出会い
「おい、ちゃんと運べよ!!」
「は、はい。勇者さま」
少年の小さな体の倍ほどあるバックパックを背負って、少年は冒険に必要な荷物を運ぶ。
ここはシンラの森。
緑いっぱい木々が生い茂っている。
時折降り注ぐ太陽の光が眩しいが、少年はそんな森の美しさなど感じている余裕は無い。
はあ、はあ。
少年の足取りは重い。
それもそのはず、休みなしで半日以上重い荷物を背負って運んでいるのだ。
正確には休みはあったのだが、歩くペースが遅くパーティーメンバーが先に休憩を済ませていて、少年が到着するとたちどころに出発する、といった負の連鎖になっていた。
そのため、少年は休み無しで歩き続けているのだ。
「おい、遅れてるぞ。ちゃんと付いて来い」
鎧を身に着けた騎士の男から罵声が飛ぶ。
「は、はい……」
チビでガリガリの少年の名前は、
エル・オルブライト。16歳。
少し長めの白銀の髪が特徴で遠くからでも一目で分かる。
はあ、はあ。
キツイな。
「辛いけど、苦しいけど、これも全部勇者さまの為だから」
よいしょ、よいしょ。
エルは一生懸命歩くが目の前を行くパーティーメンバーに追いつけない。
だいぶ差がついてしまったーーーー。
何で僕はこんなにノロマで何をやってもダメなんだろう……
父さんは勇者さまのパーティーのメンバーで魔王を討伐したのに……
「ーー僕も勇者さまのパーティーメンバーになれたんだ。頑張らなきゃ!」
父さんと約束したんだ!!
父の教えは
『勇者さまのチカラになれるような立派な魔導士になれ』
『お前の持っているチカラはいつか勇者さまに出会った時に役立てなさい』
その言葉を胸に、十五歳の誕生日に冒険者になるべく旅立ったのだ。
しかし現実は甘くなかったーー。
冒険者になり一年、勇者さまのパーティーには入れてもらえたが、荷物持ちと雑用係として雇われた。
それでもエルは勇者さまのパーティーのメンバーに入れたことを誇りに思っている。
誰よりも尊敬している父親と同じステージに立つことが出来たからである。
だからどんなに辛くても弱音を吐かなかった。
いつか勇者さまの役に立って世界中の平和を守るんだ!魔王討伐するんだ!
「僕は父さんのような冒険者になるんだ!」
☆ ☆ ☆
「や、やばい。また逸れちゃった。
勇者さまに叱られちゃうよ」
ゆっくり一歩一歩それでも足を止める事なく進むエル。
目の前には誰もいない。
大抵の場合はかなり先で勇者パーティーが怒りの形相でエルの来るのを待っている。
遅いエルに制裁を加えられ罵倒される。
「ふえ、また殴られちゃうかも……」
しゅんと肩を落としながら前に進むエル。
どうして自分はこんなにもドジで鈍臭いのだろう?
体も小さく力もない……
オマケにーーーー、
自分の右手の掌を見つめるエル。
首を左右に振ると、
「ーーダメだ! 弱気になるのが僕の悪い癖だ。今は目の前の事を頑張ろう」
気を取り直しバックパックを背負い直すと先ほどより少し速いペースで歩き出す。
その時ーーーー、
ドーーーン、メキメキ
何かが木にぶつかり落ちる音が聞こえた。
「えっ? 何、何?」
バックパックを地面に置くとエルは音のした方向へ行ってみることにした。
勇者パーティーに追いつく事よりも、何が堕ちたのか気になる好奇心がそれを優っていたのだった。
☆
「確か、この辺に……あっ!」
箒が地面に突き刺ささっていた。
周りの木々は折れ、その先に地面に叩きつけられたのだろうか、少女が横たわっていた。
倒れている少女は口から血を流していた。
木々が折れているのが原因だろうか、所々腕や白く美しい顔に擦り傷がある。
エルは恐る恐る近づいてちょんちょんと、少女の肩を右手の人差し指で少女をつつくが反応は無い。
それにしてもこんなに美しく綺麗な女性をエルは今まで目にしたのは初めてだった。
白く透き通るような綺麗な肌に金色の髪、
目を閉じていても見惚れてしまう。
エルは高鳴る胸の鼓動を抑えることが出来なかった……
「……んっ」
少女に僅かな反応があったーー。
「あっ! まだ意識がある。ーーちょっと待ってて」
エルは一目散に置きっ放しにして来たバックパックを取りに戻る。
この少女を助けたいという使命感にエルは駆られていた。
少女が美しく可愛いからとかではなく、
傷つき横たわっている人がいたら、男女関係なくエルは助けていただろう。
それは尊敬して止まない父の教えでもある。
『困っている人がいたら手を差し伸べてあげなさい。人にした善意は必ず自分に返ってきます。あなたが本当に助けが必要な時にきっとその善意が返ってくるはずです』
エルは大きなバックパックを背負い少女の元に戻ってきた。
「勇者さま御免なさい。どうしてもこの人を助けたいのです」
人助けの為にポーションを使うのだからきっと勇者さまも許してくれると信じていた。
バックパックの中からポーションを取り出し少女に振りかけた。
青白く少女の身体がぼんやりと輝くと、
傷は全て消え去ったーー。
「うんんん……」
少女は意識を取り戻したのかゆっくりと瞳を開けた……
「気がついた?良かったあ」
少女が目を開けて最初に見たのは青い空と葉が無い折れた木々だった。
次に目にしたのは白銀の頭をした背の小さい少年の姿だ。
きっと彼女には自分よりもずっと年下の男の子に映っていただろう。
「……あんた誰? ここは?」
上体を起こし辺りをキョロキョロと見渡す少女。
「あっ、えっと……僕は……その」
エルは緊張と人見知りの性格が災いして上手く喋れず、もじもじしている。
そんなエルの姿を目を細めじっと見つめる少女。
「は?」
美しく顔とは一変、眉間にシワを寄せる。
「えっ?……あの……」
「あんた誰? ここはどこか聞いてるの?
私の質問分かる?」
「あの、あの……ぼ、僕はその」
畳み掛ける質問と少女の勢いに負け余計パニックになるエルは目を回していた。
そんなエルを見て少女はため息を吐き。
「もういいよ。はっきりしない男は子供だろうと私嫌いなのよね。女みたいになよなよウジウジとか……ダサッ」
グサッ!!
その言葉に肩を落とすエル。
これ程までにハッキリと自分の性格を否定された事は今まで一度も無かった。
一瞬でも彼女を好きになりかけたが、
今の言葉でもう彼女の隣には自分は相応しくないと否定されたのだった。
「……エル。エル・オルブライト」
下を俯いたまま少女に聞こえるように叫んだ。
少女は少し驚いたのか目を大きくしてエルを見つめた。
「何? あんたちゃんと喋れるじゃない」
少女はパンパンと黒ローブの埃を払いながら立ち上がると、
「私、箒に連れて来られてここに墜落したのね。まったく急に飛び出すからコントロール出来なかったわよ」
地面に突き刺さる箒を引っこ抜きながら、
これまでの経緯を語る少女。
「ーーあんたが私を助けてくれたんでしょ?」
その言葉にエルは顔を上げる。
「ありがとう」
そこには天使の笑顔があったーーーー。