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弱虫の剣  作者: 望月 まーゆ
第1章: 出会いの奇跡、ここから始まる軌跡
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二人の休日

「明日はお休みよ。みんな好きに過ごしてちょうだい」


「「やったあ!」」


大はしゃぎする双子姉妹。


クレイの実家に家族で里帰りするらしい。

合宿稽古を初めて二週間以上過ぎて休みは初めての事だ。


ミレアはエリーナの腕にしがみ付き、


「おねえちゃん明日、街にお買い物に一緒にいこ?」


「え、ええ。良いわよ」


エリーナはエルとクレアに視線を送るが、

二人は無表情で二人を見つめていた。


「やったあ」とはしゃぐミレア。


普段大人しいミレアがこんなに感情を表に出すことは珍しい。


フローラとクレアはお互い顔を見合すと肩をすくめた。




☆★☆★☆★


翌朝、朝早くに馬車に乗りフローラ家族はクレアの実家へと向かった。


陽が昇った頃、ミレアに腕を引っ張られながらエリーナがミレアと街に買い物に向かった。


ログハウス風の家にはエルとクレアだけが残された。


クレアは昨夜から今日が来るのを楽しみにしていた。

二人きりになれるチャンスはもう無いかもしれないからだ。

今日は何としても二人で一日中過ごしたいと思っていた。




エルは一人遅い朝食を取ると日課になっている軽いランニングをする。

腕立て、腹筋、ダッシュなどをこなした後、

丘に一本だけ生えている木に向かう。


そこには、木の枝から紐が垂れ下がっていてその先端には枝が縛られている。

それと同じ物がいくつもぶら下がっている。


エルは(おもむろ)にそれを揺らす。

ランダムに振り子運動する枝を避けながら、

枝に向かって木刀を振り下ろす。

それを無制限に繰り返している。


無数の枝がエルを襲う。

枝を避け木刀を振る。枝を避け木刀を振る。

時には同時に来る枝を回転しながら避ける。


こうして、鍛錬し手に入れたのが常人離れした瞬発力と反応速度だ。


エルの自主トレーニングをそっと見守るクレア。


剣術稽古の前に朝早く起きてから一人自主トレーニングをしている事は知っていた。

実はここ最近、毎日その様子を見守っていた。


クレアの手にも木刀が握られている。

エルが自主トレーニングをしている間、

クレアは隠れて木刀を降っていた。

少しでもこの人に近づきたい。

『クレア強くなったね』と頭を撫でて褒められたい。

その一心だけで今、クレアは木刀を降っているーーーー。



いつもより念入りにセットした髪、気づいてくれるかな?



「あれ? おーーいクレア何してるの?

こっちにおいでよ」


思わずビクッと、反応してしまった。

見られた? 木刀を降っているところを!


