約束の日
「これは良い記事が書けそうだ!
世界が求めていた英雄の誕生の瞬間に立ち会えたのだ!」
邸宅の庭の森の中で、身を隠しているグレーのスーツに口髭の男の手には、ゴムが付いた狙撃武器が握られていた。
「高級回復薬を支払ってもまだ安い位だよ」
男は、スケッチブックを大事そうに抱えると、〈グリューネ邸〉の屋上を人差し指と親指をくっ付け、輪のようにして覗き込む。
ピューーと、口笛を吹き。
「これ以上の覗きは、無用かな」
邸宅の屋上で抱き締め合う少年と少女を邪魔しない様に、男はそっと姿を消した。
のちに、男の書いた記事は全世界に報道されたーー。
* * * * * * * * * * * * *
小さく見えていた〈英雄碑〉が、だんだんとその大きさを現す。
改めてここに名を刻むことの偉大さが分かるような気がする。
街の外れでティーガーに別れを告げ、僕とエリーナはすっかり慣れ親しんだ〈フレデリカ〉の街を大きな一本木が生えた丘に向かって歩いて行く。
エリーナは真っ赤なドレスが恥ずかしいらしい。確かに目立つ。
途中に立ち寄った防具屋で、黒い魔法のローブを購入する。
店屋の店主が「このドレスは?」と尋ねたが、エリーナは「いらないわ、棄てて!」と乱暴に答えた。
後日この店で安値で売られていた。
店主曰く、「悪趣味で買い手がつかない」と漏らしていた。
☆★☆★☆★☆
見慣れたログハウス風な家が見えてきた。
たった一日だけの出来事なのに、とても長い長い冒険をして来たような気がする。
ログハウス風の家の前で、人影が見える。
「み、みんなーーーー」
僕は手を振りながら、エリーナの手を引っ張り駆け出す。
「おにいちゃーーん!」
クレアは両手をいっぱいに手を差し出して駆け出す。
「ーークレア!」
エリーナの手を離すと、僕の胸に真っ直ぐ飛び込んでくるクレアを抱き締めた。
「おにいちゃん・・・おにいちゃん・・・」
クレアの宝石のような瞳から大粒の涙をぽろぽろと、僕の胸に零した。
クレアの栗毛色の髪を、僕はゆっくりと撫でた。
「ーーただいまクレア!」
「おかえり、お兄ちゃん!」
涙でくちゃくちゃな顔で、あどけない無垢な笑顔を見せた。
「えりーなお姉ちゃん!」
「ミレアちゃん!」
エリーナがしゃがんで両手を広げると、
ミレアは駆け寄り、エリーナに飛び込み頬を胸に擦寄らせた。
そんな微笑ましい光景に、フローラとクレイは目尻を下げて微笑んでいた。
「おかえりなさい。エル君、エリーナちゃん」
「小僧・・・良く無事で帰って来た!」
長い長い一日が幕を閉じたのだったーー。
* * * * * * * * * * * * *
その日はやって来た。
当たり前のように日々は流れていった。
毎日のように稽古をして、みんなで食卓を囲んでお喋りをしながら食事をする。
それが当たり前になっていた。
忘れていた?
いや、思い出さないように気づかないようにしていた。
そうすれば、そのまま何事も無かったように過ぎてしまうと思っていたからだ。
「ーークレアちゃん、ミレアちゃん明日は何の日か分かっているわよね?」
フローラの言葉に俯向く二人。
食べ終わったばかりの食器がテーブルに並んでいる。
エリーナが何か声をかけてやりたいのだろうが、何と声をかけて良いのか戸惑っている。
「私たちも寂しいけど、一ヶ月って約束だったわよね? 明日の朝、施設から迎えが来るからそれまでに準備しておいてね」
二人は俯いたまま、小さく頷いた。
エルとエリーナはそんな二人をただ見つめることしか出来なかった。
その夜、いつも通り四人で寝る最後の夜が訪れた。
寝ぼけているのか、それとも別れが辛いのか、クレアは僕の服をぎゅっと握ったまま眠っていた。
本当にこのまま二人とお別れをするのか?
