姉妹
「女の子たちは怪我はない?」
「二人ともかすり傷程度だったよ」
「そっかあ、良かったーー」
「あんたこそ大丈夫なの?」
「僕?僕は全然平気だよ。
それより何であんな危険な場所に女の子二人で・・・」
エルは女の子二人に視線をおくる。
女の子たちは俯向き沈黙を続ける。
姉妹は顔が瓜二つなので、おそらく双子だろう。
頭のリボンの色で見分けるしかない。
エルはエリーナに視線を戻すと、
エリーナは首を横に振りながら女の子の前にちょこんとしゃがんだ。
女の子二人と同じ目線で見つめ合うと優しい声で喋りかけた。
「どうしてあんな危険な場所に行ったの?」
しばらく沈黙が続き、赤いリボンの少女が重い口を開いた。
「ママを・・・ママを助けたかったの」
その言葉を聞いて青いリボンの少女が慌てて、
「お、お姉ちゃん・・・」
お姉ちゃんと呼ばれた赤いリボンの少女の服の袖を引っ張る。
青いリボンの妹に服を引っ張られながら姉は続ける。
「ママ・・・病気なの・・・だから・・・薬草を捜しに・・・」
まんまるの瞳に涙をいっぱいに貯める姉妹。
エルはその言葉を聞いて、
「お母さんの具合はそんなに悪いのかい?」
女の子の姉妹は同時に頷き、
「毎日苦しそう・・・」
話を聞いたエリーナが血相変え、
「診療所に行けばいいじゃない!
それか早く先生をーー」
その言葉にエルは眉間にシワを寄せ首を振りながら、
「エリーナは裕福な家庭で育ったんだね。
別に嫌らしい意味ではないけどさ。
僕やこの子たちは診てもらいたくても、
診てもらえないんだよ」
エルの言葉に子供たちも悲しそうに下を向く。
「え?」
みんなの表情を見て、自分が見当違いの言葉を言った事にエリーナは気付いた。
そんなエリーナの心情を無視するように、
エルが話を続ける。
「・・・医者に診てもらうのにいくらかかるか知ってる?」
「ーーーー」
「一万ルピー・・・」
「い、一万ルピーってーー」
「それが今の現状だよ。前に偽勇者がポーションを僕が勝手に使って殴られたの知ってるよね?ポーション一個いくらか知ってる?」
「ーーーー」
「三千ルピーだよ」
「な、何でそんなに・・・」
「魔王のせいだよ。魔王が復活して魔物が増え、犠牲者が増加しているんだ。
帝国も魔王討伐に兵士を導入している。
そのため、帝国がポーションを買い占め、
更に医者を戦場に送っているから医者が不足しているんだ」
「そ、そんな・・・」
「本当に必要な人に必要なものがなかったり、助けたい命が助けられないのが今の現状なんだよ」
「・・・・・・」
エリーナは言葉が出なかった。
いかに自分が無知だったか分かった。
軽々しく口に出した言葉が、何も知らない自分が恥ずかしかった。
エルは女の子たちの頭にそれぞれ左右の手をポンと乗せ、
「とりあえずお家に帰ろっか。お母さん心配しているよ」
* * * * * * * * * * * * *
「ここが君たちの家かい?」
姉妹はこくりとほぼ同時に頷いた。
家の中へと案内される。
「ママただいま」
「ただいま」
ベットで横たわる母親に駆け寄る女の子たち。
その姿を見て安堵の表情を浮かべる母親。
「・・・遅かったね・・・心配したわよ」
母親の声は弱々しい。
事情は聞かなくても一目見て分かる。
姉妹の母親の容体は良くない。
母親はエルとエリーナの存在に気付くと、
「ーーそちらの方々は?」
姉妹はしゅんと肩を落とし、しばらく沈黙した後、重い口を開いた。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「ーー何でそんな危ないことを・・・」
「だって・・・」
赤いリボンの姉は喉元まで来た言葉を言いかけたが飲み込んだ。
「もうそんな危ないことしないで、お願い」
母親は顔を伏せるように掠れた声で懇願するように言った。
「子どもたちを助けて頂いてありがとうございました」
「いいえ」と会釈する。
「・・・だもん」
小さな声が耳に届いた。
声の方を目をやると、姉妹は泣きそうな顔で必死に耐えている。
「クレア?ミレア?」
「ママの病気治したかったんだもん」
赤いリボンの姉クレアが叫んだと同時に、
姉妹は部屋の入り口に立っていたエルとエリーナにぶつかりながら部屋から飛び出して行った。
「クレアちゃん、ミレアちゃん待ってーー」
エリーナが姉妹の後を慌てて追いかけて行った。
エルはおろおろしながら母親に会釈して部屋を出ようとすると、母親は口を開いた。
「私の体はもう長くもちません。
自分の体の事は自分が一番良く分かります。
あの子の父親は冒険者でした。
あの子達がまだ小さい頃に魔物に殺されてしまいました。それからは、私が女手一つでここまで育ててきました。
あの子達には心配かけないように、振舞っていたんですけど駄目ですね。
結局あの子達を不安にさせてしまっていたんですね。母親失格ですね・・・」
エルは足を止め振り返ると、痩せこけた顔の母親は精一杯の笑顔を見せる。
