潜入ミッドガルド北側城壁②
〈ミッドガルド北側城壁内部〉
「……げ、ゲートを完全封鎖してる……」
通行ゲート前には、何者も通さぬように厳重にバリケードが築かれていた。ネズミ一匹たりとも通さないと言わんばかりの慎重さが、余計にこのゲートの向こう側に何があるのかの疑問と好奇心を膨らませた。
「これじゃあ、人を通すどころの話じゃないわね」
「……やっぱり何かがあるんだよ。この城壁の向こう側に……」
エリーナとエルは、積み上げられたバリケードを見上げながら、怪しさを感じていた。
「見てやろうじゃない! なにを隠してるのか」
「もちろん! その為にここに忍び込んだんだからね」
クレアとアイナは好奇心溢れる笑顔を浮かべていた。
「こっちに階段があるよ。 もしかしてこれで屋上に行けるかもしれないよ」
エルが指差す方向に階段があった。
「あっ! ちょっと待ってくださいね」とミレアが、階段の手すりに手を掛けたエルに制止を促した。
「この範囲内だけなら、もしかしたら出来るかもしれないのでーー」
ミレアは目を瞑り、胸の前で両手を握り締めた。
ミレアの足元に魔法陣が現れると、城壁内部の隅々まで広がって行く。
一瞬大きく光り輝いたと思うと、静かに光は収まった。
ミレアはゆっくりと目を開く。
「サチさんの足元には及びませんが【ロケーション】を発動させました。私の今のレベルではこの城壁内部の範囲内だけなら、見張りの人数と位置を確認出来ます」
ミレアの視界には、城壁内部の地図が浮かびあがり、敵の位置が確認出来る。
「い、いつの間に習得したんだい?」
アイナが目を丸くして見つめる。
「〈黒い森〉でお兄ちゃんが倒れて目を覚ますのを待っている時に、少しこの〈ロケーション〉についてお話を聞かせて頂いたのです。その時に大体のイメージだったり、どの様にして発動させるのかなど教えて頂きました」
「……それだけで……なんて才能……」
改めてミレアという余り目立たない少女だが、その溢れんばかりの魔法の才能に驚きを隠せないアイナだった。
「お兄ちゃん、そのまま登って行っても大丈夫ですよ。この先、屋上まで見張りは居ません」
「ーーわかった!」
ミレアの言葉を受けて、エルは階段をゆっくりと登り始めた。
登り始めて数分、異変が起こる。
☆☆☆
「な、何この声? どこから聞こえてくるの?」
エリーナが顔を歪めて辺りを見回す。
「……人の声?……それもたくさん……」
エルが足を止め、耳に手を当てる。
「お、お兄ちゃん……」
悪寒を感じエルにしがみ付くクレア。
「な、何、どさくさに紛れてエルに抱き付いてんのよ! このちびっ子‼︎」
クレアはべーっと、アイナに向かって舌を出した。
「ーーちょっと、静かにしなさいよ! 見張りに気付かれちゃうわよ」
「お姉ちゃん、エル兄ちゃんにご迷惑です。離れてください!」
エリーナとミレアから集中砲火を浴びたクレアは「もーー!」っと、名残惜しそうにエルから離れたクレア。
その時、外が真昼のように明るくなった。
「ーーうっ、眩しい。 なに?」
手で視界を塞ぎ、目を細めるエリーナ。
「【闇払い】のアイテムを使ったようね。
って、事は何かがいるから確認の為に使ったんだよ。 行こう!」
アイナは、屋上へと飛び出して行った。
それが合図の様となり、エル、エリーナ、ミレアはアイナの後を追った。
「ま、待ってよ〜〜!」
☆★☆★☆★
城壁の屋上は地獄のようだった。
少女の顔をした鳥が兵士に襲いかかっていた。腕の肉や足の肉を喰い千切られてた兵士たちが倒れていた。
必死で〈鳥〉を追い払おうと剣を振るうが全く効果は無い。数で勝る〈鳥〉は餌を見つけたかのように、我先にと兵士たちに襲いかかっていた。
「ーーな、何て酷い……」
エリーナは口を手で覆い絶句していた。
「に、人間の顔……に、鳥の体……」
「ハーピーだね!」
「ハーピー?」
「アンデットの魔物だよ。ただ、余りにも〈面影〉が残り過ぎている。本来のハーピーはここまで人間らしさがない」
アイナはエルの方を向かず、辺りの戦況を見回している。
「ーー色々聞きたいけど、今はこの兵士たちを助けようよ!」
「うん、そうだね! 〈鳥〉を追っ払うよ‼︎」
アイナは一目散に鳥の群れに突進していき一撃を与える。
「私たちも行くよ! ミレア!」
「うん!」
双子姉妹も駆け出して行き、〈鳥〉から兵士たちの救出に向かった。
一方、エリーナは傷付いた兵士に回復魔法で癒していた。
その間、戦闘を目の当たりにするが、襲っている〈鳥〉の余りにもリアルな顔に抵抗を覚えていた。
