あの日の誓い
「ーーあなた達が無事で何よりです」
西陽がシスターマリアに降り注ぎ、まるで本物の女神にように神々しく見えた。
「お前達、マリア様に感謝しろよ‼︎
わざわざ、お前達を助ける為に時間をさいて、はるばるカンバーランドまで来て下さったんだからな!」
眼鏡を押し上げ、眉間にシワを寄せた聖堂服の少年がエル達に吠える。
その言葉に何も返す言葉が見つからずにいる、エル達を庇うようにシスターマリアが間に入った。
「ーーそんな風な言い方は良しなさいユーグ」
まだ何か言いたげな表情を浮かべていたユーグだが、その言葉を飲み込み、口を真一文字に結んだ。
眼鏡の少年の名はユーグ・ド・リドフォール。
七星聖堂騎士団の総長である。
シスターマリアを崇拝し太陽神レトを神と崇める教団を護る騎士である。
シスターマリアは世界中を旅しながら人助けをしている。ユーグはその護衛をしている。
「ーーユーグこれで今回も解決ですね」
シスターマリアは目尻を下げユーグに微笑んだ。
その笑顔にユーグは頬を紅く染めながら視線を逸らす。
「は、はい。カ、カンバーランドを迂回していた商人達もこれで安心して『イデア』に向かえるでしょう」
そんな二人のやりとりを聞いていたクレアが首を傾げながら口を挟んだ。
「今回も解決って?シスターもクエストの依頼とか受けてるの?」
何の躊躇なく直球で質問できるクレアを頼もしく思うエル。
「いいえ、私はーー」
「シスター‼︎」
シスターマリアがクレアの質問に丁寧に応対していたが、シスターマリアとクレアの間に左手を広げてユーグが立ち塞がる。
「お前たちに答える義理はない!」
眼鏡を押し上げながら鋭い視線をクレアに向ける。
「ユ、ユーグ……」
複雑な表情を浮かべるシスターマリア。
「シスターマリア余り喋り過ぎると、のちのち面倒なことになります。それに、今後この活動も出来なくなってしまいますよ」
シスターマリアのみに聞こえるように小声で耳打ちするユーグ。
「そ、そうね……」
その言葉に小さく頷き、肩を落とし哀れと言わんばかりの悲しそうな目でエルたちを見つめるシスター。
エルはその悲しい瞳に隠された意味がまだ分からなかった。ただ、その時はユーグに話を遮られてしまったから。ちゃんと説明出来なかったから、その程度にしか思っていなかった。
「シスターそろそろ……寄り道し過ぎですよ」
「ええ」
急かすユーグに背中を押され、シスターマリアは振り返りながらエル達に「またどこかで」と会釈して、金色に輝く朝陽に向かって消えて行ったーー。
「結局、シスターは何者なんだろ?」
姿が完全に見えなくなり呆然と立ち尽くしている中、クレアがため息混じりに口を開いた。
「何か言いたげな雰囲気はありましたね。ただ、眼鏡の子に止められてましたが」
ミレアが残念と苦笑いを浮かべて隣のクレアの顔を見つめた。
「とりあえず全員無事だったんだから、良かったんじゃない!」
白い歯を見せ無垢な笑顔を振り撒くアイナ。
「無理しちゃって」とアイナの姿を見て心が締め付けられるエリーナがいた。
「あっ!そういえば……」
エルが何かを思い出したように、ポンと両手を叩いて辺りを見渡した。
「どうしたのよ急に?」
エリーナが首を傾げながら尋ねる。
「いや、ここに来た本来の目的だよ」
「んん?本来の目的って……アンデットの魔物を……」
「いやいや」
顎に人差し指を置いて上目遣いに考え込むエリーナに、違うよと片手を何度も振りながら苦笑いを浮かべるエル。
「お父様……ですね」
力無くぽつりと呟くミレア。
その言葉に目を大きく見開いてハッとなるエリーナ。
『お願いです!私たちをカンバーランドに連れて行って下さい』
あの日の双子姉妹の言葉がエリーナの脳裏を過った。
「手がかりらしい物は何もなかった。ここに居たという、確かな証拠もなかったね」
エルが目を細めながら、崩れ落ち廃墟となったかつてのカンバーランド城を見つめた。
エルの服の裾をぎゅっと摘んでクレアが同じ方向を悲しそうな目で見つめた。
「ーーでも、ゼロだった訳じゃない!」
アイナがこの雰囲気をぶち壊すように叫んだ。
その言葉に全員が振り返った。
アイナが指差す先には粉々になった英雄碑が転がっていた。
みんなで集めた英雄碑のカケラ。
作りかけでやっと出来上がった『フ』の一文字。
そうだった全てがゼロじゃなかった。
やっと掴んだ明日への手がかり。
「ーー私、ノイシュバンシュタインに帰る!」
エリーナの唐突なその言葉に全員が目をこれ以上開けないってほど大きく見開いた。
「……お父様に全て話してもらいます。きっといろいろ知ってるはず、フレデリカお婆様の事やフローラとの関係、そして……お母様の死について……」
垂れ下がった前髪で表情が見えなかった。
声のトーンでどんな表情をしているのかは、みんなが分かっていた。
ただ、なんて声をかけて良いか分からないでいた。
エルはエリーナに近づいてポンと両手に手を置いた。
エリーナが見上げた目の前に白銀の髪の少年の大きな瞳があった。
「大丈夫、僕も一緒に行くよ!何があっても君を一人にはさせないよ!」
あの日誓った。
「……エル」
君がフレデリカの街で攫われてしまった時。
自分がどれだけ弱くて、ちっぽけで何も出来ないか分かった。
見つめ合う二人を邪魔するように、クレアとアイナが二人の間に入って突き放す。
「もちろん、僕たちも一緒に行くよ!」
「大丈夫、エリーナお姉ちゃんだけじゃなくてエル兄ちゃんも一人にさせないから……ね‼︎」
エリーナに背を向けてエルを睨みつけるアイナとクレア。
苦笑いを浮かべて後退りする。
女子二人の隙間からエリーナを見つめるエル。
困った顔のエリーナと視線が合う。
グリューネ邸でシュナイデルからエリーナを救出した時に初めて思った。
今度こそ二度と離さないと、君がくれたこの剣で守ってみせる。
今まだ弱い剣だと、いつかきっと君の隣で輝ける強い男になってみせるとーー。
エルが微笑むとエリーナは困った表情から少し口元を緩めて、はにかんで見せた。
陽がすっかり登ったカンバーランドは今日も朝を迎えた。
第3章完結です。本当に長くお待たせ致しました。
ブクマを外さずに待っていて下さった読者さまに感謝です。第4章はテンポ良く弱虫の剣らしい作品に出来る様にしたいと思います!今後も是非、弱虫の剣をご愛読宜しくお願いします。




