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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
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5−15 暗闇からの跫音

 あの冒涜的な研究所と思しき地下空間で、マサカズは黒の教団からコクマーに宛てられた計画書を発見し、解読した。

 内容はこの世界では『魔法語』と称される言語、英語の羅列。文法なんて知らない人が単語を綴っただけのようなものだった。

 ── soulspiral、exercise、country、sacrifice、Maga、deviant、evolution。

 意味はそれぞれ、魂の螺旋、運動、国、生贄、マガ、逸脱、進化である。

 セレディナの「大虐殺をする」という発言と、国、生贄という単語。それはつまり、

 

「おそらくこの大陸全土に存在する全ての国で、大虐殺をやるという意味」


 人間なんて弱小だ。邪魔が入らなければ、コクマーやティファレト、ケテルたちは国くらい滅ぼせる。少なくとも、大虐殺と呼ばれる災害を齎すことは不可能ではない。大罪の魔人も当然である。


「── exerciseという英語は、運動以外にも行使という意味を持つ。エストとレイたちは、soulspiralを魔法のようだ、と言っていた」


 まさか、あの文章とセレディナたちの大虐殺計画がブラフである可能性は考えたくないし、ブラフにしてはあまりにもコストがかかりすぎている。

 そう、だから、この推測は命中している可能性が高い、嫌なことながら。


「soulspiral──〈魂の螺旋(ソウルスパイラル)〉は魔法であり、その発動のために国を生贄とする⋯⋯」


 魔法を使うことを、この世界では『行使』と言っている。魔法の名詞の後に行使という単語が続くなら、運動という単語より不自然ない。


「〈魂の螺旋(ソウルスパイラル)〉の効果は、対象を強化する、あるいは何か特別な要素を与える魔法だろう。マガはおそらく人名、それを強化するという命令が、あの文章だ」


 あの単語の羅列を日本語の文に直すなら、つまり意訳するなら、〈魂の螺旋(ソウルスパイラル)〉を国(国民)を生贄に行使し、マガを進化させる、となる。

 問題はdeviantという単語。逸脱とは、一体何を示しているのか。


「重要な事ではありそうだ。⋯⋯だが、分からない。何かの用語か?」


 専門用語は、その分野を学ばなければ意味なんて分かるはずがない。例えば物理において、仕事とはエネルギーのようなものだ。一定の力である距離を動かした際、その積を仕事というように、物理学を修めなければ、仕事という専門用語は分かるはずがない。

 そしてここで言うところの逸脱とは、魔法学における専門用語である可能性が高い。魔法語──英語が分かっていても、魔法ができるわけではないのだ。

 魔法の名称、魔法陣に組み込まれている要素や、魔法発動のメカニズム。それらに関して全くの知識を持たないマサカズは、逸脱という言葉の意味を一般教養上の定義でしか判断できない。


「さっきから何ブツブツ言ってるの?」


 防衛要塞をマサカズは歩き回っていたが、彼一人でそれをしていたわけではない。

 隣に居る銀髪で紫紺の瞳の美女──『強欲』の魔人、フィルがマサカズに話しかけた。


「色々と考えてんだよ。お前らと違って俺の頭は平凡だからな。平凡は平凡なりに、情報を整理して一つ一つゆっくり丁寧に判断していくんだ。これは俺の癖だな」


 マサカズには、思っていることをついつい口に出してしまう癖があった。ブツブツと何を言っているのかわからないくらい小さい声であるため、思考が周りに漏れ出ることは少ないが、蚊の羽音が鬱陶しいように、その独り言も他人からしてみれば絶妙に邪魔な音だろう。


「そう。癖、か。まあ、癖はそう簡単には治らないものだよね。というか、勘違いして欲しくないんだけど、私は君にそれを止めさせるつもりであんなことを言ったわけではないんだ。だって他人の否定はその人の自由を踏み躙る行為だ。それをすることによって私の自由が満たされるなら躊躇いはないけど、必要もなく他人を侵害することはしたくない。だからあくまでも私は君に何を言っているのか、と単純で何気ない疑問としてこの言葉を投げかけただけであるんだ。気分を害したなら謝ろうか?」


