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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
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5−16 価値観の相違 

「早く、こいつを傷つけないと」


 マサカズは目の前の大魔法陣を見て、そう言った。

 魔法陣は精密機器もびっくりなほど損傷に弱い。少しでもその描かれた陣を傷つけるだけで、発動しなくなる。だから、ここにに切り込みを入れるだけで目の前の最悪な魔法陣は効力を失うことになるだろう。


「どうして? なぜ、そんなことをするのさ?」


 だが、それに反論したのはフィルだった。


「どうしてもこうしても、こんな魔法、発動させちゃ駄目なヤツだろ? 何より、これは黒の魔女が関係しているからだ」


「ああそうだったね。でも忘れていないかい? 私は中立ではなく、魔王様側だって」


 ──ああ、そうだった。こいつらは、そんな理由で大虐殺を止めないことを、忘れていた。


「⋯⋯じゃあ、どうする。お前は黒の魔女を知っていての発言か? この魔法陣がどんな効力を発揮するか、怖くないのか?」


 だったら、感情的な理由ではなく、合理的な理由を作るしかない。


「怖い? そんなわけないでしょう? 私は『強欲』だ。あの狂った魔女がどんなことを計画しているか、それを知りたいんだ」


「その結果、どうなるかを考えろと言っているんだ。七百年前、黒の魔女が起こしたことを思い出せ。この大陸の中央の国々が滅ぼされ、今も瘴気の影響で出入りなんてできないと言われているんだぞ? その時と同じか、あるいはより酷いことがこの国で引き起こされるかもしれない。お前たちは駒として、その発動を手伝わされ、最期には巻き込まれて死ぬかもしれないんだぞ?」


「欲望にリスクはつきものさ。そのリスクの上で死ぬのなら、この肉体を失うのなら、それは構わない」


「っ⋯⋯」


 フィルは、平然とそう言った。知った上で死ぬのなら、それさえも受け入れようと彼女は言ったのだ。自らの命に、再生しない命でありながら、そう断言したのだ。


「⋯⋯つまり、俺が俺のしたいことをするなら⋯⋯お前の自由を踏み躙らなくてはならないってことか」


 自由とは、万人に与えられる権利である。しかし誰かが自由を求めるなら、その分誰かが不自由を被ることとなる。それは『世界の理』であり、それこそが自然。平等など、公平など有り得ない。不平等こそ、不公平こそ、この世界の本質だ。それこそが、知的生命体の社会の作られ方だ。

