表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第五章 魔を統べる王
112/338

5−4 悪意無き悪

 能力の発動条件が視認ならば、どうやら肝心の発動には意識的な操作が必要であるようだ。もし視認した時点で無差別に能力が発動するなら、とっくにマサカズの精神は汚染されているはずなのだから。

 マサカズはその場から走り出し、ルルネーツ遺跡の塔へと向かう。

 聖剣を鞘から抜き出し、臨戦態勢に入る。そして塔内部に侵入すると、螺旋階段を静かに、しかし素早く駆け上がる。


「──」


 息を殺し、足音を消し、頂上へと到着した。そこには銀髪の、黒と紫を基調としているオープショルダーのドレスを着た女性が居た。

 彼女はマサカズに背後を向けたまま、町を王のように眺めている。あの演説は、一定の時間後に開始するのだろう。できる限り、犠牲者を増やすために、自身の姿を多くの道行く人々の視界に映している。


「──ッ!」


 聖剣を構え、後ろから剣戟を繰り出す。剣士の道義では、敵とはいえ後ろから刺すなんて論外だ。しかし、マサカズは剣士の自覚なんてあまりなく、相手を殺すためなら不意打ちだろうと躊躇いなく実行する。

 完全なる無音で、静寂で忍び寄って、その首を切断しようと、


「──殺意は隠せてる。悪くない。君は只者じゃないね」


 振った剣は、空を斬った。切断すべきだった首は、いつの間にか離れていて。

 

「もしこれが私以外なら、きっと首を両断されていただろうね。まあ、タラレバの話だ。事実は事実。現実は現実さ。結果を受け入れずに、見ずに、認めずに、ああすればよかった。こうすればよかった。あのときもしも⋯⋯って考えるのは愚か者だ。そうは思わないかい?」


 銀髪の女性は片目を閉じて、アメジストのような瞳でマサカズを見つめている。誘惑的で、正しく魔性の美だ。

 だがそんなので、マサカズは魅了されない。彼の目は肥えているのだ。今更、百万人に一人くらいの美貌で彼の心は揺れ動かない。

 

「何が聞きたい。俺はお前を殺そうとした。でもそれは失敗だ。お前はどうせ化物じみた力を持っているんだろ? だったら俺は逃げることも隠れることももうできない。死ぬしかない」


 諦めだ。正直な話、マサカズが正面戦闘でレイに勝てるとは思えない。目の前の女性は、そんな彼と同等以上とされている大罪の魔人なのだ。戦えば肉片が残るがどうかさえ怪しい。


「諦めとは、どうやら君は寡欲なようだ。生存欲こそ人の持つ一番大きな欲望だと思うんだけどね。何、君のその無欲さを責めているわけじゃない。それも一つの自由さ。⋯⋯っと、本題は違っていたね。君が私に聞いたのは確か『なぜすぐに殺さないのか』だよね?」


 聞き返してきたことにマサカズは答えず、強いて言うなら無言で返した。それは肯定であり、目の前の『強欲』も理解したようだ。


「そうだね、早い話、君には生存本能が欠如しているような気がしたからだ。さっきも言ったけど、人ってのは生存欲こそ最も強い欲求。なのに、君からはそれが感じられない。私はこれまで幾人もの人間を、英雄と、異世界人と呼ばれる彼らを殺してきた。皆勇敢だったよ。皆、尊敬しても構わない。でも、皆、最期には『死にたくない』と、『殺さないでくれ』と言った」


 訂正。『強欲』は化物どころじゃない。それらを食らい尽くす捕食者だ。幾人もの異世界人を殺してきた、何て正気じゃない。きっとそこには、転生者も含まれるはずなのだから。つまり、『強欲』は魔女、エストらに匹敵する存在だ。


「生き意地を見せるのが愚かしいとか、馬鹿馬鹿しいとか、気色悪いとか、醜いとは思わないよ。だってそれが生き物、人間なんだからさ。何ら間違ってない。だからその程度で抱いた尊敬がなくなることもない。でも、そう、皆、強かれ弱かれ、生きるために藻掻いた。何としてでも死なないと、ね」


「──つまり、お前は」


「ああそうさ。君に、一つ質問がしたい。私は自由が欲しい。そして自由とは権利だ。⋯⋯君のその不自然なまでの潔さは、一体何が理由なのかな? 私にはそれを知る自由が、権利があると思うんだけど」


