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白の魔女の世界救済譚  作者: 月乃彰
第四章 始祖の欲望
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4−41 弱者の一撃

 ──胸に突き刺さったクリスタルを血が伝い、床へと滴る。


「あ──」


 それを見たレイは、言葉を失った。

 あれは確実に、人の命を奪う。そう、レイの主、エストであっても例外ではない。


「ッ!」


 異空間から骨の鎌を取り出し、出せる全力でそれを行ったであろう黒髪の少女へと肉薄する。

 隙だらけだ。殺す。一撃で首を刎ねて、死んだことにさえ気づかせない。

 レイは鎌を振った。その刃は少女──イザベリアの首に迫るが、


「あなたは私との戦いに参加する権利も、力もない」


 レイの体に不自然な力が生じる。イザベリアの右手には白色の魔法陣が展開されていて、これが重力魔法であると分かる。

 魔法ならば、レイには対策のしようがある。その時、彼の瞳が黒く輝いた。


「──なぜ」


 しかし、何も起こらなかった。

 能力が不発したわけではない。また別の能力によって相殺されたわけでもない。その理由はとても単純明快だった。


「力の差があると、能力は通用しない。流石に無意識下で抵抗できるわけではないけど、私がそんなに間抜けに見える?」


 目の前の少女は、規格外の存在だ。化物だ。だが、それで諦められるわけがない。


「〈闇氷柱(ダークアイシクル)〉!」


 空間に人間の胴体くらいの太さがある紫がかった氷柱がいくつか生成されると同時に、その辺りの気温が少しだけ低くなった。それらはイザベリアに飛ぶが、彼女に命中する寸前で砕け散り、ダイヤモンドダストを生む。とても美しい光景だが、それはまた、絶望の風景でもあった。


「魔法も、鎌の扱いも、中々悪くない。彼女を除く魔女たちでさえ梃子摺(てこず)りそうだね、素晴らしいよ。⋯⋯でも、その程度」


 レイの体が柱に叩きつけられ、重力魔法は解除される。だがそれは終わりという意味ではなかった。

 レイの叩きつけられた場所に赤色の──黒みがかっている赤色の魔法陣が展開された。

 すると直後、赤色のクリスタルの針が、無数に、瞬時にして、複雑に絡み合うように生成される。レイはギリギリのところで回避に成功するが、左手首にクリスタルが掠ったようで、裂傷を負っていた。


「っ!?」


 その裂傷は、生き物のように這って、レイの左腕を侵食している。侵食された部分は硬質化、赤色のクリスタルのようになっていた。侵食スピードは加速度的に増加している。

 何か不味い。そう思ったレイは自らの左腕を躊躇いもなく斬り落とした。


「正解。それは例え掠った程度の傷からも侵食し、対象をクリスタルに変えてしまう赤と黒の合成魔法さ。対処法は腕を斬り落とすくらい。治癒も、時間逆行も無効化するからね」


 回復は不可能。その部位を切除する以外では侵食から逃れる術がない禁術。何とも厄介極まりない魔法であるが、何より警戒すべきはそれではない。


「──」


 治癒魔法とは、自然治癒力を強化して傷を癒やす魔法だ。本来の自然治癒では治らないような傷も治るため、腕の一本くらい生やすことに、レイほどの実力者であれば造作ない。

 しかしその性質上、治癒魔法は対象の負担が大きくなる。


「〈青炎パーフェクション・フレイム〉」


 鎌が青い炎を纏う。あの戦技ほどの熱量はないが、それでも千度を超える炎だ。何より、これには特に目立ったデメリットがない。

 メラメラと青が絶えず形を変えて燃え上がる。その鎌による一撃は、石をも溶かし、蒸発させるだろう。


「〈瞬歩〉!」


 レイの姿がそこから消えて、イザベリアの目の前に現れると、鎌を薙ぎ払う。だが彼女に斬撃と炎が届く直前、それらは氷結した。

 シュー、という急速冷却音と共に鎌は、そしてそれを持っていたレイの両腕も一瞬で氷結した。氷によって鎌は地面に固定され、レイは氷を砕くこともできない。

 ならばこの氷を溶かそうと、炎の魔法を行使しようとしたときだった。

 

「──!」


 動けない、一ミリたりとも。時でも止められたみたいに、全く動くことができない。しかし、意識だけははっきりしているし、感覚も存在したままだ。


「〈操り人形(マリオネット)〉という魔法でね。対象を操る魔法なんだ。やろうとすれば意識も何もかも掌握することができるけど、あなたはエストの従者だ。殺すことはしたくないし──」