まるで、普通の人間と戦っているんじゃないかと……
実際にエルもアイナも双子姉妹も決定打を躊躇っていたのだった。
「うっ……くっ……」
「大丈夫ですか?」
エリーナは魔法演唱し傷付いた兵士に両手を翳す。ぼんやりと優しい光が兵士を包み込む。
「き、君は……一体どうやってここに?」
痛みが和らいだのか、苦痛に満ちた表情から落ち着いた表情へと変わっていた。
「……一体いつからこんな状態なんですか?」
エリーナは兵士の質問を無視し逆に疑問を突き返した。
「……昨夜、初めてアンデットの魔物が現れたと報告があった……」
「……それで慌ててあんなバリケードを」
回復魔法を終えて立ち上がるエリーナ。
「ちょっと、アレを見て‼︎」
クレアが城壁から下を覗いて固まっている。
「ど、どうしたのクレアちゃん⁉︎」
小走りでクレアに駆け寄るエリーナ。
クレアの隣で同じように下を覗く。
「ーーーーーーーーーーーーーー‼︎」
口を手で覆い、地面に尻餅をつく。
エルとアイナもその異変に気付き、同じように城壁から身を乗り出した。
「ーーーーーーーーーーーーーー‼︎」
エルとアイナも目を疑う光景に、言葉を失った。
地面を覆い尽くす、動く屍の軍勢。
何よりもその圧倒される数のアンデットの魔物に対して、自分たちが出来ることは何も無いと、一目見た瞬間に全員が悟った。
蝋人形のように固まり動けなくなるエルたちの背後で喋り声が聞こえた。
「シスターマリア、お待ちしておりました。危うくシスターが到着する前に、天に召される所をこちらの方々に助けて頂いたんですよ」
「そうでしたか、御免なさいね。夜道で思った以上に馬も走れなかったのでだいぶ遅れてしまいました」
その声にエルたちは振り返るーーーー
「あら? あなた達は昨日のーー」
修道服に身を包んだ女性がそこには立っていた。隣には、眼鏡をかけ、真っ青な正装と七星の金のネックレスを付けた少年が辺りを警戒するように身構えていた。
「あっ! 昨日の教会のシスターさん」
ミレアはちょこんと駆け寄り頭を下げる。
「あらあら、こんな所で再会するなんてよっぽど悪運がいいかしら」
ミレアの栗毛色の頭を優しく撫でるマリア。
「……シスター褒め言葉になってないです……感動の再会の最中、申し訳ございませんが、厄介な魔力が近づいてます。早めにやってしまいましょう」
眼鏡を押し上げ、マリアに小声で話かける眼鏡の少年。
「そうね……あの〈鳥〉達も可哀想に……魂が泣いているわ……」
そう言うと「ちょっとごめんね」とミレアの肩を叩き城壁の前に立つ。
マリアは両膝を地面に着いて、七星のエンブレムのネックレスを天に捧げる。
騒がしかったアンデットの嘆きも、ハーピーの鳴き声も、風の音もこの世の全ての音が消えたような静寂に包まれた。
マリアを中心に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
複雑に刻まれた何重にもなる古代文字で書かれた呪文が空間に浮かび上がる。
「永久の闇を彷徨う者よ、歪みし混沌の闇を背負いし魂よ、創世の神レトの名において浄化の光により、天に召されよ」
アンデットの魔物たちの立っている地面に巨大な立体魔法陣が浮かび上がる。
マリアが魔法を放とうとした瞬間だったーー
「勝手なことはさせないカナ!」
鋭い脚の爪でマリアを引っ掻こうとしたが、眼鏡の少年が剣で防ぐ。
「ーーシスターには指一本触れさせませんよ」
「邪魔は排除するカナ、お父様に怒られるカナ」
後方に回転して距離を取る〈クロウ〉
「烏の面……何者なんだ?」
「シスターを攻撃するって事は敵って事じゃないの⁉︎」
エルの疑問にエリーナが答える。
「ーー手を貸すわよ!」
眼鏡の少年の横にアイナが歩み寄る。
眼鏡の少年はアイナを一瞥する。
「ーー助かる。 コイツは相当厄介な魔力を帯びているぞ」
「そのようだね。 フレイア出番よ」
ぽんぽんと胸ポケットを軽く叩く。
「ふわわわわ、おはよアイナ」
両手を挙げて大きなアクビをする小さな精霊。
「本気でやらなきゃならないわ。 力を貸し欲しいんだ!」
アイナの真剣な表情を見たあと、振り返り〈クロウ〉を見つめるフレイア。
「ほお、人間が〈禁忌〉に触れてこんなモノを創り上げるとは愚かな……アイナ、今回は無償で力を貸してあげるわよ」
「え?」
「その代わり、コレはここで消すわよ!」
こんなにもフレイアの冷たい声を出逢って初めて聞いたアイナだったーー。
今、爆炎の剣姫の本気が炸裂する。