとっちゃそれは褒め言葉にはならない」


「知ってた。だがまあ、褒めたつもりだったのは本当だ」


 一時の会話も終わり、剣戟が再開される。

 マサカズのスピードは更に増す──というのは錯覚だ。その実、ナオトの体力が減ってきただけで、彼のスピードは依然変わりない。対応が段々と大雑把になってきているのだ。

 これは不味い、とナオトは思う。

 このまま続けるのは、敗北への道を進むのと同義だ。そもそも戦う前からわかっていたことで、ナオトは正面戦闘において不利。ならば、奇策を講じる必要があるというもの。


「っ!?」


 ナオトは短剣をマサカズの額中目掛けて投擲する。マサカズはそれを超人的反射能力によって既の所で回避したが、


(しまった)


 それは悪手だったと瞬時に理解した。回避ではなく、手を斬ることを覚悟で受け止めるべきだったのだ。そうすれば、回避したことによって体制を崩すことはなかったのだから。


「敗北宣言をどうぞ、マサカズ?」


 ──ナオトの短剣が、マサカズの右腕を貫いた。

 今更、腕に刃が貫通したところでどうってことない。いや、痛いことには変わりないが、戦意が喪失することはないのだ。しかし、それには、


(魔毒⋯⋯魔法使いほどじゃないが、下手に動けないくらいキツイ奴だ。腕に刺したのは魔毒が完全に俺の体に回るまでの時間稼ぎのため)


 あと数秒もすれば魔毒はマサカズの胴体に侵入し、十秒が立つ頃には全身に回っているだろう。そうなれば、マサカズは死に、蘇生され、敗北となる。


(だが、その甘さが命取りになる)


「──言っただろ? ここは戦場だ。卑怯なんてない。あるのは⋯⋯徹底した殺意だけだ」


 そしてそのためならば、


「なっ⋯⋯!?」


 ナオトの顔が、いや、この喧嘩を見ていた者たち全員が、目を見開き、驚愕した。

 それも当然のことだ。何せ、マサカズは──自分の右手を切断したのだから。そう、魔毒に侵されないために。


「痛ぇ⋯⋯クソ痛ぇな、これ。泣きそうだ」


 事実、マサカズの目尻辺りには涙が溜まっている。当たり前だ。片腕を肩から先にかけて切断したのだから。

 夥しい出血に、意識を阻害する痛み。そして右腕を失ったことによる手数の減少。マサカズは右利きであるため、左手で剣を振ることは至難の業だ。

 

「時間は俺の最悪な敵。そしてお前の最高の味方になる。だから⋯⋯手加減なんて、してやらないぞ?」


 マサカズはナオトを殺さないつもりだった。いや、無意識下でそう思っていたのだ。おそらく、自分と同じように、『死の記憶』を知らないでほしいと心のどこかで思っていたからだろう。

 しかし、マサカズは自分で自分を戒めた。ここは戦場。これは男同士の喧嘩(決闘)。そこに甘さなんて要らない。


「〈一閃〉」


 戦技を行使した。近くでよく見ていたナオトはそれを短剣で受け止めると、甲高い音と共に凄まじい衝撃が彼の腕を伝う。片腕、それも非利き腕による一振りでこれなのだから、もし万全だったらと思うと背筋が一瞬冷たくなった。

 そして追撃。足か、と予測し、ナオトは彼の右足、左足のどちらから蹴りが飛んで来ても良いように対応しようとするが、実際に繰り出されたのはその内どちらからでもない一撃。

 マサカズの頭突きによりナオトの鼻柱は折れて、血が飛び散る。予想外の一撃かつ重いそれは、ナオトに軽度の脳震盪を起こし、隙を作らせた。


「終わ──っう!」


 マサカズは剣でナオトを殺そうと腕を上げるが、切断した右腕の痛みが彼にその行動をさせない。ナオトより遅く痛みに隙を作ったので、最初に怯んだ方がより早く復帰。ナオトは短剣をマサカズの右肩の断面に突き刺す。

 傷口に塩を塗る、というのは不幸の上に更に不幸が重なることの例えである。ただ、傷口には塩を塗らず、鋼の刃で斬りつければ、塩なんかとは比較にならない痛みを生じさせる。

 声にならない叫びをマサカズは上げた。常人なら気絶は免れないだろう激痛だ。しかし、何度も死を迎え、痛みに耐性のある彼はそれに耐えた。勿論、耐えたから何だというのか。ナオトのすることが変わるわけではない。

 膝蹴りをマサカズの鳩尾に叩き込む。


「がぁ⋯⋯!」


 そして追撃。膝蹴りに使った右足を軸とし、左足で後ろ回し蹴りを繰り出す。

 顔の側面に衝撃と痛みが走り、体制が崩れそうになる、が、マサカズはそこを耐えて、聖剣をナオトに振るう。彼は斬撃を見切り、マサカズから距離を取って、そのついでに先程投げた短剣を一本、回収した。


