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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
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5−26 夜明け

 鋭爪を黒刀で受けると、金属音が鳴った。先程まで斬れたはずのそれがまるで斬れないのは、始原の吸血鬼が進化したからだろう。あれは外見だけが変わったわけではないらしい。

 セレディナは両手に黒刀を持っていた。それをクロスさせ、防御したのだ。


「二刀流ね」


 刀を二つ扱う方法であり、本来は短剣を盾代わりに使ったり、想定外の動きを行うため、あるいは多数に対して刀を振り回すためだが、それは普通の人間の場合。

 普通の人間なんかでは比較にもならない圧倒的な筋力を持つセレディナは、鉄の剣より幾らか重いそれでも木の枝みたいに振り回せる。

 

「〈瞬歩〉」


 セレディナは後方に瞬間移動すると、始原は彼女を押さえつけていた腕を地面にめり込ませる──否、相当力を込めていたようで、地面に亀裂が生じ、腕は圧し折れた。

 セレディナは二本の黒刀を逆手に持ち、始原の吸血鬼を背後から突き刺そうとする。しかし、紅い瞳がセレディナを見て、次の瞬間、時が止まった。


(しまっ)


 背中の腕がセレディナを殴る。加速時間はゼロに等しく、最高速度に瞬間的に達した拳による打撃は、凡そ肉体が出して良いわけがない音と共に彼女の体を空中へと放り出した。

 すぐさま追撃として、始原は翼を用いて、戦技や魔法なんか使わずに瞬間移動の如くスピードでセレディナとの距離を詰め、爪による斬撃を繰り出す。


「〈神聖な銀の弾丸セイクリッドシルバーバレット〉」


 エストは始原の吸血鬼の腕を狙い、魔法を行使する。銀の弾丸は始原の身を削るが、


「耐性がついている!?」


 それは、抉るには程遠い。

 セレディナの胸、脇腹、太腿は深く裂かれ、片腕は機能しないくらい、ほぼ切断されたも同然の傷を負った。頭部だけは黒刀で必死になって防御したので致命傷は避けられたが、脳震盪の影響か、思考が乱れる。

 自分で圧し折った腕はこの一瞬で完治したようだ。

 あらゆる物理的、魔法的、属性ダメージへの耐性上昇、再生能力の向上に、致命的かつ瞬間的な行動停止の能力。そして、単純な圧倒的な筋力。──まさに、怪物。始原の名に相応しき力だ。


「──」


 咆哮を始原は上げる。金切り声でも、ましてや人の声でもない。ただ、それには恐怖だけがあった。ただ、それには殺意があった。食らうためではない。短絡的な殺害意欲──即ち、憎悪があった。


「〈神聖炎(セイクリッドフレイム)〉」


 始原をきらびやかな炎が包み、燃やす。だがそれは苦しむ様子さえみせないし、炎によって焼けた皮膚は瞬時にして再生する。

 殺戮の破戒魔獣(モートル)にも匹敵する再生力。神聖魔法の効果が薄く、コアのようなものが発見できない今、始原を殺す方法はないのではないかと思いそうだ。


「チッ⋯⋯!」


 ならば、その再生力を無視する方法を考えれば良いだけ。そしてモートルとは図体が違う。

 だからまずは、セレディナを助けなければならない。


「落ちろ! 〈魔法強化抵抗貫通ブーストペネトレイトマジック重力操作コントロールグラビティ〉」


 アレオスほど始原は魔法抵抗力が高くなく、無理に魔力を消費する必要はない。だが、魔法強化魔法の消費魔力量はかなり多く、軽度の反動──頭痛がエストを襲った。

 だが彼女は魔法陣を維持し、そして右腕を振り下ろすと、始原の体は地面に叩きつけられる。

 更にエストは自分の体に鞭を打ち、魔法を行使する。


「〈致死(リーサル)〉」


 対象に負のエネルギーを流し込み、死ぬ直前の状態にする魔法。即死魔法の下位互換に思われるし、実際、階級も即死魔法の一つ下だ。しかし、その分消費魔力量も少ない。

 負のエネルギーを流し込まれたことによって、また真祖も始原ほどではないにせよ、それなりに再生力もあるので、アンデッドであるセレディナの傷は完治する。

 即死魔法をアンデッドに使えば蘇生魔法と同じ効果を発揮し、傷は治すがその分、対象への負担も蘇生魔法と同じようになる。だから、エストは負担を可能な限り抑えるべく、敢えて〈致死(リーサル)〉を行使したのだ。


「セレディナ。奴の体を一瞬でも良い。木っ端微塵にして。そして一分、時間を稼いで。それしか勝つ方法はないから」


「全く、とんでもないことを要求してくれるな」


 口ではそう言いつつも、セレディナは両手に黒刀を造ると、それらには炎が点った。


「──だがまあ、やってやろう」


 セレディナは翼をはばたかせると、低空飛行の要領で始原に接近する。翼を上手く使い、体を回転させ、その力を利用し黒刀を振る。

 金属と金属が弾け合うみたいな音が響くも、セレディナはそこで黒刀を引っ込めない。それどころか、斬ろうと力を入れるくらいだ。


「らあッ!」


 セレディナは始原の爪を斬り落とした。すぐさまそれは生えるだろうが、瞬間的に再生するわけではない。

 始原とセレディナの間で、凄まじいスピードの斬撃の嵐が起こされるが、何度か甲高い音がしただけでそれは終わりを迎える。なぜならば、セレディナは始原の爪を全て斬り飛ばし、始原は自らを守る手段を一時的に失ったからだ。