 目には目を歯には歯を、悪癖には悪癖を、のつもりだろうか。

 おそらくフィル自身にはそんな気なんて全く無い。いや、だからこそ質が悪いということなのだが。


「ああ、謝ってくれ。今こうしてお前と話しているだけでも俺の硝子のハートはミシミシと音を立てているからな」


 実際のところ、そのハートは幾度か割れていて、現在はガムテープでグルグル巻きの状態だ。だからミシミシと音を立てることはあっても割れることはないのだが、敢えてマサカズはフィルに悪態をつく。


「そうか。すまないね。お詫びに君の欲求を書き換えよう。そうだね⋯⋯性欲なんてどうだい?」


「俺にお前を襲わせて、やむを得ず俺を殺しました、ってか? ああ、お前らしいゴミみたいな返しだな。殺し方としちゃ練りが足りない」


「⋯⋯君、そういう考えはすぐに思いつくよね。君からは殺害欲は感じられない。なのにどうして物事をすぐに殺しに結びつける?」


 ──言われて、自分の異常に気がついた。

 最近、どうも『殺す』ということに拘っているような気がする。そして同時に、命の価値が軽くなってもいる。

 これまで異世界という弱肉強食の残酷な世界故に、自身の価値観が変わったとばかりに思っていたが、それでもついこの前まで、殺人には吐き気を覚える気色悪さがあり、避ける傾向にあった。

 『死に戻り』なんていう命の価値を暴落させるような加護があるからこそ、命を軽視することも自明の理だ。──尤も、それは自分の命の場合に限るが。


「⋯⋯さあな。お前らみたいな殺人マシーンとばかり触れ合ってきたから、殺しは見慣れたのかもしれない」


 違う。そうならば、もっと殺人を忌避するようになったはずだ。また別の要因が、マサカズに殺人の癖を植え付けたのだ。


「──っ」


 ──瞬間、頭に鋭くて細い針でも突き刺されたみたいな激痛が走った。

 痛みは残ることがなかったが、痛みの記憶は鮮明なまま。額に冷や汗が流れ、呼吸が乱れる。


「⋯⋯はは、面白い」


「他人事だと、思いやがって⋯⋯」


 ──そのとき、マサカズの内側で燃えたぎるような『欲求』が生まれていた。それは殺人欲だ。痛みと一緒に一瞬で跡形もなく消え去ったが、記憶には残ったまま。憎悪にも、自慰欲にも似たものだった。


「⋯⋯はあ。着いたか」


 頭痛とこの欲求についてのことは後回しにしよう。

 丁度そのタイミングで、マサカズは目的の場所に到着した。そこは只の壁であったが、


「ああ。ここだね」


 音波によってマッピングしていたフィルは、そこが只の壁でないことを知っている。

 前回は見つからなかった場所──おそらく、また別の地下施設への入り口だ。

 マサカズは壁に触れると、やはり只の壁のようであった。だが、彼は壁に力を入れ、押す。

 普通の壁なら動きもしないだろうが、その壁は回転した。相当重く、一般人なら何人かで押さなくては微動だにしないくらいだ。


「よっ、と」


 壁を九十度回転させると、下へ続く階段が現れた。

 明かり一つなく、底が見えない。階段は大人二人が余裕で横並びできるくらいには広い。

 

「木?」


 この防衛要塞の主な構成建材は石だ。だからこそ、この階段の素材に少し驚いた。

 砂漠において、木は建材に使うにはあまりにも貴重な資源であり、底の見えないほど暗く、深い階段に使うなんて以ての外。そう、常識的に考えれば。


「⋯⋯なんだ、これ」


 一歩踏み出した瞬間、マサカズはすぐさま異変に気がつく。


「油だね。それに、この木の階段も粗末な造りのようだ」


 木の階段の表面は摩擦抵抗が殆ど無い──つまり油が塗られている。それもただの油ではないようで、


「この油、時間経過耐性の魔法がかけられている。これなら、最低十数年、行使者によっては最大百年くらいは、ずっと新品に近い状態を保てるだろう。汚れもしないだろうね」


 改めて魔法の凄さに感心するが、今はその場合ではない。

 

