あの日あの時あの場所で②
エスペランサを出るのは初めてだった。
強者冒険者だけが辿り着ける辺境の地、右も左も分からない小僧が簡単にこの地を越えられる訳がないのだったーー。
最初から考えが甘かった。
少しばかり剣術の真似事をしただけで、実戦の経験はゼロ。生まれから1度も故郷から出たことがない。これから自分がどこに向かえばいいのかさえ分からず、ただ一歩踏み出し旅に出れば自分の中で何かが変わるんじゃないかと思っていたのだ。
無知だった。
全てにおいて無謀だった。
エルは旅立って一週間経ってもエスペランサから抜け出せずにいた。
完全に方向を見失ない来た道を戻ることも進む事も出来ずに、ただ無駄に食料と水を消費しているだけだった。
夢に向かって真っ直ぐ歩んでいたつもりだった。
父が話してくれた冒険の数々が、幼い自分にはまるでおとぎ話のように心くすぐられた。
悪の魔王を倒す、正義の勇者様の話は何度聞いても心に響いた胸の鼓動は止むことはなかった。
父と同じ道をーーしかし現実は今……
エルは地面に倒れていた。
ロレーヌ邸を飛び出して一ヶ月、エルは食料と水が尽きて、遂に立っている事もままならなくなった。
自分が今まで住んでいた少し先がこんなにも複雑に幾つも入り組んだ地形になっていて、一歩道を間違えると、進む事も戻る事も出来ない渓谷になっているとは思いもしなかったのだ。
ここは地図読みと地形を理解して、進む方向をしっかりと把握しなければ抜けられないのだ。
冒険者としての力量が試される場所であり、まさに強者冒険者がだけが辿り着ける場所なのだ。
今のエルが勘だけで越えれる場所ではない。
★☆★☆★☆
「よう坊主、無事か?」
「……ここは? 僕は……」
「崖でぶっ倒れてたからここまで運んでやったんだよ。最初、死んでたかと思ったわ」
ガハハハハハと大声で笑う男。
鷲っ鼻のもじゃもじゃのアフロヘアをしている。
「……そっか僕は水も食料も尽きて」
パチパチと燃える炎に猪のような動物がこんがり焼かれて良い匂いが漂っている。
思わず空腹のエルのお腹の虫が鳴いた。
「坊主腹減ってんだろ?
遠慮せずにお上がりよ」
「えっ⁉︎ 良いんですか?」
「ガキが遠慮してんじゃねえよ。食え!」
鷲っ鼻のアフロの男は笑顔で親指を立てた。
エルは無我夢中で食べた。
改めて食べられる喜びを知った。
「ーーところで坊主、お前こんな辺境の地で何やってんたんだ?」
「……あっ、えっと…僕はエスペランサから来て…」
「……エスペランサって…滅びて今は何も残ってないって聞いたぞ」
「えっ?」
エルは初めて地図から抹消されたと気付く。
「俺はこの辺境の地の渓谷で鉱物を採取して歩いてるんだ。ーーほら」
鷲っ鼻のアフロの男はエルに自分が見つけた水晶や輝く石などを見せてくれた。
「とても綺麗ですね」
「結構、良い値で買い取ってくれるんだよ」
「ーーところで坊主はこれから何処へ行くんだい? 俺はこの渓谷を降りて街へ戻るんだが一緒に来るか?」
「は、はい是非お願いします!」
☆
エルは渓谷を下りながら鷲っ鼻のアフロの男といろんな話をした。
しかし、自分がエスペランサの出身だとは言えなかった。
ただ、父の話や自分は父と同じ勇者パーティーに入りたいという夢を語った。
「ーーなるほどな! それならこの前、酒場に勇者と名乗る男がいたぞ」
「えっ!本当ですか?」
凄い勢いで顔を覗き込むエル。
「あっ…ああ。今もまだあの町にいるかどうかは分からんけどな」
「そ、そうですか…」
「まあ、ここを無事に抜けたら連れてってやるから元気だせよ!」
「はっ、はい。ありがとうございます」
「それからまだ俺の名前を名乗ってなかったな。俺はトマス宜しくな!」
トマスはニヤリと白い歯を見せた。
この鷲っ鼻のアフロの男との出会いがエルの全ての始まりだった。