 自由だとか権利だとか言っているが、本質は『強欲』だ。他者を理解できない、知ることしかできない怪物だ。


「──へっ、誰がお前なんかに答えてやるかよ、『強欲』」


 マサカズは笑みを、最大限他者を貶める嗤いを顔に浮かべる。

 これには然しもの『強欲』も感情的になって、マサカズを殺そうと、


「──ほう。実に興味深い」


 ならなかった。


「死を前にして死を拒まず、しかし生を諦めたわけでもないといった感情だ。どうして? なぜ? 分からない。知らない。理解できない。だから分かりたい。知りたい。理解したい。君は教えてくれと普通に頼んでも断るだろう。だから私は私自身の力で真実を掴まなくてはならない。ああ。嗚呼。実に素晴らしい。君のその理解し難い感情を、これまで何種類もの、何十種類もの、何百種類もの、何千種類もの、何万種類もの感情を見てきて、それらを理解できた私でも今の君の感情は全く持以て少しも微塵も分からない。私は万物が欲しい。欲しくて欲しくて堪らない。私は物欲の権化であり、承認欲の権化であり、生存欲の権化であり、支配欲の権化であり、食欲の権化であり、快楽欲の権化であり、知識欲の権化であり、自由欲の権化。つまり私は『強欲』なのさ! だから君も知りたい。私は君を知らないから知りたい。理由なんてそれだけだろう? それだけで十分な理由になる。知らないから、分からないから、新しいから、求める。それ以上でもそれ以下でもないんだ。それとも何だ? 君は私の回答を聞いただけで満足するってのかい? それは些か気分が悪いね。折角こうして君の問に答えてあげているんだ。君が私から奪った自由の分、君は私に何か代償を支払わなくてはならない。そうだろ? 私は君の感情を探って、君が最も拒むことを見つけて、それをやって君を脅すこともできたんだ。それをわざわざしないのは私が優しいからさ。私は『強欲』だけど、何も好んで人を蔑ろにはしたくない。勿論、私にも人を甚振りたい欲もある。でもその欲を満たしたとき、他の多くの欲を満たせなくなるも同然ってことは知っているつもりだ。二兎を追う者は一兎をも得ず、とはよく言ったものだよね。だからさ、私は敢えてこうして平和的に君と話し合おうとしている。私は君の問に答えたのだから、君は私の問に答えなければならない。それが妥協案さ。どうも君は死を望んでいるらしいからね。私はそれもお見通しさ。だったら、君は殺さない。死なせない。自殺なんてさせるものか。君が答えないなら、私も心苦しいけどそうせざるを得ないんだよ」


 元々話が長い奴だとは思っていたが、ここまでになるとは予想外だ。

 そうだ。こいつは『強欲』なんだ。他者を尊敬していると、他者の自由を尊重していると言っている。おそらく、それは真実だろう。本当に尊敬、尊重しているのだろう。だが、それは一般から大きく外れたところにある価値観だ。


「お前の『強欲』はよく分かった」


「そうかい? それは結構。私のこの『強欲』を理解してくれる人は今までに居なかったんだ。心から嬉しいよ。ああ、そう思う」


 コイツは嘘の一言も言っていない。コイツの発言は何もかも偽りない。心の底から、思ったことを言っている。だからこそ、


「──お前とは分かり合えないということが、な」


「──」


 心底、大嫌いだ。本当にそれこそが正しいと思って、その価値観を他者に押し付けて、持論を垂れ流す。自らのことを『承認欲の権化』と言っていたが、そういうところこそ正にそうだ。


「お前は怪物だ。化物だ。怪人だ。だから、妥協案なんてクソ食らえだ」


 理由を教えれば、きっと七大罪の魔人たちはマサカズを死なせないように監禁するはずだ。マサカズの加護の力を知れば、ある程度頭が回るやつならそうするに決まっている。特に目の前の『強欲』なんかは部分的にそのことに気づいているのだ。決して『死に戻り』を知られてはならない相手である。


「お前が俺を死なせないなら、それを逆手に取ってやる。お前が望む真逆を、俺は突っ走ってやるよ」


「──」


 『強欲』は少し目を細めた。瞬間、その一時だけ、世界に氷河期でも訪れたかのように冷たくなったが、すぐさま冷たさはなくなる。


「⋯⋯私は、フィル」


 唐突に、『強欲』は──フィルは、名乗った。


「魔王様配下の『強欲』の魔人。⋯⋯君は、私の『強欲』をどれだけ満たせるのかな?」


 その理由は多分、宣戦布告に近しいものだろう。


「ああ、満たすどころか破裂させてやる。お前も、魔王様とやらも、全員殺してやる」


「はは! それは実に面白そうだ。興味深い。⋯⋯では。また会うときには死体になっていないと良いんだけどね。でなきゃ、君の、死を受け入れられる理由が知れないだろ? まあ、精々頑張ってよ」