「それより、粗末な造りだって? 確かに、踏む度にミシミシ言ってるが⋯⋯」


 少し体重をかけようものなら、階段は悲鳴を上げる。そして心なしか、その度に湾曲している気さえする。


「その考えで間違っていない。もし私の体重が羽のように軽くなれば、今頃階段は崩れていた」


 中々怖いことを言ってくれる。

 フィルは体型を見る限り、流石に羽と同等の重さではないだろう。しかし、それでもモデル並みの低体重ではある。筋肉もなさそうだ。

 そしてマサカズも、男ではあるがそこまでガッシリとした体型ではない。少し鍛えてはいるが、それでも軽い方だ。

 だから、同時に二人乗っても階段は悲鳴を上げる程度で済んでいる、のだと思われる。


「フィル、外で待っていてくれないか?」


「残念。私は魔王様の従順な下僕。当然、君より魔王様の命令を優先する」


 セレディナの命令は、マサカズの護衛──もとい、監視。この地下からまた別の地上へと逃げる道がないとは言えず、監視を外すだけの理由はどこにもない。

 マサカズとフィルは、一緒に階段を鳴かせながら底へと歩き、降りていく。


 ◆◆◆


 信じられない。それがマサカズと──フィルが同時に発した言葉であった。

 階段を降りた先には予想できた通りの地下室があった。──否、地下室と言うにはあまりにも広すぎる。ここでは地下空間と言ったほうが的を得ている。


「は⋯⋯? え? 何平方メートル、いや、キロメートルだ?」


 天井までの高さはおよそ30m。横幅や縦幅に関しては不明。少なくとも、端が暗くて全く見えなく、音の反響から数百メートル程度離れているわけではなさそうだった。

 ──高ささえ何とかなれば、丸々一つの都市をこの地下空間に造れるくらいの広さであることは確実だ。それでさえ、最小サイズである可能性も高いが。


「⋯⋯魔法陣?」


 マサカズと異なり、種族的に暗闇も見通せるフィルは、この広大な空間がなんのためにあるのかが分かったようだ。

 フィルが〈発光(ライト)〉を行使すると、マサカズにもその暗闇に存在する『もの』が視認できた。

 それは、黒色で描かれた直線だった──否、曲線だ。大きすぎて、それが曲線だと一瞬では分からなかった。

 そして、もう一つ。その線の奥側には、複雑な文様、そう魔法陣の要素が描かれていた。どれも通常の魔法陣に含まれている程度の大きさの要素が、おそらくこの巨大な円陣の内部に組み込まれているのだろう。


「嘘でしょ⋯⋯? こんな魔法陣、発動させられるわけがない」


 要素を組み込めば組み込むほど、魔法とはより強力になっていく。魔法は言ってしまえばパズルゲームのようなもので、どんな組み合わせをすればどんな効果を得られるのかはやってみないことには分からない。もしかすれば、これまで炎を起こす要素が、組み合わせ次第では風を起こす要素になることも不思議ではない。

 ならば、要素を多く組み込めるように、魔法陣を大きくすればよいのではないか。そう考えるのは必然だ。しかし、これまでの魔法学において、魔法陣を今以上に大きくすることは無意味なことであるとされている。

 魔法を詠唱することによって空間に展開される魔法陣の大きさこそ、最も適当な大きさであったのだ。

 なぜならば、


「魔力消費も、魔法の制御も、誰にもできるはずがない。私が何人いても、こんな魔法、行使なんてできたものじゃない」


 フィルは取り乱している。魔法使いである彼女だからこそ、この魔法陣の異常性に気がついているのだろう。

 魔法の制御なんてできなければ、魔法なんて怖くて使ってられない──


「⋯⋯フィル」


「何さ? 私はこれから、この魔法陣を調べなくちゃならないんだ。発動もできないような魔法陣を、こんな空間を造ってまで描く理由がきっとどこかにあるはずなんだから。それこそ、どんな無茶苦茶な要素を構成しても、発動できる仕掛けがあるとか⋯⋯」