 イザベリアを、巨大な朱色の炎が襲う。彼女は防御魔法によって障壁を生み出していて、炎は完全に防がれた。


「私があれくらいで⋯⋯倒れると、思っ⋯⋯てたの?」


 胸を右手で抑え止血し、突き出した左手に展開されていた赤色の魔法陣は消滅する。

 白いゴシックドレスを赤色で汚し、今にも倒れそうな激痛に耐えて、無理矢理、儚く消えそうな意識を繋ぎ止める。

 白髪の美少女、白の魔女、エストがそこに居る。


「──彼女が、それを許してくれなさそうだ」


 イザベリアはレイから興味を無くしたように、エストの方へ振り向く。


「イリシル、そこの魔人君を守っておいて」


「⋯⋯ああ、分かった」


 イリシルはレイを担ぎ上げて、エストとイザベリアから離れる。いつの間にか氷は溶けていたし、体の自由も取り戻していた。


「おいレイよ、治癒魔法は必要か?」


「⋯⋯いえ。大丈夫です」


 氷結は短時間だったので、特に影響はない。少し体温が低くなった程度で、時間が経てば元に戻るだろう。


「正直、汝がイザベリアに向かっていったときは死んだと思ったぞ」


 あれはお遊びだ。本気で殺そうとしていなかった。レイがエストの関係者だからこそ死ぬことはなかったに過ぎない。


「何なんです⋯⋯アレ」


 レイの呟きを、イリシルは聞いた。それが答えを求めている疑問でないことは分かるが、彼は答えた。


「世界で二人目の魔法使い、竜殺し、魔法の鬼才、亡国の少女、最強の魔法使い──始祖の魔女。魔法の創造者より優れた魔法使いなんていう、インチキを具現化したような存在だ」


 魔法についてある程度教わったころ、イザベリアは彼女の師匠と魔法の模擬戦を行った。それを間近で見ていたイリシルだからこそ分かる。


「知識に経験に最強の魔法能力。その全てが備わった今、イザベリアの相手になりそうな魔法使いは世界には一人しか居ないだろう」


 以前、イザベリアは師匠に負けていた。しかしそれは当時、魔法を齧っていた程度のイリシルでも理解できた、敗北原因は、知識と経験と、師匠特有の勝てるならなんだってする精神故であると。


「一人⋯⋯?」


「汝らであればよく知っているはずだ。最凶の魔女と言えば分かるだろう?」


 最凶の魔女。その言葉が指すのは、今この世の中で知らない者は居ないだろう存在だ。


「──黒の魔女」


「ああ。彼奴(きゃつ)は異常だ。現在の魔女は全てイザベリアの力を引き継いでいるのだが⋯⋯彼奴は、そうではない」


 イザベリアが一度、イリシルに会いに来たことがあった。その要件は、六色魔女のうちの黒との繋がりがあちらから切断されたことについてだった。


「彼奴は、黒を名乗っているが実体は違う。彼奴は、イザベリアと同種。イザベリアと同じく⋯⋯自分自身の力のみで、魔女になった者だ」


 ──現在の魔女という種族は、イザベリアの創作した『魔女化の儀式』によって変化した存在たちのことを指す。ではなぜ、イザベリアは魔女であると言われているのか。これは単に、便宜上の話ではなく、正真正銘、本当の意味での魔女であるかの話だ。

 答えは、イザベリアが、自らの体を魔族のものへと換えたから。魔族は魔力を多く有す存在であり、身体の多くを元々魔力だったものによって構成されている。肉体というより精神体に近い存在なのが魔族である。

