あの日あの時あの場所で③
入り組んだ渓谷をまったく迷いも無く進む。
断崖絶壁の岩場を駆け抜ける。
エルはアフロの頭を見失わないように付いて行くのがやっとだった。
眼下に微かに川が見えるほどの高度感である。
堕ちたらまず命の保障はない。
そんな場所でもトマスは平然と進む。
それに目印も何も無いにも関わらず躊躇なく進む。
「まっ、待て。は、速いよお」
「おっ?悪い悪い。いつものペースで降ってた」
トマスは立ち止まりヘラヘラと笑って見せた。
息を切らせて膝に手を置き汗を拭う、背の低い痩せた少年を見て改めて思った。
トマスは職業柄、ダンジョン探索や街や村までの案内人を頼まれる事がある。
時折、今みたいに歩くのが速すぎて気付いたら依頼主を置き去りにしてしまう事があり、こっ酷く怒られる事がある。
(この子…何だかんだずっと俺のペースに付いて来ていたんだよな)
「ト、トマスさん速すぎて…付いてけないですよ」
「すまん、すまん。いつも一人なんでつい癖でな」
息を整えながらエルは気になっていた疑問を尋ねてみた。
「トマスさんはどこにも目印も無いのになぜ迷わず進めるんですか?」
「おっ!良い質問だな。それはなーー」
☆
「ーートマスさんは凄いですね。
僕なんて何にも……チビで鍛えてもちっとも筋肉付かなくてガリガリで」
トマスはガハハハハと大声で笑い、エルの背中をバンバンと叩く。
「少年、人生これからだぜ!
今はチビでもこれから成長する事だってある!
俺も初めは冒険者になって、バリバリ魔物を狩り、帝国のお抱えの戦士とかになって毎日、酒と女に囲まれて暮らしたかったのに、今や秘境やら未開の地やら魔境やら人気の無いところで宝探しだぜ」
再び、口を大きく開けガハハハハと笑ってみせた。
「えっと…と、トレジャーハンターでしたっけ?」
「そ!ただロマンを探して大儲けしたいだけさ」
「宝物って見つかるんですか?」
「ああ。いろんなモン見つけたけど、全てそのままにしてきた」
「えっ?せっかく見つけたのに。大金持ちになれるのになぜです?」
「なんかよ。俺みてーなヤツが欲のままにそれを手にしちゃいけねえ気がしたんだよ。
何つーかもっとそれに相応しいヤツが必死に探して手にするモンじゃねえかってな」
「ん?トマスさんだって必死に探して辿り着いたんじゃないですか」
「ま、、まあそーなんだが…」
ボリボリとアフロの頭を掻きながらコホンと咳払いをして仕切り直す。
「ーーとにかく、もっとこう何つーか世界中の財宝を手にしてやるとか、熱いハートを持ったヤツが死と隣り合わせと引き換えに手にして欲しいつーか、そんな感じよ!」
トマスは身振り手振りでエルに感情を表現する。
その熱意はエルにも伝わった。
それと同時にトマスの人間性も伝わった。
「何となくだけどトマスさんの言いたいこと分かります」
「だろう‼︎」
「じゃあ、いつかトマスさんが見つけた宝物を僕が勇者パーティに入ったら、勇者様と仲間たちと一緒に探しに行きます!」
トマスはその言葉に目を輝かせて笑顔になった。
「こーゆーのだよ!こーゆーの俺の憧れていたシュチュエーションの一つだよ!
ああ、エルいつかきっと見つけろよ!
