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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
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5−9 殺す方法は殺すこと

 転移した直後に覚えるこの威圧感は、マサカズの心臓を直接握って、圧迫するかのように苦しかった。

 息が詰まり、全身の毛が逆立って、震えが止まらない。怖いんだ。怖くて怖くて堪らない。

 『死に戻り』があっても、命の尊さは穢れない。むしろ、死を知ったからこそ、命はより大事に思える。終わりという意味での死において、死んだほうがマシなんて言えない。

 そうつまり、この恐怖の種類は、命の危機。死と隣合わせの状況下での、極端な緊張だ。


「──マサカズ・クロイ。これからお前にいくつか質問をする。嘘を付けば、その瞬間、お前の命はないと思え」


 未来というものは、未知である。今、こうして居る瞬間だっていくつもの奇跡──低確率を引いたからこそある。

 未知であるからこそ自身の幸運には気づかないだけなのだ。それを、普通に生きてて思った人は凄いとマサカズは思う。

 そしてマサカズが、未来とは、の説明に一つ付け加えるなら──未来とは、酷く脆く、弱く、崩れやすく、壊れやすく、変わりやすいものであり、基本的に残酷である。


「分かった」


 その一例がこれだ。

 前回、フィルを最初から連れてこなければ、ここでセレディナとの雑談イベントが発生した。しかし、フィルを最初から連れてくればご覧の通り、早速本題へと移る。

 結局のところ、フィルの介入によってセレディナとの問答は妨げられるのだが、今回はそのチャンスさえなくなるのだ。


「⋯⋯では、始めよう。マサカズ・クロイ。最初に聞くが、お前は私に反逆などしないと、誓うか?」


 未来というのは変わりやすいが、勿論イレギュラーも存在する。ある種の運命というやつだ。よっぽどのこと──例えば、その周辺ごと核で吹き飛ばすとか──をしなければ、必ず起こることとはある。その一つが、今のセレディナの質問である。


「反逆、か。もし、お前と俺のやりたいこと、つまり目的が異なったり、意見の相違が出たならば、しないとは言えない。ただ、そんなのがなければ、ないな」


 フィルはセレディナに対して首を横に振る。それは、「嘘は付いていない」の合図である。ちなみに、嘘を付いている合図は、首を縦に振ることだ。


「ふむ。たしかに、お前とはあくまで協力関係であり、対等な関係性であるべき。だから納得できない結論が出たら、反逆するかとしれない、と?」


「ああ」


 マサカズのフィルの能力の突破方法──それは、嘘をつかないように、本心を隠すというものだ。

 フィルの能力は、エストのそれとは異なり、あくまで判断はフィル自身が行っている。精度は機械みたいに高いが、受け取り方が複数あったり、間違ったことは言っていないなら、それは嘘だとは判断されない。

 マサカズの発言を要約すると、「お前が俺の意思を尊重しないなら裏切る」である。尤も、出会った当初からその条件はバキバキに砕けちっているので、つまり裏切るということだ。


「次。お前は、こちらに偽の情報を流す気があるか?」


 情報の正否を問うセレディナの判断は、間違っていない。やはり、彼女は敵に回すと厄介なタイプだ。味方なら、きっと仲良くできただろう。


「間違っているかもしれないし、正しいのかもしれない。エストたちはどこか抜けていてな。予定通りになったことのある方が少ないくらいだ。そうだから、情報の真偽は状況によって変化する」


 状況によって(致命的な嘘に真実味を帯びさせるために)変化する。

 言葉の綾を上手く扱って、嘘にならないように、嘘はつかないように嘘を誘導する。解釈違いを誘発させるのが、マサカズの今度の『死に戻り』で得た現状の解決方法である。


「⋯⋯お前はフィルみたいな言い回しが好きなのか?」


 ただ、こういう風に疑われることもあるだろう。言い回しは、明らかに遠回りになっている。そこを少しも指摘しないような相手ではない。


「好きか嫌いかで言えば、まあ好みではある。創作物でこういうキャラクターが出てきたなら、俺は結構そのキャラが好きだぜ。俺もこう見えて緊張していてな。何を、どう話せば良いかが頭の中で整理がつかなくて、ついつい、回りくどい言い方になってしまう」