☆★☆★☆★☆
「ーーそれでは、これで」
黒いスーツに白いワイシャツ、蝶ネクタイとシルクハットを被った紳士がクレアとミレアを連れにやって来た。
今まさに、僕の前からクレアとミレアは去っていこうとしている。
何度も、何度も、振り返るクレアとミレア。
クレイに至ってはこの光景が見てられないのか家の中に隠れてしまった。
本当の娘のようにクレアを可愛がっていたからだ。
やんちゃでお転婆なクレア。
優しくて面倒見の良いミレア。
二人と出逢ってから今日までの出来事が頭の中でぐるぐると映し出される。
『お兄ちゃん・・・だいすき』
耳元で誰かに囁かれたような気がした。
どんどん遠ざかっていく二人の姿。
「エル! 本当に良いの? 行っちゃうよ」
涙を目にいっぱいに溜めたエリーナが叫ぶ。
「まだ、間に合うよ! クレアちゃんとミレアちゃんは家族じゃないの?」
エリーナの悲痛な叫び。
僕は知らず知らずの内に一本、二歩と足が前に進んでいた。
「ーー迎えに行ってあげなさい」
フローラのその一言で僕は駆け出した。
『お兄ちゃん・・・だいすき』
ああ、昨日の夜寝る前にそっと、クレアが僕の耳元で囁いてくれた言葉。
僕にとって、僕にとって、僕にとって、
「クレアーー! ミレアーー!」
その言葉に振り返るクレアとミレア。
「ーーおにいちゃん!」
「ーーエルにいちゃん!」
二人は僕に向かって駆け寄ると、そのまま飛びつくように抱き付いた。
「施設にいぎだぐないよ」
「おにいちゃんとおねえちゃんとずっとずっと一緒にいたいよ」
二人とも僕の胸で決壊したダムのように、止めどなく涙が溢れ出していた。
「ごめんな、ごめんな・・・」
「・・・おにいちゃん・・・」
「もう二度とお前達を離したりしないから」
「「・・・うん」」
僕は、そんな二人を二度と離さないように力強く二人を抱き締めた。
シルクハットを被った紳士が僕たちに近寄って来た。
僕は立ち上がり紳士と目が合う。
「ーー二人は僕が責任を持って預かります。
今回はお引き取りお願います」
紳士は僕の目を見ると「そうですか」と、
一言残しそのまま去って行った。
☆★☆★☆★
「ーー予定通り・・・か?」
「ええ、最初に〈英雄碑〉でエル君を見つけた時はまだここまでのシナリオは描けなかったけど、双子ちゃんがフィルの娘と知った時には震慄が走ったわよ」
「ーー偶然だと思うか?」
「いいえ、これは運命よ。〈英雄碑〉が巡り会わせてくれたのよ。私たちに人を育てるチャンスを与えてくれたのよ。怠惰で傲慢に過ごしていた冒険者時代の借りを返せるチャンスをね」
「予定通り、エルはちゃんと双子ちゃんを連れ戻したしな」
「ええ、後で【施設の職員役】頼んだお礼を言っておいてね」
クレイは「アイツはいいって」と手を横に振っている。それよりもと、
「ーーじゃあ今日はみんなにご馳走でも作ってやっかな!」
クレイは腕をぐるぐる回しながら家の中に入って行った。
フローラは仲良くこちらに向かって来る四人を見つめていた。
ねえ、見てるマギ、フィルあなた達の子供たちはこんなに逞ましく大きくなったのよ。
いつか必ずこの子達は私たちと同じように世界を旅する冒険者になるわ。
きっと歴史を大きく揺るがす冒険者に。
「この勇者フローラが保証するわ」
これは白銀の髪の少年が王国の姫を冒険の世界へ連れ出す物語。
今幕が上がったーー。
章を区切るならここで、第1章完結になります。
この度は私の作品をご愛読頂きありがとうございます。なかなかPV、ブクマが伸びず、ずっと悩んでいた作品です。何度も何度も削除しようか悩みましたが、読者さまの感想やコメントに励まされ、32話と1章完結まで書けました。本当にありがとうございます。
短編ならここで終わりですが、もう少し私の物語にお付き合いして頂けましたら幸いです。
これからも応援宜しくお願いします。
感想や評価、ブクマなどして頂けましたら作者の励みになります。
これからも頑張ります!!
望月 まーゆ