水色の兄妹③
「おい! さっきの白い狼は何者だ?」
トマスは依頼人の男を睨み付ける。
「わ、私にもさっぱり……」
依頼人は首を横にぶんぶん振りながら、あからさまに動揺している。
「依頼内容には無かった仕事だな……」
「依頼内容に無い仕事はしなくて、いいわよ」
ラヴィは黒スーツの男に呟いた。
「ーー依頼料は前払いよね?」
「はい……いつも通り前払いです。その代わり、失敗した場合はその額の倍支払う契約になってます」
「……大丈夫よ。 私、失敗しないから」
☆☆☆
ラヴィ一同のパーティーは依頼人の男の案内の元、深い森の奥へと進む。
生い茂る藪が、人が全く入った形跡が無いことを物語っていた。
自分の背丈ほどの藪を掻き分けながらラヴィ一同は前へと進む。
その一部始終を木の上で気配を消しながら、白狼はチャンスを伺っていた。
一歩、一歩と近づいてくる獲物……
息を殺し、気配を殺し、その時をジッと待つ。
ときおり吹く風が、ざわぞわと木々を揺らす。
「……お嬢……」
黒スーツの男は前を真っ直ぐ向いたまま、背後にいるラヴィに話しかける。
「分かっている……狙いが私達なら殺る」
ラヴィもまた前を向いたまま答えた。
「……了解……」
冒険者パーティーには今や必ず必須の【ロケーション】能力。人間との接触を避けて、ましてや冒険者など知らない白狼にとっては全く未知の能力である。自分が気配を殺して隠れているので、見つかる訳がないと思っていた。
ラヴィ達はあえて気づいていない振りをしていた。それはラヴィが最初から予想していた事なのかもしれない。
黒スーツの男もラヴィとパーティーを組んでから幾度となくその作略に驚かされている。
「今回も何か起こる」と黒スーツの男は予想していた。
☆☆☆
風によって運ばれてきた血の匂い。
それは洞窟の中にも漂っていた。
「お、お兄ちゃん……」
不安そうにロキを見つめるアウラ。
「だ、大丈夫だよ。母さんは強いんだから」
口では妹にそう言ってはいるが、悪い想像ばかりしてしまうロキだった。
本当なら今すぐここを飛び出して、この胸のモヤモヤを晴らしたいと思っていた。
何よりも大好きな母親の無事を確認したかった。
兄妹が不安を抱いて洞窟の奥で小さくなっていると、足音が近付いて来るのが分かった。
「お、お兄ちゃん……」
ロキにしがみ付くアウラ。
「アウラ……に、にいちゃんが何があっても守ってやるからな……心配するな!」
震える体を必死で抑え、妹を抱き抱えるロキ。
「みーーつけた!」
見知らぬ男がニタニタと気味悪い笑顔を浮かべて洞窟の奥へと入って来た。
そして今、兄妹の前にその姿を見せたのだったーー。
「な、何だよお前! 勝手に入って来るんじゃねえ‼︎」
アウラの前に両手を広げ、立ちはだかるロキ。
「大人しくしているなら、痛い目に遭わずに済むぞ! 抵抗するならどうなるか……分かっているな‼︎」
男は懐からナイフを取り出し兄妹に見せ付けた。ゴクリと唾を呑み込むロキ。
「ーーお兄ちゃん‼︎」
目を閉じロキに必死にしがみ付くアウラ。
両手を広げながら足がガクガクと震えるロキ。
兄妹にゆっくり一歩、一歩近づく男。
兄妹の背後はすでに壁。
これ以上は退がれないし逃げ場もない。
もうダメだとロキは諦めていていた。
せめて妹だけは何としても助けたいと強く心に思っていた。
「最悪、この男に刺されて殺されようとも妹が外に逃げるだけの時間は稼いでやる!」
ロキは心の中で叫んだ。
男がさらに一歩近づいた時ーー
「この子……達には……指一本触れさせない……」
弱々しい女性の声が、洞窟に響いた。
「……お母さん……?」
その声に振り返る男。
信じ難い光景に男は固まり目を疑った。
血だらけの白狼が鋭い牙を剥き出しにして、男の前に再び現れたのだったーー。
「お前はさっき、やられたはずじゃ……」
「私は……子ども達のためなら……何度でも蘇るわ」
息が荒く、立っているのもやっとの状態だ。
それでも白狼は鋭い眼光で男を睨み付け、その首を掻っ切ってやる位の殺気を放っていた。
「く……クソ……お、オイ! 依頼主がピンチだぞ、助けろ! オイ、誰か? オイ?」
男は何者かに向って大声を上げていたが、洞窟には誰も入って来る気配は無かった。
「どうなってやがる? アイツ何やっんだ?」
苛立つ依頼主の男は地団駄を踏んでいた。
「どうやら……あんたは裏切られたのさ……馬鹿な男だ!」
「ーー何だと! クソおおおおおお!」
男はナイフを構えロキに向って突進する。
「いやあああああああああああああ!」
アウラは目を両手で塞ぎ座り込む。
「ーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
ロキは覚悟を決め目を瞑り、歯を食いしばった。
ーーしかし、何も起きなかった。
ロキはゆっくり片目ずつ目を開けた。
最初視界に飛び込んで来たのは倒れて、ピクピクと痙攣している依頼主の男だった。
次に目に入ったのは男のナイフが腹部に突き刺ささり血の海に倒れた母親の姿だった。
「ーー母さん‼︎」
ロキは叫び慌てて母親に駆け寄った。
「……ロキ……無事……」
目にいっぱいの涙を溜めながら何度も頷く。
「……アウラは……」
母親のその言葉に、そっと顔を覗かせるアウラ。彼女はぽろぽろと涙を流していた。
「……良かった……あなた達が無事で……」
母親の息は荒く、とても苦しそうなのが分かった。そんな苦しそうな母親に何もしてやれない自分が情けなくてたまらないロキだった。
「かあさん……ごめんなさい……俺が……あの時、約束を……」
母親はゆっくりと首を横に振り、そっと微笑んだ。
「かあさんの……ミス……悪くない……悪いのは……かあさんよ……」
ロキの堪えていたダムが決壊した。
もう溢れ出る涙を止めることは出来なかった。
「ロキ……アウラをお願い……ね……どんな時も……きょうだい……なかよく……」
母親はゆっくりとその瞳を閉じた。
「……かあさん……かあさんっっ‼︎」
「おにいぢゃん……おかあさんがああああ」
母親に抱きつくアウラ。
その隣で膝から崩れ落ちたロキ。
母親は天使のように美しい笑顔を浮かべて眠ったーー。
「おお痛て。ーーやと死んだかそいつ!」
その言葉にハッと振り返るロキとアウラ。
倒れてたはずの男が首をポキポキと鳴らしながら立ち上がっていた。
「ああ、頭から血が出てやがる。どうりで痛い訳だ。チクショ!」
血が付いた自分の手を見つめて大声で独り言を呟く男。
「ーーお前ら意地でも攫って落とし前つけてもらうからな!」
再び、兄妹に緊張と恐怖が走ったーー。
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