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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
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5−25 白と真祖の不協和音

 始原の吸血鬼に幾本かの聖気を纏った剣が突き刺さり、始原は大きく呻く。刺さった部分から蒸気のようなものが上がり、肉を焼いたかのような音が鳴った。


「魔法⋯⋯まさか!」


 それは魔法の類の召喚による剣だろう、と見破ったセレディナは、その術者までもを推測した。始原の吸血鬼にダメージを与えられる魔法使いなど、そしてこの国に居る可能性の高い存在など、一人しか居ない。


「〈神聖波動(セイクリッドサージ)〉」


 太陽の光が波のようになって、それが始原の吸血鬼を吹き飛ばし、近くの見張り台──エストは既にそこが無人であることを確認済み──に突っ込む。瓦礫が始原の吸血鬼の体を打ち付け、砂埃が舞った。


「白の魔女、エスト!」


 吹き飛ばされた始原の吸血鬼を見ることもなく、セレディナはそれを行った少女を、殺意の篭った瞳で睨む。


「やっぱりキミが居たか。⋯⋯私を殺したい? なら良いよ、殺れるものならね。もしそうするなら始原の吸血鬼(あの化物)より先に君を殺すから」


 父母のための復讐対象。殺すべき相手。しかし、今はこの感情を抑えなくてはならない。


「エスト! 今は挑発する暇なんてないだろ!」


「マサカズ? どうしてキミがここに⋯⋯?」


「そんなことは後で話す。だが俺はセレディナと話をつけた。いざこざは後にしろ!」


 マサカズはエストをそう説得すると、彼女は渋々といったようにそれ以上、セレディナに殺意を向けることはなくなった。

 一先ず、セレディナはエストと協力しなくてはならない。例えどれだけエストを憎んでいても、それは感情的で愚かな判断だ。優先的にすべきは、合理的に考えて、エストと協力し、始原の吸血鬼を滅ぼすこと。


「足を引っ張るなよ」


 セレディナは黒刀を構える。


「それはこっちの台詞だね」


 エストは魔法陣をいくつか展開する。


「──ッ!」


 そして同時、二つの瓦礫がそれぞれエストとセレディナ目掛けて飛ばされてきた。始原の吸血鬼のその長い腕で行われる投擲は、音を置き去りにし、ビュン、という空を切る音からも分かるように、命中=死を意味する。それは魔女であっても、魔王であっても例外ではない。

 だからエストは防御魔法を展開することで、セレディナは黒刀でそれを斬り刻むことで投擲を回避した。

 刹那、始原の吸血鬼はその二メートル以上は確実にあるような体からは想像もできないスピードでセレディナに肉薄し、暴力の塊とも思える爪を上から下へと振った。だがセレディナはそれを黒刀の刃の方で受け止めると、それを滑らし、爪を斬りつつその場から離脱。背中の翼を使い宙を舞い、一回転して威力をつけ、黒刀を吸血鬼のうなじ目掛けて振るうと、首を切断した。切断面からは絶え間なく血飛沫が上がり、多くの人々は決着が付いたと確信するだろう。しかし、


「チッ⋯⋯私にはそんな再生力ないってのに!」


 直後、セレディナの着地した場所を、始原の吸血鬼の翼が突き刺す。最早翼と使い方としては盛大に間違っているが、地面は抉れているし、武器として使うにはあまりにも凶悪だ。

 首の断面から触手──血管が伸びて、切断された頭部に繋がると、それらをくっつけた。傷はすぐさま治癒する。


「〈神聖炎(セイクリッドフレイム)〉」


 次、始原の吸血鬼を襲うのは炎だった。太陽の如き神々しい光を放つ炎は、始原の吸血鬼の体を燃やし尽くす。始原は苦しみ、喘ぎ、金切り声とも取れる声を発し、それは実に不快な音だった。


「アレには普通の斬撃は効果が薄い。だからキミの役目はアレの注意を引き、傷をつけ、再生力を分散させることだ」


 エストが言うことは尤もだ。

 始原の吸血鬼には、セレディナの黒刀による斬撃は効果が薄いし、この黒刀の真骨頂とも、アンデッドである始原の吸血鬼とは絶望的なまでに相性が悪い。つまり主戦力は神聖魔法が使えるエストであり、セレディナはサポート役に徹するのが最善策だ。

 

「はいはい、分かってるって、クソ魔女」


「クソ魔女とは何だ。そんなキミを育てた御両親の顔が見てみたいね」


 エストはとんでもなく劣悪な皮肉を言うと、セレディナの表情はより険しくなった。

 やはりコイツとは仲良くなれない、とセレディナは思うが、この憎悪は後回しだ。


「私は魔族で、当然神聖魔法に弱い。この系列の魔法を使うということは自害するも同然だ。だから短期決戦を狙いたいけど、キミと私は連携が取れない。そこで提案なんだけど、私の能力を抵抗することなく受け入れてくれるかな?」


