束ねた想い、掲げた今宵
〈アルデリア連邦国〉
ノイシュバンシュタイン帝国の管轄下に置かれている国である。〈グランバニア〉との玄関口であるこの国は、珍しい食べ物や物が取引きされている商業国である。
基本的には〈グランバニア〉からの物を一旦〈アルデリア〉で預かり、〈帝国〉に届ける卸業者的な役割を果たしている。逆もまた然りである。
武器や防具の製造を行っている鍛冶屋の遠い煙突の煙が、静かに絶え間なく、街の人々をおびやかすように流れた。
魔王軍との戦闘支援の為、冒険者に売るよりも、帝国に贈呈する武器や防具の生産が優先されている。
特にここ〈アルデリア〉は、世界有数の鍛冶屋が並ぶ生産国の為、鉄を溶かす溶鉱炉は24時間火が消える事は無い。
〈アルデリア〉は国を大きく分けて、東西二つのエリアに分かれている。
一つは、東の商業エリア。沢山の露店や店舗が入り乱れるように並んでいる。他国では入手出来ない物もここでは、手に入れることができる。
二つ目は、鍛冶エリアである。西エリア一帯全てが鍛冶屋になっていて、全て武器、防具の製造を行っている。世界一の武器・防具の生産国である。
そして、〈帝国〉の管轄下の国である為、武器、防具の九割は〈帝国〉に流出している。
〈帝国〉は魔王軍以外の敵との戦闘を強いられる事となっていたーー。
☆★☆★☆★
ーー 宿屋 ーー
「……ヘレンズとロキが亡くなったなんて、信じられない……絶対生きてる……」
アイナは自身の震える両肩を抱いて、俯いている。
「……気持ちは分かるよ。けど、どうするつもりだ?」
アイナに問うが、エル自身も実力者である二人が、亡くなった事が、未だに信じられないでいた。
「ーーローチェ国に行って、この目で確かめる!」
「アイナ、本当に言ってるの?」
アイナに真剣な眼差しをぶつけるエル。
アイナもその視線を逸らすことなく、そのまま受け取った。
「当たり前じゃない……例え一人でもこの噂の真実を確かめる! 僕にとって【Spielplatz】は家族同然のパーティーだったんだ」
アイナにとっては、突然家族を失ったようなものだ。その心の傷は、深く刻まれている。
「……アイナ……」
エルはアイナに返す言葉を失った。
暫くの沈黙の後、静寂を切り裂いたのは双子姉妹だったーー。
「……私も、ローチェに行きたいです……」
「……私も、ヘレンズとロキを捜すの手伝いたい……」
双子姉妹が俯いていた顔を上げた。
エル自身、この二人の言葉とその行動力に何度助けられただろうか。
「君たち……だって……〈カンバーランド〉は?」
アイナは双子姉妹の言葉は、嬉しいが彼女達の目標を変えてまでして、自分のワガママを貫いてしまって良いのかと、疑問を抱いていた。ーーなら、本当に一人で行けば良いと
も思っていた。
「……〈カンバーランド〉に行きたいのは私達のただのワガママですから……」
「……そんなこと言ったら、今回の件はボクの完全なワガママだよ」
「仲間を思う気持ちがアイナの場合は、行動に現れているんだよ。ミレアもクレアもそんなアイナの気持ちに応えたいんだよ」
「アイナ……私も賛成よ! 一緒にローチェに行くわ!」
「みんな……ありがとう……」
深々と腰を折り頭を下げるアイナだったーー。
☆★☆★☆★☆
日も沈んだ夜の商業エリアは別の顔を見せる。
煌びやかなランプの火があちらこちらに、灯され幻想的な光を放っている。
昼間の露店が、屋台へと変わり、鍛冶エリアの作業員たちが流れ込みように、それぞれの得意先の店の席で一杯ひっかけている。
そんな男臭い中を、エルたちは晩御飯を食べようと夜の繁華街を練り歩いていた。
「……お酒臭いです……」
あからさまな顔で、鼻をつまむミリア。
「どこの国の街でも、夜はこんなもんさ」
アイナは、何かないかといろんな屋台を覗き混んでいた。
「エル、お腹空いたわよ! 早く場所決めなさいよ‼︎」
先頭を歩くエルと、その横でエルの服の袖を握り締め隣を歩くクレアに向かって叫ぶエリーナ。
その声に振り返り答えるエル。
「えっ⁉︎ ぼ、僕が決めるの? 弱ったな、みんな同じに見えちゃうよ」
「エリーナお姉ちゃんが、そう言うならお兄ちゃんが決めちゃえばいいじゃない?」
顎に手を当て悩むエル。となりでクレアが「どこでもいいじゃん」と言いながら適当な屋台に顔を突っ込んだ。
☆☆☆
「はい、いらっしゃーーい! あら、ずいぶんと若いお客さんだべ」
店主のオッさんが元気よく、クレアに声をかけた。
「く、クレア勝手に……ご、ごめんなさい」
「ほら行くよ」とクレアの手を握り、屋台を出ようとするが、クレアはーー、
「叔父さん、ここは普通にご飯も食べれるの?」
そのクレアの質問にオッさんは即答で答える。
「そりゃあ勿論! そっちが本業だ」
十分後には、決して綺麗とは言えない手作りの木製のテーブルの上に、屋台ならではの料理が並んだ。
エリーナ、双子姉妹はその見たことのない料理を恐る恐る口に運ぶと、以外の美味しさに箸が止まる事はなかった。
美味しそうに食べる若い冒険者を横目に見ながら、オッさんが陽気に話しかけてきた。
「お前さん達はこれから、どこへ向かうんだ?」
「カンバーランドへ……だけど、一度ローチェ国に寄ってからーー」
その言葉に眉間にしわを寄せ、渋い顔を見せるオッさん。
「悪い事は言わねえ、どっちも行かねえ方が良いべ」
「……なぜです?」
エルが食べていた箸を止めた。
「カンバーランドは、崩壊したのは知ってるべ? 今やあそこは〈アンデットの魔物〉の住処になってるだべ」
「〈アンデットの魔物〉……」
エルの表情から、完全に笑みが消えた。
「うんだべ……知り合いが、〈骸骨の兵士〉やら〈ゾンビ〉がウジャウジャ大量に廃墟の街や都市に住みついていたと言ってたべ」
「……では〈ローチェ〉は?」
オッさんは暫く黙り込んだ後、酒瓶を口に咥え、一口飲んだ後口を開いた。
「……〈死の鳥〉の群れを見た……」
「死の……鳥……」
「ああ……カンバーランドの空から、ローチェに向かって大量の鳥が飛んで行ったんだ。あんな恐ろしい光景は、初めてだ」
「し、〈死の鳥〉ってどんな……」
バァンッッ!
オッさんは、テーブルに思いっきり両手を付く。
「お、恐ろしくて言えるわけないっぺ!」
「ーーーーーーーーーーーー」
オッさんは一体何を見たんだ……
エル達は疑問を残したまま、屋台を後にした。
オッさんからこの話を聞いた時から、頭の中に【Spielplatz】の全滅の二文字が頭を過ぎるようになっていた。
幻想的なランプの光とは対照的に、重い足を引きずりながらエル達は、無言のまま宿へと向かうのだったーー。