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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
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5−27 英雄にはなれない

 幸いにも、始原の吸血鬼の襲来による被害で死者は出なかった。物的損害もあったが、魔法のおかけで元通りとなった。エストとセレディナの傷や消耗もそこまで深刻なものでなく、被害は最小限に食い止められただろう。


「エスト様! ご無事でしたか?」


 レイ、ナオト、ユナの三人が到着したのはあれからすぐの事だった。彼ら曰く、周辺全てのアンデッドが襲い掛かって来たらしく、殲滅するのに思いの外時間を必要としたそうだ。


「あ、レイお兄ちゃんだ。久しぶり」


「⋯⋯やはり居ましたか、あなた方」


 どうやらレイとレヴィア、カルテナ、そして記憶喪失前のフィルたちは知り合いであるらしい。しかしその関係は良いものには見えなかった。


「私の主はもう決まっているので、魔王に平伏す気はありませんよ? 私に大罪の力を下さったエスト様を裏切る気もありませんしね。それなら魔王に歯向かって死ぬほうがまだマシです」


「⋯⋯残念。レイ、優秀」


 レイは魔人では珍しく、大罪系魔人ではないというのに力を持った存在だった。だからこそ大罪系魔人たちからも一目置かれていて、魔王配下に勧誘されていたのはそこまで遠い過去ではない。

 

「大罪? 七大罪ではないということは⋯⋯白の魔女、もしや虚飾と憂鬱を倒したのか?」


 セレディナと七大罪魔人たちのと間には『繋がり』がある。その『繋がり』が途絶えるとそれは切られたか、もしくは死亡したときだけだ。だが現在、七大罪魔人の誰とも『繋がり』は途絶えていない。


「うん。何か知ってるの?」


 まさか、『殺せたのか』と聞いているわけではないだろう。それなら過小評価も甚だしい。


「ああ。彼らは⋯⋯黒の魔女の配下だ」


「⋯⋯そう、やっぱりね」


 前虚飾の魔人、イシレアが最期に、文字通り命を削って行使した『影の手』。あのときに覚えた感覚と、そしてイザベリアに見せつけられた、ルトアが如何にして黒の魔女に殺されたかの記憶からも分かるように、あれは黒の魔女の能力だ。

 

「──待て」


 その時居合わせたマサカズにも、あの魔人たちが黒の配下、もしくは関係者ではないかと説明していたはずだ。ならなぜ、彼はあんなにも顔色が悪いのか。


「それは、本当か?」


「⋯⋯? 嘘だと思いたいならそう思っても良いが⋯⋯私が今ここで嘘をつく理由があると思うのか?」


 マサカズの顔はどんどん青くなっていく。


「セレディナ、そしてエスト。二人に聞きたい。契約した魔人らが死んだら、それはいつ分かる? 時差があるなんてこと、ないよな?」


「ん? ああ、わかる」


「え? ⋯⋯えぇ。もしレイが死んだなら、その瞬間わか──」


 エストがそこで口を閉ざす。同時に、彼女もマサカズと同様、顔が青くなった。


「⋯⋯ナオトさん、どうしてあの二人、あんな表情しているのですか? 何か、凄く嫌な予感がするんですが」


 頭が回るマサカズとエストは、いつもこうだ。特にマサカズは、悪い方面での勘はよく当たる。だから、ユナは現状が理解できずとも恐怖だけを感じていた。


「黒の魔女、虚飾と憂鬱は二人が倒して、エルフの国では確か、破戒魔獣が⋯⋯っ!」


 当事者でないナオトは気づくのが遅れた。


「⋯⋯ユナ、黒の魔女は自分の配下が死んだことに気づいただろう。そして黒の魔女なら配下の力くらい把握しているはずだ。つまり、イシレアは破戒魔獣を復活させるだろうことは簡単に分かる」


