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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
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5−19 ギャンブル

「⋯⋯賭け?」


 唐突に言われたことに、セレディナは呆気ない声で答える。それもそのはずだ。なぜ、賭けなんていう言葉がこの場面で出てくるのか分からなかったからだ。


「ああ、そうだぜ。ギャンブル⋯⋯命を賭けた、な」


 それから、マサカズはその肝心の賭けについての内容を話し始める。


「簡単な話だ。お前の第二の目的、エストの殺害を俺は容易に阻止できるし、それは俺を殺すことでも可能だ。俺とエストとは定期的に連絡を取り合っている。それがいきなり途切れたらどうなる?」


 セレディナは目を細め、腰に携えていた黒刀の柄から手を離したのを見て、マサカズは一先ず安心した。


「ああそうだ。エストはすぐに俺に何かあったと思うだろう。そして、俺が連絡一つ取れなくなるなんて⋯⋯それこそ、セレディナ、お前たちみたいな奴らが来たときくらいだ」


 ループの中で何度か試して有効的だと判明した脅しをマサカズはセレディナに掛ける。


「賭けに勝てば、俺はエストたちに偽の情報──お前たちが有利になるように根回ししよう。だが、賭けに負ければ⋯⋯」


 セレディナは息を呑み、マサカズの言葉に耳を貸す。


「──お前たちは、黒の魔女を裏切れ」


 マサカズの声が、地下空間に響き渡る。少しの間だけ世界は静寂に満たされた。


「⋯⋯ははは。それは⋯⋯それが、どんなことを意味するか分かってるの?」


「ああ。だが、どちらにせよお前たちは死ぬだろ?」


 セレディナたちが黒の魔女から求められた仕事ができない時があるなら、それは死んだときくらいだ。もしくは死亡直前まで追い詰められたときくらいである。

 そして黒の魔女が、仕事のできない者を放っておくとは思えない。アレに仲間意識などないだろう。


「裏切り、俺たちに力を貸せ。俺たちと一緒に、黒の魔女を殺すことに協力しろ」


「──」


「エストとの喧嘩なんてその後だ。死んでからじゃできるはずないだろ?」


 ──第二の方法。それは、セレディナたちに賭けを持ち掛け、滅ぼすのではなく仲間、とまではいかずとも一時的な協力関係にまで持っていくことだ。


「⋯⋯私が、アイツと協力するって? 私の両親を殺したアイツと?」


「ああ、そうだ。そんなこと知ったこっちゃねえ。死んでしまえば、何もできなくなる。復讐でさえも、な。死は無意味だ。虚無だ。後には何も残りやしない。あったとしたらそれは⋯⋯最悪な感覚だろうよ」


 その時マサカズが見せた顔には、冗談とは思えない感情が顕になっていた。まるで死を知っているかのように。


「つまりお前は、黒の魔女の計画──この魔法が発動すれば全てが死ぬと思っているわけだな? その根拠は?」


「人間が生き意地に汚くないと思うか? ゴブリンが女を襲わないと思うか? 黒の魔女だから、というだけで根拠には十分だろう」


 レッテル貼りも良いところだ。根拠とは言えない根拠だが、世の中には何事にも例外というものがある。

 黒の魔女の過去の所業を知っているのならば、大陸一つくらい海に沈めてしまいそうである。


「⋯⋯まあ、賭けに乗るかどうかはその内容次第だ」


「おっと、まだそういや言っていなかったな」


 マサカズは肝心の賭けの内容について話していなかった。これはわざとであるのだが、彼はさもミスかのように振る舞った。


「簡単な話だ。⋯⋯セレディナ、俺と戦え。一対一でな」


 まさかの賭けの内容に、セレディナの真紅の瞳孔は少し開く。そしてその後、彼女は口に笑み──嗜虐的とも取れる──を浮かべる。


「本当に言っているの? ⋯⋯死ぬよ?」


「ああ、マジだ。だがまあ、普通にやり合えば俺は瞬殺されるだろうな。だからお前には縛りを要求する。言ったろ? これは賭けだって。内容は平等でなくてはならない、そうは思わないか?」


