表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱虫の剣  作者: 望月 まーゆ
第1章: 出会いの奇跡、ここから始まる軌跡
5/113

初めてのクエスト

「お、オークキング……」


「そ、そんなにこの魔物強いの?」


「上級クラスの魔物だよ。な、何でこんな場所に出現するんだ?」


体長三メートル程の剛毛な毛に覆われた巨体を持つイノシシの亜人種が目を血走らせ姿を現した。

腕には巨大な棍棒が握られている。

棍棒はドス黒く変色しており、自分の前に立ちはだかる敵となるモノをその鈍器で撲殺してきた証だ。

エルの太もも以上もある腕をしていて、万が一にも捕まえられて握られたらそれだけで体中の骨という骨を折られてしまいそうだ。


エリーナは少し考えて、言った。


「お父様が確か言ってたわ。

今、世界は徐々に収縮しているのよ。

次々に国や都市は魔王によって崩壊しているわ。魔王たちはどんどん領土を拡大しているのよ。つまりは生態系が崩壊している」


「初級クラスの場所にも上級クラスの魔物が生息している可能性があるって事か」


「そう言うことね」


と、エリーナは頷いた。


余りに桁違いな魔物に足がすくむエル。

それと同時に真っ先に頭に浮かんだのは

「逃げる」という選択肢だけだった。


既にエルの中には「戦う」という選択肢は消え去っていた。

『無理・無駄・無謀は愚か者がする事だ』

これも父親の教えである。

パーティーメンバーの力量を見極めて早めに決断し生存率を上げること。

死んでしまってから後悔するのは遅い。


エルは即決断し今まさに、エリーナの手を引き走り出したーーーー。


「ちょっ、ちょっと!逃げ切れるの?」


急に手を引っ張られよろめくエリーナ。

手を引かれるがまま走り出す。


「戦って勝てる相手じゃないよ」


「それはそうだけど……」


エリーナが振り返ると、オークキングは雄叫びを上げながら二人の背中を猛スピードで追って来る。


「ーーやっぱ駄目ね。逃げきれないわ。

私が時間稼ぐからあんたはチャッチャと逃げなさい」


エリーナはエルの手を振り払うと、オークキングに正対し立ち止まる。

その言葉と手を振り払われ事でエルの足も止まる。


「ーー何で?一緒に逃げようよ」


無理だよ……

相手は物凄く強い魔物なんだ。


「このままだと二人ともやられちゃうわよ。

大丈夫!これでも私魔法が使えるのよ」


片目をパチンとウインクし得意げに笑みを浮かべたエリーナ。


エルの目はウインクするエリーナの表情よりも小刻みに震える足元に目がいっていた。

彼女も必死に恐怖と戦っているんだ。


「え、エリーナ君は何でそこまでして僕のために……」


その言葉にエリーナはきょとんとして、

一言ーー、


「ーーだって君、ほっとけないんだもん」







きっとこの時の僕は、世界一マヌケな顔をしていたに違いない。


まだ出会って数時間しか経っていない女の子にそこまで言わせて守ってもらうのか。


彼女を囮にして自分だけ逃げる?

あり得ないだろ。

只ですら既に一度助けてもらっているのに、

二度も彼女に助けられるのか。


違うだろ。違うだろ。違うだろ。違うだろ。


僕が憧れてきた人物はそんなんじゃないはずだ。


誰かの為に自分を犠牲にして、その人達を守ってきたから讃えられて称賛されてきたんだ。


逃げてばかりの弱い自分がいくら頑張っても近付ける訳ないだろう。


僕は……僕は……



ハッと、気付いた時にはどこから現れたのかゴーレムがオークキングと一戦交わっていた。


エリーナが眉間にしわを寄せてこちらに駆け寄って来た。


「あんたまだこんな所にいたの?今のうちに逃げるわよ」


エリーナがエルの手を握り締めるが、

エルはその手を握り払う。


その行為にエリーナは目を丸くする。


「エリーナ逃げなよ!」


「は?何言ってんのよ。あんたも逃げるのよ。何のためにゴーレムを召喚したと思ってるのよ。あのゴーレムだってすぐに壊されちゃうわよ」


「僕が時間をつくる……」


「はあ?あんたに何が出来るのよ」


エルは深く深呼吸すると目を閉じた。


父さん、勇者さまの為に使う力だけど僕はこの人を守りたいんだ。


ーー使ってもいいよね?