 黒の魔女の第一目的は、この大陸全土の国々を滅ぼすこと。エルフの国はその最初の犠牲国だ。

 そして、破戒魔獣は今も顕在。能力の特性を黒の魔女が知らないわけがない。


「もし、だ。もし⋯⋯黒の魔女が、破戒魔獣を使役する術を持ち合わせていたなら?」


 黒の教団幹部という世界の絶対強者たちが負けることを想定していた黒の魔女が、セレディナたちの裏切りを想定しないだろうか。そこまでいかずとも、セレディナたちの代わりを用意しないだろうか。いや、あり得ない。

 最悪は想定しておくべきだ。特に、こんな大規模な計画では、徹底的に不確実性は排除し、代替案をいくつも考えておくべきだ。

 黒の魔女がたかが一つの代替案で終わらせるわけがない。第二の代替案、そして第三、第四もあるかもしれない。


「⋯⋯それって」


「──すぐさま、私たちでエルフの国へ向かわなければならないってこと」


 もし、黒の魔女が破戒魔獣を使役できたなら?

 もし、黒の魔女が魔王軍の裏切りを察知できたなら?

 あり得る未来は、破戒魔獣に魔王軍及びエストたち、そして近隣諸国の全軍を相手させること。かつ、それは非現実的でない計画だ。何せ、軍力が破戒魔獣の討伐に割かれていれば、国の大量殺戮計画は当初より円滑に進むはずなのだから。


「どうして、そこまで深刻な問題になるのですか? 黒の魔女であればまだしも、レヴィアの『嫉妬の罪』があれば破戒魔獣たちは簡単に始末できると思うのですが」


 レヴィアの能力、『嫉妬の罪』は、彼女の顔を見た対象を即死させる能力だ。


「でもそれは、目のある相手にしか通用しない。私の見た破戒魔獣たちのうち四体に、目はないように見えたよ」


 『偶像』イドル、『無闇』ライスィツニシル、『違約』エフミテル、『淫乱』ブーズェル、そして復活しているならば『殺戮』モートル。これらには目のような器官がなく、それはつまりレヴィアの『嫉妬の罪』の発動条件を満たすことのない相手ということを示す。


「そう。ワタシの『嫉妬の罪』は、あくまで目のような器官、またはワタシの顔の造形を確認できる方法を持たない相手には通用しない。例えば魔力や気配から位置を特定するような相手は、ワタシの天敵」


 レヴィアの能力は最強の名に相応しいが、それはあくまで発動するなら。多くの相手には通用するが、一部の相手には途端に無力になる能力だ。

 つまり、四体は確実に、場合によってはもう一体は、相手にしなくてはならないということ。九体、もしくは十体を全て相手にするよりかはマシ程度のことで、依然としてそれは非常に難しい。


「もし黒の魔女の目的が私たちの全滅、あるいは足止めならば、破戒魔獣を全て一つにまとめ、迎撃してくるはずです。破戒魔獣の体を木っ端微塵にすれば私がコアを破壊できますが⋯⋯数に妨害される恐れがあります」


 現状、残り四体の破戒魔獣を最低限の力で殺すならば、ユナの弓による一撃のみ。普通にやり合うならば、破戒魔獣一体につき転生者クラス五人が必要なので、モートルを除いた残り四体には単純計算、二十人の転生者クラスが必要となる。

 まあ勿論そんなことは不可能なので、ユナに任せるしかないのだが、破戒魔獣四体を相手しつつ彼女を守るにしても戦力が足りない。


「⋯⋯つまり、俺たちだけだとどうしようもない。残りの四体の大罪の魔人と合流しても、な」


 万策尽きた状態(チェックメイト)。それが現状を端的に表すにはこれ以上になく相応しい言葉だ。

 終わった。もうどうしようもない。

 このまま何もしなければ、黒の魔女によって大陸は滅ぼされる。そしてその後、彼女は世界を弄ぶだろう。

 何かしようにも、障害が大きすぎる。それを取り除けなければ、何もしないのと同じだ。


「だけど、そんなのクソ食らえ、でしょ?」

 

