剣術稽古
草花が咲き乱れてそよそよと優しい風が花の香りを運ぶ。
そんな陽気など御構い無しに、クレアの目の前では汗と根性の熱血稽古が繰り広げられていた。
一人固唾を飲んでエルとクレイの組手を見守るクレアだが、全く目で追えない。
初めてエルの俊敏な動きを見たときは、消えたと錯覚した程だ。
そのハイスピードの攻撃をクレイは表情を一切変えずに平然と受け流していた。
『俺に一撃でも当てる事が出来れば卒業だ』
これがクレイの出した稽古卒業の条件だ。
姿勢を低くし重心を安定させる。
呼吸を整えたらーー全力ダッシュを掛ける。
一息に距離を詰めそこから一気に連続の攻撃を仕掛ける。
上段に打ち込み。
そのまま横に回転しながら一閃。
今度は縦に回転しながらの二連撃。
「その程度か?」
クレイはエルの攻撃を全て受け流すと、
エルの首元に一閃を走らせた。
エルの限界まで見開いたその瞳は、
クレイの剣先を最後の一瞬まで見ていた。
ギリギリのラインで体を捻り回避する。
ここまで一瞬の出来事。
エルにとってはギリギリの攻防であるが、
クレイにとっては準備運動にもならない。
「どうした? 終わりか?」
大あくびをしながら首をポキポキと鳴らしてまさに余裕を体で表現している。
「ーーいやいや、まだまだこれからですよ。
今日こそ一泡吹かせてみせますから」
再び重心を低くして地面をえぐるほど力強く蹴った。
神速の一撃。
さすがのクレイも余裕の表情から真顔の表情に切り替えてその一撃を受け止める。
ほぼ密着に近い状態から、クレイの剣を払うとエルはその体格を活かし体を更に低くし、
左下、右下、腹部への三連撃を繰り出す。
クレイが最後の一撃でバランスを崩した。
チャンス!
エルがその隙を逃さないと、間合いを詰めた瞬間ーーーー、
「ネズミが餌に食いついたかーー」
「ーーえ?」
エルの喉元ギリギリでクレイの剣は寸止めされていた。
命の奪い合いの戦いだったらエルは絶命していただろう。
それよりもクレイはバランスを崩し倒れかけていたのになぜ今、エルの首元に剣があるのか?
「ど、ど、どうして?」
状況を理解出来ず困惑するエル。
「クレア、お前見ていたからこの状態分かるよな?」
クレアは黙って一度頷くと身振り手振りで、今の状態を解説し始めた。
「お兄ちゃんが最後の一撃を入れた瞬間に師匠がバランスを崩したわよね?
あれはフェイクよ。
師匠はワザとバランスを崩したと錯覚させたのよ」
「ーーーーっ」
「お兄ちゃんが必ずこのチャンスをものにしたいと飛び込んで来ると予想していたんだと思うの。その証拠にバランスを崩した際、お兄ちゃんからは死角になるようにカウンターに備えて剣を構えてた。
後は飛び込んできたタイミングに合わせて剣を出すだけ」
クレアは剣を突くようなジェスチャーをした。
「お見事、お見事」とパチパチと拍手するクレイ。
「クレア、ちゃんと観ていて感心だよ」
「当然よ」と頬を赤らめるクレア。
「いいかエル、チャンスと思った時ほど注意が必要だ。特に人間相手の場合は心理戦で攻めてくる敵もいる。チャンスと思った時ほどいかに冷静でいれるかが、勝敗を大きく左右するんだ。分かったな?」
「はい!」
クレイは内心やられると思った。
本来ならこんな心理を突いた攻撃まだする予定ではなかった。
それほどエルは急成長していたのだ。
クレイが渋い表情を浮かべていると、
「師匠だいぶ焦ったんじゃないの?」
クレアが図星を突いたカウンターの口撃に、
「バ、バ、バカ。誰が焦るか!」
「本当ですか?」
憎たらしい笑みを浮かべて顔を近づけてくるクレアに、
「次、俺と組手で三分以上耐えられなかったら素振り百回増やすかな」
「えええぇぇぇ、そんなああああ」
「ヨシ、行くぞ!」
「あんまりだよオ」
首元を引っ張られながらズルズルと引きずられながら連れて行かれるクレアだった。
結果はもちろん一分くらいで撃沈し、
素振りをするハメになったのだったーー。
☆★☆★☆★
「199・・・200ううう・・・やっと終わったあ」
木刀が投げ捨て、「もう無理いい」とそのまま草っ原に仰向けで倒れ込むクレア。
額には汗が滲んでいる。
目に映る空は徐々に紺から橙へと色を変えていた。
「お疲れ様、よく頑張ったね!」
白銀の髪の少年が微笑みながらクレアの視界に飛び込んで来た。
水の注がれたコップをクレアに差し出すと、
「あ、ありがとう・・・」
「どういたしまして」
コップを受けると頬を赤らめながら辺りをうかがっていた。
しばらくの沈黙・・・。
クレアは何度もチラッとエルの顔を見る。
エルはぼんやり空を眺めている。
白銀の髪が夕焼けに照らされ橙に染まる。
その幻想的な姿にクレアの心が踊る。
エルはクレアがこちらを見ているのに気付き視線を合わせる。
「ん? どうしたの」
首が取れてしまうんじゃないかって程ぶんぶんと振りながら、
「な、なななななななな、なんでもないよ」
顔を真っ赤にしながらコップに口をつけた。
「ねえ・・・さ、最近お兄ちゃん師匠と互角に戦えて凄いね」
何の突拍子もない発言をする。
クレアは沈黙に耐えられずに頭の中をぐるぐると回転させやっと絞り出した話題だった。
「いやあ、全然だよ。
師匠は多分、実力の半分も出してないんじゃないかな? 僕なんて師匠の足元にも及ばないよ」
エルは頭をかきながら苦笑いを浮かべると、
バンッと勢いよく立ち上がるクレア。
「そ、そんなことないよ! お兄ちゃんは強いよ!必死になって薬草を取りに行ってくれたし、今だって凄く努力してる。
絶対お兄ちゃんが弱い訳ないよ!」
「クレア・・・?」
「えっ? あ・・・」
頭から湯気を出し顔を茹でダコのように真っ赤に染めてそのまま固まる。
そんなクレアの頭を優しく撫でながら、
「ありがとうクレア。そんな風に思ってくれてたんだ。僕、頑張るよ!」
見上げた視線に映るエルの優しい笑顔は、
今のクレアの心を掴むのには十分過ぎた。
クレアは自分の心臓の音がエルに聞こえてしまうんではないかって程、鼓動が高鳴っているのが分かった。
自分でもどうして良いのか分からない。
止まらない鼓動と苦しくなる胸。
一瞬でも白銀の少年から目が離せない。
「そろそろ戻ろっか」
「う・・・うん」
初めてクレアは思った。
ずっとこの剣術の稽古が続けば良いと・・・。
 




