あの日あの時あの場所で①
ぱちぱちと火の粉が弾け、火の音が闇をさえぎる。
空には焚き火の淡い光とは対照的に、宝石箱をひっくり返したような煌びやかな光を放っていた。
「……どこから話せば良いのかな?」
消えかかる焚き火に薪を焼べながら、どこか遠く懐かしむような眼差しのエル。
エリーナとの出会いから今日までがまるで、一瞬の出来事のように駆け抜けて行った。
偽勇者に荷物持ちとして雇われていた期間は余りに長く、改めて無駄な日々だったと思う。
「エル兄ちゃん思い出すの嫌なの?
偽物の勇者に酷い事されてたって聞いた」
クレアが眉を八の字にして心配そうにエルを見つめる。
「大丈夫…そうだね。僕を語る上で避けては通れないのが【エスペランサ】だね。そこから話さなきゃならない」
「エ、エス…?」
クレアが聞き慣れない言葉に首を捻る。
同じようにみんなが首を捻りながら不思議そうにエルに視線を送る。
パチッパチッと薪が炎に焼かれ弾ける音が静寂の夜空に響く。
「【エスペランサ】は僕が生まれ育った国なんだ」
エルは何とも言えない寂しそうな、それでいて悲しそうな笑顔を作った。
「【エスペランサ】…どこかで聞いたことがあるぞ」
「…第一次世界大戦で消えた国ね。
世界大戦の中心となり抹消された国よ」
ハルトの言葉に玉藻が静かに答える。
その言葉に目を丸くしながらもう一人の人物にも皆が視線を送ることになった。
「エルさんとアイナさんは幼なじみなんですね。お二人は同じ出身なのですか?」
ルビーの瞳の狐、天狐がエルとアイナを交互に見つめながら質問をぶつけた。
「そう言えば、聞いた事なかった」
エリーナもなぜ今まで聞かなかったんだろうと瞳を大きくしながら二人を見つめる。
「確かにそうですね。エルお兄ちゃんとアイナお姉ちゃんが幼なじみなのは知っていましたが、お二人の出身地や過去のお話は聞いた事がなかったです」
クレアも何でだろうと目を丸くしていた。
もしかしたらその疑問には自然と触れないようにしていたのかも知れない。
皆の視線を浴びながらお互いに顔を見合わせるエルとアイナ。
生暖かい風が中央の炎を揺らす。
エルはひと息入れてゆっくりと口を開いた。
********************
生まれた時からずっと父さんと二人きりだった。
だから僕は父さんの背中を見て育った。
父さんは毎日夜遅くまで、魔法付与の仕事をしていた。
評判の良い魔法付与師だったと後に知った。
父さんは口癖のように、いつも勇者様が魔王を倒した事、それに自分が関わった事、それが何よりも誇らしいと話していた。
僕にとってもそれが何よりの自慢で憧れになっていた。
いつか僕も父さんのような、人々の平和を守れる存在になりたくて魔法を勉強した。
父さんはいつも優しく手取り足取り、魔法を教えてくれた。
だけど、僕には才能が無かった。
唯一覚えられた魔法付与が「加速」だけだった。
それでも父さんは「諦めずに努力を続けなさい」と背中を押してくれた。
生活は決して裕福ではなかった。
辺境の地に住んでいたので、魔法付与にこの地まで辿り着けるのは限られた強者だけな為、収入は少なかった。
僕が住んでいたのは【エスペランサ】という、
世界大戦で地図から消えた国だ。
父さんと勇者様が魔王を倒し世界が平和になった代償が人間同士の醜い争い。
その犠牲となったのがエスペランサだった。
エスペランサは世界大戦の戦場となり、国としての機能を全て失った。
その戦いで父は戦死したーーーー。
正確には僕にはそう伝えられた。
そして、エスペランサは地図から抹消された。
★☆★☆★☆★
「マギ君からの遺言だ。エル君、ウチで君のことは預かるよ。アウグスタも君と一緒だと喜んでいる。大丈夫、何不自由なく暮らせる」
「エル、何意地張ってるのよ。
これも君の為を思ってマギさんがお父様に頼んでたのよ。小さな君に何が出来るのよ」
「意地なんて張ってないよ!
父さんが亡くなってから色々考えたんだ。
僕は何も出来ないと決めつけて、ずっと父さんに甘えていた。いざ一人になって自分の弱さに気付いた。父さんが亡くなっても尚、まだそれに甘えるのか?」
何度も地面を殴る。
「…僕は自分一人の力で生きます。
そして、十五の誕生日には冒険者として勇者様に支えたいと思います!」
「エル君…」
困惑する王
「エル、本気で言ってるの?
