4−38 勝利宣言
第二回戦が開始すると同時に、イザベリアは赤色の魔法陣を展開する。人間の腕くらいの太さの紫色のクリスタルが生成されると、それらを弾丸のように飛ばす。
床をクリスタルは抉るが、エストは後方に跳躍し回避。反撃として炎魔法を二つ、同時展開する。
しかし、イザベリアはすぐさまクリスタルの防壁を作成。炎を防いだ。
(残存魔力量は悟られていない。けど、大まかには知られているか!)
空間魔法に割けるだけの魔力はもうない。炎だって、低階級の魔法だ。第二作戦のためにも、これ以上の魔力消費は許容できない。可能な限り、相手の魔力を削っておきたいが、
(あのクリスタル、多分独自魔法だ。見た感じだと消費魔力量は少なめ⋯⋯けど、性能だけだと第十階級に匹敵する。⋯⋯ふざけるな!)
どんな構築をすればそうなるのか、全く以て理解できないが、何にせよ事実は事実だ。要素を見たところそれ専用の要素があるのがわかるが、そういうのがいくつもあり、複雑すぎるため、この一瞬で真似ることは不可能に近い。
「さあさあさあ! さっきから避けてばかりだけど、どうしたの?」
「くっ⋯⋯うあっ!?」
着地したところに、赤色の魔法陣が展開される。見ると、同じものが正面、左右、真後ろにも展開されている。物理的な方法では回避不可能な状態だ。勿論、ライフで受けようものなら即死──はせずとも、気絶は確実である。即ち、負けが確定する。
何としてでも避けなくてはならない。
「──っ!」
転移魔法を行使し、エストはその場から抜け出す。無事、負け確定状況からは免れたが、それは延命に過ぎない。
魔力が枯渇に近づいていっているのが、体に現れる症状によって分かる。
「あなたの魔力は今の転移で殆ど無い。第十階級を一、二回行使できる程度でしょう?」
その通りだ。正確に言えば、第十一階級魔法を一回と、第七階級を一回。それ以上は命を消費する行為に等しく、気絶が確定する。つまり、負けだ。
「⋯⋯魔法戦じゃ、やっぱり負けるよね」
相手は最強の魔法使いとまで言われた存在だ。化け物の中の化物、規格外の中の規格外である。
「うん。始祖に、それで勝てると思っていたの?」
「まさか。⋯⋯今のキミの魔力は凡そ三割程度。そして、消費した魔力のうちの殆どが二度の第十一階級魔法の行使によるもの。あれだけクリスタルの魔法とか、第十階級の魔法使っておいて、消費したのは三割か」
全体の三割と聞けば、大幅に削ったように思える。しかし、その三割は、エストの十割とニアイコールの符号で表せる。健闘はしたが、確実性を求めるなら、あと二割は消しておきたかった。
「頑張った。ハンデはあったけど、ここまで私と戦えるのは凄いよ、本当に。あなたは強い。認めよう」
勝ちを確信したのか、イザベリアはエストを褒め始めた。
褒めるとは、上位者が下位者に向かって行う事であり、エストからしてみれば、褒められることはあまり嬉しくない。それこそ、自身を褒めていいのは世界に二人だけだと思っているくらいだ。そしてイザベリアは、その二人に入っていない。
もっとも、イザベリア本人には、そんな気なんて一切合切なく、本心からエストのことを強いと思っているのだが。
「だからさ⋯⋯だから、ここで辞めようよ。何、あなたを傷つけることはしないし、基本的に私は魂の中に居る。あなたを掌握できたという事実だけで、それを見れたら充分さ」
もうこれ以上、戦うのはよそうとイザベリアは提案して来る。これ以上続けたって、エストの体に負荷をかけるだけだ。勝負はもう決している。そう、言いたいのだろう。だが、エストは負けを認める気にはなれない。
これはもしかしたら、自己満足でしかないのかもしれない。ただの感情論でしかないのかもしれない。
イザベリアに自身の体を渡すことも、悪くない選択だ。自我の保証もしてくれるし、彼女の態度から察するに、それは本当の事だろう。
しかし、そうなったとき、それはエストという少女なのだろうか。傀儡、なのではないのか。いやそれ以前に、イザベリアはエスト以外の人物に対して、好意的にいられるだろうか。イザベリアはエストを第一に考え、彼女以外をどうでも良いと切り捨てるのではないか。──そんなのは、真っ平御免だ。
だからエストは、イザベリアに勝たなければならない。