「一つ聞きたいんだ。魔法を、制御する必要はあるのか?」


「──は?」


 素人の頓珍漢な質問に、フィルは呆気ない声を返す。そんな声でさえ美しいのは、いくらなんでも美を与え過ぎではないかと思う。


「魔法を制御しなければ、魔法の効果には変化が生まれるのか? こう聞いたほうが良かったか」


「⋯⋯ないね。制御はあくまでも、魔法を発動する際の威力とか効力、範囲、射程、対象、そしてそれらに伴う消費魔力量を算出、あるいは予め決めること。制御せずに炎の魔法を行使すれば、炎が出ることには変わりない。問題はその炎が、行使者が持てる全魔力を消費し、最高の状態で放たれるということ。魔法を制御しなければ、行使者は魔力を失うことで死亡する──って、まさか」


 その分野に対して深く理解していると、固定観念に囚われることがある。しかしその分野に対しての素人は、その固定観念を持っておらず、多角的な考えができる。ただ、それが非常に難しいだけで。


「ああそうだ。制御する必要がないとすれば? 魔法の効果が発揮されるだけでいいなら? そもそも、魔力を全て消費することが前提の魔法なんじゃないか?」


 狂ってやがる。この世界では、魔力とは一種の生命エネルギー。無くなってしまえば、それは死を意味する。魔力をドレインする力があったなら、それはとんでもなく凶悪な力だ。

 そんな大切な魔力を、最初から全て消費する前提に造られた魔法。到底、魔法を造れるくらい魔法学に精通した者の所業ではない。


「魔力は物質。生命体が死亡すれば、魔力は空気中に離散し、そして消え去る。だが魔力が多ければ多いほど、それらは結合し、強固となる」


 共有結合というものがある。魔力は物質であり、勿論そこには原子もある。ならば、原子間で電子を共有することによって生じるこの化学結合だってあり得ないことはない。

 不安定だった魔力が安定化し、離散し辛くなる。だがそれは魔力であることには変わりなく、魔法の発動には十全に使える。酸素や窒素、二酸化炭素などと混ざりあった魔力原子とは異なって。


「大虐殺を行い、国民から魔力を抜き取る。そして魔力は空気中で結合する。エストの実家が良い例だ。膨大な魔力を放出し続ければ、それらはやがて空気中に留まるんだ」


 以前、操られたテルムとエストが一度戦った場所はエストの実家であり、そこは魔力が普通の場所より濃いと聞いた。

 エスト一人から、自然に放出される魔力量と、一つの大都市に存在する全ての人間の魔力総量の合計。どちらが多いかなんて一目瞭然であり、これは机上論ではないことを示す。


「じゃあ、あの黒の教団から渡されたあの魔法は⋯⋯そうか、そうね、そういうことか!」


「そっちは何に気がついたんだ?」


「マサカズ・クロイ、人間の魂と魔力がどんな関係か知ってる?」


「⋯⋯最悪だな。お前の言いたいことがわかる気がする」


「分かる気がするじゃないね。分かっている。君が思っているその考えで、合っているよ。察しの良い男の子はモテるよ」


 魂とは、言わばその生命体の核だ。そして魔力とは、魂から生み出されるもの。

 魂から生産された魔力が体を循環し、人々の生命活動を手助けしている。

 そして魂はエネルギーとして利用できる。何せ、魔力を生産する核なのだから。エネルギーの質では、魔力を上回る純粋さだ。変換効率も頗る高いだろう。問題は、魂は魔力と違って一度きりしか使えないエネルギーであることであり、魂がなくなれば魔力は生産されなくなり、死亡することだ。

 だがその問題点は、最早問題足り得ない。


「あの魔法は、魂を刈り取る魔法。魂喰らいの獣人(ソウルイーター)の種族的特徴を魔法で再現するなら、確かにあの構成になる」


「⋯⋯ああつまり、この魔法は──この都市、あるいはこの国の全ての人々の魔力、魂を代償に発動する、最凶最悪の大魔法だ」


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