ローチェ国の調査
「カンバーランドに向かうなら一緒に……」
エルの気遣いが、ヘレンズは嬉しかった。
「お言葉は嬉しいんだが、カンバーランドに向かうだけなら一緒に行ったんだが、私たちの目的はあくまでも、カンバーランドの滅亡の秘密を探る事だ」
「目的が一緒ならまた出会えるさ。 それまで達者でな!」
ロキが「あばよ」とこちらに背中を向け右手を上げた。
「アイナ、元気でね。みんなに迷惑かけちゃダメよ」
サラはまるでアイナを子供扱いしている。心境は、子を見送る母親のようだ。
「エル君、アイナを頼みますにゃん。実力はありますが、後先考えない子ですから、ブレーキが必要ですにゃ」
「はい。皆さんのお気持ちに答えられるように頑張ります!」
エルは、ピシッと背筋を伸ばした。
こうしてエルたちは【Spielplatz】とここで別れる事となった。
【Spielplatz】の姿が見えなくなるまで、エルたちは手を振り続けた。
もう会えなくなるんじゃないかと、そんな寂しささえ込み上げてきた。
まるで、永遠の別れを惜しむようにーー。
* * * * * * * * * * * * *
魔王軍の侵略が続く中、アイナが脱退した【Spielplatz】は魔王軍の行動を予測して先回りして、待機することにした。
「次に襲われるとしたら、この街だろう」
山々に囲まれた国〈ローチェ〉現在、魔王軍が頻繁に侵略している国である。
過去の侵略のパターンなどから、割り出してこの待機している街〈アイガー〉に目星をつけたのだった。
「俺らの推理が正しければ、黒幕が絶対いるはずだ!カンバーランドの仇を取ってやる」
ロキは、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
「まあまあ、ロキそんなに熱くなるな! まだ魔王軍が攻めて来ると決まった訳じゃないんだ」
レグルスの言葉に反発するロキ。
「ここで十中八九決まりだよ! 寧ろ外れたらまた一から作戦の練り直しだぜ。そりゃ勘弁だろ?」
地面にぺっと、唾を吐き捨てるロキ。
「レグルスは、冷静になれと言っているんだ。落ち着けロキ!」
苛立つロキを宥めるように、言い聞かすヘレンズ。彼もまた、ロキと同じように今回の作戦には、かなりの自信を持っていた。
今回の作戦で、何か得るものが無ければ、今後カンバーランドの滅亡の情報を得ることは出来ないかもしれないと、本気で思っていた。
☆☆☆
〈アイガー〉の街が魔王軍のターゲットになっているのは、分かっているがいつ襲われるのかまでは分かっていない。
その為、〈Spielplatz〉のメンバーは山岳地帯の麓にあるこの街を見張るため、山を少し登ったところで、キャンプをしながら街を見張ることにした。
魔王軍に見つからないように、最低限の灯りと行動を制限していた。
キャンプ開始から四日目の朝、眼鏡をかけたエルフのサラの〈ロケーション〉の魔法に異常が発見された。
「街が何かおかしいわよ……」
「おかしいって? どう言うことだ」
サラの言葉に首を傾げるヘレンズ。
何がどうおかしいのかを、質問する。
「……街に人の反応が一つもない……」
「は? そんな訳ないだろ……魔物の一匹も攻めて来てないんだぞ」
「ーーだから、おかしいって言ってるのよ」
サラは大きくため息を吐いて、眼鏡を押し上げた。
「ヘレンズ!」
「ああ!」
ロキの誘いに、頷くヘレンズ。
「偵察に行くにゃんか?」
不安げな表情を浮かべるシャルル。
「ああ、現場を確かめて来る。もし仮に、街の人々がサラの言うとおりなら、もっと別の何が裏で糸を引いてる可能性がある……」
「ーーとりあえず、俺とヘレンズが街に潜入する。残りのメンバーは何かあった時のバックアップと……撤収準備をしておいてくれ」
ロキの言葉に、一気に空気が重くなる。
「……け、けどよ……」
不安げな表情を浮かべながら、レグルスは言葉を詰まらせた。ヘレンズはレグルスの肩に手を置いた。
「全滅は避けたい。この真実だけは誰かに伝えなきゃならないんだ」
☆☆☆