「魔法戦じゃあ負けてる。始まる前から分かっていたことだ。奇跡も、可能性がなければあり得ない。奇跡は絶対じゃないから起こり得ることなんだ。当たり前といえば当たり前だよね」
奇跡とは数億分の一でも確率があるから起こる事柄なのだ。単に低確率を引いただけのことを、人々は奇跡だなんの言っているだけ。可能は可能だからこそであり、不可能を可能にすることはできないのだ。
「ああ、そうさ。奇跡は起こり得るから起こるもの。──なら、私は奇跡を起こせる。奇跡を必然に変えてあげよう」
魔法戦で負けたからと言って、それが何だと言うんだ。魔法戦でこの勝負は決着しない。だってこの勝負は、殺すか気絶させられるかの戦いなのだから。試合ではなく、戦闘。そこに卑怯はない。
「勝者は常に、その時立っている者。どんな方法でも勝てば良い。そう例えば⋯⋯魔女なのに、剣で勝つ、とかね」
漆黒の剣を創造する。両刃で、刀身はエストの身長より少しばかり短い程度。普通の人間なら、まず間違いなく構えることさえ難しく、技術ある者で振れるが、両手を使う必要があるだろう。だが、それを持っているのは魔女、エストである。
「オオタチ、って言うらしい。異世界人の記憶から再現したものだよ。完璧ではないけどね」
よく見ると、その刀には鍔がなく、反りもない。西洋剣の刀身をそのまま長くしただけの刀剣とも言えるが、元は大太刀である。
「私は普通の人間じゃないし、魔法以外の身体能力も高いと自負している。この程度の重さなら⋯⋯片手で振れる」
エストは易易と、大太刀のようなものを振る。そこには人間離れした筋力が見えるが、その細く、白い腕のどこにあるのかは分からない。
「さっきの戦いで、身体能力は私の方に分があることが分かった。こればかりは賭けだったよ。もしキミのほうが、魔法も近接も強ければどうしようってね」
エストは、魔法戦では勝つ気がなかった。彼女の勝利は全て、これから行われる近接戦闘に賭けられている。
「魔力を消費させられなかったのが懸念点だ。でも、それでも、可能性はゼロではない」
もしあのとき、第十一階級魔法を使ってくれなければ、その大半を削ることはできなかった。
何も、魔力を完全に削る必要はない。奇跡を起こせる確率を増やすだけで、可能な限りできればよかった。
「それじゃあ、今度は近接戦闘を始めようか。私はこれでも、戦士としての技能も持ってるからね」
「全く、あなたはどれだけ神に愛されているのか」
エストは、その身には不釣り合いなほど巨大な漆黒の剣を構えると、イザベリアに肉薄する。
剣を薙ぎ払うが、それは重力魔法によって空中に停止。しかし、エストは剣を手放し、右足で後ろ回し蹴りを繰り出す。イザベリアは素手でそれを受け止めた。彼女は、筋力では一般人程度であり、本来であれば、肩が外れるでは済まないのだが、魔法によって一時的に身体を強化しており難なく──とまでは行かずとも、何とか耐え切る。
一撃を食らわされればイザベリアの敗北。衝撃の魔法を行使し、イザベリアはエストとの距離を離す。
エストはその際に剣を掴み、未だ得物は持ったままだ。素手になったところで、近接戦闘においてイザベリアがエストに勝てるとは思わないが、早めにあの剣を潰してしまいたい。
「──ッ!」
剣を地面に平行にするよう構え、地面を蹴る。純粋な筋力や俊敏性ではまだまだあの男──アレオス・サンデリスには及ばないが、それでもエストの身体能力は非常に高い。
大太刀による刺突が、イザベリアの胴体を狙って打ち出される。イザベリアは横に大きく避けるが、大太刀のリーチがそれを狩る。
距離を取るということが裏目に出た。これでは懐に入った方がマシだが、それでも魔法より大太刀の方が有利だし、何より、エストにはまだ武器を創造できるだけの魔力がある。もしそうなっても、短剣なんかが創造されるだけだ。
絶体絶命と言うにはあまりにも余裕があるが、かと言って勝利確実というわけでもない。確実に、優位性は揺らぎ始めている。
剣撃を避け、防御し、魔法を行使する。しかし、それは決定打にならなくて、じわりじわりと、イザベリアの体力が削られていく。
「こうなることを予想していなかったと言えば嘘になる。魔法戦なら特に必要にもならない筋力強化の魔法を使ったのも、これを憂慮してのことだしね。けど⋯⋯ここまでとは、思っていなかったよ」
