フィル・レイ・クライスト
フィル・レイ・クライストは、カンバーランドの王家だった。
カンバーランドの国王がフィルの父の兄で、フィルからすると叔父にあたる。
フィルは、幼い頃からの異端児だった。
青い瞳に金色の髪をセンター分け。少し天然パーマのかかった外ハネ。見事な美男子だ。
しかし、その外見とは裏腹に貴族とは思えない乱暴な口調と、何者も寄せ付けない態度、家族からも親類からも愛想を尽かされていた。
フィルは、貴族が嫌いだった。
人に愛想よく振る舞う事が嫌いだった。
作り笑いが出来なかった。
敬語が使えなかった。
食事マナーが守れなかった。
人と同じことをしたくなかったーー。
フィルはカンバーランドに伝わる第一勇者の〈英雄碑〉を見るのが大好きだった。
世界中を自由に旅する冒険者に憧れていた。
〈英雄碑〉の前に立つ時だけは素直な少年フィルになれるのだ。
「フィル、お前は冒険者になりたいのか?」
その声にハッとなり振り返ると、白髪の頭と真っ白な口髭が特徴的な、中年の男性が立っていた。
「お、叔父……いえ、国王さま……」
慌てて訂正し、頭を下げるフィル。
「よいよい、城から一歩外へ出れば叔父さんだよ」
わはははと、城では見た事ない国王の表情がそこにはあった。フィルはそんな国王の有りのままの姿に心打たれ、素直な自分をさらけ出した。
「ーー叔父さん、俺は冒険者になりたいんだ。こんな狭い国の貴族でいるのが嫌なんだ。別に、カンバーランドが嫌いな訳じゃない。ただ、未だ見ぬ世界をこの目に焼き付けたいんだ。そして、いつの日か俺もこの〈英雄碑〉に名を残すような冒険者になりたいんだよ」
巨石を見上げるフィルと国王ーー。
「このカンバーランドから出た英雄に、肩を並べたいとな……」
国王は笑顔でたくわえた髭を触りながら、
「良いだろうフィル、挑戦してみるが良い!」
フィルはその言葉に満遍の笑みを浮かべる
ーー「ただし!」と、国王はその笑みを遮る。
「お前が〈英雄碑〉に名を刻むその日までカンバーランドに足を踏み入れる事を許さん!
何があろうとだ!その覚悟はあるんだな?」
国王の『何があろうと』その意味は重い。
家族の不幸があっても帰れない。
冒険が辛く、もう辞めて帰りたくても帰る場所がない。
仲の良い城下町の友達にも会えない。
仮に妹のモニカが結婚しても、結婚式にも参加出来ない。
故郷を棄てて、それでも冒険者になる覚悟があるのか?
その問いに答えを出すまでに時間はかからなかった。
「もう覚悟はずっと前から覚悟は出来ています。俺にカンバーランドに居場所なんて最初から無いですよ」
寂しい一言だった。
国王は自分の説いた発言が如何に、無意味だったかが分かった。
少しはカンバーランドの貴族としての誇りがあるか試したが、まさかこれ程まで何も感じていないとは思っていなかった。
いや、この様にさせてしまった責任は自分にあると国王は改めて反省した。
「ーーフィル、せめてもの餞別だ。受け取れ」
フィルの手に皮袋を手渡す。
ジャラッと、コインのぶつかる音。
フィルが皮袋を開けると、
「ーー叔父さん……こんなに……」
ざっと見て一万ルピーほどあるのが分かった。
「冒険者は何かと金はかかる。装備だって買わなきゃならんだろ? 持って行け」
「あ、ありがとうございます」
フィルは深々と頭を下げた。
こうして、フィルはその日のうちに誰にも告げずにカンバーランドを飛び出して冒険者となった。
そして、月日は流れたーー。
ーー 今から十二年前 ーー
すっかり日が暮れて、焚き火の炎を囲み男性が三人、酒瓶を空けている。
テントを張り、今日はここでキャンプのようだ。少し離れた場所では、女性の声も聞こえる。
「お前も物好きだよな。良く結婚しようとか思ったよな。確かに美人だよ。
しかし、あのメシは食えたもんじゃねえ。
ずっとアレを食わなきゃならねえんだぞ!」
フィルがご機嫌にワイン片手に語りかける。
「うむ。吾輩も無理じゃな」
体格の良いドワーフの男も頷く。
「良いんだよ!俺はフローラの側にいたいんだ。メシは確かに食えたもんじゃねえよ。
だけど俺が作るから良いんだよ。
彼女が好きなんだ。初めて会った時からずっと・・・」
フィルが舌打ちをしながら、少しいじけると、フィルがクレイの腹にグーパンを入れる。
「ーーーーって!」
「なあーに本気になってんだよ!
