勇者の誘い
とある日の夜。
木製の長テーブルの上には惹きたてのコーヒーが二つ、ほろ苦い香ばしい匂いを漂わせていた。
「クレイ、エル君の修行はどお?」
「うんんん、まだまだだな。
ただセンスはあるよ。将来大化けする可能性は秘めてるね、この俺のようにね!」
「ふふ、自分で言わないの。
確かに、昔のクレイを見ているようね。
クレアちゃんは?」
その言葉に苦笑いを浮かべ肩を落としながら、湯気の立つコーヒーに口をつける。
「やってるフリだな。まだ全然だよ。
筋は良いのは一目瞭然なのに、本人がヤル気が無いんじゃ伸びなくて当然だよ。
あの子をヤル気にさせる何かキッカケがあれば良いんだけどな」
二人が大きくため息を吐くとーーーー、
ガタッ・・・。
フローラとクレイが音の鳴る方へ振り向くと、
「あっ、御免なさい・・・」
「あら、エル君どうしたの?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって」
もじもじしていると、
「こっちに来て座りなさい」
遠慮しながら席に座るエル。
「聞きたい事って?」
真向いに座るエルの顔を覗き込むように見つめるフローラ。
「そ、その・・・父さんと母さんの・・・
知ってる事があれば教えてほしいかなと思って」
フローラはクレイと顔を見合わせてから少し困った顔で、
「エル君、御免なさい。実は私たちあまりエル君のお父さんとお母さんと深く関わった事がないのよ。だけど、私たちが知っている事で良いなら」
「はい。それでも全然構いません。
どんなことでも良いので教えて下さい」
フローラは目を閉じ、深く一回深呼吸すると、エルのお父さんとお母さんについて語りはじめた。
これはエルの父と母の物語ーーーー。
* * * * * * * * * * * * *
コンコン。
乾いた木の音が店内に響く。
「はい。どちら様?
あっ、あなた。ちょっと来てえ!」
妻の呼び声に家の奥で仕事をしていた白銀の髪を後ろで一つに束ねた長髪の青年が顔を出した。
「何だい?誰がいらしたんだい」
「こんにちは。あなたがマギ・オルブライトさん?」
「はい。そーですが、どちら様?」
玄関の前に立っていたのは冒険者らしい鎧を身に付けた男女二人だった。
「申し遅れました。私たちは冒険者パーティーangel of eyes【天使の瞳】のフローラとそちらはクレイになります」
「え、angel of eyes【天使の瞳】って勇者パーティーの?」
クレイと呼ばれた男性が「はい」と返事を返しながら右手を女性に向け、
「こちらが勇者フローラになられます。
マギさんに是非お願いしたい事があります」
男性は腰を折り会釈しながら丁寧に話す。
「えっ、ぼ、僕に?」
自分を指差し困惑するマギ。
マギは魔導士だが今は冒険者をほぼしていない。自宅を改装した魔術付与を専門とする武器屋を営んでいたのだ。
魔導士としての腕も当時は第一線で活躍できるレベルではあったがブランクがあり過ぎる。
マギは万が一でもパーティーに誘われることがあれば断ろうと思っていた。
それにーー、
マギはチラッと妻のお腹を見つめた。
そこには新たな命が芽生えていたのだ。
「マギさん単刀直入に言います。あなたの力を魔王討伐に貸して欲しい」
フローラは腰を折りながら深々と頭を下げる。
「・・・と、言いますと?」
「あなたの魔術付与の力を我がパーティーメンバーの為に使って欲しいのです。
あなたの魔術付与は世界最高技術だと伺っております。今の我々の力だけでは魔王は討伐出来ません。あなたの力を貸してください。お願いします」
フローラは頭を下げ断腸な思いで叫んだ。
フローラ達はここへ来る前にマギ達一家の情報を得て来ていた。
皆の意見は全て一致している。
「行っても断られる」もちろん駄目元でここへ来ていた。
マギは妻を見つめた。
妻は笑顔で微笑んでいた。
まるで「どうせ頼まれたら断れないんでしょ」と言わんばかりに。
「世界最高の技術では無いですが、魔術付与は致します。しかし・・・」
マギは再び妻を見つめた。
弱々しい妻の姿と大きなお腹・・・。
マギが冒険者を辞めた理由は妻が心配だったからだ。
元々体が弱かった妻。
度々、倒れて寝込むことがあった。
子供は作るのは辞めた方が良いと医者には何度も注意されていた。
出産時の負担が大きく妻の体では耐えきれないと宣告されたからだ。
しかし、どうしても諦めきれなかった妻の希望を叶える形で子供を作った。
マギはそれと同時に冒険者を引退した。
全ては妻の為、家族の為。
出産を万全な状態で挑む為に家事全般から全てをマギがこなしている。
妻から離れることは出来ないーー。
「無理を承知で言います。私たちと〈アレフガルド〉に来てほしい。魔王の根城の手前の町で武器・防具のメンテナンスと魔術付与等をあなたにして頂きたいのです。もちろん戦闘など危険な行為はさせません」
「〈アレフガルド〉・・・しかし・・・」
さすがに遠すぎる。
悩むマギの背中をポンと妻が押す。
「勇者さまのパーティーメンバーで魔王討伐なんて他の人には出来る事じゃないわ。
産まれてくるこの子の一生の自慢になるわ。
世界中の平和の為にあなたの力を貸してあげて下さい」
「・・・・・・」
「私は大丈夫です。今まであなたが休ませてくれたおかげで体調は万全です!」
妻は割れんばかりの笑みを見せてマギを元気付けた。
フローラに視線を向けマギは尋ねる。
「期間はどれ位ですか?」
「最短で一週間・・・」
クレイが重い口を開いた。
最短は一週間だが、最長は討伐成功までとは言い出せなかった。
クレイの目にもマギの妻が状態が良いとは思えなかったからだ。
しかし、魔王討伐にはどうしてもマギの魔術付与が必要だった。
フローラ達【angel of eyes】は魔王討伐に既に一度失敗している。
そこで分かった事は体力・力・俊敏・回避力などの基礎能力の底上げだった。
その為の魔術付与であるーーーー。
仮に今ここで魔術付与を施してもらっても
〈アレフガルド〉に行く道中で魔術付与の効果が無くなってしまう可能性があるのだ。
魔術付与の有効性は付与した人間により効果持続時間が変わるのだ。
その為、魔王との戦闘中に効果が無くなる可能性もある。
出来れば魔王討伐直前に付与してもらい万全な状態で挑みたいのだ。
「マギさんお願いします」
フローラは再び頭を下げる。
「あなた勇者さまに何度頭を下げさせるつもり!」
妻の一喝でマギの決心がついた。
「ーーーー分かった一週間だけだ。
延長は無い。討伐に失敗しても私は帰らせてもらう」
「ありがとうございます。必ず魔王を討伐します!」
フローラは弾けんばかりの笑顔でマギの両手を握り締めた。
マギは勇者パーティーのメンバーと一緒に最果ての地〈アレフガルド〉に向かった。
そしてーーーー、
魔王討伐という伝説が生まれた。