エストの戦闘スタイルは、彼女の記憶を読取って凡そ把握していた。
何をしてでも勝利をもぎ取る。実にシンプルであるが、故に対策もし辛い。特に、彼女のような万能型であり、情報処理に長けているなら尚更のことである。
しかし、対策は難しくても、対処はできる。ただ、今回は予想以上であったから、その対処が不完全であったのだ。
「私は学ぶということに、これ以上になく貪欲さ。それが例え憎き相手でも、動きから学び、習って、知る。それを繰り返していけば、それを自分のものにしていけば、私はもっと強く⋯⋯『最強』になれるとは思わない?」
相手をコピーし、そこに自分の力を加えれば確実に相手より強くなれる。それを繰り返していけば、自分より強い奴は居なくなる。
机上の空論でしかない。理論上可能でしかなく、現実的に不可能かもしれない、なんて普通は言われるし、それが間違った認識とは思えない。だが、事実、彼女はその方法で自らを高めている。
「キミはやっぱり、私を知っているようで知らないね。記憶を視た次のプロセスとして、理解がある。キミは視ただけで知った気になっているに過ぎない。映画を観ただけで、そこに秘められたテーマだとか、伝えたいことだとかを答えられる? いや、考察しなきゃそれらを導き出すことはできない。記憶も映像媒体と同じなのさ。『みる』だけじゃ駄目なんだ」
記憶を視て、操作することができる能力を持つエストが、その力を使いこなせるのは他者を理解できるからだ。共感できるわけではないが、ともかく視て、理解し、崩さないように操作することができる。
「キミは私を理解していない。だから、キミは私には勝てない。私を殺せる条件なら、瞬殺できただろう。けど、それはキミにとっての敗北だ」
それは宣言だった。未だ、勝負の行く末は分からないというのに、エストは堂々とイザベリアに勝利すると、宣言したのだ。
「⋯⋯理解、ね。理解、理解、理解⋯⋯私はあなたを知ることしかできなかった。それ以上を成せなかった。それが敗因。それが勝てない理由。それが、あなたの勝利宣言の理由か」
イザベリアは怒りでも、悲しみでも、悔しみでもない、感情が読み取れない表情を浮かべ、エストを見る。
「確かに、私はあなたを理解していなかったのかもしれない。知ってはいたけど、分からないことがあった。だって、私が知っているあなたの力じゃ、ここまで善戦できるはずないもの。でも、事実は、そのできるはずないと思っていた状況だし、それも奇跡の上に成り立っていることではない」
エストの力だけの評価では、イザベリアには遠く及ばない。手加減されている状況でさえ、勝負とは言い難い戦いになるはずだった。
「だったら私は、全てを叩き潰そう」
イザベリアは力強く、そう言った。
「作戦、騙し、企み、計画、情報戦⋯⋯なるほど、厄介だね。力の差を覆し、格上に勝利できる方法だ。私はあなたを理解し、その方法を破れたはずなのに、しなかった。それが私の落ち度だ。それが私が負ける理由になる。⋯⋯けどさ、まだ、私は負けていないよ」
瞳の赤みが増した気がする。その現象は、能力を使った時のものだ。しかし、周りに変化は生じていない。一体、何をしたというのか。
「⋯⋯今、何したの? 能力を使ったはずよね?」
エストは内心、かなり動揺している。始祖の魔女の能力だ。きっと、規格外の能力であるはずだ。
何が起こったのかわからないということは、現実改変、あるいは認識阻害効果を持つものだろうか。
「──なのにどうして何も起きていないか」
答えてくれるとは思っていなかったが、イザベリアはエストの問に返してくれるらしい。
自身の力を秘匿するということは、それだけでアドバンテージになる。公開するとしたらそれは、とんでもない馬鹿か、秘匿する必要がない場合のみだろう。
「単純さ。私は能力を使えないし、使わないし、使ったら駄目なんだ。だから、今のは、そうね──小細工、かな」
小細工。一瞬で分かってしまうような浅はかな策略のことだ。しかしイザベリアにとって、その一瞬、刹那の動揺は、大きな隙である。
──エストの胸に、細長いクリスタルが突き刺さっていた。
コロナワクチンの接種一回目行ってきました。無事、翌日に打った方の腕に痛みが生じ、夕方から発熱したので一日執筆できませんでした。軽度の熱も、結構辛いのよね。