 緊張すれば、人は普段より話し込んでしまうか、黙りこくってしまうかの二通りになるだろう。マサカズはそれらの内、前者であるということだけ。


「そうか。⋯⋯まあいい。そろそろ、情報について聞かせてもらおうか」


 敵対意識があるかどうかは、今のでスルーできた。しかし、セレディナも馬鹿ではない。とびっきりの天才というわけでもなさそうだが、マサカズの不自然さには少しばかり引っかかっている節がある。

 ポーカーフェイスに気を配りながら、二者は話を続ける。


「エストは、この国に戻ってくるのか? まだ、私たちのことは奴に伝えていないよな?」


「ああ、戻ってくる。勿論、伝えてもいない」


 ここに関してはまだ、変な言い方をする場面ではない。真実100%で答える。


「では、いつ戻ってくる? もしくは、いつ戻ってくる予定だ?」


 一番されたくないが、同時に一番される可能性のあった質問をセレディナは出す。

 出される可能性が高かったから、マサカズもそれへの対策は考えていたが、


「⋯⋯それは、順当に行けばってことか?」


「と、いうと?」


 質問に質問で返し、更に質問で返される。


「何かのトラブルがあったら、というケースも含むのかってことだ。例えばの話、『死者の大地』で化物に襲われたり、『始祖の魔女の墳墓』──ああ、エストたちの目的地な。そこで予定外のことがあったりした場合だ。それも含めて、なのか。もしくは、何かしらのトラブルはないと前提に考えての予定時刻か」


 要は、最短時間か、最長時間か。どちらで答えるべきなのか、ということをマサカズは言っている。


「⋯⋯お前は、どう思う? トラブルはあると思うか?」


「正直な話、分からない。ただ⋯⋯アイツとしばらく生活していて思うのは、結構ポンコツなところが多いってことだ。力があるがゆえの傲慢さ加減。それで掬われることも多いかもしれないな」


 今回に限り、そんなことはないとは思う。だが、今回以外だとそう思っているので、嘘ではない。

 話している最中も頭をフル回転させ、話しながら話を組み立てるという芸当をするのには物凄く集中力を使うものだ。マサカズは深呼吸して、息を整えた。


「最短時間では来ない可能性が高い⋯⋯か。それをエストには聞けないか?」


「無理だな。アイツが約束を必ず守るとは思えない。少しでも厳しいと思えば、きっと約束は破棄するだろう」


 第三者からの評価とは、心理学的に結構信用されやすいとされる。これをウィンザー効果と言うのだが、マサカズはこれを活用した。

 エストの嘘偽りない評価を述べて、セレディナに選択を任せる。一種の運ゲーではあるが、思考誘導にも似ている。


「──トラブルがあったとして、一番帰ってくる可能性が高いのはいつだ?」


 そしてそんなギャンブルに、命をベットした賭けに、マサカズは勝利した。

 だが、まだ油断はならない。


(勝利は美酒でなく、道具だ。勝利とは、活用するもの。その仕方を間違えれば、たちまちそれは敗北となる)


 これが一時の勝利ともなれば、より敗北となる可能性は高くなる。活用も、上手くしなければならない。


「アイツらが特に急ぎもせず、墳墓で一日過ごして、普通のペースで帰ってくるなら⋯⋯二日後だ」


 そうそれは、あくまでマサカズが客観的に、一番遅く到着する場合の時間であり、エストたちが実際に帰ってくる時間でない可能性は高い。だが、それは嘘でもない。


 ◆◆◆


 ──無事、時間を確保することはできた。

 制限時間は現在時刻から48時間後。エストたちが帰ってくるのはおそらく明日の早朝だ。


「つまり、俺がやることは⋯⋯『色欲』の殺害」


 『色欲』を殺害すれば、すぐに魔王にそれが知られ、マサカズはループを迎えるだろう。そう、殺害のタイミングがあるというわけだ。


「しかし、どうやって殺す?」


 大罪の魔人は、化物だ。

 魔女に匹敵する魔法能力を持つ『強欲』のフィル。

 素顔を見たものを即死させる能力者の『嫉妬』のレヴィ。

 『色欲』は彼女らと肩を並べる大罪の魔人だ。単純な強さ、あるいはその能力──大罪も、ふざけた力のはずだ。そう思っていたほうが良い。


「⋯⋯いいや、殺す。殺してやる。殺さなきゃならない」


 ──『殺す』という選択肢が現れたとき、人はその方法に頼るようになってしまう。殺してしまえば、邪魔ではなくなるからだ。簡単に、殺すという労力だけで物事は解決してしまうからだ。

 間違った価値観かもしれない。歪んだ思想かもしれない。狂っているかもしれない。壊れているかもしれない。

 しかし──それがどうした?