そして、俺の前にその宝物を見せてくれ!」
トマスとエルは互いの拳を合わせた。
それから程なくして、ある街の酒場に着いた。
「俺がここで酒をちびちび飲んでたら、勇者と名乗る男たちが入って来て酒をよこせと入って来たんだ」
エルが神妙な面持ちとトマスの背後を付いて、酒場の扉から店内へと入る。
「…昨日の今日だ、まだ居てくれればいいんだがー-」
薄暗い店内は煙草と酒の臭いに溢れていた。
思わずエルは咳き込んだ。
煙草の煙が目に染みる。
「エ、エル。あの隅にいる三人組が例の勇者パーティーだ」
トマスの視線の先にいる三人にエルも目をやった。
憧れていた勇者様の姿を初めて撮られた瞬間だった。
ゆ、、勇者さま…父さんが…みんなが憧れた…
心臓の動きが速まる。
喉の奥から鼓動が漏れ出してしまいそうだ。
額から汗が吹き出す。
これで僕も父さんと同じ勇者さまのパーティーに!
エルはゆっくりとトマスの指差す方向に顔を向けた。
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ランプの灯のみの薄暗い店内に揺らめく炎がいっそう店内を薄く感じる。
薄暗がりの中、緊密で濃い夜の空気に満ちて、少ない客は緊密にはりめぐらされた雰囲気をほどかないように、そっと小声で話し合っていた。
「……なんだよ。この金は?」
乱暴にテーブルに置かれた麻の袋の中に入っている大量の金貨を見つめて、体格の良い男が目を鋭くする。
「今日から【勇者】を名乗り旅をしてほしい」
真っ黒なフードを頭から被った人物。
顔を見られてはまずいのか、フードと薄暗い店内で容姿は見ない。
声も魔法なのか機械的な声に変換されていて、
男なのか女なのかも分からない。
「ーーはっ?」
全く意味の分からない注文に困惑する。
無理もない。
大金と引き換えに出された答えが、ただ無意味に勇者だと名乗って歩き回るだけなのだから。
「お前らに何の利害は無い。ただそれだけで良い」
「本当にただ勇者を名乗って旅をすれば良いんだな? 目的地は?」
「……敢えて言うなら〈フレデリカ〉を目指してもらおうか。まあ、必ずしもそこに向かう理由もないが」
腕を組み初めて動きを見せたフードの人物は少し考えて口に出した。
「あ、あ、アニキ。本当にこんなヤバそうな奴の金を受け取るんスか?」
「な、何でまた勇者を名乗る必要が…」
得体の知れない人物からの出所の分からない大金。ツッコミどころしかない。
「う、うるせえぞ‼︎ ならお前らにこんな大金を手に入れる事出来るのか?
普通に一生働いてもこんな大金手に入れるチャンスなんてねえぜ!」
「ーーで、でも」
体格の良い男の気持ちも分からなくもない。
この大金があればこの先数年は遊んで暮らせる。目から鱗の話だ。
「大丈夫だ!」
体格の良い男は他の手下二人と目を合わせて頷いた。
「ーーでは、交渉成立だ。
ただし、下手に金だけ持って逃げようなんて思うなよ」
フードの人物はゆっくりと体格の良い男に近づきフードをゆっくりと上げて、男に顔を近づける。
「ーーーーヒッ‼︎‼︎」
体格の良い男の顔から血の気が引き青ざめた唇をわなわなと震わせる。
男の表情を確かめるとフードを再び頭から被り、そのままフードの人物は姿を消した。
「あ、あ、アニキ?」
目を丸くし息を呑む。
「……お、俺たちは今日から勇者…パーティーだ」
恐怖に満ちて蒼くこわばった顔から小さく絞り出した言葉だった。
「あ…あ、兄貴…何を見たんですか?」
体格の良い男の顔色を伺いながら問いかけるが、男の顔は蒼色をべったりと塗りたくったまま固まっている。
「兄貴……」
体格の良い男はテーブルの上のグラスの酒を一気に飲み干すと、乱暴にテーブルの上に置きウエイトレスに大声で叫んだ。
「店のありったけの酒を持ってこい‼︎」
薄暗い店内の緊密を打ち壊す大声が響いた。
お待たせして申し訳ございません。
のんびり気ままに待って頂けたら幸いです。