 セレディナは答えない。しかし、顎で続けるようマサカズに促した。


「お前は俺を殺してはいけない。攻撃しても駄目だ。そして俺はお前に一撃でも与えれば勝ち。お前は五分間、俺の攻撃を避け続ければ勝ちだ」


 ──不利だろう。勿論、マサカズ側が。

 セレディナからしてみて、マサカズは弱者だ。動きはトロイし、たった五分なら、例え相手が強者であろうと回避行動を続けられる。


「悪くない賭けだと思うんだがな。運ではなく実力、それも格下相手との戦闘だ。それとも、俺程度に勝てずエストに勝てると思ってるのか?」


「お前は相手を煽る才能があるな。⋯⋯ついでに、相手を自分の思い通りに動かす力も」


 マサカズの望みは、セレディナの意思と同じだ。まるで知っているかのようにマサカズはセレディナの心を把握し、掌握とまでは言わずとも誘導する。

 おそらくその裏には何かある。この男(マサカズ)に限って何もないとは思えない、とセレディナは考えたが、


「良いだろう、マサカズ・クロイ。お前のその挑発に乗ってやる」


 そんなの、力で潰してしまえば良い。小細工など、セレディナの前では児戯も同然だ。


「⋯⋯お前は、私に殺されることを考えないのか?」


「確かに俺を殺したところで、エストたちなんて後で探せば良いだけだな。賭けで勝てば有利になれるし、負けても始末は容易、そう思ってるんだろ?」


 セレディナは「そこまで分かっていてどうして」と続けようとするが、


「ほら、お前の今の態度が答えだ。どうせ殺すなら、わざわざそんなこと聞かないだろ? 敵を信用することはなんら可笑しいことではない⋯⋯俺はお前のその高貴さを信用し、正々堂々挑むことに賭けた。これは二回目の賭け事なんだよ」


「⋯⋯狂ってるな」


 敵の武士道を信じ、命を預ける。狂っているとしか思えない行為に、セレディナは驚いたのだ。だってそれは、相手を知っていなければできないようなことなのだから。いや、それでもできるとは思えない。


「お前は仲間を大切にする。勇敢な者──死を前にしても、己の信念のために戦う者を称え、尊敬する奴だ」


「──」


「俺はそれを知っている。だからお前は信用するに足りた」


 そんなことで。そんな理由で。どこで見たのかもわからないような振る舞いで。


「──もう一度問おう、魔王、セレディナ。俺と生死を決める戦い(ギャンブル)をしようか」


 ◆◆◆


 首都、アセルムノのとある一軒家。国民の殆どは街中にある避難所に逃げ込んでいるのだが、その家には男女が居た。


「アル⋯⋯本当に行くの?」


 アル──アルフォンス・ヤユクトは、剣と鎧を身に纏っている。金属音を鳴らしながら、彼は声の方を振り返る。

 そこには金髪の女性がいた。彼女はシノ・ヤユクト。アルフォンスの幼馴染であり、婚約者である。


「行く。ここで震えて待っているより、そっちのほうが良いからね」


 ──唐突に、奴らは現れた。

 頭に美声が響いたかと思えば、次の瞬間には感情が自分のものではなくなった。恐怖が身を支配し、それは時間と共に強くなっていった。

 アルフォンスは何とかそれに耐えることができたが、他の人々はそうでなかったようで、今もきっと避難所で怯えているだろう。


「あなたが行くなら、私も行く!」


「駄目だ。シノは、ここでオレを待っていてくれ」


「でも⋯⋯」


 シノは魔法を使える。来てもらったほうが、一人より戦いになるだろう。しかし、男としての矜持がそれを許さない。


「待っていてくれないと、誰が傷だらけのオレを介護してくれるんだ?」


「それでも──」


 アルフォンスはシノの肩を掴み、そして口を付ける。甘くて、柔らかい。腕を首の後ろに回し、抱き締めた。

 長い長いキスの後、アルフォンスは「心配はいらない」とだけ言ってその場を去ろうとするが、


「──っ!」


 その頬に、赤色の線ができあがった。

 刃が、アルフォンスの顔を傷つけたのだ。それを行った。相手に対して、アルフォンスは剣を向けるが、


「熱いキスに感動の別れを邪魔しちゃ悪いが、お前らこそここで待っていろ」


 この辺りでは珍しい黒髪、顔立ちは普通か少し上程度、背丈もそのくらいで、印象にはそこまで残らなそうな少年。

 しかしその平凡さは外見だけであることを、アルフォンスは知っている。


「マサカズ⋯⋯さん!」


 マサカズ・クロイ。つい先日この国に訪れ、黒の教団幹部を殺害した少年だ。


「この国を襲撃した魔王軍は俺が何とかする。だからお前たちは避難所に逃げていろ」


 マサカズとアルフォンス、シノたちは年がそこまで離れていない。だが、マサカズの声には覇気があった。年季のようなものとは違うが、経験を感じた。

 しかしアルフォンスはそこで引き下がれない。


「でもマサカズさん、オレも戦えます!」


「⋯⋯お前が?」


 マサカズは眉を顰める。明らかに彼は不機嫌だ。アルフォンスの知る彼とはまるで違って見えた。


「俺に負ける程度のお前が、魔王軍と戦えるはずないだろ。お前は弱い。お前は弱者だ。俺はお前を死なせたくないからこんなことを言っているわけじゃないことを分かっていろよ、アルフォンス」