 マサカズはそれに則り、目の前のフィルの生きる権利を踏み躙らなくてはならない。つまり、殺さなくては、自らの自由を、権利を主張できない。


「そうさ。君は私を殺さなければならない。そうしてようやく、権利を得られる。自由を得られる。世界は誰にでも自由を保証してくれるわけではないからね」


 結局はそうだ。世は弱肉強食。強き者が正義、弱き者が悪なのだ。


「⋯⋯」


 戦えば死ぬ。フィルとは勝負になるかさえ不明だ。

 逃げるは論外。フィルは転移魔法が使えるから、逃げられるはずがない。あとは殺されて終わりだ。

 屈服する。フィルの殺意は本物だが、彼女は馬鹿ではないから、こちらが戦意を喪失すれば何事もなかったかのように処理するだろう。命を大切にするならこれが最善策だ。

 しかし、いつ何時でも、最善こそが人間の選択すべき道ではない。


「戦え。戦わなきゃ、勝てないだろ」


 死ぬ、殺そうとすれば。だが、


「──ッ!」


 マサカズの足は床を少し隆起させ、フィルに肉薄する。剣先をフィルの胸に突き刺すようにするが、そこに衝撃が走って、体が後ろに跳ね返される。

 何か、固いものでも突き刺したようだった。否、正しくそうなのだろう。これは防御魔法だ。

 展開された青色の魔法陣が消滅するのを逆さに見ながら、マサカズは空中で体制を制御。今度はフィルの周りを走り回り、加速していく。


「〈瞬歩〉の応用──〈縮地〉と言ったところだ」


 〈瞬歩〉は限定的な瞬間移動のようなものだった。一直線上にしか移動できず、例え見きれなくても、それさえ分かっていれば捌けるものだった。

 だから、マサカズはこれまで二回連続で〈瞬歩〉を使うなどしていたが、今度の〈縮地〉はそれを改良したもの。応用したもの。その効果は、


「実質的な転移魔法。転移可能距離は一度に5mってところかな?」


 フィルの周りを、マサカズは〈縮地〉によって移動する。前に後ろに右に左に上に──。床の埃は瞬間移動に限りなく近い超速移動で巻き上げられ、空を切る音が地下空間に響き渡る。


「転移者とは思えないね。自身の力を傲る他の異世界人とは少し違いそうだ」


 フィルはマサカズを目で追おうとしない。追うことができないわけではない。その全く逆、追う必要がないのだ。


「意味ない、か」


 〈縮地〉は、連続で四回超速移動する戦技だ。勿論それ以下なら回数も調整できる。移動先も指定ができ、複雑な移動も可能。そして、一度の移動距離はフィルの推測通り5m。

 なのでこうして相手の周りを飛び回り、錯乱させようとしたのだが、無意味だった。

 正面からマサカズは突っ込み、剣を薙ぎ払う。しかしフィルは刃を背から抓んだ。


「おっと残念。あと一ミリ遅ければ、私の首に刃を当てられたのにね?」


「よく言うぜ。わざとだろ?」


 マサカズの見立てだと、フィルはあと一ミリのギリギリのどころか、十数センチくらい離して止めることだってできたはずだ。つまり、遊ばれている。

 マサカズは右足で後ろ回し蹴りを繰り出すが、フィルは右手で受け止め、前に投げる。不自然な重力がマサカズの体に作用すると同時に白色の魔法陣がフィルの右手に展開されると、マサカズの体も真上に飛び、天井に叩きつけられる。

 真逆とはいえ、高さ30メートルからの自然落下には変わりない。


「がぁっ──」


 内蔵に痛みが走り、吐き気が催される。鈍痛によって思考に白い靄がかかって、耳鳴りが始まる。


「〈重力反転(リバースグラビティ)〉⋯⋯白魔法重力系統の基礎だけど、コントロールと違って腕を動かす必要はないから、近距離ならこっちのほうが良い場合もあるよ」


 フィルはそれを言い終わると、魔法の効果は解除される。もう一度、今度は正しく──無情に重力がマサカズに牙を向く。

 このまま落ちれば今度こそ耐えられない。骨はもう幾本か折れていて、気絶は必至だ。

 生か死か。勝利か敗北か。立つか倒れるか。

 どうせ何もしなければ死ぬのだ。負けるのだ。だったら、最期のその瞬間まで足掻け。


「──〈黒風(ブラックウィンド)〉」


 瞬間、マサカズと地面との間に黒い風が発生し、それが衝突の勢いを和らげた。しかし、和らげただけで痛みが消えるわけではなかった。


「ごはっ⋯⋯!」


 一か八かで唱えた黒魔法。英語が魔法言語なら、マサカズにとってはそれだけで試す価値はある。適当に、ありそうな魔法の名前を言葉にすると、それは力となり彼の命を救ったのだ。


「へぇ。魔法も使えるんだね」


「少し適正があるだけだし、とんてもない幸運で発動しただけだ。っ⋯⋯!」


 以前、レイよりマサカズには黒魔法の適正があると言われた。

 尤も、才能と英語能力だけで発動した黒魔法は不安定にもほどがあり、魔力が一気に削られる感覚と、〈黒風(ブラックウィンド)〉本来の効果──対象への物理的なランダムの悪影響──のおかけで、今、マサカズは立っているのがやっとだ。


「麻痺⋯⋯だな。体が上手く動かない」


 脳からの信号に遅延でもあるように、体が思い通りに動かない。遮断はされていないが、思ってから実際に動くまでに僅かにだが、確実に、体感できるくらいのタイムラグが生じている。