 諦めの言葉を発したマサカズだったが、その言葉を消したのはエストだった。


「ああ。今更詰みの状況で諦められるほど、俺は⋯⋯俺たちは、融通が効くわけじゃない。なあ?」


 マサカズは、ナオト、ユナ、レイ、セレディナ、フィル、レヴィア、カルテナの名を呼ぶ。


「友情、努力、勝利⋯⋯そのうち前二つは綺麗事だ。正しくは──犠牲、才能、勝利、だ」


 マサカズがこの世界に転移してから思い知ったことはいくつかある。そのうちの二つがこれだ。

 一つ、この世は才能ありきだ。そして多くは無才だ。努力でなんとかなるような壁は、この世界にはない。もしあるとしたら、それは努力の才能がある者だけだし、あったとして、その原石を磨くことができるとは限らない。

 二つ、多くの人々の友情は感情的なものであり、論理性に欠け、本当の友情とは相手の為の犠牲を厭わないことだ。

 

「何かを成し遂げるためには、何かを犠牲にしなくてはならない。その犠牲のため、人を踏み台にする。その踏み台に喜んでなろうと思うことが友情だ。だから俺は⋯⋯その友情(犠牲)を活用しよう。俺はそのためなら、鬼となろう」


 マサカズはワラう。


「──死ねって言ったら、お前らは死んでくれるか? 国は死んでくれるか? 喜んで⋯⋯犠牲となることに同意(友情を証明)してくれるか?」


 ◆◆◆


 破戒魔獣掃討作戦。それは、犠牲を伴う戦いの名前だ。


「⋯⋯それは、どういう意味?」


 『死ね』と言ってくれたマサカズへ、疑問を持たない者は他にエストを除きここには居ない。まず、彼に質問したのはセレディナであった。


「そのままの意味だ。要は総力戦。周辺諸国のトップに要請するなり、脅すなり、支配するなりして人々を徴兵し、動かせ、破戒魔獣たちにぶつける」


「なっ⋯⋯。それだと、多くの人々が死ぬことになるぞ!? 正気か、マサカズ!?」


 声を荒げたのはナオトだった。ユナもそれに賛同するように頷くが、


「それに何の問題がある? ここで破戒魔獣を討伐しないと、被害は世界に及ぶかもしれない。なら小を切り捨て大を救う。それこそ最善策だ」


 この総力戦が行われれば、出る犠牲は決して少なくない。しかし相対的に見て、その程度の犠牲で世界の人々が生き残るチャンスを得られるならば、必要な犠牲ではないか。


「⋯⋯人間が幾ら束なっても破戒魔獣を一体さえ殺せないだろう。無意味に人間を殺すのはどうなんだ?」


 一騎当千が成り立つこの世界において、破戒魔獣にとって人間は蟻と同義のゴミだ。いくら束なっても、傷一つつけるのは不可能だろう。


「キミは勘違いをしているね。マサカズがいつ、人間たちに破戒魔獣を殺させようと言ったのかな? あくまで彼は、『犠牲になってもらう』と言ったのさ」


 しかし、もし蟻が自分の周りを取り囲んだならば、鬱陶しいとは思わないだろうか? 殺してしまおうか、と思わないだろうか?


「⋯⋯まさか」


「そう。彼は人間たちに()()()になってもらおう、と提案している。私としても、この案は悪くないと思うよ」


 ユナならば、破戒魔獣のコアを撃ち抜ける。そのためには破戒魔獣を一度木っ端微塵にする必要がある。しかし破戒魔獣が一つに集まっているのならば、木っ端微塵にすることは難しいし、コアを撃ち抜くことも難しい。

 ならば人間(巻き餌)を使って、破戒魔獣()を分散させれば、その心配もなくなる。


「狂ってますよ⋯⋯マサカズさん」


「そうかもな。でも⋯⋯人類を助けるには誰かが人間性を捨てなくちゃいけない、違うか? 狂気には狂気で対抗しなくてはならない、違うか? 虐殺を止めるには殺戮という手段を取らなければならない、違うか?」