「はっ、お前がそれへの耐性を得るのは何秒後なんだろうな!?」


 セレディナは笑い、そして始原のがら空きの胴体に片方の黒刀を突き刺す──が、始原はそれを二つの手で掴んだ。


「そんなもの、くれてやる」


 セレディナはそれを簡単に手放し、空になった右手に再び黒刀を握った。三本目を造ったのだ。

 その黒刀には炎はなかった。しかし、それは容易に始原の吸血鬼の身体を引き裂いた。


「はあァァァァァァッ!」


 セレディナは両手の黒刀で、始原の吸血鬼を斬る、斬る、斬る。人智を遥かに超えたスピードの連撃に、始原は抗うこともできず斬られるだけだ。


「まだまだまだまだまだァッ!」


 風圧が発生するほど、残像がいくつも見えるくらい高速の連撃。鮮血が飛び散り、始原は一方的に斬られるだけだ。

 斬り、斬って、斬り飛ばして、斬り落として、斬り刻んで、斬りまくって。

 無数の傷跡、セレディナの黒い服は返り血で赤に染まっている。

 セレディナが連撃をやめたとき、世界は一瞬無音になって、始原の体が粉々となる。


「もう、十分ね。──〈絶対零度氷結アブソリュートゼロフリージング〉」


 エストは一分間の詠唱を終えて、魔法を行使する。一分間の詠唱なので帝国戦争時の〈爆裂(エクスプロージョン)〉ほどの強化でなくても、普通に名前のみを唱えるよりも効果は高くなる。

 粉々となった始原の吸血鬼の体を全て凍りづかせ、その動きを停止させた。


「⋯⋯っと、ああ、フラフラする⋯⋯」


 エストは目眩に襲われ、頭を支える。魔力を一気に消費したときの感覚だ。


「今襲われたら殺されるかもね、セレディナ」


「はっ、それも良いが、お前は私ほど消耗していない。まだ互いに万全な状態で殺りあった方がマシだ」


 前衛でマトモに始原の吸血鬼を相手していたセレディナの方が、この戦闘では消耗が激しい。エストの目眩は所詮、一時的な体調不良に過ぎなく、それは全然致命的でもないし、魔力切れというわけでもない。


「私も無抵抗なキミを殺せば、マサカズに何を言われるか分かったものじゃないし、この国に居るだろう大罪の魔人を全員相手できるとは思えないしね。殺し合うのはまた今度だよ」


 エストも一時期は大罪の魔人の召喚の魔導書を持っていたこともあり、彼らへの知識も当然持ち合わせている。勝てないと断言できるのは居ないが、勝てると言うこともできない実力者揃いだ。特に『嫉妬』は遭遇したくないし、『傲慢』も避けたい。次点で『強欲』だろうか。


「魔王様、終わった?」「魔王様、無事?」「魔王様、大丈夫かな?」


 そんな時、三体の魔人──うち二体はエストが遭遇したくない魔人たち──が現れた。全員、仮にも主であるはずのセレディナに対してタメ口を聞いていることにエストは少し苦笑いした。彼らはエストの方を一瞬見たが、


「何もしないよ、お姉さん。あ、ワタシの顔を見ようとはしないでね、死ぬから」


「分かっているさ、『嫉妬』の魔人⋯⋯レヴィア」


 エストもレヴィアの能力に関しては把握済みだ。素顔を見た者を問答無用で殺害する能力。勿論これはエストにも──そしておそらくイザベリアやあの黒の魔女にさえ通用するため、忠告には従っておくべきだ。

 

