死者の行進
屍が列を作り行進する。
腐った身体を引きずりながら、一歩一歩前進する。
体の大部分の肉は削がれ、骨まで見えている者、肉をズタズタに引き裂かれ、ボロ切れのような体の者、背中から剣を刺され未だそのままの者、ほぼ白骨化した者など、死者の尊厳を無視した死体が、声にならない言葉を叫びながら動いていた。
「……タスケテ……タスケテ……」
「……コロシテ……クレ……」
今は何も映さない空洞の瞳から、涙は流れなかった。
その悲しい叫びが重なり合って、不気味な呻き声が響き渡るーー。
☆★☆★☆★
帝国ノイシュバンシュタインとカンバーランドの国境にある〈要塞都市ミッドガルド〉四メートル程の城壁が、東西1キロに渡りそびえ立っている。この要塞都市は〈世界大戦〉時は〈カンバーランド〉の領地であったが、ノイシュバンシュタイン国が世界を統一した際に〈カンバーランド〉から奪い取った国である。
現在〈カンバーランド〉壊滅により北側の警備は、ほぼ手薄になっているのが現状である。
ミッドガルドの兵士は、『北側の警備イコールサボれる』となっていた。
特に夜間警備は無法状態だった。
勤務中に賭博をする者、飲酒する者、寝ている者などやりたい放題だった。
注意する筈の上官もこの輪に混じってサボっているのだから、目も当てれない。
この日もいつも通りの夜間警備だった。
☆☆☆
PM11:00 朝礼ミーティング開始
「ーー以上だ。まあ、何も無いと思うが安全を優先して業務に取り組むように以上!」
上官が敬礼すると、部下五名も敬礼をする。
朝礼ミーティングが終わると早速、上官は大あくびをしながらさっさと、管理塔へと向かってしまう。
ポンと肩を叩かれる少年兵士は、先輩兵士にこう告げられた。
「ーーじゃ、朝まで見張り頼むな!」
「え……わ、私一人で見張りですか?」
「大丈夫だって、何も起きやしねーよ! 別に寝てたって良いんだぜ。ただ、飾りでも誰かが見張り台に居なくちゃならないだ」
先輩兵士は「な!」と、少年の肩に手をまわす。
「……はい……」
先輩兵士は、少年のポケットに酒ビンを一本突っ込む。
「それでも飲んで頑張れや!」
先輩兵士四人は、そのまま休憩室へと消えて行った。
残された少年兵士は、一人寂しく屋上の見張り台へと向かうのだったーー。
AM0:00 見張り台
「はあ……なんで、私だけ……」
見張り台で膝を抱えて座り込む少年。
完全に貧乏くじを引いたと、塞ぎ込んでいた。
仕方無く立ち上がると、双眼鏡で周囲を確認しながら、任務に就くのだった。
「……異常無し……」
AM1:00 休憩室
馬鹿笑いが廊下にまで響いている。
休憩室では、酒と煙草の匂いが充満していた。四人の先輩兵士たちは、カードゲームで賭博をしながら時間を持て余していた。
「今回は、ここの任務でマジで、ラッキーだったな」
「ああ、他の所属の同期に聞いたが本当に毎日、サボっても何も起きないし、誰も来ないから遊んで毎日、任務の期間過ごしたらしいぜ!」
「マジかよ! 遊んで金貰えるなら俺は、ずっとここで良いぜ!」
ガハハハとまた馬鹿笑いが休憩室に響いた。
「それよりも、あのガキ……チクったりしないだろうな?」
「そんな度胸ないだろ?」
「……んな事よりアイツちゃんと見張りやってんだろうな?」
兵士の一人が酒瓶を口に咥え一口飲むと、
「大丈夫だ。そんな事もあろうかと、アイツに通信用の水晶を渡してある。何かあれば連絡してくるし、こっちからも連絡が出来る」
ヒューっ!と指笛を鳴らす他の兵士。
「流石だぜ、抜かりないな!」
「当たり前だ! さあ飲もうぜ‼︎」
チーーンと四つの酒瓶が重なり合う硝子の音が休憩室に響いた。
AM2:00 見張り台
……はあ、はあ……
「な、何だ? この音は?」
何かの呻き声、動物の叫び声、魔物の鳴き声?
