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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
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5−10 色欲

 『色欲』の魔人は、アセルムノを囲うようにして監視しているらしい。つまるところ、『色欲』の能力は広範囲における索敵能力である可能性が高い。


「だとしたら面倒だな。能力レベルの索敵は、厄介極まりない」


 首都全体を監視できるという線もあり得るが、だとしたらフィルとの会話も見られていたことになる。『色欲』が『強欲』みたく魔王に忠誠を誓っていないなら見逃したということも考えられるが、そうならば、いよいよ魔王軍の結託度が怪しくなってくる。


「ただ、仮に索敵能力だったとして、流石に街全体を監視することはできないってところか? 『強欲』で街を掌握し、『色欲』で街外からの侵入を監視。『嫉妬』で威圧し、魔王は⋯⋯大方、エストがここにいることを知って、来たってところか」


 計画的犯行なのは確実だ。

 しかしこう考えると、いくつか疑問も生まれてくる。


「他の大罪はどこに行った?」


 日本では、アニメーションや漫画、ライトノベルなんかの創作物にはよく『七つの大罪』が使われている。それ自体が名前の漫画もあるくらいだ。

 特にアニメが好きだったマサカズは、『七つの大罪』を覚えている。

 『傲慢』、『強欲』、『嫉妬』、『憤怒』、『色欲』、『暴食』、『怠惰』。

 更に旧大罪として『虚飾』や『憂鬱』があるが、それらはそれぞれ『傲慢』と『怠惰』に統合されたはずだ。どういうわけか、この世界では切り離されているらしいが。

 また、それらと対になるように『七つの美徳』なるものも存在するのだが、こちらは覚えていないため割愛。


「『傲慢』と『憤怒』、『暴食』に『怠惰』はどこだ?」


 まさかこの国に残りの四つの大罪が存在するとは思えない。隠そうにしても、一ミリたりとも気配が察知できないのはいくらなんでも可笑しすぎる。それに、隠す理由だって分からない。


「⋯⋯別行動。あるいは、召喚されていない?」


 後者の可能性は低いと思っていたほうが良いだろう。三つの大罪を召喚できたなら、残り四つの大罪も召喚できて当然だ。

 前者であるとするなら、どこに居るのか。だがこれは、全く見当がつかないため予想の仕様がない。行きあたりばったりしか結局は選択肢がない。警戒するしかないだろう。


「さてと、最後の問題。『色欲』についてだが⋯⋯ああもう、やっぱり分からないことだらけだ。分からないことには、対策法なんて考えられるか」


 マサカズは考えても無駄だと結論づけ、その場から走り出す。聖剣を携え、人からは考えられないスピードで。


 ◆◆◆


 時刻は昼を少し過ぎたところ。昼食時は既に過ぎていて、昼飯を今から食べるなら飯屋は空いているだろう。

 しかし、今日ばかりは、そしてこれからしばらくは、飯屋は四六時中空いているというか、職員さえいない。


「──」


 首都アセルムノには、『死者の大地』とを境る壁がある。それが防衛要塞であるのだが、どこの壁にも内部に人が住まえるスペースがあるわけではない。殆どの壁において、あるのは壁上の通路と、一定間隔で置かれている仮眠小屋のみである。

 そんな壁の上で、酷く殺風景な『死者の大地』を眺めている者が居た。

 彼──あるいは彼女だろうか。どちらとも取れないし、どちらとも取れる外見をした者だ。男性が見ればそれは可憐な少女に見えるし、女性が見れば美丈夫な少年に見える。年齢は十代中盤くらいだろうか。身長は162cmくらいだ。