 その言葉には棘があった。反論する気にもなれない殺意にも似た感情があった。


「俺はお前が足手纏いにしかならないからこうして言っているんだ。己を傲るなよ、人間が。お前たちは戦力になりやしない。無能の働き者ほどの害はそうそうないことを知れ」


 マサカズの瞳には人間らしさが全く感じられなかった。あるのはどこまでも冷たいものであり、人外らしい合理性だ。倫理観を知らないまま育った殺人鬼のようであった。

 アルフォンスは無意識のうちに後退り、剣を持つ手が震えていることに気がつくのにはかなり遅れた。


「マサカズさん! そんなこと言うなんて⋯⋯酷いですよ!」


 心身が怯え、口一つ動かないアルフォンスだったが、隣に居たシノは怒りの形相でマサカズの言葉に反論する。


「アルは勇敢な男です! 彼が足手纏いになるなんて⋯⋯そんなこと有り得ません!」


 シノの言葉を、マサカズは無言で聞いていた。良く見れば、聖剣を握る手の力は強くなっていた。


「──知ってるんだよ」


「⋯⋯え?」


「アルフォンスは何もできずに死ぬ。無意味に死ぬ。無謀に死ぬ。そんな奴が役に立つ? 数にも数えれねぇよ。戯言も大概にしろよ。言ったろ? 人間が傲るな、と。俺に迷惑をかけようとするな。鼠は鼠らしく隠れていろ」


 マサカズの体は次の瞬間、その場から消え去る。瞬間移動みたいだった。

 ともかく人間の域にないスピードを、アルフォンスが見切れるはずもなく、気づいたときには、


「あ、る⋯⋯」


「シノ!」


 シノの首を、マサカズは片手で持ち上げていた。


「このっ!」


 アルフォンスは刃のある剣を、殺意をもってマサカズに振るう。激高した一撃。妻を助けるための一刀は普段のそれより数段も速く、強かった。だが、


「遅い、弱い」


 簡単に、マサカズはアルフォンスの剣を弾いた。

 そしてシノの首を掴む握力を強め、彼女から意識を奪うと、それを床に落とす。


「死んじゃいない。だから怒るなよ、人間」


 アルフォンスの連撃をマサカズは容易に避ける。避ける。避ける。

 マサカズはアルフォンスの懐に潜り込むと、柄尻を彼の鳩尾に叩き込む。鋭く重い激痛がアルフォンスを襲い、動きを止めさせた。


「大人しくしていろ」


 そしてアルフォンスの顎に膝蹴りをすると、彼の体は一回転して床に倒れる。

 少々出血しているが、死にはしていないだろう。


「⋯⋯はあ。何なんだよ、一体。クソが。何で俺の言うことを聞いてくれない?」


 マサカズは知っている。知っているからこそ、何が最善かが分かる。マサカズの言うことに従えば、全部良く行くのだ。

 なのに、どうしてこうも反発されるのか。


「ああ、もう⋯⋯これだから人間は──」


 そこまで言って、自らの発言の違和感に気がついた。


「人間⋯⋯『人間』?」


 まるで、自分が人間でないみたいな言い方。人間を見下している上位種族のような発言だ。


「俺は⋯⋯俺は、何を言っているんだ? 俺は何をしているんだ? 俺は何なんだ?」


 頭を抱える。目の前が真っ赤に染まっていくような幻覚を見た。

 自分がアルフォンスとシノの二人を気絶させたことは覚えている。記憶には鮮明に残っている。だが、どうしてそんなことをしたのかは覚えていない。

 話し合えば良かった。なのにどうして、こんな手荒な真似をしたのか。


「分からない⋯⋯」


 もうただの精神の疲弊では済まされない。明らかに何らかの異常だ。しかし問題は、その異常の原因が分からないことにある。


「⋯⋯そのうち自我さえなくなるかもしれないな。さっさと事を終わらせなくちゃならない」


 マサカズは気絶している二人を目にして、


「⋯⋯すまないな」


 ◆◆◆


 気がついたとき、アルフォンスは床ではなくベッドの上に居た。

 口の中が数ヶ所切れたみたいで、鉄の味がする。だがそこまでの重症ではない。

 

「シノ! ⋯⋯良かった、生きてる」


 隣りに居たシノの息を確認して、アルフォンスは一先ず安心する。しかしすぐに眉を顰めた。


「マサカズ・クロイ⋯⋯」


 アルフォンスは、顎を蹴られた直後も気絶せずに、暫くの間意識があった。その間に、マサカズが自分のしたことに対して困惑している様子があったのだ。


「何が、どうなってるんだ⋯⋯?」


 つまりあれは本心ではない──というものでもないだろうが、マサカズ・クロイではなかったのだろう。少なくとも、今の。

 それで溜飲が下がるわけではないが、責めるわけにもいかない。


「⋯⋯弱者は弱者らしく、か」


 マサカズの言っていることは間違っていない。アルフォンスも薄々気づいていたことなのだ。それを突きつけられただけである。


「そんなこと、やってられるはずがないだろ⋯⋯!」


 だが、アルフォンスは剣を握り、走り出した。

 無茶苦茶寒くなって体調が崩れました。季節の変わり目が急すぎる⋯⋯。

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