英雄碑③
父さんは僕に嘘をついたんですか?」
抑えていた感情を抑えられずに座っていた椅子から立ち上がるエル。
「どういう意味?」
「英雄碑を見た・・・父さんの名前がなかった。父さんは戦場にはいかず村で待機してたって。臆病だから逃げ出したって」
お前の父さんは臆病だ。
お前の父さんは戦場から逃げた。
お前の父さんは安全な場所で指を咥えてた。
エルの耳には父を罵しる声が聞こえていた。
それはずっと耳元で響いていてエルの心を蝕んでいた。
エルの目には悔しさが滲み出ていた。
エリーナがあんなに信じてると言ってくれたのに、
あんなに優しくしてくれたのに。
どうしても疑ってしまう。
「・・・誰がそんな事を」
眉間にシワを寄せ哀れむようにエルを見つめる女性。
「みんな言ってた!!僕だけが知らなかった。僕だけが・・・信じてたのに。
父さんは勇者さまの為に戦ったとばかり思ってた。父さんが何よりの誇りだった。
僕の目標だったんだ・・・なのに」
足元から崩れ落ち、床に座り込み何度も何度も何度も床を叩くエル。
悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。
嘘をつかれた事。それを信じていた事。
それを自慢に思って胸を張っていた事。
そんな父を誰より尊敬していた事。
何よりも悔しいのが馬鹿にされて、
それを言い返せなかった自分自信。
「エル・・・」
エリーナは言葉が出なかった。
エルの父に憧れる姿をずっと見てきたからだ。
英雄碑に刻まれている自分の父の名を楽しみにしていたのを知っていた。
無かった時の絶望はどれほどのものだったのか想像もつかなかったーー。
黙っていた女性が口を開いた。
「君の父さんの言うとおりだよ。
君の父さんは私たちと一緒に戦場で戦っていたよ。私たちは君の父さんに助けられた。君の父さんが居なければ魔王に勝てなかったよ」
また僕を騙すのか?
「嘘だよ・・・嘘だ!嘘だ!」
信じられる訳がない。
嫌もう誰の言葉も信じられない。
「嘘じゃない!!君の父さんは確かに私たちと一緒に戦った」
「ーーなら、何で英雄碑に名前がないの?」
「そ、それは・・・」
女性は説明に迷っていた。
「ーーやっぱり嘘じゃないか」
その時ーーーー、
「フローラ、ちゃんと教えてやりなよ」
奥の部屋から子供を連れた男性が現れた。
「エル君、君のお父さんは君の憧れた通りの素晴らしいお父さんだよ。
現に僕やフローラがこうして生きている」
「あなたは・・・?」
「申し遅れました。勇者フローラの夫で聖騎士クレイだ。この子はセシル僕たちの子供だ。宜しくねエル君」
「ゆ、勇者さま?」
「ええ。正確には元ですが」
困ったように苦笑いを浮かべるフローラ。
話を聞いていたエリーナ、双子姉妹も口を開けたまま固まる。
三度目の魔王討伐の勇者フローラが目の前にいるのだ。
「エル君、君の父さんは魔導士だったのは知っているわよね?」
「・・・はい」
「どんな魔導士か知ってる?」
「え?どんなって・・・」
「魔導士にもね、いろんなタイプがあるのよ。
ウィザード・メイジ・ソーサラー・シーカー
・ヒーラー・サモナー・エレメンターなど数多くの職業に分かれているわ。
その中でもあなたの父さんは天才的な付与魔術師【エンチャンター】だったのよ」
「余り馴染みのない職業だろ?」
クレイは苦笑いし続ける、
「ーーけどな。付与魔術師はクエストやミッションに挑戦するには居なくてはならない存在なんだ。真面目に何度も俺たちは命を救われた」
「嘘だ・・・」
首を横に振りクレイは、
「嘘じゃない。君の父さんは俺たちパーティーメンバーの装備全てに魔術付与して何度も命を救ってくれた!!」
「・・・装備?」
フローラがゆっくりとエルに近づき抱き抱えるように自分に引き寄せる。
言い聞かせるように優しく語る。
「あなたの父さんは戦場にこそ出なかったけど、パーティーメンバー全員の装備全てにいろんな効果のある魔術付与をしてくれたわ。
あの魔王討伐の際は徹夜で魔術付与をしてくれた。一人一人の戦闘スタイルに合わせて付与を変えてくれた。そのちょっとした心遣いが凄く戦闘では有り難かった。
防具の一つ一つ、武器の一本一本とても丁寧に付与してくれたのよ。
確かに戦場には居なかったわ。
それでもあなたの父さんは私たちの武器となり身を守る鎧となり一緒に戦っていたのよ!
それは私たちパーティーメンバー全員が誰より知っている。
胸を張りなさい、あなたの父さんはちゃんと魔王を倒した私たちのメンバーよ。
この勇者フローラの言葉が何よりの証拠よ」
「ゆうしゃ・・・ざま・・・」
何で僕は父さんを信じられなかったんだろう。なぜ疑ったんだろう。
他人の言葉を鵜呑みにして、自分の憧れていた大好きな父さんを疑ってしまった。
「ぼくは・・・ぼくは・・・」
父さんを裏切った。
父さんは嘘つきなんかじゃない。
嘘つきは父さんを最後まで信じると言ったのに信じきれなかった僕だ。
「エル君。人は誰でも過ちを犯す生き物よ。私も何度も何度も失敗をしてきた。
それでも挫けずに諦めずに立ち上がってきたわ。泥臭くてもいい、惨めでもいい。
最後に立っていた人が英雄になれるの。
エル君。君は何度でも立ち上がれるはずよ。
そうやってあなたはここまで来たんじゃないの?」
ぼくはそんなに強くない。
諦めて投げ出して何も出ない役立たずだ。
エルは何度も首を横に振る。
「エル君。あの日の悲しみを乗り越えた君は強くなっているはずよ。立ち上がって自分の足でここまで立って歩いて来たじゃない。
乗り越えられない人間に神様は試練を与えたりしないわ」
「あの日の悲しみ・・・」
フローラはそっと手をエルの頭に乗せ撫でた。
この感触・・・覚えてる。
いつ?
父さんの亡くなった時・・・・・・
あの時の女性は、まさか
「ゆうしゃさま・・・」
フローラは微笑みながら、
「エル君。強くなったね」
「う、うううう・・・うううう」
僕は勇者さまの前ではいつも泣いてばかりだ。
だって勇者さまはこんなにも優しいから、
母さんがいたらこんな感じなのかと思ってしまう。
「勇者さま・・・ありがとうございます」
あの日と同じように僕は彼女の胸の中で泣いた。
「パパなんでお兄ちゃん泣いてるの?」
クレイは子どもの頭をくしゃくしゃと撫でながら、
「お兄ちゃんは弱虫だからさ」
視線を上げたクレイの目には、折り重なる二つの影が見えたのだったーーーー。