 体を作り変えれば当然大きな負担が掛かるのだが、それ以上の問題があった。


「黒の魔女について、どこまで知っているんですか?」


「イザベリアから聞いた話だから、そこまで詳しくない。我も外に出ないからな。だが確か、こんなことを言っていた⋯⋯『逸脱者』だとか」


「『逸脱者』?」


 その単語に、何か引っかかる。重要であるはずなのだが、思い出すことができない。


「⋯⋯」


 思い出そうとするが、さっぱりだ。思い違い、記憶違いだろうか。

 ⋯⋯思い出せないなら、それで構わない。ふとした時に思い出せるだろう。今は、主の勝利を見守るだけだ。

 レイは『逸脱者』についての思考を止めて、エストとイザベリアの戦いに意識を移した。


 ◆◆◆


 胸をクリスタルの槍で貫かれたとき、エストは死を覚悟した。的確に心臓を潰し、瞬時に完治させるだけの魔力もないので、本当に死んだと思った。

 しかし、そんなはずないとも、彼女は思っていた。


「賭け⋯⋯それにも程があるんじゃないかな。それに、なにが目的なの?」


 ──エストは天才だ。故に、自らの力を制御しきれない。

 じっくりと時間を掛けて成長できるならそれで構わないのだが、生憎、エストの成長は緩やかに遅くなっていっている。それは、彼女の力が大きすぎることが要因である。


「私は人の蘇生くらい容易さ。それに、あなたは心臓を潰されたくらいで死ぬような魔女じゃない。生死の狭間を行き交う程度には衰弱して貰うのが目的だったけど⋯⋯こればかりは、予想外の出来事と言うべきなのかな」


 つまるところ、エストの起死回生プラスパワーアップは、イザベリアの目論見ではないということだ。

 心臓を潰されれば普通に死ぬので、どこからそんな自信が湧き出るのかは分からないが、何にせよ、これはエストにとって悪くない結果で──


(──振り出し、か)


 悪くない結果、ではない。

 エストは起死回生を遂げて、あまつさえパワーアップした。いや、してしまった。いつもなら喜ぶ成長であるのだが、今回ばかりはタイミングが最悪だ。

 ──エストが限界を迎えた頃合いで、イザベリアは確実に油断していた。その油断に付け込むのが作戦であったのだが、完全とまでとはいかずとも、回復してしまった今、その油断は警戒状態に変わったのを感じる。

 エストの成長具合は未知そのものであり、イザベリアが警戒するのも無理はない。それこそ、エストの一挙手一投足に気を配っているくらいで。


(⋯⋯待って)


 ああそうだ。イザベリアは、エストの行動、思考を何とかして読もうとしている。今のエストの力に警戒しているのだ。それは言い換えれば、不必要に、無駄に、無意味に警戒しているということでもある。


(天才。私はそう、できないことの方が少ない)


 認めたくはないが、センスは基本ダメダメらしい。思考は読めるが協調性もなく、弱者の気持ちは理解できない。あとついでにゲームも苦手だ。特にカードゲームでは最弱を名乗っても良い。百戦やれば百回負ける。

 だけど、それ以外は大体こなせる。その分野の最高峰に、才能と少しの努力だけで上り詰められる。ならば、


「──ッ!」


 一気にイザベリアとの距離を詰めると、漆黒の大太刀を斜めに振るう。イザベリアの肌に刃が触れることはなかったが、彼女の黒い髪の毛を少しだけ斬った。

 速い。そう、イザベリアは思った。警戒していた以上だ。先程の太刀筋とはまるで違う。でも、避けられる。想像以上だったが、まだ見てから対応できる程度のスピードだ。

 だがしかし、この程度か、と思えるわけでもなかった。


「手加減、してるね?」


 力の入り方。それにはあまりにも余裕があったように見えた。自らの力を把握できていないのだろう。自らの成長具合を確かめるため、エストは小手調べに太刀を振った。

 その小手調べで、予想外だったのだ。


「分かっちゃったか。そうさ、今のは手加減⋯⋯私は私が怖いよ。まだまだ強くなれるなんて」


「⋯⋯〈魔力(センス)──」


「〈魔法妨害(ジャミング・マジック)〉」


 イザベリアはエストの魔力量を確認しようとしたが、その瞬間、エストは魔法を妨害する。

 これも予想外だ。イザベリアはまさか、自分の魔法が妨害されるなんて思ってもみなかった。


「魔力量を知られたら、情報アドバンテージが取られちゃうも同然。魔法使い同士の戦いにおいて、残存魔力量を知られることは避けたい。そうでしょ?」


 相手の魔力を一方的に把握していれば、自分の魔力を温存しつつ相手の魔力を削ることもできる。魔力を管理できるというのは、それだけでアドバンテージとなるものだ。


「⋯⋯『やられる前にやれ』。これは私の師匠の言葉でね⋯⋯!」


 分からない、どれだけエストの力が高いのか。どれだけ成長できたのか。分からないことが多すぎる。情報ではこちらが不利に違いない。このまま長期戦になれば、エストは自らの力を把握してしまう。

