ローチェ国へ
魔物には種類が幾つかに分かれている。
そして、それぞれに主がいて世界の均衡を崩さぬよう秩序を保っている。蟲系の魔物にはベルゼブブが主として君臨していたように、鳥類には三怪鳥がその地位を確立していた。
マルファス・ラウム・イポスの三羽である。
マルファスは、カラスの上半身に人間の下半身を持つ。黒き翼のリーダー的存在。
ラウムは、普段はカラスの姿だが、人間の紳士に姿を変えることが出来る。
イポスは、ガチョウの頭と脚、ウサギの尻尾を持ったライオンの姿をしている。
この三羽は元々はある魔物の側近として支えていた。
しかし、彼等は欲深く、常にその座を奪おうと虎視眈々とその時が来るのを待っていた。
そしてある日、勇者と名乗る人間によって封印されたのを機に、この三羽は今の地位を手に入れたのだった。
封印されたのは【空の悪魔 ディアボロス】
数多くの飛行系魔物の中でも、飛び抜けて大型である。最大の特徴は捻れた頭部の二本の角とコウモリの羽のような強大な二つの翼である。
全身を覆う甲殻な鱗のような皮膚は、生半可な剣や刃物では傷一つ付ける事は出来ない。
また、口には鋭く大きな牙を無数に生やしている。
そんな凶悪な空の暴君が封印された事により、強欲な三怪鳥は空の悪魔のトップの地位を手に入れたのだった。
彼等は欲望のままに、欲しい物を手に入れた。
時には人間に姿を変えて食べ物・酒・女、何でも好き勝手に奪った。
そして彼等が次に目をつけたのが、領地だった。
「世界一高い場所に自分達の城が欲しい」
「自分達の存在を世界に知らしめたい」
欲深き三羽は、ローチェのロックマウンテンキャッスルを奪う計画を立てたのだった。
☆
「人間というのは愚かな生き物だな。頭を潰せば、それで終わりだと思ってる」
「……その低知能のおかげで、ディアボロスが消えてくれた訳だ」
ギャアギャアと鳴き声上げる、黒い翼の二羽の鳥。
その少し背後を難しい顔をしながら、一匹の鳥が後を付ける。
「本当に人間は低知能で愚かな生き物なのだろうか?」
イポスは納得がいかない表情を浮かべ腕を組みながら、ギャアギャアと高笑いする2羽のカラスの跡をつけるのだった。
後に、その油断が自分達の首を絞めることも知らずにーーー
☆
軋む車輪が悲鳴と砂ぼこりあげて、荒れた荒野を駆ける。獣車の荷台には寝息を立てる女の子四人。エルもまた眠気まなこを擦りながら、獣車の手綱を握っていた。
今目覚めたばかりの大地をエルたちは、ノイシュバンシュタインに向けて走っていた。
カンバーランドで得られた情報は、ここが勇者誕生の地である事。
勇者の名前は〈フレデリカ〉であり、それは三代目の勇者〈フローラ〉の母親の名前である事。
エリーナが失っていた記憶が〈フレデリカ〉との思い出であり、〈フレデリカ〉はエリーナから見たら祖母にあたる。
これで勇者の系譜は分かってきた。
初代勇者は〈フレデリカ〉第三勇者は〈フローラ〉そして第ニ勇者はーーー。
〈カンバーランド出発前〉
「ノイシュバンシュタインに行く道順だけど、ローチェ国を抜けて行かない?」
「ローチェ……って、あの山脈地帯……」
エルが振り返り顔を上げる。
真っ青な空に山頂が霧がかり、隠れている山頂がどっしりと構えていた。
「うん。このまま南下してミッドガルド、グランバニアを抜けて、シンラの森を通ってノイシュバンシュタインに行くよりも、このままローチェを超えた方がノイシュバンシュタインには近いと思う」
「ーー確かに、アイナお姉ちゃんの言う通りですね。地図でもそのルートが最短距離です」
ミレアが地図を広げて指でルートをなぞってみせた。
「ーーそれに、ボクはまだ確かめていない事もある」