「痛え⋯⋯傷口に短剣ぶっ刺されるのって、無茶苦茶キツイんだぞ」


「片腕自分で斬っといて、その上短剣刺して、まだ喋れるお前の方がボクは怖いな」


 まさか、腕を切断して毒が回るのを防ぐとは思わなかった。しかし何にせよ、それはマサカズの覚悟の勝利なので、今更言い訳をする気なんてナオトにはない。

 

「『死に戻り』を授かった賜物だな」


「賜物か。呪いじゃないか?」


 ナオトはマサカズに皮肉を答える。彼もそう思っていたようで、嘲笑しながら、


「はっ⋯⋯それは、言い得て妙、だぜ」


 台詞を言い終わると共にマサカズは聖剣を上方向に投げ、そして右肩に刺さった短剣を抜き、それをナオトに、まるで先程の仕返しとでも言うように投げつける。


「っ!」


 ナオトは投げられた短剣を避け、そして掴み取る。「親切に返してくれてありがとう」と皮肉を言おうとしたところで、気づいた。

 マサカズが距離を詰めてきていたのだ、無手で──


「──いや違う!」


 マサカズは跳躍し、降ってきた聖剣を手に取ると、それを逆手に持ち、地面に──ナオトに突き刺すように振り下ろす。

 鋼と鋼がかちあった音が響き、そして一つ、砕ける音が続いた。

 ナオトは短剣一つを犠牲に、マサカズの聖剣を弾いたのだ。

 使えなくなった短剣を持っていた右手は痺れた。マサカズはそれを知ってか知らずか、ナオトに追撃を加える。

 燕返し。振り下ろした剣を瞬時にして斬り返す剣技だ。

 ナオトは左手の短剣で威力と速度を削り、体を捻り、彼の左側の短髪を斬りながら既の所で回避した。

 

「──〈縮地〉」


 技の後の隙を狙おうとし、短剣を振ったナオトだが、手に感触は覚えなかった。それもそのはずだ。そこから目標が消えたのだから。

 一瞬だけ、世界がボヤケるような、時間概念を超越した感覚を味わいながら、〈縮地〉によってマサカズはナオトの真後ろに移動。ナオトは逆サマーソルトの要領でマサカズの顎を蹴りつけようとするが、


「こっちだ」


 ──〈縮地〉は何度も直線を高速移動する戦技だ。だから、マサカズはナオトの目の前に現れた。そして、


「〈十光斬〉」


 十の斬撃が一度になってナオトを襲う。

 ほぼダメージのない、無傷と言って構わないナオトであるが、この戦技をマトモに喰らえば即死は免れないだろう。観戦者は皆、マサカズの勝利を確信したし、彼自身もそうだった。しかし、ナオトには一つ、策があった。


 僅かな時間だったが、格上をも騙した戦技──〈幻惑〉


 マサカズの十の斬撃を受けたナオトは、煙のように離散した。それはつまり、幻だったということだ。


「暗殺者は暗殺者らしく、な」


 マサカズの影から黒い液体のようなものが現れ、それは人形──ナオトとなった。

 そしてナオトは、マサカズの首に短剣の刃を付け、言った。


「ボクの勝ちだ」


 ──誰がどう見ても、マサカズはナオトに殺されただろう、と思う。もしナオトが本気で殺す気なら、マサカズの頭と体は綺麗に離れ離れになっていただろう。

 そう、マサカズはナオト相手に敗北したのだ。


「⋯⋯そう、だ、な⋯⋯」


 それを認識した途端、マサカズの視界に靄がかかる。殺し合いにより溢れ出ていたアドレナリンが、それの終わりを察したと同時に無くなり、出血と激痛により意識をシャットアウトしたのだ。

 マサカズの体は地面に転がった。ナオトは体は至って健康。特に傷もない。しかし、精神にはかなり来ていた。


「はあ、はあ、はあ⋯⋯一撃でも受けたら負けの戦いとか⋯⋯本当、心臓に悪い」


 四つん這いになってから、ナオトはマサカズとは異なり仰向けに転がる。

 空は青い。決して白と黒のモノクロではない。風は冷たい。おそらく体が熱いだけだ。

 二人の戦いによって静止していた時間が、今戻ってきたようだ。ようやく、太陽の暖かさを感じられた。


「⋯⋯ああ、これは⋯⋯」


 緊張から解き放たれた今、ナオトはとてもリラックスしていた。だからだろうか。こんなにも、眠たいのは。

 瞼が重い。ここまでの激戦は初めてかもしれない。いつも、仲間と一緒に戦っていたし、自分は前衛ではなかったから。そう、疲れているのもあるのだろう。


「⋯⋯、⋯⋯、⋯⋯⋯⋯」


 ナオトの意識も、暗闇の中へと落ちていった。それに抵抗する気はないし、その時、これから始まるだろう次なる戦いなんて頭にはまるでなかった。ただあったのは、休みたいという願いだけだった。

 

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