 服装も、これまた中性的だ。ハイネックのピンクと白のセーターのようなものに、黒のスキニーパンツ。桜色のボブヘアーには、白のリボンの髪飾りが付けられていた。

 こちらの気配に気がついたのか、彼、あるいは彼女は、振り返った。顔を見ても、どちらかまるで分からない。

 ピンク色の瞳に青空が映り、街の風景が映り、マサカズが映った。


「⋯⋯あなた、誰?」


 声も、高くもなければ低くもなく、中性的であった。どこまでも中性的な──言ってしまえば、誰からも好まれるような外見である。


「俺はマサカズ。魔王様の協力者だ」


「⋯⋯魔王様、協力者」


 声は常に一定の音程で、感情という感情がまるでないようだ。それが読み取らせないためなのか、読み取れるはずがないものなのかは分からない。


「ボク、『色欲』の魔人、カルテナ」


 言葉数は少ないし、接語に限っては殆ど無い。日本語という言語だからこそ翻訳されて理解できるが、これが英語とかになれば理解しづらい喋り方ではないかと思う。


「あなた、目的、何?」


「ただの挨拶だ。これから協力者となるんだ。当然だろ?」


 適当に嘘をでっち上げて、マサカズはその場をやり過ごす。「そんなことより」と彼は会話をはぐらかして、


「あんたは何してるんだ? 見たところ、ボーッと外を眺めてるだけのように見えるが」


 折角、マサカズは表面上協力者という立場なのだ。ならばこの利点を、情報収集に使う他無いというもの。

 幸いにも、『色欲』のカルテナは敵対心丸出しだったり、頭の回る奴ではなさそうだ。


「魔王様、命令、ボク、監視してる」


「ほー。これが監視、ね。俺からしてみれば、サボっているようにしか見えない」


 マサカズ流情報収集術、その一、相手を理解していないように小馬鹿にし、少し怒らせて、口を滑らせる。よっぽど相手の心理を読めなければ、普通なら引っかかるだろう会話術だ。


「そんなことない。ボク、能力、監視できる。ほら」


 そして、カルテナはそれに見事に引っかかった。

 瞬間、カルテナのピンク色の瞳が光った。それは、能力が発動したときの特徴で──


「──ッ!」


「⋯⋯どう? これ、ボク、能力」


 ──その時、マサカズは自分の心の中に土足で踏み込まれたような不快感を覚えた。

 レヴィとはまた違った精神支配にも似た感覚だ。まるで、大事なものを触られたような、こそばゆくて、不快で、でも心地よくて、しかし気分が悪くて。何とも言えない感覚だった。


「今⋯⋯のは⋯⋯」


「精神核、触っただけ。ボク、壊せた。そしたら、あなた、廃人、なる。精神核、つまり、魂。ボク、それ、自由自在」


 ──オーケー。『色欲』も凶悪な能力者だ。

 カルテナはマサカズの胸辺りを触っていた手を引く。そうすると、不快でもあり快楽でもあった感覚は、まるで嘘だったかのように綺麗さっぱり消え去った。それが嬉しくもあり、寂しくも感じた自分の心が理解できない。


「⋯⋯なあ、『色欲』」


「⋯⋯?」


 カルテナはマサカズを見て、首を傾げる。こればかりは可愛らしい仕草だ。きっと、男性も女性も、誰の心も奪う光景である。


「まだ言ってなかったから言うよ。初めまして──」


 そういえば、と言ったふうにマサカズは話し始める。そして同時に、腰辺りにある剣の柄に手を起き、


「──そして、死ね」


 その剣を、カルテナ目掛けて振った。

 剣はカルテナの白い肌に、衣服を斬って赤い線を描く。血が飛び散り、壁の通路を赤く汚した。


「流石は魔人。完全に不意打ちだと思ったんだが⋯⋯浅いな」


 聖剣と、マサカズの加護『神聖之加護』の効果で、浅い斬撃も魔人であるカルテナには決して深くない傷ではない。

 カルテナは突然の死刑宣告に困惑しながらも、マサカズを敵だと再認識したようで、彼から距離を取る。


「で、分かった。お前、それほど強くないな? 能力は強力だが、本体は強くないタイプだ。本体自体は俺と互角かそれ以下かってところか」


 『嫉妬』も同じ類だったが、あれは能力が例外的過ぎるし、『強欲』は能力も本体も化物と来た。だから、『色欲』も同じレベルだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「どうして」


「どうもこうもあるかよ。俺は人間。お前たちは人類悪。まさか、俺が本当に魔王の協力者だとでも思っていたのか? 冗談キツイぜ」


 マサカズは、この世界に転移してきてから性格が変わったと思う。以前の自分が、今のように動けるから甚だ疑問だ。しかし、この殺伐とした世界で生きるには、こうするしかない。


