潜入ミッドガルド北側城壁③
「我が声に答えたよ 我が名はフレイア 炎の精霊の名のもとに ーー」
大気中の凛がパチパチと弾ける。
アイナの周りを炎のオーラが包み込む。
「はあああああああああああっ!」
炎のオーラを纏った無形の斬撃がクロウを捉える。
ガラスが粉々に粉砕する音が響いた。
クロウの前に半透明な障壁が展開されていて、それが斬撃により破壊された。
「くっ、魔法障壁か……」
「その身を焦せ、紅蓮の刹那」
アイナが魔法障壁を破壊した直後にフレイアが魔法を放つ。
紅蓮の炎がクロウの身を焦がす。
クロウが腕を勢い良く払うような仕草を見せると、炎が消え去った。
「ーー精霊……厄介カナ」
一瞬とはいえ、炎を全身に浴びたクロウの体は至る所から煙が上がっている。
「その炎……君はまさか爆炎の剣姫か?」
眼鏡を押し上げながらアイナを横目で見つめる少年。
「ええ、そう呼ばれることもあるみたいだね。それよりシスターに早く魔法を! フレイアの炎がこんなに簡単に逃れるなんて大誤算だよ」
「……本当ね……こうなるとメサイア系の魔法を使うしかないわよ」
フレイアの言葉に苦笑いを浮かべるアイナ。
眼鏡の少年は素早くシスターに駆け寄る。
「シスター大丈夫ですか?」
「はい。私は何ともないわ」
「魔法は?」
「まだ、継続しているはずよ。 魔法陣が消えてない限り大丈夫なはずーー」
「それは困るなあ〜〜!」
「シスター離れてーー‼︎」
眼鏡の少年が猫の面を付けた人物の拳の一撃を剣でパリィする。
「とりゃあああああああああああああっ!」
クレアが助太刀に入る、握り締めたレイピアの三連突きからのーーーー
「剣舞【革命のエチュード】」
クレアの華麗なるステップワークと柔らかい手首の使い方による三連突きから繰り出される乱れ突きがキャットを襲う。
速すぎる連続の突き。
強弱を付けたバリエーション豊富なステップで回避出来ずにキャットはクレアのレイピアの突きの嵐を浴びた。
クレアの突きでキャットの面が剥がれ落ちた。
隠していた素顔が露わになる。
「……クソガキ……やってくれたなあ」
落ちた面を拾う。
ヒビが入った猫の面。
キャットは顔を上げて素顔を眼鏡の少年とクレアに見つめた。
「ーーーーーーーーーーーーーーッ」
真っ白な肌の美しい少女だが、表情が何も無い。声に乗せる感情と表情がまるで合っていない。
「クロウの尻拭いは、いつもコッチまで巻き添いをくらうよね〜〜」
声は楽観的だが表情は無だ。
口だけが動いている。
「あ、あんた何者なの?」
クレアはレイピアを前に突き出し身構えながらキャットに質問する。
「…………」
☆☆☆
「……〈雷帝〉〈爆炎〉には注意しろと言われていたわね……少し見くびっていたわ」
クロウはカクカクと、まるで人間とはかけ離れた機械のような動きを見せた。
「フレイア……こいつは何者?」
アイナは左肩に腰掛けている精霊を見つめる。
「単純に言えば〈パペット〉よ。傀儡師・人形使いが魔力の糸などで、自分の代わりに操り戦わせる人形よ」
「人形……誰がコイツを操っているの?」
「いいえ、コイツらは自分の意思で動いているわよ」
「え? どう言うこと?」
「説明すると長くなるのよ。 とにかく、誰かが人形に魂を定着させたのよ」
「ちょっとその精霊お喋りカナ!」
クロウは魔力を具現化させた爪をアイナに振り下ろす。
アイナは大剣で爪をパリィする。
「くうう……エル! シスターを援護して!」
クロウの爪をギリギリで耐えているアイナ。
エルはそれを横目にシスターの元に駆け出す。
「ーー行かせないカナ! 水色止めるカナ!」