目的地の場所に到着したヘレンズとロキは、息を潜めながら、街に潜入した。
山岳地帯の街ではあったが、それなりに人がいて活気に満ちていた。
しかし、今はーー誰もいなかった。
「ーーーーーーーーーーー」
言葉を失うヘレンズ。
〈暗歩〉を使いながら、一軒一軒誰か居ないか、もしかしたら生存者がいるかもしれないなどと、妄想を想い描くが、そんな浅はかな願いは叶うはずも無く、誰一人見つけることは出来なかった。
たった、一晩の間に街の住人全員が姿を消したーー。
まるで〈神隠し〉にでもあったかのように。
「あの……あの時と同じだ……カンバーランドの……俺の村と同じだ……」
ロキは力なく、膝から崩れ落ちた。
「ど……どうなっているんだ?」
頭を抱えて困惑しているヘレンズ。
ロキの目の前を、水色の頭が横切った。
「え……⁉︎」
あれだけ捜しても誰も見つけられなかったのに……
その瞬間にロキの脳裏に浮かんだのは、この世にただ一人の家族の姿だった。
「アウラ……」
ロキは、水色の頭を通り過ぎて行った方向へと駆け出す。
「ロキ! 何があるか分からない、戻れ‼︎」
ヘレンズの声が届かないのか、必死の呼び止めに応じず、そのままロキは必死の形相で水色の頭が過ぎ去って行った方向へと真っ直ぐに向かって行った。
「クソッ!」
ヘレンズは渋々、ロキを追いかけて行った。
ロキの気持ちが、分からなくもない。
水色の髪の亜人種なんて、世界中捜してもまず居ないだろう。ロキの妹である確立はかなり高い。
しかし、これが罠の可能性もまたかなり高い。
魔王軍のテリトリーに入ってる今、何が起こるか分からない。常に警戒が必要だ。
その為に〈暗歩〉が使えるヘレンズとロキが街に潜入したのだ。
すでにロキは、本来の目的を完全に見失っていたーー。
☆☆☆
ロキは必死で、水色の頭を捜した。
もし、ここで見失えばもう一生出会うことはないかもしれないと思っていた。
カンバーランドが滅亡してから十数年、必死で妹を捜してきて初めて見つけた手掛かりだった。
絶対に妹だと言う確証もある。
横切ったのは一瞬だけだったが、頭に耳があり、髪に花のヘアピンを付けていた。
あのヘアピンは、ロキが誕生日の祝いにプレゼントしたものだ。
絶対に妹だ!
ロキは無人の街の中をぐるりと歩き回った。
人影一つ見付けられず諦めかけていた。
分かってはいた事だが、人の気配すら感じられなかった。
それは不意に目の前に姿を見せた。
目の前のレンガで作った塀の上に、水色の頭が見えた。二メートル近い塀に頭だけが見えるのは、単純に理解しがたい。二メートルを超える身長がロキの妹、アウラに有るはずもない。それでも、何かの上に立っているかもしれないと自分に言い聞かせるロキ。
ロキは、その人物が本当に妹のアウラかどうか確かめる為に、その場から水色の頭に向かって叫んだ。
「アウラ!」
水色の頭は、ゆっくりとロキの方向に振り返る。
息を飲むロキ……
雪のように白い肌に、桃色の唇。
大きな瞳に、長いまつ毛。
間違い無くあの日のアウラがそこにいた。
何一つ変わっていない姿に、思わずロキの瞳に涙が溜まる。
ロキが一二歩近づいた所で、アウラはその水色の頭を引っ込めてしまった。
ロキは慌てて、塀の向こう側へ回り込むんだ。
ロキの瞳に飛び込んだ光景に、言葉無く固まったーーーー。
ヘレンズは、やっとロキの背中を見つける事が出来た。
ぐるり、ぐるりと何周も街中を歩き回ってやっと見つける事が出来たのだった。
「ーーおい! 勝手な行動をするなよ。もし、魔物が……ロキ、聞いてるのか? ロキ?」
ロキは一点を見つめたまま、蝋人形のように固まっている。
ヘレンズもロキの見つめる方向に、視線をゆっくりと向けた……。
顔は、美しい女性だった。
首から下は鳥のようだった。
その生物が、群がるように、積み上げられた死体の山のそれを食べていた。
その中には、水色の髪の少女の姿もあった。
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