「生き死にの世界で、卑怯だとか言うなよ? 俺みたいな弱者は、生き延びるために何でもしなくちゃならない。今更騙すことに良心が痛むはずないだろ、魔人め」


 マサカズはそう吐き捨てて、カルテナに襲い掛かる。

 剣先をカルテナの頭部に向けて、それを突き刺す。しかしカルテナも戦闘力が一切ないわけではなく、それを避けられたが、左頬に傷が入った。

 すぐさまカルテナは後方へ跳び、マサカズと距離を取った。


「〈水刃(ウォーターブレイド)〉!」


 空中に刃を象った水が生成。それが高速でマサカズに飛んでくる。しかしマサカズはこれを聖剣で甲高い音を出しながら受け止めると、開いた距離をゼロにすべく詰め寄る。

 戦技を使わなくても、転移魔法レベルのスピードを、短距離──具体的には5mほどなら出せるくらいにはマサカズは成長していた。


「あくぁっ!」


 カルテナの腹部にマサカズは膝蹴りを叩き込み、後ろ回し蹴りでその美しい顔面を地面に叩き付ける。

 そして有無を言わさず、完膚なきまでに、油断なく、聖剣をカルテナの首目掛けて突き下ろすが、


「〈水渦(ボルテクス)〉っ!」


 水の渦がマサカズの体を空中に打ち上げ、カルテナはその場から逃れる。


「〈酸弾(アシッドショット)〉!」


 透明な液体が、弾丸のように飛んできた。アシッドという単語を聞いたマサカズはそれらを受けることなく避けると、着弾した部分は石というのに瞬時にして溶けた。


「〈一閃〉」


 戦技を行使し、マサカズはカルテナに肉薄しつつ攻撃。水の防御壁によって剣はほんの一瞬だけ動きが遅くなり、刹那の時間でカルテナは、桜色の髪の毛を斬りながら剣戟を避ける。

 

「〈超水圧斬(ウォーターカッター)〉」


 カルテナは圧縮した水のビームのようなものを魔法陣より発射。これもマサカズは剣で受け止めることをせず、回避するが、カルテナは腕を薙ぎ払うようにすると、水のビームも薙ぎ払われる。

 

「チィッ⋯⋯!」


 マサカズは回避運動を取りながらカルテナに接近。そして魔法を展開している腕を目掛けて刃を振ると、水のビームは明後日の方向に飛んだ。それが狙いだったマサカズはすかさず追撃に入って、カルテナに蹴りを入れ、その華奢な体を押し倒すと、馬乗りになる。

 そして、容赦なく、その首を叩き切ろうとしたときだった。


「──っ」


 ──マサカズの心臓に、カルテナの手が、細くて美しくて綺麗な手が触れた。


「ボク、死んだ、思った」


 ──熱が、痛みが、冷たさが、不快感が、その瞬間、マサカズの全身を蝕んだ。耐え難い激痛に、耐え難い苦しみに、絶叫した。

 体にはこれで何の異常もないのだから本当に不思議だった。しかし精神はこれでもかといったくらいボロボロに砕かれ、壊された。

 精神が、心が、魂が壊死し、肉体からそれらが失われ、倒れ付す。だが、肉体が死んでいないから『死に戻り』は発揮されなかった。


「⋯⋯どうしよ。ボク、魔王様、無断、殺した。でも、正当防衛、許してくれる、よね」


 カルテナの魔王への忠誠心は他の魔人より強い。そのため、身勝手な行動はできるだけ避けて来た。だから、魔王に無断でマサカズを殺したことを怖がっているのだ。怒られるのではないか、と。


「隠す、悪い。悪いこと、言わなくちゃならない」


 かと言って、マサカズの死体──もとい魂の抜け殻を隠蔽するのは不可抗力的なものではなく、これも魔王への反逆と取られるかもしれない。なら、過ちは正しく、悪いことは正直に報告しなければならない。


「でも、ボク、ここ、動けない。どうしよう」


 カルテナはここから離れることができない。

 『色欲の罪』は、見た者を虜にし、触れた者の精神を掌握する能力だ。見た者を虜にする能力は、自分の外見に一瞬でも見惚れなければならないという条件があるため、先の少年には珍しく通用しなかった。そして、この力が解除されるもう一つの条件は、時間が経過すること。つまり、この場から離れてしまえば、カルテナは自分に与えられた仕事に失敗してしまうことになる。