 未知は最も古く、また最も強い恐怖だ。イザベリアとて、未知をそのままにしておくのは怖い。

 だったら、何か起こる前に叩き潰せば良い。だったら、把握される前に気絶させてしまえば良い。それが、


「──最善の行動。キミのその判断能力、その圧倒的な力には手を焼かされたよ」


 イザベリアが全力で突っ込んでくるのがよく見える。魔力で強化した身体能力は最早化物だ。エストでも、目で追うのがやっと。体の動きはいつもより遅く感じる。


「でもそれは、相手が本当に予想外に強くなっていたらの話。もし⋯⋯」


 ──エストの瞳が、真っ白に、雪より白く、無色より白い純白の光を発した。


「もし、それがハッタリなら?」


 ──イザベリアの脳内に、夥しい情報が流れてくる、無理解で、難解で、冒涜的で、劣悪で、恐怖的で、悍ましくて、全身を蝕むような不快感と不愉快感と、そして、鮮明な『死』の記憶が。

 脳内回路が焼けきれそうなくらいの情報量。精神をボロボロに砕き、弄び、陵辱し、侮辱し、崩壊させるような情報。

 到底処理できないし、到底耐えられない最悪な記憶。エストが知って、覚えていて、理解している無数の、まさに無限の凶悪な記憶を、イザベリアに植え付けた。彼女の記憶を操作した。


「──」


 フリーズ。思考停止。すなわち、隙。再起動までには、リスタートまでには時間を要する。


「〈次元断ディメンショナルスラッシュ〉ッ!!」


 空間を、次元を切断する不可視の斬撃が飛ばされる。それは時でも止まったみたいな状態のイザベリアの体を、無慈悲に真っ二つに切断した。

 血飛沫なんて上げなかった。しかし、代わりに光の塵をぶちまけた。

 切断された上半身の方にある顔には、驚愕と困惑の表情が浮かんでいて──イザベリアはその場から消滅した。


「──」


 やった。やって、やった。あのイザベリアに、一撃でも加えてやった。勝利、したのだ!


「⋯⋯つか、れた」


 エストの体が床に倒れる。

 ──魔力は、もう空寸前だ。これ以上の魔法行使なんてできるはずがないし、動くことさえ、全身に痛みが生じる行動になっている。

 手足の指、一本さえ動かせないくらい疲労している。


「⋯⋯ふふ。あなたに負けるなんて、思ってもみなかった」


 そんな状態のエストの前に、長い黒髪に赤目の少女が現れる。切断したはずの体は綺麗に繋がっており、彼女の命は奪えなかった事実をエストに突き付けるようだ。

 しかし、エストはそれを知っていた。


「やっぱりさっきのは精神体だったのね。でも今は」


「そう。今の私はさっきのとは違って、本体⋯⋯オリジナルさ。でも、さっきの複製体も私。オリジナルとは何の力の差もないから、あなたの勝利は本物だ」


 本体と全く同等の複製体など、とんでもない力だ。第十一階級魔法とは、本当に何でもありなのだろうか。制限くらいあって良いはずだが。


「ああ、自我は持たせられないから、同時に二人のイザベリアが動くことはないよ」


「キミ、私の心読んだ?」


 心の中で疑問に思っていたことに、見事に答えられたことで少し疑うが、イザベリアは「そんなことないよ」と否定した。


「にしても⋯⋯まさかこの土壇場であんな⋯⋯余裕を振る舞う芝居を打つなんてね」


 イザベリアにかかれば、エストの能力『記憶操作』を無効化することはできたはずだ。ではなぜ、それができなかったか。

 無理解を押し付けて、思考をエストの近接と魔法攻撃だけに集中させる。イザベリアのエストへの警戒は恐怖となり、思考の単純化を誘った。

 能力は、同格以上には抵抗されやすいという常識は、最早無意識レベルでインプットされていた。しかし、能力の抵抗には意識することが必要。すなわち、余裕が必要。余裕をなくしてしまえば、能力への抵抗を忘れてしまうだろう。