「『色欲』のカルテナ、『強欲』のフィルか。⋯⋯大罪の魔人は初めて見たけど、やっぱり実物は違うね」


 魔導書で読んだ彼らの情報は酷く大雑把で、知識欲の強いエストは彼らと会ってみたかった。だからセレディナを殺す必要がないなら殺したいとは思っていなかった。


「ねえ、フィル。キミ、私の従者にならない?」


「⋯⋯何言ってるの?」


 エストは冗談とも、真剣とも取れる曖昧な表情だった。だからフィルは訝しみ、彼女を見た。


「冗談さ。でもまあ⋯⋯私は特にキミに興味があるのは本当だ。何せ、『似ている』からね」


「そう⋯⋯確かに、そんな気がするね。ただ、その『私』は()()()()だろう。今の私は記憶喪失でね」


 なぜだか、フィルはエストと気が合うように思った。だから、こんなにも話したいと思うのだろうか。


「記憶喪失? なるほど⋯⋯じゃあ」


 その時、エストの瞳が白く光った。フィルは体の──心の奥底を触られるような感覚を覚える。


「⋯⋯ああ、うん。そうか」


 しかし、フィルは何も変わらなかった。それどころかエストの方が変わっていた。なぜなら、彼女の顔はとんでもなく青くなったからだ。


「エスト、何が分かった? フィルに何があったんだ?」


 自分の従者の記憶喪失が治るかもしれないと重い、セレディナはエストに食ってかかって聞く。しかし、彼女の反応はあまりよくなさ気だった。


「──分からない」


「⋯⋯と、言うと?」


 記憶を視たであろうエストの返答にしては、不可解だ。きっとそれには答えがあるのだろう。

 エストは自身の返答について、より詳しいことを、訥々と話し始めた。


「えっとね⋯⋯私の能力『記憶操作』は対象の記憶を読み取ることもできるし、一度見たり聞いたり感じたりしたことを忘れないようにすることもできる」


 エストは元より記憶力が高かったため、最初こそあまり恩恵を感じたことはなかったが、流石に六百年も生きていればその凄さを理解していた。百年前に一度見たきりの本をスラスラと暗唱できるのだから。

 しかし、彼女は自分の能力自慢をしたくてこれについて説明しているわけではない。


「そして、当然、私はその逆のこともできる。相手にあるはずのない記憶を与えることも──覚えたことを私自身の記憶から消し去ることも」


 現に、どんなものかは知らないが、エストにも『忘れるべくして忘れた事柄』がいくつかある。その内容を思い出すことはできないが、自分自身がそう判断して忘れることにしたのだ。内容なんか知る必要はない。

 また、それらには『忘れたという記憶』がある。そう、一度は知ったということである。

 だが、今のエストに起きたことは、


「⋯⋯私は今、()()()()()()()()()()()()()


 ──人間には、反射と呼ばれる反応がある。例えば、熱いヤカンを触ったら手を離すことも、暗いところに行ったら瞳孔を開くことも、ボールが飛んできたら目を閉じることも反射行動であり、それらは無意識的な反応だ。

 つまり、エストは能力を反射的に使った。それも、視た記憶を消去するために。


「考えつくのは⋯⋯一つ、それを知るということが致死性を持つこと。二つ、私が処理できない量の情報であるということ。そして三つ、記憶には何か仕込まれており、発動済みの私の能力を強制的に解除したということ」


 次に、エストはそれについて更に述べる。


「で、私は二つ目が一番可能性高いと思うね。一つ目なら私は死んでるか体調不良に見舞われる。昔、似たようなことがあったから分かるよ。そして三つ目なら、それをする意味がわからないこと。確かに、マサカズの記憶に細工して、私にそれを視させることで記憶喪失を狙う者が居たとしても可笑しくない。でも発動済みの能力を解除するということは相当実力が離れてなくちゃいけなくて、もしそうならわざわざこんなことしなくて良いんだよね。私を殺したいなら殺せば良いし、記憶を失わせたいなら直接記憶に干渉すれば良いんだし⋯⋯そして何より、私は視る記憶の選別ができるのに、それができなかった。これは、砂漠の中から針を探すのが不可能なように、膨大すぎる記憶がキミの中にあるということの証明なのさ」


 フィルは数百年以上生きていた。その分、記憶量だって決して少ないわけではないはずなのに、それでさえ隠れる膨大な記憶。


「マサカズ、もしかすれば君も、似たようなことがなかったりしない?」


 その膨大な記憶を最初持っていたマサカズに、エストは質問する。


「知ってるだろ? 俺は異世界(こっち)に来てから半年も経っていないし、来てからは殆どお前らと過ごしてきたはずだ」


「『死に戻り』の記憶は?」


「俺はその全てを憶えている。吐きたくなるような質だが、俺でも記憶喪失しないのに、道徳を無視してるお前らがショックを受けるとは思えないし、量自体は一年分もないんじゃないか?」


 記憶容量というのはかなり大きい。忘れることができないという障害があるのだが、それが原因で──あくまで発狂しなければだが──死ぬことや、物理的な異常はないらしい。

 次点でマサカズだけが死に対する耐性を持っていることだが、死んだことはエストにも何度かある。今更死の感覚を味わったところで、気色悪いとは思えど記憶喪失するほどではない。


「⋯⋯記憶は深層心理、つまり精神の奥底にある記録ストレージ。憶えていることと思い出すことができるということは違っていて、本人に自覚がなくても憶えていることはある。視たのは世界間移動時の記憶? いや違う。だとしたら他の異世界人の記憶が視れたことが矛盾になるよね。でも『死に戻り』が原因ではないとして──」


 エストが何やら「奇跡論的な事象ではないか」だとか「不確実性の塊」だとか「演繹法では求められない」だとか色々と言っているが、このメンバーで彼女の言葉を理解できるのはフィルくらいだろう。言葉が断片的すぎて、彼女が何を考えているのかさっぱり分からない。

 だがしかし、彼女が最後に出した結論は、


「──全く分からない」


 とてもシンプルなものだった。

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