「うー⋯⋯どうしよう。放っとく、そしたら死ぬ。でも、動けない、ボク」


 どうせ殺すことになるだろうが、それでも報告せずに勝手に殺しましたの事後報告は避けておくべきだ。

 どうしようかカルテナは困っていると、突然、目の前に女性が現れた。転移魔法で現れたのだ。


「どうやら困っているみたいだね、カルテナ。そこの人間のことで、かな?」


 銀髪に紫紺の瞳の女性は、カルテナもよく知った相手だった。また敵だったらどうしようかと思ったが、カルテナは一安心するが、命のやり取りなんて久しぶりだったから、今も心臓は五月蝿いままだ。


「カルテナ、リラックスして」


 そんなカルテナの心情を、フィルは看破したようだ。

 言われた通りにリラックスして──フィルの瞳が紫色に光った。その瞬間、カルテナの緊張は取れてしまって、心臓の音も収まった。


「ありがとう」


「同僚が困っていたら助けてあげるのが正しい仲間というものだろう? 私は当たり前のことを、できる範囲でしただけさ。それについて君が感謝する必要はない⋯⋯とは言いたいけど、感謝ってのは礼儀だ。私がこうして『感謝する必要はない』と言っているのも一種の礼儀であって、それをすること自体には何の不敬もないよ。まあつまり、私が言いたいのは、どういたしまして、ってことだ」


 相変わらずフィルには一言で済むことを長文にする癖があるとカルテナは思う。どうしてそこまで喋り込めるのかが不思議でならず、自分もよくもう少し言葉を増やせと言われるので参考にしたい。


「で、君のもう一つの困っていることはこの少年の抜け殻かい? ああ、きっとそうなのだろう。何せ、君はこれを見て困っているような素振りを見せていたからね。君は仕事をするために、ここから離れられない。しかし、この少年を放置することもできない。つまり、自由に、そう自由気ままに、すでに仕事は終えたと言って構わない私なら、君の困っていることを助けてあげられるってことだ。これを魔王様のところに持っていけば良いんだよね? 君、また惚れていたりしないよね?」


 カルテナは頷く。

 しかし、後半のフィルの言葉に一言申したい。


「ボク、誰にでも、惚れない。ボク、一途」


「どの口が言うんだか。メラリス、サンタナ、シニフィタ、ベルゴール、レヴィ、そして私にその能力を初めて会ったときに何度行使したのか覚えているのかな? 今でこそ魔王様一途とか言っているけど、君、結構、プレイボーイ⋯⋯プレイガール? どっちなのかは分からないけど、そういう節あるよ。まあ確かに、私に惚れるのも分かる。レヴィとかは仕方ない気もするし、他もそうだ。でも、一途っていうんなら性欲くらいコントロールできて当然とは思わないかい? というか君、魔人なのに性欲あるの珍しいよ。私の知っている限り、大罪系以外の魔人でも性欲のある魔人、君以外見たことないし。ああ、そういえば思い出したけど、『冷笑の魔人』なんていう君が過去に襲おうとした──」


 フィルの止まらないマシンガントークに無理矢理カルテナは介入し、話を止める。このままだと数分くらい喋りそうで、そうすれば抜け殻の少年はいよいよ死ぬだろう。


「持って行って、ください」


「その『ください』が後付っぽく思えるのが少し癪に障るけど、まあ、元々私もその気で来たんだ。断るのも自分の自由意志に反対することになるし、ね。じゃあね、カルテナ」


 フィルは抜け殻を軽々と掴み上げて、そのまま転移魔法を行使してその場から去った。

 カルテナとフィルは特別仲が悪いわけでもないのだが、少しばかり苦手意識があった。それは、多分フィルの性格もあるのだが、カルテナはどうもその時は分からなかったのだ。

 カルテナの能力の発動条件は、直接触れる、あるいは自分に一瞬でも見惚れること。また、これは同格以上にも発動し、勿論同僚の大罪の魔人にも効果はある。

 フィルは、大罪の魔人でも、そもそも逆に見惚れてしまい、殺される可能性のあるレヴィを除いて唯一能力が発動しなかった相手なのだ。性欲のない相手にもそれを芽生えさせるカルテナの能力で、だ。

 しかし、この苦手意識は昔までで、今はむしろ──


「⋯⋯ボク、一途、魔王様、じゃない」

 カルテナの性別ってどっちなんだろうね? 作者としては、どちらかであるとは全く決めていません。

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