「そうかい。今なら許してあげよう。殺しはしないことを約束する。私だって弱った相手を嬲る趣味はない」


「⋯⋯できないな。確かに俺は卑怯だ。勝つためなら、生きるためなら、なんだってする。でも⋯⋯自分の意志に反する行動はしたくない。仲間を殺すようなことはしたくない──もう、二度と」


 マサカズは剣を逆手に持つ。


「──っ!」


 そして、地面を踏んだ。体は一気に加速し、加速力を乗せ、裏拳の要領で逆手に持った剣を突き刺す。これを抓むことはできない。回避したとしてもすぐさま追撃する。

 フィルが取った行動は、回避。転移魔法による回避だ。視界外へと転移したフィルの居場所を瞬時に把握する。右斜め後ろだ。


「〈十光一閃〉」


 二つの戦技を合成したマサカズの奥の手。円状に拡散させた十の斬撃全てを、光の速さに匹敵するスピードで放たれたそれを相殺することは至難の業だ。

 殺すことはできなくても、致命傷を与えられないわけではない一撃。事実、それはフィルに重傷を負わせられる。


「⋯⋯惜しい、って言葉はさ、何の慰めにもならないよね。だって、それは失敗したことには変わりないでしょ? 試験なら惜しいからって不合格が合格になるわけじゃない。目的を達成できない時点で、それは失敗なんだよ。だから、私はこの言葉を君に送ろう。──残念、それじゃ私は殺せません」


 ──マサカズの腹を、風が抜ける。


「は⋯⋯?」


 グチャグチャに引き裂き、開けられたような穴がマサカズの胴体に形成されていたのだ。丁度、腕一本が貫通しそうな直径だった。


「白魔法に分類される私だけの魔法(オリジナル)。〈次元消滅(ディメンションアウト)〉。効果は見ての通り。そこの次元をこの世界から消滅(アウト)させる。防ぐには同じく、白魔法空間系統でなきゃ全て無意味さ」


 痛みに脳の回路がショートし、痛覚がシャットアウトする。それが幸か不幸か、マサカズに話す余裕を与えた。


「⋯⋯俺は、『死に戻り』している」


「──え?」


 余裕そうに笑みを浮かべていたフィルだが、マサカズのその言葉を聞いて驚く。冗談とは思っていないことに、やはり彼女には感情を読まれっぱなしだったんだな、と分かった。


「そのままの意味だ。俺は⋯⋯死んでも、戻る。俺だけ記憶を有して、何度でも。⋯⋯これは『死に戻り』の一環に過ぎない」


「何を言ってるの? 『死に戻り』? そんな、まさか⋯⋯いや、それが正しいなら、君のその不可解な感情にも納得が⋯⋯!」


「次こそ、お前たちの計画を瓦解させてやる。ここまで案内ありがとうよ⋯⋯『強欲』」


 ──自殺は恐ろしい。自殺するには、もう二度とできないんじゃないかと思うくらいの決意が必要だった。そして自殺をする度、それへの忌避感は増していく。

 もしかすれば『死に戻り』する必要はないんじゃないかって。こんな不快感は味合わなくていいんじゃないかって、心のどこかで思ってしまうのだ。

 だからと言って、何もせずに殺されるわけにもいかない。死を知っているからこそ、無抵抗のまま死ぬことはできない。体が抵抗しようと五月蝿いのだ。何より、フィルならばそんなマサカズの感情を読むことができる。彼女ならば、死を望むマサカズにそれを与えない選択肢が取れる。

 ならば、マサカズは必死に抵抗する。ならば、勝てない戦いに見を投じる。そして、死ぬ。叶わぬ願いを胸に、目的を偽装し自身を騙し、戦う(死ぬ)


(その顔が見たかったぜ。その、顔が)


 余裕が崩れ、焦る顔。いつも薄い笑みか嗜虐的な笑みか、あるいは無表情だったフィルの貴重な表情を最期に見れたことでマサカズは満足する。


(⋯⋯もう喋れもしないな。体が冷たくなっていく感じがする。何度、俺はこれを体験したんだか⋯⋯覚えていないな)