 マサカズはユナを見る。その、光のない瞳で。覚悟した瞳で。


「覚悟しろよ。俺たちにはもう、英雄になるための手段は残されていない。あるのは⋯⋯冷酷な救世主となる道だけだ。救済譚なんていう理想は、そこにない」


 人はいつも過ちを犯す。例え小であっても、人間を殺せないから、結果的に大を失う。それは人であるからだ。

 確かに、犠牲無しで事を解決できるならば、それこそハッピーエンドというものだろう。誰も悲しまないエンディングは、さぞ感動的だ。


「人を生かすために必要なのはいつも人を殺すことだ。自国民のために他国の人々を殺す戦争でも、被災者のために死ぬかもしれない危険な場所に赴く自然災害でも、な。犠牲の無い人助けなんてこの世にはない」


 だが現実は違う。


「俺はこれが正義だとは思っていない。でも最善だとは思っている。最善が正義、最善が理想にならないなら、それは俺たちが無力ということだ。理想を叶えられるのは力のある者だけ。力のない正義など、無意味で無能で滑稽で愚かな者のすることだ」


「⋯⋯それは、マサカズが出した結論だろ?」


「そうだ」


 ナオトはそう言う。意図はすぐに分かるくらい、声には感情が篭っていた。


「エストは、マサカズのこの結論に納得しているのか? 本当に、最善なのか?」


 そしてこの中で、最も知恵のあるエストに質問した。

 彼女は既に、マサカズの意見を『悪くない』と答えている。しかし、それを『最善』だとは言っていなかった。


「⋯⋯一つ、キミに教えよう。私にとっての『最善』と、キミたちにとっての『最善』は異なる。マサカズの『最善』はどちらかと言えば、キミたちよりだろうね。それでも、私よりの『最善』を聞きたいのかな?」


 価値とは相対的なもので、『最善』も相対的に変化するものである。誰かにとっての『最善』は、また別の誰かにとっては最悪かもしれないのだ。


「⋯⋯ああ、それでも良い」


「そうか。なら教えよう。私は、一週間待つ。その間に周辺諸国は全滅するだろうけど、私の中にいるイザベリアが目覚めるだろう。後は彼女に全て任せれば、破戒魔獣は全員始末される。断言するよ。そうすれば、ここに居る者たちは誰も被害に遭わないし、破戒魔獣を確実に殺せる。私にとっての『最善』とは、キミたちのような価値のある者が確実に生き残ることだからね。今更、有象無象の人間が死んだところでどうでも良いよ。それで全人類が死滅するわけじゃないならね」


 マサカズの提案は、小を切り捨て大を救う。

 エストの提案は、大を切り捨て極小を救う。

 どちらにせよ、ナオトとユナからしてみれば受け入れ難い提案だし、エストに関しては論外だ。


「⋯⋯」


「だから言ったでしょ? 私の『最善』はキミたちよりではない、と。私からしてみれば、キミたちの記憶や、あとは存在が、私にとっての価値のあるもの。言ってしまえば、私はキミたちという仲間を失いたくない、ということなのさ。あー、恥ずかし。いつから私はこんなことを言うくらい丸くなったんだろ」


 エストは少し笑うが、微塵も可愛いと思えないのが現状だ。彼女は自分の気に入ったモノのためなら、他のモノを有象無象と言い、平然と殺せる価値観の持ち主である。


「⋯⋯マサカズさん、私は、誰も死ぬことがない作戦、私たちのみで破戒魔獣を討伐することを提案します」


「⋯⋯それは理想だ。非現実的だ。俺は反対する」


 互いは互いの意見を真っ向から反対する。しかし、それではいつまで経っても結論が付かない。

 そして、痺れを切らしたのはマサカズでも、エストでも、ユナでも、ナオトでもなかった。


「──力こそ正義。なら、勝者の意見を飲むべき。⋯⋯戦い、勝った方の意見を無条件に認める。それで決めたらどうだい?」


 フィルは、少し苛立った様子でそう言って、状況は動いた。

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