蟲
樹林が粉砕する音があちらこちらで響き渡る。
「な、何なんだよーー!!」
「や、ヤバイぞ! どんどん増えてないか?」
身体は平らで蛇のように長く、たくさんの節で分かれている。口元に大きな牙を二本生やしている。背中はエビの甲羅のような物に覆われていて、トンボのような羽が生えてる。
顔のような部分には目のような物が四つある。
今、一つのパーティーがその蟲のような生物の群に襲われていた。
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最初は一匹だけだった。
空を飛ぶ魔物の蟲に苦戦をしていると、すぐにまた別の魔物の蟲が出現した。
数分経つ頃には、一つのパーティーでは太刀打ち出来ない程の数の蟲に囲まれていた。
蟲の魔物ーー【クリーチャー 】
一体、一体は大した事のない下級の魔物だが
蟲の魔物の特性〈仲間を呼ぶ〉のだ。
蟲の魔物の恐ろしいのは数だ。
仲間を呼び、群になり囲む。
群になった蟲は、目的を果たすまで決して行動をやめないため、非常に厄介な魔物だ。
現在、ギルドに公開されている〈緊急クエスト〉にこの蟲の討伐【害蟲駆除】がある。
報酬は高額で難度は〈アラートレベル3〉なので、中級冒険者はこぞってこのクエストに参加しているのだ。
〈アラートレベル〉とは、そのクエストの危険度を最大危険度を5とした、5段階で表したものである。
〈アラートレベル1〉は、危険度無し。初心者冒険者でも安心して挑戦出来るクエストである。
逆に〈アラートレベル5〉は、死の危険があり単体パーティーでは攻略不可。複数パーティーでの攻略が必要且つ、上級者冒険者での選抜パーティーが必要である。
今回の緊急クエストの【害蟲駆除】は、〈アラートレベル3〉なので、中級冒険者向けのクエストであり、単体パーティーでの攻略は可能である。
報酬は、通常のクエストの5倍である為、数多くの冒険者パーティーが〈黒い森〉へと足を運んで行き、そしてーー、
誰も帰って来なかった。
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彼らは、必死に走った。
喉が渇いて貼りつき声も出せない。
七人いたパーティーメンバーも今走っている二人だけになってしまった。
「く、くそ・・・何が〈アラートレベル3〉だよ。 詐欺だ!」
鎧を身に付けた冒険者の男は、被っていた兜を追って行くる蟲に目掛けて投げた。
兜は群になって飛ぶ蟲の一体に当たり「ギギギ」と奇妙な鳴き声を出した。
無数の羽音が背後から迫ってくる恐怖、仲間たちはみんなこの蟲の餌食になった。
一人また一人とこの生存レースに負けて脱落して行ったのだ。
「・・・あんなに報酬が高いのが、最初からおかしかったんだ」
「こんな大量の数の蟲を駆除なんて、単体パーティーじゃ不可能だ」
必死に走り続ける冒険者二人、蟲の群は上空からでも確認出来るほどの数になっていた。
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〈黒い森〉を一望出来る巨大な岩の上に冒険者パーティーがその異様な光景を発見した。
「おいおい、何だアレは?」
「蟲の群ですニャン」
「それは見れば分かるぜ。何でこんな群になってんだよ」
「見る限り、冒険者二人が蟲に追いかけられてますニャン」
「蟲を刺激するとか、素人か?放っておけば滅多な事では襲ってこない魔物なのに」
「事前の魔物に対する情報を調べておかないから、こう言う事態を招いてしまうのよ」
眼鏡を押し上げるエルフの少女。
「こんなのアイナが見たら助けに行き兼ねないから・・・あれ?アイナは?」
「もう遅いニャン」
亜人の猫娘が指を指した。
ショートカットの少女が蟲の群に向かって、一直線に真っ直ぐ駆けて行く後ろ姿が見えた。
「あちゃー」と、顔を片手で覆う体格の良い男。
「こうなったらもう、誰にも止められないわ。黙ってここで待機ね」
眼鏡をかけたエルフの少女は、ゆっくりと地面に座った。
「ニャンね」と、猫娘も同じく地面に腰を下ろし、ショートカットの少女の行方を見守っていた。
「ーーったく、お節介娘め!」
どかっと、乱暴に腰を下ろした。
☆★☆★☆★
「だ、ダメだもう・・・走れねえ」
足がもつれ、倒れる冒険者の男。
必死に立とうとするが、上半身を起こすのが精一杯だった。
「お、おい! 何やってんだ、早くしろよ!」
後ろの仲間が転倒した事に気づき、足を止める。