 燃える始原の吸血鬼を見ながら、エストはそう言った。そしてセレディナは思う、「こいつ正気か」と。しかし、彼女の言っていることは正論である。


「⋯⋯受け入れると思ってるのか?」


 エストの能力『記憶操作』を応用すれば、戦闘中でも違いの思考を共有することができる。つまり連携力を著しく上昇させることができるのだが、捉え方によってはエストに自分の記憶の操作権を握らせるも同然であり、余程信頼していなければできるはずがない。犬猿の仲ともなれば、やるはずがないというもの。


「だよね。知ってた。⋯⋯じゃ、仕方ない。多少の傷は我慢しよう」


 勿論、エストはセレディナの心情くらい把握していて、それが断られることくらい十分理解していた。物は試しということでやっただけに過ぎない。


「──キミも、ね」


「は?」


 その時、セレディナの黒刀を炎が纏った。炎は先程と同じ、〈神聖炎(セイクリッドフレイム)〉である。つまり、吸血鬼であるセレディナもその炎ダメージを、直接食らうよりかは格段にマジとはいえ、痛みを伴う。


「私の提案が受け入れられないなら、キミはサポーターではなくアタッカーを担ってもらう。当然だと思うけどね。それとも、私と思考共有するかな?」


 エストの能力による思考共有、もしくは神聖魔法を受け入れて、熱さに耐えながら戦うか。どちらもしたくない選択肢であるものの、まだ後者の方が、セレディナにとっては比較的、受け入れ易かった。


「⋯⋯後で絶対斬る」


「おお、それは怖いね。⋯⋯さあまずは、その『後で』のための時間を確保するところから始めようか!」


 神聖な炎に喘いでいた始原の吸血鬼はのた打ち回り、何とかしてその炎を消したようだ。全身の表面はグツグツと泡立っているが、遅いとはいえ再生しつつあった。見ると、最初に剣で貫いた傷も半分以上回復していた。


「神聖魔法も完全ではない、か。でも、有効打ではあるね」


 おそらく、始原の吸血鬼は全身を粉々にしようとも再生するだろう。だが、そこまで刻んだ上で神聖魔法を行使すれば消滅させられる。問題はそこまで斬り刻ませてくれるかであり、答えはノーだ。追い詰められたなら逃げる脳を始原の吸血鬼は持っているが、それは所詮問題の先回しである。何より、始原の吸血鬼について色々と調べなくてはならない。


「っ!」


 神聖な炎を纏った黒刀による斬撃は、始原の体を容易に引裂き、再生を阻害していた。

 炎は消えることを知らず、やはり魔法とは理を捻じ曲げる力であるということをセレディナは実感しつつ、刀を振る。

 触手のように襲ってくる枯れ木のように、しかし鉄のように固い翼を弾き、始原の懐に入り込むと、あるか分からない、あっても動いているか分からない心臓を目掛けて刀を突き刺す。黒刀は炎を纏いながら始原の体を貫通すると、始原は痛みに嘆いた。


「セレディナ、離れた方がいいよ」


 それを聞いたセレディナは黒刀を抜き出し、後ろに飛んだ。そして次の瞬間、


「〈妖精女王の煌光オーラ・オブ・ティターニア〉」


 始原を丁度囲う光の円が展開される。その円は一見魔法陣のように見えるが、魔法を知る者ならそうでないと断言できるだろう。それを構成する要素が、まるで魔法とは違っていて、直線のみで構成された未知の言語であったからだ。

 それはどうやら始原を拘束しているようで、化物はそこから抜け出そうとしているが抜け出せなかった。そして、光が発生した。

 太陽光などとは違う、青白く、そして神々しさを感じる光だった。そこにはダメージ性などないように見えたのだが、始原の吸血鬼は炎に燃やされるより苦しみ、藻掻いている。

 一連の魔法効果が終了すると、始原の右側の顔の表面、右腕、左足、そして光から体を守った両翼は灰になっていた。


「流石は第十階級でも対単体最強の神聖魔法。効果覿面(こうかてきめん)だね」


 灰となった部分の再生は極限まで阻害されているようで、まるで再生していない。だからこれをあと何度か使えば始原の吸血鬼を殺せるだろうが、


「⋯⋯その分、私への反動も相当だけど、ね」


 始原を殺せるだけ連発しても、エストは死なないだろうが魔力と体力を一気に消費して気絶するだろう。セレディナの前では気絶できないし、何より今度も命中するとは限らない。この魔法は、相手が止まっていないと発動しないのだから。