「ああ、殺すしかないな」


 殺す方法なんてどうでもいい。殺したいなら、殺すだけだ。殺すために殺すために殺し殺し殺せ。殺せるときまで殺し続けろ。殺せるだけ殺せ。

 殺す方法なんて、殺すことだけだ。

 首に齧りつき、何度も何度も何度も、一万回近い試行錯誤を経てでも、人を捨てても、殺せ。

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。


 ──もう、慣れているだろう?


「──っ」


 マサカズの額に、汗がじんわりと浮かんだ。いつの間にか彼は剣を抜刀していて、剣を握る力が自分の力だとは思えないくらい強かった。

 頭の中にあった『──』を自覚した瞬間、マサカズはそれが、自分が考えていたはずのそれが、酷く怖かった。

 まるで今の自分が考えたことではないような。まるで、人外が考えたかのような悍ましく、冒涜的で、狂気的なものだった。


「⋯⋯俺は、何を?」


 何を、考えていた。

 分からない。だが、恐ろしいことであったことは覚えている。思い出せない。思い出さなければならない。何か、何かを溜め込んでいる気がする。


「⋯⋯前もそうだった。前も、一瞬俺が俺でなくなった気がした」


 この国に残った理由も、これだ。エストたちはこれがマサカズの精神的疲労だと言っていたが、今ので分かった。

 ──これは、マサカズ自身の『欲望』だと。


「俺だ。俺自身だ。俺の思っていることで、俺の考えたことだ。でも⋯⋯俺ではない。俺であって、俺じゃない」


 言っている意味がわからない。自分でも、自分が分からない。わけが分からない。理解が追いつかない。

 日光がマサカズを照らす。砂漠の乾燥した風が肌を撫でる。人が居ないから、町中は静寂だ。


「殺すと⋯⋯そう思ったから、なのか? 俺は、殺そうとしたとき、俺でない俺に頭を支配されるのか?」


 考え得るのは、第二人格。どういうわけで誕生したのかは不明の第二のマサカズ・クロイだ。

 殺害欲に駆られると顕現する、厄介な第二人格。

 傍から見れば可哀想な中二病患者そのものだが、本人からしてみれば由々しきでは済まない大問題なのだ。

 もしこの『欲望』がより強くなれば? もしこの『欲望』が制御できなくなれば? もしこの人格が常日ごろから顕現してしまえば?

 マサカズは弱者だ。だから、周りを傷つける前に殺される。しかしそれは、死のループを意味する。誰も気づけやしない無限ループの始まりだ。

 もしくは、マサカズ以外の人間が駆逐されるか。どちらにせよ、最悪の結末には変わらない。


「これは⋯⋯思った以上に、不味いかもしれないな⋯⋯」


 自分のことは自分が一番理解できる。この『殺害欲』は、前回より強力になっている。それはつまり、時間が経過する度にこの欲を制御できなくなっていくというのとでもある。

 タイムリミットがある。今はまだなんとか持ちこたえられているが、そのうち時は来る。確信できる。


「⋯⋯ああ。いいぜ、運命様よ」


 無理難題に時間制限。なんて、足枷だろうか。縛りプレイでも、もう少し優しいというのに。

 しかし、それがどうした。だが、それでどうした。

 何が問題だ。何に問題がある。何を問題と言うのか。

 そんなのは無問題だ。どうにでもできる。どうだってできる。運命なんて、所詮は無数にあるだけの道だ。未来という未知程度のものだ。

 マサカズ・クロイにとって、運命とは、未来とは、運命でなく、未来ではない。既知の事実だ。変えられる事象だ。

 どれだけ過酷な目に合わされようと、それを変えられる。運命なんて、そんな固定的概念ぶっ潰してやる。未知なんて、手垢で汚れるだろう。

 マサカズはマサカズのしたいように、思うように、考えるように、運命を改変してやる。助けたいと思った人を助け、幸せな運命に作り変えてしまおう。

 そのためなら、何度やり直したって構わない。


「──受けて立ってやるよ。俺は文字通り、何度もコンテニューできるんだぜ」


 マサカズは、こんな課題を押し付けてきた運命様に向けて、勝利宣言を出してやった。

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