最善の策
ほぼ毎日のように通っている森。
この森に来ているのは、レベル1の見習い冒険者がほとんどだ。
もう、ここの森の魔物は狩り尽くしたんじゃないかってくらい狩ってきた。
魔王の影響なのか。侵略されて徐々に勢力を拡大されているのか。どこから魔物は湧いて出てくるのか分からないが。
それでも不思議と魔物は減らない・・・。
「はっ!」
「せい!」
「とりゃ!」
切り味鋭い連続の斬撃。
ゴブリンと呼ばれる小柄な醜悪な外見の人間型生物。
緑色の肌をしており初心者でも倒せる比較的弱い魔物だ。ゴブリン三匹を一瞬で片付ける。
エリーナに命を吹き込んで貰った聖剣エルリーナは刃こぼれ一つせず、切れ味を保っている不思議な剣だ。
レベルが上がった影響か『超加速』を付与しなくてもそこそこの瞬発力が出せるようになった。
この辺りの魔物なら余裕で倒せるが、どうしても力は余り上がっていなかった。
正直この聖剣エルリーナの切れ味がなければこうも簡単に魔物を討伐出来なかった。
昨日までは大きなバックパックを背負って荷物を運んでいた。
剣を握り締めて魔物と戦うなんて想像もしなかった。
正直、僕は荷物を運ぶ人。
戦うのはあなた達の仕事みたいに思っていた。
勇者さまの役に立ちたいとか口では言っていたけど、この一年ただパーティーメンバーにいれれば良いと満足していたのかもしれない。
魔物と戦ってお金を稼ぐことの大変さが今改めてわかった。
荷物運びが大変?は?
命を奪われる危険がないだけ全然マシだろ。
僕はこの一年楽をしてきたんだ・・・。
「エリーナどのくらいドロップ品ある?」
「中が二つに、小が六かな」
ドロップ品とは魔物を倒すと死骸が消滅し残った後に《魔結晶》が残る。それを換金所に持って行きルピーと代えてもらえるのだ。
大きければ大きいほど大金が手に入るのだ。
昨日のオークキングは一匹なのに中魔結晶で、
三千ルピーで取引きしてくれた。
「もう少し稼いで行くけど大丈夫?」
「うん。私は全然大丈夫よ」
エリーナは右手の人差し指と親指をくっ付けて輪を作って微笑んでいる。
森の最深部の手前までやって来た。
昨日オークキングと遭遇した場所だ。
何となく、これ以上は進まない方が良い気がしていた。
エリーナもその辺りを察したのか、エルと目が合うと「戻ろっか」と言った風に肩をすくめて見せた。
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ」
エルとエリーナが引き返そうと、歩み出した時、少女の悲鳴が森に木霊するーー。
「エリーナ今の!!」
「ええ。女の子の悲鳴!」
悲鳴の方へ走り出す二人。
通常のクエストルートから少し外れた茂みの奥へと木々を掻き分けて進むとーー、
女の子が二人、魔物に取り囲まれている。
「た、た、助けて・・・」
「おねえちゃん・・・」
ゴブリンが二匹、オークが一匹、
そしてーーーーケルビ一!!!
「あ、あのバカでかい黒鹿は・・・ケルビ」
「・・・まさか、また?」
「ああ、上級クエストの場所でしか生息しないはずの魔物だよ」
エリーナは恐怖で二人で固まっている女の子を見つめると、
「何とか女の子を助けましょう!」
「うん、僕が隙を見つけて助け出すからエリーナはゴーレムの召喚をお願い」
エリーナは頷くと、魔法演唱を唱える。
「サンクトビーターリデート」
両膝を曲げ、両手を地面に付けると、
地面から巨大な土の人形が現れる。
「グオォォォォォ」
突然現れた巨大な土の人形に魔物たちは目を奪われる。
その一瞬の隙をエルは見逃さない。
動けない女の子までの三十メートル程の距離を僅か二歩で駆け抜ける。
女の子達には急に現れたと錯覚する。
急に現れた白銀の髪の少年に目を丸くする。
「大丈夫?怪我はない?」
「・・・・・・」
女の子二人はポカンと口を開けたまま、
頷いた。
女の子一人を抱え、もう一人を背中に乗せると、その場から離脱するーー。
「エリーナ!!」
エルが女の子を抱えたまま叫ぶ。
エリーナはエルが女の子を救出したのを確認すると茂みに身を隠しながらその場から離脱する。
しかしーー、
デカイのが追い掛けてくる。
ケルビはエルたちが逃げるのを見逃さなかった。
「エリーナ!!この子達を頼む」
「あんたはどうすんのよ!!」
「時間を稼ぐ・・・」
女の子二人を地面に降ろし、左腰に挿してある剣を握り締める。
体長約三メートル程もある巨大な黒い鹿。
鋭いかぎ爪と大きな角を生やしている。
エルはエリーナと女の子たちの安全確保を最優先させる為、逃る時間を稼ごうと注意を自分に向ける。
素早く皮のブーツに魔術付与を施すと、《超加速》で一気に駆け抜けながらケルビの足元に斬りつける。
ケルビの悲痛な叫び声が響き渡る。
そのまま体を捻りながら地面を強く蹴り、飛び上がり背後から首元へ短剣を突きつける。
ケルビを激痛が襲うーー。
ケルビは苦痛から首を大きく振ると、突き立ててた短剣が抜けエルの体が地面へと叩きつけられた。
「てっーー!!」
地面に叩きつけられた衝撃で目を瞑る。
背中に激痛が走る。
蹌踉めきながら起き上がり片目をゆっくり開けると自分と重なるように影がーーーー、
ケルビが踏みつけようと脚を降ろす瞬間だった。
ドスン
一瞬早く反応するエルはそのまま前方に転がるようにケルビの踏みつけを回避した。
「はあ、はあ、危ない」
エリーナは女の子たちと逃げてくれたのか?
こっちも余り長引くとヤバイな。
エルの最大の弱点は魔物との戦闘経験が圧倒的に少ないことだ。
聖剣エルリーナと『超加速』がエルの武器である。一見して強そうに思えるが実は単調で無謀な攻撃である。
攻撃は必ず接近しなければならない。
剣が短剣の為に深く刺さらず、致命傷になりにくい。
動きは速いがそれだけで、戦闘経験の乏しいエルの動きは同じ動きを繰り返しているだけですぐに相手に読まれてしまう。
エルもそれが分かっている為、バレる前にこの場を離脱したいと考えていた。
「あと一撃与えたら、離脱するーー」
エルは低い姿勢で身構える。
腰を落とし軽く曲げた膝、一歩の動き出しをスムーズにする為に両足の踵を地面から離す。
誰に教えてもらった訳でなく、自然と身に付いた構え。
ケルビは頭を低くし角を立てて突進してくる。
それに合わせてエルも地面を強く蹴り上げ、駆け出す。
両者がぶつかり合う瞬間、エルは高くジャンプしケルビの突進を避けながらそのまま回転しケルビの左目に斬撃を与える。
「ーーーーッッッ!!!」
エルは着地するとそのまま茂みに隠れながらその場から離れたーーーー。
無理・無駄・無謀をしない。
今の自分の実力ではケルビには勝てない。
エルにとって最善の策だった。
今は勝てなくてもいつか勝てるようになればいい。
エルは後ろを振り返らず真っ直ぐ出口に向かって駆け抜けて行ったーーーー。