「お、俺に構うな! 早く逃げるんだ」
必死に叫ぶ男、もう諦めたような寂しい表情を浮かべていた。
「そんなこと出来るわけ無いだろ」
男は倒れた仲間の元に駆け寄ると、脇を抱えながら肩を貸してゆっくりと立ち上がる。
「ば、馬鹿野郎・・・俺なんてほっといて逃げれば良かったのに・・・」
涙を浮かべる転んだ冒険者の男。
「何言ってんだ、仲間を見捨てて一人逃げらんねえよ」
照れ笑いを浮かべる男のすぐ背後には蟲の群が迫っていた。
「や、や、ヤバイ!!!!」
「も、もうおしまいだーー!!」
冒険者の男二人が目を閉じて、全てを諦めた瞬間、一筋の閃光が走ったーー。
冒険者の男たちは、恐る恐る目を開けるとそこには、どこから現れたのかショートカットの少女の姿があった。
「やあ、ボクが時間を稼ぐから君たちはとっととこの場を離れてくれ」
「・・・・・・」
少女はポケットから桃色の液体の入った硝子の小瓶を冒険者の男に投げると、
「回復薬だよ。これを飲んだらすぐに逃げるんだ。ボクもこの数を相手に何分耐えられるか分からないからね」
少女は再び、視線を蟲の群に戻すと右手に持っていた剣を両手で握り構える。
蟲は無数の羽音を立ててピタリと動かない。
冒険者の男たちがポーションで回復し終えると、少女に一礼をして背を向け駆け出した。
その瞬間に、蟲の群は動き出した。
「ーー行かせないよ!!」
ショートカットの少女は、ここぞとばかりに暴れまわる。華麗な剣技と身体能力の高さを見せつける。
空中を舞っている蟲たちを次々に一刀両断し、地面に墜落させた。
恐ろしい程の数の群、彼女がいかに倒し続けても寧ろ、増えているんじゃないかと疑う程だ。
「あーん、キリがないよ。仕方ない・・・」
ショートカットの少女は胸ポケットを揺らす。
「フレイア起きて、フレイア・・・」
眠そうに目を擦りながら、小さな妖精が顔を出した。
「おはよアイナ、何の御用かしら?」
大きなあくびをしながら、ショートカットの少女の顔の前にふわふわと、浮かんで飛んでいった。
「ちょっと、蟲退治に力を貸してね!」
「ええ〜〜、どうしよっかな?」
「後で、あまーいケーキごちそうするからさ」
ショートカットの少女アイナは「お願い」と顔の前で両手の掌をくっ付けた。
「ーーケーキ絶対だからね!!」
フリルがふんだんに使われた白いワンピースを着た妖精が蟲たちに向かって両手を突き出すと、
「聖なる不死鳥よ 我に力を与えたまえ 紅蓮の炎」
カッ
空気中の酸素が全て炎へと変わった。
その瞬間、空にまで届きそうな程の火柱が上がり、群を成していた蟲たちを全て巻き込み消し炭と化した。
「ずいぶんと派手にやったね」
「そりゃあ、ケーキの分働かないとね」
「えっへん」と腰に手を当てて胸を張る妖精のフレイア。
「蟲たちは音に敏感だ。また直ぐにここにも蟲達が集まってくる。ここは一先ず、みんなの所へ戻ろう」
「ええ。蟲達が騒がしいもの・・・」
アイナはフレイアを胸ポケットに招き入れ、その場を後にした。
* * * * * * * * * * * * *
「おっ、戻ってきた。 ずいぶんと派手に花火を打ち上げてたじゃねーか」
岩の上から手を握ってアイナを引き上げてる。
「レグルスありがとう。蟲の数が多過ぎて、ケーキごちそうする約束で、フレイアに力を借りたのよ」
アイナは苦笑いを浮かべた。
「あの冒険者たちは上手く逃げられたみたいだニャン」
アイナをくりくりの目で見つめて微笑む猫の亜人の少女。
「良かった。かなり派手な音を立ててしまって、また蟲達が集まって来たから、あの冒険者の二人が気にはなっていたんだよ。情報ありがとうシャルル」
「にゃー」と尻尾を嬉しそうに振っていた。
「アイナ、余り勝手に飛び出して行くのはおやめなさい。パーティーの統率が乱れるわ」
エルフの少女が眼鏡を押し当てて、アイナに詰め寄る。
「あはは、ごめんよサラ」
舌を出して反省の色が全くないアイナを、顔を膨らませているエルフの少女。
「偵察のロキとセントが帰って来たら、一旦街に戻ろうぜ」
「ああ、そうだね!」
アイナは振り返り〈黒い森〉を見つめる。
蟲達がぞわぞわと群を成して動きまわっている光景が広がっていた。
緊急クエスト【害蟲駆除】改めてこのクエストの難しさがアイナにはひしひしと伝わってきたのだったーー。
アイナ・アウグスタ・ロレーヌ十五歳。
冒険者になり僅か一年足らずで数々の難題クエストを攻略してきた少女。
そして今世間を震撼させた話題の冒険者。
レベル4、☆4冒険者であるーー。