おめでとうって言ってんだよ」
腹部に手を当て痛がるクレイの肩に手を回すフィル。
「ずっとフローラが好きだって言ってたなクレイ」
ドワーフの男もクレイの背中をバンバンと叩く。
フィルは鼻を下を人差し指で擦りながら、
「幸せにしてやれよ。
ああ見えて彼女、弱いからな」
「ああ、知ってるよ。ずっと見てきたから」
「ーーじゃあ、飲むか!祝いだ‼︎」
「ああ‼︎」
三人は持っていた各々の酒瓶を合わせた。
その後、クレイとフローラの婚約祝いで盛大に盛り上がった。
「なーーに、男だけで騒いでるのよ!」
「私達を除け者にするとは、いい度胸ね!」
「そうですわ!」
フローラとエルフの少女、同じくエルフだが黒いローブにとんがり帽子を被ったいかにも魔法使いの格好をした少女の三人の女性メンバーが現れた。
「なーーにって、フローラちゃんとクレイの婚約祝いやってんだよ!」
フィルがワイン片手に立ち上がる。
「うむ! 良い事だ!」
体格の良いドワーフも同じくと、立ち上がる。
「まったく」と、髪の毛をくしゃくしゃと掻きながらフローラは、
「あんたら、昨日も一昨日もその前もそう言って飲んでたでしょ‼︎」
フローラは両手を腰に当て、男三人を睨む。
男三人は「そーだっけ?」とあっけらかんとしていた。
「こいつらはポンコツですから、ホント」
エルフの少女は吐き捨てた。
男三人に呆れていると、お腹の虫を誘ういい匂いが漂ってきた。
「おーーい御飯出来たぞ! 今日はフローラとクレイの婚約祝いだから気合い入れたからな!」
「なあ!」
犬の亜人の少年と、子熊の亜人の少女がエプロン姿で料理をしている。
「こいつらもかあ……」
フローラは頭を抱えた。
三日連続の婚約祝いにつけ込んでの豪華な料理である。
冒険者はつくづく祝い事が好きなのである。
☆★☆★☆★☆
楽しい宴も過ぎたーー。
「魔王も倒した。俺らの旅はこれで終わるのか?」
クレイがポツリと呟いた。
「どうだろーね……」
エルフの少女は夜空を眺めてながら呟いた。
「世界が平和になっても、俺はやる事は変わんねえよ。魔物倒さなきゃ生活出来んねえんだわ」
フィルは小さな岩に腰掛けながら肩をすくめた。
「フィル、お前も貴族の肩書きを捨てた身だったな」
クレイが地面に寝転がっていた体を起こしながら、フィルを見つめた。
「ああ、英雄フローラちゃんと一緒さ。
まっ、俺は勘当されちゃってるけどね」
苦笑いを浮かべるフィル。
「……後悔してるの?」
フローラがフィルに尋ねる。
「まさか、むしろ清々してるよ。
人の機嫌と顔色を伺って、ご機嫌とりをしながら息苦しく生きるなんて御免だよ。
親に決められた好きでもない相手と、婚約まで決められてたんだ。そんな生き方に嫌気がさして、俺は冒険者になったんだ」
「フィル……」
「それに……俺……もうそろそろ親父になるんだよ」
「「えええええええええええっっ!!!」」
パーティーメンバー、一同驚く。
寝ていたパーティーメンバーも目を覚ます!
全員が立ち上がりフィルを見つめる。
「言おう言おうと思ってたんだけど、
なかなかタイミングが無くてさ。
魔王討伐の大事な時期だったから」
照れ臭そうに頬を赤く染めるフィル。
「お相手はどんな方なの?」
瞳を爛々に輝かし、身を乗り出すエルフの少女。
「小さな街の子で普通の一般人だよ。
貴族でも何でもない、冒険者のありのままの俺を愛してくれた。正直、貴族の頃と比べてお金なんて、ほとんど無い俺と一緒になってくれたんだ。笑顔が素敵でいつもニコニコ笑ってくれている。太陽みたいな子だよ」
フィルは、照れ臭くそうに頬を人差し指で掻いた。
「フィル……良い顔で話すようになったね」
少し驚いたような表情を見せるフィル。
「お父さんの顔だね!」
ニッと、白い歯を見せるフローラ。
「……ありがとフローラ」
フィルは、ほのかに微笑んだ。
これがフィルにとって〈angel of eyes〉で過ごした最後の日となった。
彼は仲間に別れを告げ、妻の元へと向かった。
ーーそして、数ヶ月後双子の姉妹が誕生したのだった。
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