稽古合宿
「ほら、腰が入ってないぞ!」
クレイの右手に握られた木刀がクレアの腰に一喝。
「痛っ!」
顔を歪めた後、ぷーーっと顔が膨れる。
そんなクレアの顔を見て憎たらしい笑みを浮かべるクレイ。
「悔しかったらしっかりやれよ!」
「ちゃんとやってるわよ・・・バカ」
悪態をつきながらも木刀を振るクレア。
「何か言ったか?」
「別にーーーー」
ベーっと、クレイに見えないように舌を出した。
それを横目に見たエルは、苦笑いを浮かべながら同じように木刀をクレアの隣で振っていた。
元勇者パーティーのメンバーである聖騎士クレイによる剣術指導。
エリーナが魔法を覚えたいとフローラに伝えた事から今回の合宿稽古は始まった。
クレイは初め「俺は人に指導出来るような人間では無い」と頑に断っていたいたが
フローラの「教えてやりなよ師匠」の一言で引き受ける事となった。
どうやら「師匠」という言葉が効いてるようだ。
事の始まりは一日前に戻るーーーー。
* * * * * * * * * * * * *
その日は夕御飯をフローラの家でご馳走になっていたーー。
食事を終えてひと段落ついた頃、フローラが茶葉の香りを漂わせながら食後の紅茶をみんなに入れてくれた。
「あなた達これからの予定は?」
「え、えーと・・・」
エルはエリーナに視線を送るがエリーナも困ったような表情を浮かべた。
「その様子だと何も予定は決まってなさそうね。〈フレデリカ〉にはいつまでいられるの?」
「そ、それは・・・その・・・」
エルは双子姉妹に視線を移す。
双子姉妹は不思議そうにエルを見つめる。
「・・・教会の孤児院にこの子達を預けに行ってからその先を考えます」
エリーナは躊躇なくきっぱりと言い切った。
「エ、エリーナ・・・」
エルは目を丸くしてエリーナを見つめた。
「エルあんたさ、優しさのつもりか知らないけどちゃんと言ってあげないって事も罪よ!
一緒にいる時間が長ければ長いほど別れは辛くなるの。あんたのやってる事はただ罪を先延ばしにしているだけ」
その場に重苦しい空気と沈黙が流れる。
「・・・何となく分かってました。
だけど、もしかしたらこの先も一緒にいられるのかな?とか思っちゃったりもしてました」
ミレアが沈黙を破りポツリポツリと喋り始めた。
「ずっと一緒に・・・なんて・・・
どこまで人に甘えようとしてたんだろ。
都合の良い事ばかり考えてた」
ミレアはスカートの裾を両手でギュッと握り締め床に視線を落とした。
「・・・孤児院・・・お願いします」
あの気の強いクレアが頭を下げた。
何も言わず、ただずっと頭を下げている。
「ーーーーーーっ」
「何か言葉を言わなくちゃ」とエルは頭をぐるぐると回転させるがこの状況を打開出来るような都合のいい言葉など何も浮かばなかった。
フローラはこの雰囲気を察したのか手をパンパンと二回叩き、
「はい! この話はここまで。クレイ‼︎」
その声に呼ばれてクレイが別の部屋から顔を出した。
「今日はこの子たちウチに泊まらせるから部屋の用意お願いね。あと、孤児院に空きがあるか確認出来るかしら?」
フローラは片目をパチンとウインクして見せた。
「了解!」
とクレイは親指を立てて白い歯を見せた。
「と、泊まらせるって良いんですか?」
エルは前のめりになり席を立った。
「ええ、もう夕暮れよ。こんな暗い中、
子供たちだけで街中を歩くなんて危ないわよ。今日は仲良くみんなでウチに泊まりなさい。セシルも喜ぶわ」
その言葉に双子姉妹は顔いっぱいに笑みを浮かべた。
「エリーナちゃん、孤児院の件はウチの旦那に任せてもらえるかな?」
「は、はい。よろしくお願いします」
フローラはその言葉を聞きき顔をほころばせた。
☆
その日の夜、僕は初めて大人数で眠った。
一つの部屋に四人、僕とエリーナの間に双子姉妹が寝るような感じだ。
四人で川の字になって寝る。
不思議な気持ちだった。
もし家族がいるならこんな感じなんだろうと思いながら眠ったーー。
* * * * * * * * * * * * *
陽の光と小鳥の唄が聞こえてくる翌朝。
お腹の虫が鳴いてしまいそうな匂いに誘われエリーナは歩み寄る。
「お、おはようございます」
キッチン前のドアから顔をちょこんと出し
少し緊張気味に挨拶をするエリーナ。
「あら? おはようエリーナちゃん。
早いのね。ご飯もう少し待ってね。
今、ウチの旦那が作ってるから」
「私、料理苦手なのよ」と笑いながら片手を振っていた。
「もう少しで、出来るから待ってな!」
と、クレイがエプロン姿でフライパンと睨めっこしていた。
「フ、フローラさん・・・」
「フローラで良いわよ。何かしら?」