皮のブーツに人差し指で文字を書く。

エルの書いた文字は青白く輝く。


【 超加速 】(フルブースト)


「魔術付与……」


エルは少し悲しそうな瞳でエリーナを見つめて、


「ありがとう。僕は今日初めて誰かの為に戦う。憧れた人達と同じように僕も命をかけて守るんだ!」


エルは左腰にある片手用の短剣を握り締めた。握り締めた右手は小刻みに震えている。


オークキングは持っていた大きな棍棒を振り回す。

ゴーレムはボロボロとその土の体が徐々に崩れていった。


「エリーナ逃げるんだーー!!」


エルは地面を蹴ると、一瞬で十メートル程の距離を瞬時に駆け抜ける。


オークキングはエルの姿を目で追うことが出来ていない。


その隙にエルは短剣でオークキングを斬撃する。


「ぐっーーーー!!」


オークキングの体を覆う堅い剛毛と皮膚にエルの短剣は弾かれてしまう。


エルの細い腕ではオークキングには傷一つ付けることは出来なかった。


オークキングはここで初めて自分の足元に小柄な人間の姿を感知した。


雄叫びとともにオークキングの右手が上がり握り締めた巨大な棍棒が振り下ろされる。


エルの視界にもその光景が写り瞬時に地面を蹴り回避する。


オークキングの振り下ろした棍棒は地面を叩きつけた地面はえぐり取られて大きな穴が開いていた。


エルは全く役に立たない短剣を見つめた。

自分にもっと力があったら、もっと切れ味の良い武器があればなど思い浮かべているのも束の間、すぐにオークキングの次の攻撃がエルを襲う。


振り下ろされる棍棒に対して、右に大きくジャンプしてその攻撃を回避する。


ジャンプ力が高過ぎたのかエルが空中にいる間にオークキングは次撃を左に棍棒を振る。


エルはとっさに空中で思いっきり体を右に回転させ軌道を変えてギリギリで攻撃を回避した。


エルの背中はぐっしょりと汗が滲んでいた。


オークキングの攻撃が一発でもエルに当たればほぼ即死だろう。


エルもそれが分かっていた。

それだけに攻撃を回避するのに集中する。


エルはいつか出会う勇者を助ける為に今まで努力してきた。


この小さな体を最大限に活かす為に瞬発力だけを意識して鍛えてきた。


父には魔法をたくさん習った。

だけど、全く出来なかった。

剣士になろうと剣を振った。

近所の友達に笑われてしまうほど様にならなかった。


何をやっても中途半端だった……


この小さな体のせいだと父に八つ当たりした事もあった。


その時初めて父に怒られたーー。


あの温厚な父が本気で僕の頬に平手打ちしてた。


初め何が起こったのか分からなかった。

頬がじんじんと痛み出して初めて叩かれたんだと認識した。


痛みというより父が怒ったという驚きが勝りしばらくの間固まった。


そして、父は僕にこう言った。


「生まれてきてくれただけで僕と母さんは幸せだったんだ。体が小さくてもそれがエルという人間の個性じゃないか。産んでくれた母さんを恨むような事を言うのは辞めてくれ。

母さんはお前が産まれてきた事を誰よりも喜んでくれたんだ」


父の目にはいつの間にか涙が溢れていた。


その日から僕は二度と体の小さい事を理由に言い訳するのを辞めた。


ならば逆に体が小さいのを活かす方法を考え辿り着いたのがこの俊敏性だったーー。


「は、速すぎて目で追えない。あいつにこんな能力があるなんて……凄い」


私も何か協力出来ることはないかと、

周りをキョロキョロと確認する。


その時ーー、


オークキングの振り下ろした棍棒が遂にエルの腹部を直撃しエルは吹き飛ばされる。


ぐはっ


樹木に激突し口から血が噴き出るーー。


エルは腹部を抱えながら、ふらふらと立ち上がる。


完全にオークキングの攻撃が直撃したはずなのにエルはダメージは有るものの無事だった。


「あ、あいつ何であんなにタフなの?

あのアジリティと言い、何者なの」


目の前で起こるエルの目を疑いたくなる行動にエリーナの口は開きっぱなしだった。


あいつが幾ら速くてもタフでも、このままではオークキングを倒せない。


何とかオークキングを倒す武器を……



武器ーーーーそうだ!!




「ーー剣には使った事一度も無いけど。

ものは試しだ!」


エルは必死で攻撃を回避する。

オークキングは全く攻撃が当たらない事に、

頭には血がのぼっている。

棍棒を滅茶苦茶に振り回している。

そのため、地面には無数の穴が開いている。


甲高い声がエルの耳に届くーー、


「ちょっと、あんたのボロ剣貸しなさいよ!」


「な、何でまだここにいるんだよ!

逃げろって言ったじゃないか!」


「いいから貸しなさいってーー」


エリーナはエルに駆け寄ると無理矢理、短剣を取り上げた。


「サンクトビーターリデート」



エリーナが短剣を抱き締めて魔法を演唱すると剣が輝き始める。


「私はね、無機物に命を与えることが出来るのよ。あのゴーレムも土に命を与えたから出来たのよ。この剣にも命を与えたわ。

初めてだけど、多分成功したはずよ。

あなたと共に成長する剣よ」


「僕と成長する剣……」


「名前はーー、えっと、エルリーナ。

聖剣エルリーナよ!!」


エルとエリーナだから……適当。


エルは短剣を見つめる……

いつもの短剣なのに見つめられてるような気がする。


それにーー、


「ああ、分かるよ!君は戦いたいんだね」


剣の想いが伝わってくるのが分かる。

誰かを守るために僕は今、剣を振るう!!