チビでガリで私よりも非力な君が?」
エルに近寄り胸ぐら掴んで無理矢理立たせる。
「君を心から私たちは心配してるの。
子供みたいにワガママを言わないで」
少女はエルを真剣な眼差しでじっと見つめる。
「ーーもう、マギさんが残してくれたお金全部使っちゃったんじゃないの?」
「ーーーーっ」
図星をつかれて言葉に詰まるエル。
少女から視線を外す。
「エル、マギさんに憧れる気持ちは私も分かるよ。あの魔王を倒した勇者パーティー【angel of eyes 】の一員だもんね。エスペランサの誇りだとみんなが言ってる」
少女は遠い目をして優しく語りかける。
エルは自分の事のように父を褒め称えてくれる事が嬉しかった。
「ーーだけど、君がマギさんの真似事が出来るとは到底思えないよ。それにマギさんが一人で何でも全て出来たわけじゃないだろ?」
その言葉にエルは唇を噛んだ。
返す言葉がない。
「誰だって一人では生きていけないんだ。
誰かに頼って支えてもらって生きてる。
ヤギを世話をする人がいなければ乳は無い。稲を作る人がいなければお米は無い。着る物を編む人がいなければ服は無い。魔物を狩る人がいなければ住む場所がなくなってしまう。
見えないけど、みんなどこかで繋がっていて自然と助け合って生きているだよ。
人は一人では生きていけない弱い生き物なんだよ。人の手を借りて生きることは決して恥ずかしい事じゃない。強くなりたいならそれを受け入れて、この先自分がどう在るべきか考えることじゃないかな」
少女の言葉に王も笑みを浮かべ何度も頷いた。
「エル君、アウグスタの言う通りだ。
さあ、行こう。もう日が暮れる」
エルにも譲れない熱いモノが心の中にあった。
それは亡き父と母が大切に守ってきたモノ。
そして、沢山の思い出が溢れている場所。
「ーーなら、せめて…生活の拠点だけはここで過ごさせてください」
「エルッ!君まだそんなーーーー」
「アウグスタ‼︎」
王は少女の前に手を差し出して静止する。
そして首を左右に振りながらエルを見つめた。
「分かった。だけど約束だ。
必ず朝、昼、晩と食事の時間は守って王宮に来る事、良いね?」
「……はい。ありがとうございます」
王は優しく微笑んだ。
そんな二人を見つめながら少女は「もおっ!」と顔を膨らませていた。
★☆★☆★☆
「アンタ毎日懲りずに何やってるの?」
アウグスタは、物珍しそうに目を細目ながら一生懸命剣を振るエルに声をかける。
「いつか父さんのように、勇者さまのパーティーに入って、魔王をたおすんだ!
そのための修行だよ!」
エルは目を輝かせ、額にいっぱいの汗を滲ませている。
「ふーーん」と、お世辞でも剣がとても凄いとは言えないエルをアウグスタは見下すように眺めた。
「何で無駄な事に時間を費やすんだろ?
あんなチビでガリで私よりも腕力もないし、マギさんの息子なに魔法もろくに使えない。
努力したところで、限界なんて見えてる」
アウグスタは心の中で呟いたあと深いため息を吐くと、
「アンタそんな無駄な事辞めてさ。
私と一緒に座学や帝王学でも学んだ方が良いんじゃない? とても武闘派には向いてると思わないんだけど」
その言葉に痛いところを突かれたように、苦笑いを浮かべたが、エルはそのまま剣を振り続けた。
エルは剣を振り続けたーー。
来る日も来る日もひたすら剣を振った。
手の皮は破れ、指の豆は潰れ、血だらけになっても振り続けた。
相変わらずアウグスタは鼻で笑っていたが、年月が経つにつれてエルの変化に笑えなくなっていった。
剣の太刀は鋭くなり、動きに俊敏性が増し目で追うのがやっとの程になっていた。
「……私も剣術の稽古をしているからある程度の剣の知識はあるから分かる」
もしかしたらと思ってしまう程の成長だった。
認めたくはなかったが目の前で銀髪の少年は確かな成長を遂げていたのが証明だった。
「エル…君はやっぱり大魔導士マギ・オルブライトの息子なんだね。君の事を笑って馬鹿にした事を謝るよ。諦めずに努力を続けられるのは才能だよ。君は凄い!」
アウグスタの中で何が変わった瞬間だった。
エル・オルブライトの存在がアウグスタの中で大きく変化し、自然と毎日彼の背中を追った。
そしてーーいつの日か彼と一緒に冒険者に。
☆
「エルは何でそんなに頑張るの?」
少女は、一生懸命剣を振る白銀の髪の少年に声をかける。
「いつか父さんのように、勇者さまのパーティーに入って、魔王をたおすんだ!
それが、僕の夢なんだ!」
目をキラキラさせて夢を語る少年に見惚れる少女。
「ねえ、エル。その時はボクも一緒に勇者さまのパーティーに入れてよ。ボクもエルと一緒がいい」
「うん。いつか一緒に冒険の旅に出ようアイナ!」
ーー 十五歳の誕生日に僕は一人旅に出た ーー