「フローラは魔法使えるの?」
「ええ、少しだけだとね。
主に私は前で剣で戦うのが専門だから」
フローラは剣を振る真似をして悪戯に笑った。
「その・・・回復魔法とか使えるようになりたくて・・・教えてもらえませんか?」
フローラの眉をピクとさせ、少し何か考えるように間を開けて、
「ええ、勿論良いわよ」
「やったーーー」
「だけど」と喜ぶエリーナに付け加えるフローラ。顔を目一杯近づけて、
「魔法は直ぐには使えるようにならないわよ。最低でも一カ月は時間が必要ね。
それに、エリーナちゃんが回復魔法の適正があるのかも調べてみないと分からないわ」
「は、はあ・・・」
「そこで」とフローラが人差し指を立てて、
「良い機会だからウチで一ヶ月合宿をして行きなさい。エル君はウチの旦那と剣術の稽古、エリーナちゃんは私と魔法の稽古ってのはどおかな?」
エリーナは目をキラキラと輝かせ手をパチンと叩いて、
「えっ! 良いんですか? 嬉しいです」
頬を緩ませながら有難さに胸を打たれていた。
「じゃあ、早速みんなを集めて始めようかしら」
ふふふと人の悪い笑みを浮かべるフローラ。
エリーナはその歪んだ笑みをみて背中に冷たいものが流れたーーーー。
元勇者と元聖騎士による合宿という名の修行が始まった。
「エル君はクレイと剣術の稽古ね。
エリーナちゃんは私と魔法の稽古。
あとは、あなた達だけど・・・」
フローラはチラッとクレイに視線を送る。
コホンと一つ咳払いをしクレイが口を開く、
「孤児院の空きが無いらしいんだ。
そこでしばらくはウチで君たちを預かる事になった」
「えっ、私たちここに居ていいんですか?」
「ええ、勿論よ」
「やったあ!」と両手を合わせて全身で喜ぶ二人。
「ただし」と双子姉妹の喜びを遮る。
「二人も稽古に参加する事‼︎ 良いわね?」
「「はい!」」
☆★☆★☆★
魔法の適正を知る特殊な水晶玉により、
エリーナには回復魔法の適正が見事にある事が分かった。
双子姉妹の妹、ミレアにも魔法の素質がある事が分かりエリーナと一緒に魔法の稽古をすることになった。
エルとクレアは元聖騎士クレイに剣術の稽古をすることになったのだのだかーー。
「なんで私が、剣術の稽古をしなきゃならないのよ‼︎」
クレアが腕組みして目くじらを立てている。
「な、何でって、修行するって約束だったでしょ?」
エルがまあまあと慰めるように言うと、
「違うわよ! 何で私だけ魔法じゃなくて、
け・ん・じゅ・つ・なのって事よ!」
「そ、それはーー」
「そりゃあ、お前に魔法の才能が無いからさ」
エルの言葉を遮り、話に割って入ったクレイが鋭い一言を言い放った。
「さ、才能が無いとか酷いですよ。
せ、せめて他に言い方が・・・」
「実際無かっただろ?妹に魔法の素質を全て持っていかれてたな。残念」
クレアはクレイの言葉を聞きながら、わなわなと心に怒りを溜めていた。
悔しいのか歯がキリキリと音を立てていた。
「おっ? 何だその目付きは? 一丁前に悔しいのか」
悔しい気持ち、ムカつく気持ちをグッと飲み込むクレア。
「べ、別に・・・悔しいとか? 無いわよそんなもん」
隣で一部始終を見ていたエルは、「本当に素直な子じゃ無いなあ」と天邪鬼な赤いリボンの少女を見ていた。
「ーーさて、お前らは今日から俺のことを師匠と呼ぶようにいいな?」
「はい! 師匠」「・・・・・・」
口を尖らせて返事をせず余所見をしているクレア。
コンッ!
「痛い! ちょっと何するのよ‼︎」
クレイがいつの間にか握っていた木刀がクレアの頭に直撃した。
痛そうに頭を摩るクレア。
「返事をしないヤツ、指示に従えないヤツ、ヤル気の無いヤツ、文句を言うヤツは出て行け‼︎」
木刀で一撃。
地面を思い切って叩く。
バシイイイイイイイイイイン‼︎
ドラム缶をひっくり返したような爆音が響き渡る。
これにはエルとクレアは目玉が飛び出るかと思うほどの驚きで震え上がった。
「こっちも暇で相手してるんじゃねぇんだ。
ヤル気ねえならマジで出てってくれ!」
先ほどまでとは明らかに異なるオーラ。
本当に同じ人物かと思うほどの鋭い目付きと、冷やかな雰囲気に完全に萎縮してしまうエルとクレア。
一歩、二歩とクレアに近づく・・・
クレアは目を瞑り、体を小さく丸める。
( 殴られる )
反射的にクレアはそう思った。ーーが、
ぽんぽん・・・ん?
パッと目を開け見上げると、頭に手を載せたクレイ。白い歯を見せながら、
「まあ、楽しくやろうぜ!」
一部始終を見ていたエルもドキドキの瞬間だった。
こうして、エルとクレアのドタバタな剣術稽古はスタートしたのだった。