クロウが叫ぶと、バサバサとハーピーの群れが水色のハーピーを中心に一斉にエルに襲いかかる。
エルは躊躇無く、回転しながらハーピーを斬りつける。
「……ごめんよ……必ず助けるよ……」
エルはいろんな想いをしまい込んで、自分に襲いかかるハーピーを斬り落とす。
「クソッ! エリーナ、シスターの元へ」
「うん!」
キャットをクレアと眼鏡の少年。
クロウをアイナが、ハーピーをエルがそれぞれ相手をして押さえ込んでいた。
「シスター! 今のうちに魔法を発動させて!」
エリーナが駆け寄りながら、城壁の前で震えているシスターに叫ぶ。
「は……はい!」
「創世の神レトの名において浄化の光により、天に召されよ」
再びシスターは天に祈りを捧げる。
「クロウ! させてはダメだよお‼︎」
キャットはクレアと眼鏡の少年の攻撃を回避しながら叫ぶ。
「わっ、分かってるカナ……」
クロウは正面にいるアイナを無視してシスターに向かってもうスピードで駆け抜ける。
「我が声に答えたよ 我が名はフレイア 炎の精霊の名のもとに ーー」
黒き地獄の爆炎がフレイアの右手に集まる。
アイナの足もとに立体魔法陣が形成される。
「灰たなれ!輪廻の陽炎」
漆黒の黒き、地獄の炎がクロウを飲み込んだ。地獄の炎はその身を焼き尽くすまで決して消えない。
「ぐ……く、クソ……きゃっ、キャット……」
体中の四肢が言うことをきかず、膝をつくクロウ。
その姿を見たキャットが慌てて、方向転換する。
「あの馬鹿……ヤバイよお〜〜ピンチ、ピンチ!」
「あ! 待てーー!」
クレアが背を向けて駆け出した、キャットの後を慌てて追う。
「聖光の魂言」
天空から光が射し込む。
動く屍だった身体は消え去り、魂だけとなった者は、苦しみから解放され天へと召されていた。
「ヤバ、ヤバ、せっかく作った兵士を……クロウ何やってるんだよ!」
キャットはパチンと指を鳴らすと、アンデットの魔物たちは魔法陣から抜け出すように方向転換するとそのまま〈カンバーランド〉へと去っていく。
アンデットの魔物は皆、名残惜しそうに何度も振り返り魔法陣を見つめていた。
「ぐ……ぐ……体が……カナ」
クロウは地獄の炎によりほとんどが焼け焦げていた。
「チッ、あのバカラス……」
キャットは通信用の水晶を取り出す。
水晶に紫色の髪の人物が写る。
「こんな夜中に連絡とは、余程良い知らせかな?」
「……申し訳ございません、お父様……失敗です。それにクロウがこのままでは焼き尽くすされ〈壊れて〉しまいます。どうかお慈悲を」
通信用の水晶の前で深々と頭を下げるキャット。
「……クロウが……ほとんどの魔法を回避出来るボディの筈なのにな……となると、精霊魔法か……実に興味深いですね……」
通信用の水晶の通信が途絶え真っ暗になる。
次の瞬間ーー、
「ーーなるほど、爆炎の剣姫ですか」
「お……お父様……」
キャットの直ぐ隣に紫色の長髪の男が立っていた。
「せっかくの私の作品をこれ以上、痛みつけるのは辞めてもらたいですね!」
お父様と呼ばれた男が手を前に突き出すと、疾風が吹き上がり地獄の炎を吹き消した。
エルは確かにこの時見た。
城壁の見張り台に立つ、紫色の長髪の黒ローブに身を包んだ男の姿をーー。
お父様と呼ばれた男が黒ローブを翻すと、姿がまるで景色に溶け込むように消えた。
疾風で飛ばされぬように踏ん張っていたメンバーたちが、目を離した隙にクロウはすでにその姿は消えていた。
城壁は、静寂に戻っていた。
東の空がぼんやり明るくなり新しい朝を迎えようとしていたーー。
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