僕は、ただ守りたい力が欲しかった。


腕が細く力もない僕は、魔物を倒せないと決めつけていたんだ。


違う! こんな僕でも魔物は倒せるんだ。

心を燃やせ。想いを滾らせろ。


誰かを守るために命を張れ!

その為の剣を握れ‼︎






「うわああああああああああああっ!」


エルの剣が初めてオークキングの腕を切り裂く。


「ヴォオオオオオオオオオオオオ!」


握り締める短剣がエルの想いが伝わり蒼白く光り輝く。


「ああああああああああああああっ!」


飛び跳ねたエルの上段からの一撃が、オークキングの棍棒を持った腕を切り裂く。


強靭な肉体が赤く血で染まり、流血が地面に滴り落ちる。


咆哮を上げるオークキング。


エルの容赦無い剣が縦横無尽にオークキングを斬りつける。


「ヴォアアッ!」


オークキングが悶え苦しむチャンスをエルは見逃さない。


エルはありったけの力を込めて突っ込む。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!」



トドメの一撃をオークキングの喉を目掛けて剣を突き立てる。







そしてーーーーーー、







「ーーーーーーーーーーーーーーーッッ⁉︎」



断末魔とともに下半身からオークキングが崩れ落ちた。


オークキングを倒したーーーー。


聖剣エルリーナは驚くほどの切れ味を発揮しオークキングの分厚い皮膚を簡単に切り刻んだ。


エルは人生初のクエスト果たしたのだったーー。





☆★☆★☆★☆



「あんたのその服・・・とんでもない物よ」


「え?この服が・・・え?」


「それはそうでしょ。オークキングの攻撃をまともに喰らって立ちがれるんだから」


「・・・確かに」


エリーナはエルの服をじっと見つめる。


「魔術付与してあるわね。しかも多重魔法付与よ。これを施した人はとんでもない魔導士よ。どれどれ・・・えーーと、

疲労軽減・毒麻痺無効化・ダメージ軽減に、

対熱・冷軽減。痛覚軽減。し、自然治癒。

げっ!!対魔法無効化なんて初めてみた」


私も多少は魔法の勉強をしてきたから知っているけど魔法無効化付与って国家魔導士でも付与出来る人なんて一人いるかいないかのレベルよね。ましてや、多重付与って三つが限界って聞いたのに・・・。



「たぶん父さんだよ。父さんは魔王討伐した勇者さまのパーティーメンバーなんだ」


「勇者のパーティーメンバーか、なら納得ね。こんな付与普通の魔導士では出来ないもの」


「やっぱり父さんは凄いんだ!!」


ぱーーっとエルの笑顔が弾けた。


そんなエルの表情を見てじーーっと目を細め口をへの字に曲げるエリーナ。


このエルという少年と勇者のパーティーだったという父の話を比べ余りの差に目を疑う。


「父親は凄い魔導士なのに、あんたは魔法とか使えないわけ?」


「えっと、えっと・・・その・・・」


もじもじしながらなかなか喋り出さないエルの態度に苛立つエリーナは、


「ハッキリしない男ね!!ホントそーゆー男ってキライなのよ。使えるの?使えないの?」


エルにムッと、顔を近づけ睨む。


「・・・使えます」


先ほどの魔物よりも怖いとエルは思った。


「やっぱり使えるんじゃない。

何でさっき使わなかったのよ」


「えっと、その・・・」


エリーナは再び、イライラが募る。

エルを思いっきり睨みつける。


「はひっ!!ぼぼばぼぼ、僕の魔法は補助魔法なので勇者さまを助ける為の魔法でふ」


余りの威圧に思わず舌を噛んだエル。


エリーナは補助魔法という言葉に「なーんだ」と、少し呆れ気味だった。


少しエルの顔をジッと見つめ、


「・・・さっきは助けてくれてありがと。

一応礼は言っておくわ」


「あっ・・・ど、どうも・・・」


二人は無言の時間が流れる。

エリーナがふっと微笑むと、


「お父さんの英雄碑を見に行くんでしょ?

ほら、行くわよ」


「うん、行こう!」


二人はシンラの森の出口へと歩み出した。

エルとエリーナの冒険は今始まったのだった。

6/19追記しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 王道ファンタジー的でとても好きです。 情景描写もすっきりとしていて簡単に頭の中で想像ができます。読みやすい文でいいと思いました。 [一言] エルとエリーナ、二人の今後の活躍が楽しみです。 …
[良い点] やっぱり主人公が活躍すると燃えますね! エリーナの存在がいい刺激になって、主人公が成長していく感じ! もう既にアツい! [一言] 前から気になってたんで読みにきちゃいました( ̄ー ̄) ブ…
[良い点]  ここまで読みました。破天荒なエリーナの旅立ちと二人の出会い。父親の事をバカにされたことで激昂してしまうエルの実直さ。息子のこと心から愛していたんだろうな、とうかがわせる父子のエピソード。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