「セレディナ! 一気に殺すから私に合わせてよ!」


「癪だが、そうしてやる!」


 致命的なダメージを与え、今なら始原の吸血鬼は十全に動けない。再生もほぼできなくなっているとはいえ、完全に阻止したわけではなくあくまで阻害だ。時間は始原の吸血鬼の味方となり、エストとセレディナの共通敵である。


「はあああッ!」


 地面を踏んで、刀を構えて始原に真祖は接近する。始原の死角となる右側に回り込み、炎を纏う黒刀を薙ぎ払った。

 始原の反応は鈍く、セレディナの斬撃を避けることができずに直撃。刃が表皮を削り、肉を直接炎で焼き、溶かす。


「〈神聖な銀の弾丸セイクリッドシルバーバレット〉」


 赤色の魔法陣から銀の塊が何発も撃ち出され、始原の体を貫通し、削り、破壊し、抉る。始原は大きく後ろに蹌踉(よろ)めいた。

 ダメージが大きいのか、再生はしておらず、このまま押せば勝てそうな気がした。だが油断はせず、エストとセレディナは攻撃を続ける。

 そしてもう少しで殺せるだろうところで、急に始原は、


「──!」


 大地を揺るがすかのような咆哮。生あるものだけでなく、既に死んだ者でさえ死の恐怖を再起するような殺気。

 ──始原の吸血鬼の体からはメキメキと肉や骨が裂け、変形し、生成される音が響いた。背中から新たに四つの腕──うち二つは体長と同程度、残り二つはその二倍の長さ──が、既存の翼を破壊しながら、まるで脱皮したみたいに生えて、その内の二本の腕には翼膜があり、飛行を可能とするだろう。

 目は一つの複眼の塊に統合され、口に生える牙はより多く、より鋭く、犬歯に至ってはより長くなっている。

 尻尾のようなものが四足歩行する始原の吸血鬼の体のバランスを保つべく生えてきた。

 辛うじて、本当に辛うじて保っていた人形は最早無くなり、始原の吸血鬼は正真正銘の化物となる。

 真っ()な複眼が──光る。


(能力⋯⋯!)


 瞳が光るのは能力発動時の特徴だ。もしや能力では珍しい、他者への直接干渉系かもしれないことを注意する⋯⋯も、変化はなかった。


(何も変化はない? ⋯⋯まあ、いいや。やることは変わらない!)


 エストは無詠唱で、始原の吸血鬼に魔法を行使する。

 ──が、()()()()()()()()()


(⋯⋯は?)


 始原の吸血鬼はゆっくりと、獣の如くこちらに近づいている。体は全く動かないので確認できないが、セレディナもエストと同じ状況だろう。


「──ッ!」


 始原の吸血鬼が腕を振り下ろす。鋭利な爪がエストの肉を抉るべく、迫ってきた。

 エストはそれを寸前で避けることに成功した。何とか動くことができたのだ。しかし、その時、異常に疲労感が強かった。まるで、泥沼で足掻くように、その瞬間だけ体が重かったのだ。


「はあ、はあ、はあ⋯⋯凶悪すぎでしょ⋯⋯」


 見るとセレディナもこの異常から抜け出したようであったが、彼女もエストと同じく、疲労しているようだった。症状はエストよりも軽度だが、それでも由々しき問題だ。


(あの時、風景は停止していなかった。つまり、時間停止とかじゃない。原理は、対象のみの完全な時間停止。そして停止したのは神経伝達系統ね)


 もし停止するのが全肉体であれば、心臓も停止し、一分も経てば殺せるはずなのにしないのはできないか、もしくはそもそも全肉体の時間は停止させていないからである。

 神経伝達という行動を停止させてしまえば、本人は肉体を動かすことができないし、魔法も魔力を流動させる必要があるので、神経伝達を停止されてしまえば行使不可能となる。


(また、停止時間は⋯⋯一秒くらいかな)


 一秒もあれば、エストなら、いくつもの魔法を対象に撃ち込むことができる。始原の吸血鬼なら同じかそれ以上をできるだろう。されど一秒、というものだ。

 思考時間千分の三秒でエストはこう結論付けた。


「セレディナ、下らないことなんて考えずに、本気でやらなきゃ不味いよ」


 エストにそう話しかけられたセレディナは、少し驚く。それもそのはずだ。何せ、セレディナはまだ本気を出していなかったのは本当だったからである。

 理由は単純明快、エストに真の力をまだ見せたくないからだ。

 セレディナに始原の吸血鬼が襲い掛かるが、しかし、彼女は悠長に喋る。ただそれは、彼女にそれをするだけの余裕があったからだ。


「⋯⋯そうだな。お前を殺す前に死ぬのは御免だ」

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