堅く拳を握り地面を見つめて唇を噛むアイナ。
「……【Spielplatz】〈シュピールプラッツ〉のメンバーのこと……」
エリーナがぽつりと呟いた。
その言葉にぴくっと肩を動かすアイナ。
「……まだ自分の目で確認してない」
小刻みに肩を震わせるアイナ。
その口元からは一筋の赤い雫が垂れる。
「ーーローチェに向かおう!」
その声と共にアイナの堅く結んだ拳を温かい手が包む。
アイナがハッと顔を上げると、白銀の髪の少年が微笑んでいた。
「……える……」
落ち込んでる時、寂しい時、いつだって側にはその優しい微笑みがあった。
その変わらない笑顔に何度も救われた。
「大丈夫、一緒に行こう!」
アイナはその小さな手に体重を預けるとゆっくりと腰を上げた。少し前までは自分と同じ高さに目線が合ったのに、今は自分が少しだけ視線を上げているのに気付いた。
少し見上げたエルの顔。
少しだけ大人びて見える。
視線が合う。
エルは微笑みながらまるで「どうしたの?」首を少し傾けてる。
ハッと我に返ったアイナは首をぶんぶんと横に振りながら「な、何でもないよ!」と慌ててエルから視線を外して、何事もないように視線を地面へと移した。
男の子の成長って早いなとアイナは、エルの少し大きくなった背中と凛々しくなった顔付きに改めて気付いた瞬間だった。
陽の光の矢が、ローチェの山々を黄金色に染めていく。その自然が創り上げた幻想的な景色を見つめながらエル達は山脈の麓を目指す。
「エルお兄ちゃん、このまま山脈を越えてローチェ国まで登頂するには食料など、少し足りないかもしれないです」
ミレアが難しい表情を浮かべながら、地図を見つめていた。
「ローチェの山は直ぐそこじゃない? ティーガーでパパッと登っちゃえば、今日中にはローチェの国に行けるじゃん」
クレアが馬車の荷台から顔を出して、山脈を見つめる。クレアの視線に映るのは徐々に大きくなっていくローチェ国を囲む山脈だった。
「見た目よりも全然遠いし、過酷な道なのよ」
「……過酷って?」
エリーナが眉を八の字にして、クレアを見つめた。それと同時に他のメンバーも同様に見つめる。
クレアの話は以下の事だったーー。
最高峰にして国の拠点はローチェで標高は六千メートルを超える。日中の気温は十度で夜はマイナス五度まで下がるので、しっかりとした防寒対策が必要である。
また、ティーガーでは超えづらい岩壁や万年雪で覆われた雪渓もある。
ローチェ国にたどり着くには最低でも、三日はかかるので、途中でキャンプを張りながら徐々に標高を上げて進む必要がある。
因みに、ローチェ国を経由せずにカンバーランドから南下するルートを選んでノイシュバンシュタイン国を向かう場合は、最低でも一週間はかかる道のりである。
世界大戦でローチェ国が他国からの侵略から逃れられたのも、この地形のおかげである。
ローチェ国は今や妖精・精霊・鳥人族の楽園として繁栄しているのだ。
「ーーなるほど」
アイラは腕を組んで何度も頷いた。
「私たちの今の格好だと凍死しちゃうね」
アイラのヘソ出しスタイルを苦笑いで見つめるエリーナ。そんなエリーナの視線を受けて、自分の格好をまじまじと見つめて舌を出すアイラ。
聞き耳を立てていたエルが口を挟む。
「ーーじゃあ、一旦ミッドガルドに戻って装備を整えてからローチェに行こっか?」
「それが良いと思います!」
「久しぶりに美味しい物が食べたいなあ」
「宿のふかふかのベットで寝たい」
「エル!全速力でしゅっぱーーつだ!」
それぞれ想い想いは別々だが、エルはティーガーの手綱を振りながら一路、地下都市ミッドガルドへと方向を変えたのだったーー。