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弱虫の剣  作者: 望月 まーゆ
第4章: 銀翼の王者
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ユキヒメ④

「ユキヒメ交代だよ」


短い黒髪が特徴的な少年が袴姿で白い歯を見せて微笑んだ。


「アキちゃんありがと!

やっと私の季節だね」


「俺の季節が短過ぎなんだよ」


「秋は辺り一面を真っ赤に染まって散っていく。まるで炎のようにその輝きは一瞬だけど儚く美しいね」


「おっ!嬉しい事言ってくれるじゃん」


舌を出してえへへと笑うユキヒメ。

寒い風が地面すれすれを通り抜けて、落ち葉が舞い上がる。


その風に顔を顰めるユキヒメとアキカゼ。


「今日の【祈願祭】が終われば真っ白な長い冬の始まりだ。頼むなユキヒメ」


「うん!」


【ヒトガミ】は【祈願祭】を終えると、次の【祈願祭】までは玉藻宮と呼ばれる礼拝堂で過ごさなければならない。

この際、他の人間とは会えなくなる。

身の回りの世話などは、玉藻の分身である狐がおこなってくれる。

【ヒトガミ】は季節が終わるまで、1時間おきに祈りを捧げるのが役目である。

【ヒトガミ】の祈りは季節を維持する活力である。祈りを辞めてしまうと季節のバランスを崩してしまい、異常気象や天災を招く。


「ユキヒメさま」


「気弧ちゃん」


境内まで続く石畳みをぱたぱたと足音を立てて、ユキヒメの元にアメジストの瞳の狐が近寄って来た。


「ユキヒメさまと一緒嬉しい」


「私も嬉しいよ!楽しみだね」


「気弧!何サボってるのよ!

準備手伝いなさいよ!」


遠くで叫び声が聞こえる。

ユキヒメに会釈をすると、気弧は慌てて声のする方向へと走って行った。


「ーーさて、俺もそろそろ行くよ」


「アキ君どこか行くの?」


「一旦、長老様のところに勤めが終わった挨拶して来るよ。それにほらーー」


アキカゼはにっこりと微笑み、ユキヒメの後方を見つめる。

ユキヒメはその視線の方向に振り返ると、ゆっくりと歩み寄ってくる少年に気づいた。


「ハル君!」


ユキヒメは一目散に少年の元に駆け出す。


「ユキヒメ、今日からお勤めか?」


「うん!やっと冬だよ。私の季節だよ」


「…少し会えなくなるな」


「うん…ハル君に会えないのは寂しいけど、また桜の季節に、ハル君に迎えに来てもらえるもん」


見つめ合う二人。



「はい、ストーーップ!」


俯きながら両手を広げて二人の間に割って入り苦笑いを浮かべる少女。


「ナツメ!」


「ナツメ…じゃないわよ!もう冬だってのに二人はいつもアツアツですね」


つり目に少し焼けた肌に八重歯が特徴的で髪の毛を一つに縛った少女が目を細めてハルトをじっと見つめる。


「そ、そんな…ことねえーよ」


顔を真っ赤にして口を尖らせるハルト。

そんなハルトを見て白い歯を見せて笑うナツメ。


「久しぶりに四人揃ったな」


その声と同時に肩にポンと手を置かれ、振り返るハルト。


「アキカゼ」


「本当に久しぶりだね。必ず誰かがお勤めだもんね」


「四人が顔を合わせるの、年に四回だけだもんな」


「ハルトはユキヒメがさえいれば十分なんだろうけどね」


「なっ、、ナツメ‼︎」


「ほら、顔真っ赤!」


「お、お前らなあ」


そんな三人のやり取りを口を押さえて、微笑むユキヒメ。


「みんな、ありがとう。今日は私の祈願祭に来てくれて」


「何言ってんだよ。毎回の事だろ?」


「うん。けど嬉しい」


「ユキヒメ、今年も良い冬をお願いね」


「うん!」


「……ユキヒメ」


「……ハルくん」


手を取り合う二人。


「ハル……くん」


ユキヒメの瞳から一筋の雫が溢れる。

動揺し、ナツメとアキカゼの方を振り返るハルト。


二人もユキヒメの涙に固まっている。


「ど、ど、どうしたんだよ?ユキヒメ?