 生きていた体が死んでいく。死はゆっくりであり、不思議とそれ自体に苦痛はない。不快感は、死んだあとに覚える感覚だ。

 ──時間が幾らか経過して、『死に戻り』は発動した。


 ◆◆◆


 ──気づいたとき、マサカズは真っ暗闇の中に居た。


「ここは⋯⋯」


 普通なら酷く焦るはずだ。ついに『死に戻り』の回数制限をオーバーしたのかと思って。本当の死を迎えたのかと思って。

 しかし、マサカズはやけに冷静なままだった。まるで、知っている場所に来たように。


「──キミは、何度目かな?」


 声がした。そしてマサカズはその方向に視線を向けると、そこには、


「⋯⋯思い出した。ここに既視感があるのも納得だ。何度目かって質問は、覚えていないが数回とだけは答えておく、ガイア」


 白髪に灰色の瞳。白を基調としたゴシックドレスを身に纏った、特上の美貌の持ち主。エスト──の姿を模した神。

 

「なるほどね。⋯⋯ねぇ、キミは死にたい?」


 突然の誘惑にマサカズは息を詰め、目を見開く。

 死にたいか? それは、おそらくこの『死に戻り』を発動させずに、本当の意味での死を迎えられるという意味だろう。


「キミは死を怖く思う? キミは死を迎えたい?

キミは⋯⋯これ以上、『死に戻り』をしたくない?」


 神であるガイアならば、マサカズの『死に戻り』を無効化することもできるだろう。根拠はそれだけだが、それだけで十分。

 マサカズの一言で、彼は本当の死を迎えられる。もし、彼がこの世界に転移し、何度か『死に戻り』した程度の頃なら、死にたいと即答しただろう。それくらい、死は辛い。


「⋯⋯死は辛い。死は怖い。死は絶望で、『死に戻り』は人の命を無価値とする」


 マサカズは目を細め、過去を思い返しながら死を語ったが、「でも」と言葉を挟み、続ける。


「『死に戻り』は俺を、ナオトを、ユナを、レイを、人々を──エストを、守れる力だ」


「──」


「ああ、苦痛だ、死は。だが、俺はそれに助けられている。俺にはそれがあるから、仲間を守れた。失敗しても、未来を変えることができた。だから」


 そこで一旦言葉を切る。そして、力強く、


「──俺はまだ、死ねない。俺が望む世界線に乗るまで、何度でも戻る。ああ、戻ってやるさ」


 それは、ガイアからの提案を断る理由であると同時に、決意を抱くための言葉でもあった。

 

「⋯⋯キミは、強欲だね」


「そうだ。俺は『強欲』だ。強欲じゃなきゃ、俺はここに居ない」


 フィル(強欲)は嫌いだ。大嫌いだ。何を考えているのか分からないし、共感なんて以ての外。しかし、否定する気になれなかったのは、これが理由だったのだろう。


「⋯⋯分かった。キミから『死に戻り』を取り上げることはしない。決意が感じられたからね」


「ああ、そうしてくれ。⋯⋯っと、この感覚、どうにかならないのか?」


 体が酷く重くなり、立っていられない。思考もままならなくなって、喋ることが難しい。

 これは、起床の合図だ。


「仕方ないね。だってそれは生理現象みたいなものだし。それを消すことはやりたくない」


「そうかよ⋯⋯じゃあな。また会うのを楽しみにしてるよ」


「今度も覚えていたならね」


 いよいよ体はより重くなってきた。意識を保つことができなくなっていく。ただ前回と異なり、マサカズはそれをする必要はないから、重さに従うように崩れる。

 視界がホワイトアウトし──そして、次は現実世界で覚醒した。

 『死に戻り』の漠然とした不快感に、恨み辛みを吐き出すのは後だ。

 マサカズは戻ると同時に走り始めた。

 最近忙しく、執筆に時間が取れませんでした⋯⋯というのは半分嘘で、普通に時間が取れたでしょう。何もかも絵を描くのにとんでもなく時間が取られるのが悪い。

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