 『強欲』の魔人、フィルは、マサカズの目の前から、それだけ言って姿を消した。


 ◆◆◆


 ──ぶっちゃけ、賭けだった。それも命を賭けたデッドオアアライブの賭け事だし、イカサマにも等しいことを相手にされているような勝負だ。普段なら絶対にやらない。


「ふー⋯⋯」


 マサカズはフィルの姿が消えたことに安堵し、その場に尻餅をついた。未だ足は震えていて、爪で手の平を抉るのをやめる。そうして深呼吸をして、五月蝿い心臓の鼓動音をゆっくりと落ち着かせていく。

 ──同時に、この『死に戻り』を明かしたい欲望も消えていく。


「あっぶねぇ。もしアイツが魔王に従順で、任務最優先の性格してたなら俺は今頃死ねない地獄に居たってわけだ。綱渡りにも程があるだろ⋯⋯しかも、能力もやっぱり凶悪だ」


 抉った手のひらを見て、マサカズは顔を顰める。あの能力に逆らっているとき、この痛みは殆ど感じなかったなんて信じられない。

 マサカズは肌襦袢を破り、それを包帯代わりして左手を巻き、止血する。


「よく俺『死に戻り』しなかったよな⋯⋯正直死んだと思ったぜ」


 何にせよ、結果は結果だ。今は今生き残れたことに喜ぶより、この先未来も生きれるように色々と考えなくてはならない。


「⋯⋯そういえばもう一人の方は今どうなってる?」


 マサカズは塔の頂上から町を見下ろす。

 そこには大量の死体が──ということはなく、変哲ないいつもの町中だ。よく見ると、マサカズが『死に戻り』してからそれほど時間が経っていないように思われる。


「つまり、このあとすぐあの黒のウエディングドレスの魔人が現れるってわけだ」


 猶予にして数分くらいだろうか。マサカズの身体能力ならこの塔から飛び降りても問題ないだろう。少しの間であれば、考える時間がある。


「まずは状況の整理からだ」


 一つ、『強欲』は一旦退けた。だが、最後の一言から、タイミングは不明ながらもまた近い内に会うことになるだろう。それでも、数分後ということは有り得ない。

 また、『強欲』の能力は、対象の欲を書き換える力だ。予め知っていれば抗えないことはないが、マサカズほどの精神力でも立って話すのがやっとなほどだ。今度こそ屈してしまいそうである。

 二つ、魔王軍がモルム聖共和国の首都、アセルムノを襲っている。襲撃者たちが『強欲』とあと一人の少女だけであるとは考えづらい。もしかすれば七大罪全員が既にアセルムノに居ることだってなくはない。もしそうならお手上げだが、最悪の事態は考えておくべきだ。

 三つ、黒のウエディングドレスの少女の欠点がまるで分からない。思うに視認=手玉に取られるという初見殺し&対処の仕様が不明というチート能力を持っている。どうしろと?

 四つ、現在、町に居る戦力はマサカズだけ。そしてマサカズは一人で魔人を討伐できる力はない。


「死活問題にも程があるだろ。分かってる状況で最悪なのに、まだまだ不明な点も多いとか⋯⋯」


 だが、どれだけ喚いても現状が良くなることはない。


「いいや、考えろ。考えろマサカズ・クロイ⋯⋯アレの対処法を」


 あの少女は見ただけで、視界に入れただけで能力が発動する。発動すれば意識が少女の存在のみに集中され、そのまま死に至る。


「見たら死ぬ⋯⋯」


 見たら死ぬ、なんて凶悪にもほどがある能力だ。その上で能力者は意欲的に他者へその能力を行使しようとするのだから、質が悪いし、おまけに精神汚染もある。

 どこぞの財団に収容を要請したいくらいだ。できるか分からないが。

 

「⋯⋯待てよ、俺はすぐには死ななかったし、精神汚染もタイミングが遅かった。確かに軽度の精神汚染ならあったが⋯⋯意識を掌握する条件は、姿の視認ではない?」


 死亡したのは、強力な精神汚染を受けたのは、姿の視認ではなかった。そのタイミングは、


「──顔を見た、瞬間」


 この世のありとあらゆる美を結集した貌をマサカズは思い出す。ハッキリと鮮明に思い出せるほど、あれは印象的だったのだ。


「ああそうか。そうだったのか」


 凶悪な能力の発動条件は、少女の顔を見ること。もっと言えば、


「ベールに隠されている顔を見れば精神汚染でその場から動けなくなり、素顔を見れば死ぬ」


 種や仕掛けが判明しても、凶悪なことには変わりない。だが、その抜け道の存在に気づくことはできた。

 『死に戻り』の本領発揮だ。あとは、その隠された抜け道を探し出すだけである。


「考えついた瞬間、現れたか!」


 黒のウエディングドレスを着た少女の後ろ姿を町に確認したマサカズは、塔の頂上から身を投げ出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