お勤めなんか、いつもの事だろ?」


俯いたまま首を横に何度も振る。

その反応にハルトもあたふたと、再びアキカゼとナツメの方を振り返る。

二人も何と声をかけて良いのか分からず、複雑な表情を浮かべて固まっていた。


「ゆ、、ユキヒメ…」


「ハルくん……ハルくん……」


涙でくしゃくしゃの顔を上げた。

初めてみるユキヒメの表情だった。

いつもどんな時も笑顔を絶やした事のないそんな彼女だ。


「もうみんなに会えないような気がするの」


「なっ、何言って……」


細い腕をいっぱいに伸ばして、ありったけの力でハルトを抱き締めるユキヒメ。


「ハルくん……絶対だよ。必ず迎えに来てね」


腕を振り解くと振り返る事なく、ユキヒメはそのまま本堂の方へと走って行った。



それがユキヒメとの最後の会話になるとはこの時は思わなかった。

知っていれば彼女を追いかけてた。

涙の訳を聞いてあげた。

そして何よりも彼女と繋いでいた手を離さなかった。


今となっては後悔の二文字だけが頭を過ぎっている。


*********************


星が瞬く音も聞こえそうな静寂の中、

パチッと音を立てる焚き火の炎を見つめるハルト。


その炎に照らされてゆらゆらと影が揺れる。

映し出されるハルトの表情は悲しげで、皆ただハルトの語る言葉に耳を傾けているだけだった。


「……それで、彼女がいなくなったのはなぜなの?」


静寂の中、エルが口を開いた。

その言葉に月下の茶会のメンバー全員が眉を顰めた。


「……攫われた…黒山羊に…」


ハルトの言葉に顔が強張る狐たち。

中にはガタガタと肩を震わせる者もいた。


「……黒山羊?」


「ああ、黒山羊の面を被った奴だ!」


「面…って…」


エリーナが言葉を詰まらせた。

エリーナだけでなく、他の天使の羽(エールダンジュ)のメンバーも動揺の表情を隠せなかった。


「それと気弧たち見たの。黒山羊と一緒にいる黒いローブを羽織った紫の髪の男!」


「ーーーーーーーーーーーー‼︎‼︎」


「紫の髪の男って……」


その言葉で一瞬にしてあの夜の光景がフラッシュバックして甦る。

たまらずエルに視線を送るアイナ。

エルの顔が強張る。

同じくあの日ミッドガルドにいた黒ローブの男を思い出したに違いない。


「お前達その男を知っているのか?」


意味深な反応のエル達の反応に思わず立ち上がるハルト。


「ミッドガルドの屋上でカンバーランドのゾンビ達と烏の面と猫の面の者と交戦していた。そこに、突如として黒ローブの男が現れた」


「一戦交えたのか?」


エルはハルトと視線を合わせず、燃えさかる炎に過去の記憶を重ねながら首を横に振った。


「ーー追い詰めた猫の面を救出に来ただけだった。その一瞬しか見ていない」


「……そうか」


ハルトは肩を落とし再び腰を地面に落とした。


「ハル君はあの日からずっと、黒ローブの男と黒山羊の面を追っているの。だけど、全然手掛かりが掴めなくて」


「ユキヒメ様が居なくなってしまったから、季節の入れ替わりが出来なくなってしまった。

ユキヒメ様が人柱として契約をしている為、人柱としての務めを果たさない限りずっと冬が続いてしまうのです」


「あの日からずっとイデアの国もハル君も私たちも時計の針が止まったままなのです」


代わる代わる言葉を募る狐たち。


「ユキヒメ様を……ハル君を助けて……」


雫が溢れた。

朱色に染まる闇夜に四つの影が伸びる。

狐たちは立ち上がり、涙でくしゃくしゃの顔でエルを見つめていた。


「……なんで……俺は別に……」


余りにも突然の狐たちの涙と言葉に困惑するハルト。


「ハルト、この子達はいつもお前を見てきた。ユキヒメが居なくなって、お前が私の前に現れた日から今日まで誰よりも心と身を削り、ユキヒメを探し続け、そして永遠の冬となった故郷を守って来たのも全部お前だ」