ありとあらゆる可能性を模索するが、検討がつかない。
それも一つじゃない。複数のモノが重なり合っている様に聞こえる。
「……ど、どこから?……」
双眼鏡を除き込み周囲を確認するが、そこには闇だけが映り込む。
謎の呻き声と、深い闇に次第に恐怖が少年兵士を支配する。
「そ、そ、そうだ……通信用の水晶を貰ったんだった。とりあえず連絡を……」
震える手で通信用の水晶を握る少年兵士。
水晶がぼんやりと青白く輝く。
その淡い光を見るだけで、少年兵士の心は少し落ち着いた。
☆☆☆
「ーーあっ? 何だ?」
通信用の水晶に、顔を真っ赤に酒に酔った先輩兵士の顔が映る。
「せ、先輩……変な呻き声がしてるんですよ。それもたくさん……」
その言葉に眉間にシワを寄せる先輩兵士。
「あん? そんなくだらない事で連絡して来んなよ!」
「ほ、本当なんです信じて下さい……」
泣きそうな顔で、先輩兵士にすがる少年兵士。その表情を見て髪の毛をくしゃくしゃと掻く先輩兵士。
「ーーとりあえず行くから、待ってろ!」
通信用の水晶を遮断すると、休憩室のソファーから立ち上がる先輩兵士の一人。
「ーー何だ? どこ行くんだよ?」
「あのガキが来てくれだって。ちっと、様子見てくれるわ」
その言葉にウィーースと、目も合わせず軽い返事をして手を振って兵士を見送った。
AM2:30 屋上前昇降階段
彼にはそれが、人の叫び声に聞こえていた。
先ほどあれだけ、たらふく飲んでいた、酒の酔いが一気に冷めていた。
少年兵士が泣きそうになりながら、通信用の水晶で連絡してくるはずだ。
外は闇、目に見えない何者かの叫び声がより一層不気味さを引き立てていた。
先輩兵士は屋上に出た。
少年兵士の言うとおり、何重にも重なるその声がそこら中に響いていた。
少年兵士のいる見張り台へと駆け足で向かう。
「……何の声だ? 一体どこから……」
見張り台に着くと、頭上から泣きそうな声が聞こえた。
「ーーせんぱーーい‼︎」
先輩兵士はゆっくりと見張り台を上がる。
「先輩……これは一体なんなんですか? 魔物の鳴き声なんですか?」
「……俺にも分かんねえが……魔物じゃないような気がする……」
「そ、そうなんですか……なら一体……」
見張り台に設置されているツールボックスをごそごそと漁る先輩兵士。
「先輩?」
心配そうに先輩を見つめる少年兵士。
「コイツを使って正体を確かめてやる!」
先輩兵士が手にしたのは【闇払い】のアイテムだった。一定時間の間、特定範囲を昼間と変わらない明るさに変えるアイテムだ。
夜戦や洞窟探索などに重宝させているアイテムである。
先輩兵士は真っ黒な空に向かってアイテムを投げた。
カッ!
周辺が眩しいくらいに昼間と同じような明るさを取り戻した。
「ーーーーーーーーーーーーーー」
絶句。
そしてーー、
「うわあああああああああぁぁぁぁああ‼︎」
要塞の壁の前には、何千の屍が蠢めいていた。
ペタペタと要塞の壁に手を当て、扉をドンドンと叩き、声にならない言葉を叫んでいた。
「や、ヤバイぞ! 要塞の扉を突破されたら〈ミッドガルドの都市階層〉に進入されるぞ!」
「あ、あの鉄の扉がそんな簡単に突破されるんですか?」
「数が数だけに……ゼロってことは無い……万が一に備えて強化しておく必要がある」
「は…はい」
「俺はとりあえず、上官に報告に行く。お前は緊急警告の鐘を鳴らせ!」
少年兵士は一点を見つめて固まる。
顔色がどんどんと真っ青に染まる。
「お、おい! 聞いてるのか?」
次の瞬間、先輩兵士の体は宙に浮いた。
え?
何が起こったのか考える暇も無くそのまま、無数の動く屍の中へと放り出された。
「カナ……カナ……」
少女の顔をした鳥人間がバサバサと羽を広げて飛び回る。
少年兵士が我に返り、辺りを見回すと鳥人間が見張り台に何羽も止まっており少年兵士の顔を見ながら首を傾げていた。
カナ……カナ……と謎の鳴き声を発しながら。
「う、うわあああぁぁぁああああっ!」
少年兵士は慌てて見張り台から逃げ出す。
はあ、はあ、はあ、はあ
心臓が激しく鼓動し、口から出てきそうなほどだった。
鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ!
鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ!
鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ!
鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ!
鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ!
鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ!
鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ!
鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ! 鐘を鳴らせ!
カネヲナラセ!
走る、走る、走るただひたすらに走る。
見張り台とは真逆にある鐘楼を目指して、ただひたすら走る。
カナ……カナ……カナ……カナ……
少女の顔をした鳥が、少年兵士の後を追う。
「来るな! 来るなよ!」
顔をぐしゃぐしゃにしながら、鐘楼まで辿り着いた。
呻き声と叫び声が重なるその声は、まさに死者の叫びだった。
鐘楼の階段を必死で駆け上がる。
カナ……カナ……カナ……カナ……
少年兵士の顔の目の前に、青白い少女の顔が突然現れる。
「うわあああああああぁぁああ!」
階段を踏み外し、尻餅を付く少年兵士。
少女の顔をした鳥は、首を何度も何度も傾げながら少年兵士を見つめる。
「はあ、はあ……何だよ……来るなよ……あっちに行けよ……」
首を真横にぐにゃっと90度傾けると、翼を広げて少年兵士に向かって飛びかかる。
「ーー来るなって!」
少年兵士は腰に挿してある剣を抜くと、無作為に振り回した。
運良くその一撃が少女の顔をした鳥の腹部を捉えた。
「ーー当たった⁉︎」
ボケっとしているのも束の間、バサバサと羽音が聞こえてくる。チャンスは今だと、その隙に階段を一気に駆け上がる。
はあ、はあ、はあ、はあ
少年兵士は鐘から垂れ下がっている紐を掴むと、力強く緊急事態を知らせる鐘を揺らす。
カンカンとけたたましく、何度も何度も打ちつける鐘の音が虚しく闇夜に響いていたーー。
鐘は途中で途切れ再び静寂な夜が訪れた。
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