恥ずかしそうに顔を伏せながらエルの元に歩み寄る。


「クレアも自主トレしてたんだ。偉いねえ」


ヨシヨシとクレアの頭を撫でるエル。

クレアはそれが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。


「お兄ちゃん、いつもコレやってるね」


木の枝から垂れ下がるロープを指差した。


「うん。これが一番僕にとっては練習になるんだよ。僕は力がないから瞬発力と反応速度を鍛えないと上級クラスの魔物には勝てないからね」


木の幹を触りながら上を見上げるエル。

大きく太く立派な木だ。

見晴らしの良い丘の頂上に立ち、何百年も

〈フレデリカ〉の街を見守ってきたのだろう。


「・・・そうなんだ」


エルの横に寄り添うように立ち、同じモノを見る。今のクレアにはそれだけで嬉しかった。


「クレアも少しやってみる? ロープの数少なくするからさ」


「え?」


自分を指差し固まるクレア。

エルはクレアの返事を待たずにロープに手を掛ける。


「せっかくだからやってみなよ」


三本の枝の付いたロープを揺らす。

クレアは振り子運動して来るロープを避けては木刀を振るを繰り返す。


正直剣術の稽古は二の次だった。

ただエルと一緒にいれればそれで良かった。

今はエルと二人きり、しかも私だけを見ててくれる。ーー凄く嬉しい。


クレアは師匠のクレイとの稽古よりも張り切って剣を振っていたーー。





☆★☆★☆★☆


陽が真上に上がったお昼時、


木を背に木陰でぼんやりと二人並んで腰を下ろしている。


「ひ、暇になっちゃったね・・・」


「・・・うん」


しばらく沈黙が流れる。

エルは何か言わなくちゃと思い話題を探すが全く思い浮かばない。


「「あ・・・あの・・・」」


エルとクレアがほぼ同時に言葉は発し被る。

再び沈黙になりかけたところでエルが意を決して、


「あ、あの僕たちも・・・街に行こうか?」


その言葉にクレアは目をまん丸にして、

「うん」と笑顔で大きく頷いた。


思いがけない言葉。

同じことを言おうと思っていた。

思いが通じた。



「お腹空いちゃったしお昼ご飯食べに行こうか」


「うん!」




☆★☆★☆★


〈フレデリカ〉の街。


オレンジに統一された屋根が綺麗に並んでおり、街の中心に流れる運河に鳥達が戯れる。

お洒落で清潔感溢れる街並みが広がっている。

エルが生まれてから訪れた場所で一番大きな街だ。


「ど、ど、どこでお昼食べようか?」


エルは人と店の余りの多さにキョロキョロと挙動不振だ。

そんなエルを見てそっと、手を繋ぐクレア。


手を握られ視線をやや下に落とし、クレアの顔を見つめる。


クレアは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、


「お、お兄ちゃん、こっちにパスタが美味しいお店があるの・・・パスタ嫌い?」


上目遣いに少し潤んだ瞳がエルを見つめる。


「そ、そんなことないよ。 パスタ好きだよ」


クレアは思わず「私の事は?」と言いかけたがその言葉を飲み込んだ。

「こっちだよ!」とエルの手を引いて人混みを避けながらとある喫茶店へと向かった。




店内は昼間なのに薄暗くキャンドルが灯されていてオシャレな雰囲気を引き立たせていた。


二人だけの初めての食事。

二人だけの時間。

二人だけの空間。

何もかもが新鮮でだった。


食事が済んでもまだここに居たかった。

ここから一歩でも外に出ればもう二人だけになれる時間かないような気がしたからだ。


他愛もない話を続ける。

エルは優しかった。

どんな話でも笑顔で聞いてくれる。

いつも以上に喋るクレアを何の疑いもせずに受け入れて。


「クレア、もうそろそろ行こっか?」


話が途切れてしまったーー。


もう少しだけ・・・。


席を立つエル。

クレアが慌てて席を立つとエルの背後から服を引っ張る。


「クレア?」


「・・・・・・」


クレアは黙って固まる。

ぎゅっと力を込めて握る。


「ク、クレア? どうしたの?」


「・・・たくない・・・」


「え? なんて・・・」


少し間が空き、スッと服を握る手を緩めた。


「・・・ごめんなさい。何でもない」


何とも言えない胸を締め付けるような寂しさが込み上げてきた。



私、何がしたいんだろう・・・。


急に襲いかかる喪失感。


エルが支払いを済ませ、店の外に出た時にはクレアの姿は無かったーーーー。



☆★☆★☆★


お兄ちゃんは私だけのモノじゃないのに。


こんなに今日を楽しみにしてたのに。


何で黙って一人で・・・。


急に込み上げてくる孤独感に次第に悲しみが込み上げてくる。


私、本当にどうしちゃったんだろう?

何がしたいんだろう?

もう自分が分かんないよ。


「馬鹿みたい・・・」


クレアは一人、橋の桟橋にやって来た。


さらさらと流れる川のせせらぎが、より一層クレアに深い孤独感を与えた。



「あれ、クレアちゃんじゃない?」


朝から街で買い物などを楽しんでいたエリーナとミレアの目に赤いリボンの少女が一人桟橋に居るのが目に入った。


「一人で街に来たのかな? 声かけてみようか?」


エリーナが心配そうに桟橋の方に向かって行こうとすると、「ちょっと待って」とエリーナの腕を掴んだ。


「私が一緒に帰るから、エリーナお姉ちゃんはエル兄ちゃんにウチのお姉ちゃんが無事だと知らせてあげて」


「え?」と不思議そうな顔をするエリーナを置き去りにして、


「お願いしますね」とそのまま桟橋に向かって行った。


エリーナはしばらくそのままで、ミレアがクレアの隣に歩み寄るのを確認すると、再び街中へと戻って行った。






「エル兄ちゃんと一緒じゃなかったの?」


その声にびっくりして振り返ると青いリボンを付けた、自分と全く同じ顔が困ったような表情で立っていた。


「・・・何だミレアか」


ため息を吐き再び川へ視線を戻した。


「何だとは失礼ですね。

エル兄ちゃんと喧嘩でもしたの?」


「喧嘩ならまだそっちの方が良いかも・・・」


「ーーなら、何でそんなに落ち込んでるの?」


「・・・逃げてきちゃった・・・」


その言葉に目を丸くした。



「どうして?」


「分かんない・・・自分の気持ちが良く分からないの」


悲痛な表情で声を絞り出した。

大きな瞳からは涙が溢れた。


「・・・エル兄ちゃんのこと・・・好き?」


ミレアの声色がクレアの心に響く。


「・・・分かんない・・・好きとか、もう分かんないの。私、どうしちゃったんだろう。

もう自分の気持ちが分からないよ」


溢れる感情を抑えきれず、ミレアに抱き付くクレア。嗚咽交じりに涙がぽろぽろと溢れる。

ミレアは微笑みながらクレアの頭の形を確かめるように優しく撫でる。


「お姉ちゃんは本当にエル兄ちゃんが好きなんだね」


「・・・どうして?」


「好きだからこそ相手の気持ちが分からないからそれだけ苦しいんだよ。

自分の気持ちを分かって欲しくても伝わらないから寂しいんだよ。

ちょっとした変化にも気づいてほしい、

見てもらいたいから一緒にいたいんだよ」


ミレアは少し顔を赤く染めて腕の中にいるクレアを見つめていた。


「・・・うん」


ミレアの感触に包まれながらクレアは小さく頷いた。


「お姉ちゃん、自分に正直になって」


その言葉でやっと気付けた自分の感情。


ああ、私はやっぱりそうなんだ。

私はお兄ちゃんをーーーー、


「・・・うん。 私、エル兄ちゃんが好き。

大好きだよ」


ミレアから離れて笑顔を見せた。


「うん。 お姉ちゃん好きな人出来て良かったね」


「ミレア・・・ありがと」


再び抱き付くクレア。


「うん。何でも相談してね。

たった二人の家族でしょ」


桟橋の上で折り重なる小さな二人の影。



少し離れた街角からエルとエリーナはそっと二人を見つめていたーー。

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