「俺は……そんな、何も……」


「お前は頑張っているよ。ただ、一人で抱えすぎだ。もっと周りを頼っていい。ユキヒメの身を心配しているのはお前だけじゃない。それに、頑張りすぎているお前を逆に心配している者もいるのを忘れないでほしい。私たちはいつでもお前の味方だ。ハルト!」


「……玉藻」


「うん!」「なの!」「へへ!」「ハルト!」


「お前たち……」


照れ臭そうに鼻を掻くハルト。

これまで全て一人で解決してきた。

自分がやらなきゃユキヒメを救えない。

自分だけがユキヒメを救えると思っていた。

けれど、イデアを離れてから今日までの日々、辛くなかったのはいつも側にみんなが居てくれて心を和ませてくれたから。

本当は心の片隅で分かっていた。

だけど、気付かないふりをしていた。

それを認めたら自分が何も一人で出来ない弱い人間だと認めてしまうから。

自分一人だとユキヒメを救えないと認めてしまうのが怖かった。

実際、今日まで手掛かりが何一つ掴めなかった。


「……本当は分かっていた。もう、自分一人だとユキヒメの手掛かりすら掴めなくて。何もかも投げ出したくて、自分の弱さを認めたくなかった。そんな時に帝国から直属の護衛任務の話がきた。報酬が破格だった事と、帝国とパイプが出来れば表には出ていない、裏の情報が手に入ると思って今回の姫さまの護衛任務についた」


パチッと木の枝が弾ける。


「あなたに今回の任務を依頼したのはお父様?」


エリーナがハルトに問いかける。


「お父様…国王ではない。側近にあたるセバスチャンと言う男だ」


「セバスチャン…」


エリーナの表情が青ざめる。

その異変に他のメンバーに気付く。


「エ、エリーナ…セバスチャンという男に何か思い当たる節でもあるの?」


アイナがエリーナの顔を覗き込み心配そうに小さな声で囁く。


「セバスチャンはお父様の側近よ。ただ、お母様が亡くなってから城に急に現れて、そのあたりからお父様は少し変わられてしまった。

この前の結婚の縁談もセバスチャンが勝手に決めて、お父様を(そそのか)したのよ」


「ハルト…」


玉藻が苦悶の表情でハルトを見つめる。


「今俺たちがここにいるのは最初からこうなるように仕向けられているのかも知れない」


「えっ? いつから」


「…ユキヒメが居なくなったあの日から今日まで全て…掌の上で操られていた」


「…そ、そんな筈はない!だって私は自分の意思でお城を飛び出したのよ!

ユキヒメさんが居なくなったのはそれより前よ。それに、エルと出会ったのも偶然、箒が勝手に飛んでいって…森に落ちて……」


「箒が勝手に…って……」


アイナが顔を青ざめながら苦笑いを浮かべる。


「違う…私は…自分の意思で……」


認めたくない一心で必死に顔を横に何度も振るエリーナ。


「エル、あなたは何故、偽勇者と一緒にいたの?あれは誰の紹介なの?」


エリーナはエルに助けを求めるように見つめた。


これは偶然で仕組まれたものではない。

これを認めてしまったら私の意思や決意は偽物だと認めてしまうから。

エリーナは縋るようにエルを見つめた。


地面に俯くエル。

炎の影で暗く表情は見えない。

必死で思い出しているのか、それとも何か考えているのかそのまま固まり返事がない。


みんなの視線がエルに集まる。


生暖かい風が中央の炎を揺らす。

エルはひと息入れてゆっくりと口を開いた。


ーー語られる偽勇者との出会いーー

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[一言] 全てが仕組まれたことなのか? そうであれば、その目的は何だろう? 気になります。
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