エルは「そんなことはない」と首を横に振る。
エル自身も片親しか居ない家庭環境で育ってきたので、余計に女の子たちの気持ちが分かる。
助けられるんだったら助けたい。
1パーセントでも可能性があるならそれを信じたい。その気持ちが痛い程エルには分かる。
「あの子達には十分愛情が伝わってると思いますよ。
お母さんに助かってほしいから、あの子達も必死に薬草をーーーー」
母親は首を横に振り、
「私の事はもう大丈夫です。
それよりもあの子達にもう危ない事をしないように言い聞かせて下さい。
私が言っても言う事を聞かずに森に行ってしまうのです」
「それでも少しでも可能性があるなら、
もしかしたら月光草ーー」
母親は腕を伸ばしエルの手を握り首を横に振る。
エルは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「私はもう十分です。ですから娘たちを・・・。
今日会ったばかりのあなたにこんなお願いをするのは心苦しいですがお願いします」
エルは少し間を置いて、
「・・・わかりました。ただ、これだけは覚えておいて下さい。母親に元気になってもらいたいのは子どもとして当たり前だと思います。あの子達の行動は誰も責めてはいけないと思います」
エルの言葉に母親は溢れ出しそうな感情を我慢しながら何度も頷いた後、掠れた声で、
「私は・・・あの子達にまだ何もしてあげれてない。何も残してあげれない・・・」
クレアとミレアが小さい頃に父親が魔物に殺されてからは、母親が宿屋の手伝いなどして生計を立ててきた。
貧しいながらそれでも家族三人仲良く暮らしてきた。
それと共に母親の体は過労と疲労で徐々に衰えていった。
ここ最近は、まともに働けずお金も底をついてきていたのだった。
エルも経験した親の死・・・。
ベット横たわる母親の顔を真っ直ぐ見えないでいる。
見れば涙が溢れてしまうのが分かっていたからだ。
残される女の子たちと自分を重ねる。
胸が苦しくなるのが分かった。
「クレアとミレアを抱き締めてあげて下さい。母親の愛情をいっぱい、いっぱい注いであげて下さい。お金よりも何よりもこれから先、絶対手に入らないから・・・お母さんの愛より重いものなんて絶対無いから。
だから、いっぱい、いっぱい抱き締めて愛してあげて・・・」
母親の愛を知らないエル。
それでも一度も寂しいと思わなかったのは大好きな、尊敬する父親の愛があったからだ。
エルの目からつーーっと一筋の雫が頬をつたった。
「・・・はい」
嗚咽を堪えながら、母親は一度頷くとエルに優しく微笑んだ。
その瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れていたーーーー。
* * * * * * * * * * * * *
「ーー待って、待ちなさい」
必死に追いかけて来るエリーナの言葉で足を止める姉妹。
振り返り見せた表情は今にも泣き出しそうなほど瞳に涙をいっぱいに溜め込んでいた。
「ママを・・・ママを助けて」
「お願いします。ママを助けて・・・」
ミレアとクレアがエリーナに涙をぼろぼろと流しながらしがみ付く。
「あなた達・・・」
二人の涙にエリーナは胸を痛めた。
私に出来ることなら何でもする。
けど・・・けど・・・
今の私は何もないちっぽけだ。
この子のお母さんに薬も買ってあげれない。診療所に連れて行ってあげられるお金もない。
魔物を倒して薬草も取りに行ってあげれない。
悔しい・・・悔しい・・・
この子たちに何も言ってあげれない自分が悔しい。
エリーナから搾り出た言葉は掠れる声で一言、
「・・・ごめんね」
固まる三人に覆い被さるように影が重なるなり、エリーナの肩に手を置いた。
はっと、振り返るエリーナ。
その瞳に映ったのは白銀の髪の少年だった。
「・・・僕が薬草を取り行ってくる」
「ーーーー!!」
その言葉にパッと顔を上げる女の子姉妹。
「お兄ちゃん、本当!」
「お兄ちゃん!!」
エリーナの肩越しから顔をちょこんと覗かせぱーっと笑顔を覗かせる姉妹。
「うん。必ず僕が薬草取ってきてあげる」
「ーーちょっと・・・あんたね・・・」
エルの自信満々の一言にエリーナは慌てる。
シンラの森の最深部、そこは現在上級クラスの魔物が出現するエリアだ。
実際もう二体と遭遇している。
今回、前回とたまたま運が良かっただけ。
エリーナはそう思えてならなかった。
だからもしかしたら次は・・・
「お兄ちゃん・・・」
妹のクレアが小指を立ててエルに突き出す。
それを見たエルは膝を曲げ自分の小指をその小さくて細い指にそっと絡ませた。
「私も」と姉のミレアの小指をとも同じように小指を絡ませて堅い約束を交わす。
「必ず取ってきてお母さんを助けてやるからな!」
エルは再び、シンラの森へと駆け出して行ったーー。
「あっ!ちょっと・・・。お母さんの側に付いていてあげてね」
エリーナはぽんぽんと、姉妹の頭を触ると
「待ちなさい!」とエルの後を追うのだったーーーー。