 その余裕をなくすというのがほぼ不可能に近いことであるのだが、そこで芝居の出番だった。


「どうだった? とっても強者のオーラが出てたよね、あの芝居」


「人を騙す演技ができる才能もあるなんてね。私もまだまだなのかな」


「いや、そんなことないでしょ。私を殺さないという条件があって、かつ状況の運が良くて、ようやくチャンスが出来たくらいだんたんだよ? キミは本当に規格外だよ」


 勝利を掴めたのは運要素が大きかった。どこか一つの歯車が狂っていれば、結果はまるっきり異なっていただろう。


「過程はどうであれ結果は結果。潔く、あなたの力になろう。さあ、私の体を好きにしても良いよ。ほら、美少女の穢れない体だよ」


「キミ、私をなんだと思ってるのかな!?」


 そんな言い方だと、まるでエストが変態だ。確かにイザベリアは同性でさえ魅了する美貌を持っているが、生憎エストにはそんな趣味なんてない。


「ジョークさ。あなたの魂に潜り込み、力を貸せば良いんでしょ?」


「そうそう。──黒の魔女を殺すには、きっとキミの力が必要だからね」


 黒の魔女。イザベリアという、かつて『最強の魔法使い』とまで呼ばれた魔女を味方にしても確実に勝てるヴィジョンがまるで見えないのだが、確実に負けるとも思えない。


「⋯⋯ねえ、キミの力を私が取り込んだら、レネとかロアの力はどうなるの?」


 聞けば、現在の魔女──黒を除く──は全員、イザベリアの力を受け継いでいる存在である。そんなイザベリアを取り込んでしまえば、今の魔女たちはどうなるのか。


「ああ、そこは安心して。力は分けたままにできる。それが戻る時が来るとするなら、彼女たちが死んだときだ。望むなら彼女たちから力を奪い取ることもできるけど⋯⋯あなたはそれをしない。そうでしょ? ちなみに、彼女たちに分け与えている分を除いて今の力だから、戦力には十分だよ」


 だがそんなのは杞憂でしかなかった。というか、今のイザベリアでさえ全力ではないのか。彼女の本来の実力は、更に魔女五人分プラスされるのか。他の魔女の人間としての実力を知らないため、正確に魔女何人分であるかは不明だが、それにしてもやはりイザベリアは怪物だ。


「うん。それて構わないよ」


 何にせよ、あとはイザベリアがエストの魂に入り込んでくれれば──


「あ、言い忘れたけど、私があなたの魂に入り込んだところであなたが強くなることはないよ」


「──へ?」


 とんでもないカミングアウトに、エストは間抜けな声を出した。


「魔力や魔法能力と魂は連動している。けど、それは混ざりあったところで別々なもの同士には変わりない。私とあなたの力は依然として変化なしなんだ」


「⋯⋯えぇ。それ、最初に言ってよ」


 つまり、あくまで共有するのは体だけであるということ。


「まあまあ、そこまで落胆しないでよ。たしかに魔法能力には変わりないけど、抵抗力は高い方に⋯⋯私になるからさ」


「それって⋯⋯ああね」


 体だけは共有している。勿論体という器が破壊されれば、その内容物、魂は溢れる。魂は器から溢れると消滅するのだ。だから、魂と体は切っても切り離せない。そのため、魔法的、あるいは加護的、能力的な効果への抵抗力は高い方が優先される。


「あともう一つ、言っておきたいことがあるの」


「まだあるの?」


「ええ。⋯⋯で、これは重要だから聞いておいて欲しい」


 イザベリアが真剣な表情になった。冗談でもなんでもなく、本当に重要な事を話すのだろう。


「魂が混ざり合うには、時間がかかる。その作業中、私は何にも反応できなくなるんだ」


「と、言うと?」


「つまりだね、私たちの魂が完全に同化する⋯⋯大体一週間くらいかな。それまでは、私の意識は完全に消える。完全に混ざり合うまでは抵抗力も私のにならないから注意してね、ってこと」


 やろうとすればすぐに同化することもできる。だがその場合、エストの自我を破壊する羽目になる。彼女の自我を保ちつつ、そして可能な限り早く同化するなら、イザベリアは集中しなければならない。だから、エストの魂内に閉じこもることになり、外部からは一切干渉できなくなるのだ。勿論、エスト自身であれば干渉もできるが、集中を乱すことになるのでやれることではない。


「⋯⋯分かった」


 エストはそのリスクについて承諾する。


「なら、契約成立だ。⋯⋯っと」


 それだけ言うと、イザベリアの姿がそこから消えた。──否、エストの魂に入り込んだ。


「こそばゆい⋯⋯」


 体の奥底。中心を触られているような感覚が僅かにだがする。これは、魂が混ざり合っているときの感覚だ。

 予定とは違ったが、無事、エストはイザベリアを味方に引き込むことに成功した。勿論、魔女の力も取り戻している。


「ふう⋯⋯一旦、これで落ち着いたね」


 あとは聖共和国に戻って、マサカズに合流するだけだ。そしてそこで一週間過ごして、イザベリアが覚醒してから──黒の魔女を殺すだけだ。

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