馬車に揺られて
悲しみの翌日。
エル達は今、馬車に揺られながら〈フレデリカの街〉を目指している。
天気は快晴。心地よい風が甘い花の匂いを運んでくる長閑な旅路である。ーーはずだった。
「お兄ちゃんって・・・二重人格?」
赤いリボンをした少女がジロッとエルの頭の先からつま先まで観察する。
「え、え?・・・何で?」
赤いリボンの少女に詰め寄られおどおどする白銀の髪の少年。
「なーーんか昨日までのイメージと違うのよねえ」
見下すような視線で見つめる赤いリボンの少女はクレア。
少しエリーナとキャラ被りしているような。
「お姉ちゃん・・・馬車の中で立つと危ないよお」
「座って座って」とクレアの服を引っ張る青いリボンの少女はミレア。
二人は双子の姉妹である。
二人とも色違いの大きなリボンを付けている。判別はほぼこのリボンの色でしている。
性格は真反対で姉は口調が荒くガサツで、
妹はおっとりして姉の世話役のような関係である。
「やっぱ双子ねえ、リボンがなきゃ見分けつかないわね」
エリーナが笑みを浮かべながら二人を見比べる。
その視線にミレアは頬を赤く染めて下を向く。
「お、お母さんでもリボン無しだと・・・見分けがつかなかったの」
下を向きながらボソボソと喋るミレア。
そんな妹に対してクレアは、
「ふんっ、双子だから似てて当たり前じゃない」と一括した。
「そ、そうよねえ。ハハハ」
エリーナは少しクレアが苦手だった。
正確に言えば子供が苦手・・・
嫌もっと言えば人と関わるのが苦手だった。
そもそも、エリーナは一人っ子だ。
それも一人娘だった為、ドロドロに溺愛され
それはそれは大切に甘やかされて育った。
欲しい物は何でも手に入った。
何でもワガママを聞いてもらえた。
全ては自分中心に回っていた。
ただ、母親が亡くなってからは心にポッカリと穴が空いたそんな感じをずっと抱えていた。
エリーナ十五歳の時だったーー。
何をしても満たされない。
誰といても落ち着かない。
そんな気持ちだからかもしれない。
縁談が全て上手くいかなかったのは・・・。
自分でも分かっていた。
このままではいけない事くらい。
父は父なりに私のことを気にかけてくれているのは知っている。
いつだって私を一番に思ってくれている。
縁談だって私に幸せになってほしいと思っての事だと思う。
エリーナはズキッと胸が痛む。
幸せって何?
* * * * * * * * * * * * *
エルはあの日手紙と一緒にもしも、母親が亡くなったら双子姉妹を孤児院のある教会に連れて行ってほしいと言われていた。
双子姉妹には身寄りがなく、最期まで母親はその事を気にかけていた。
「エル、エル・・・」
エリーナが服の袖を引っ張る。
「な、、なに?」
「あの子達にあの事説明したの?」
「あ・・・う、うんんまだ・・・」
相変わらずの歯切れの悪い返事に、
「ーーだと思った」
エリーナは深いため息を吐くと同時に肩を落とした。
双子姉妹のはしゃぐ姿を見ながらエリーナは、
「〈フレデリカ〉に孤児院あるんでしょ?」
「た、多分・・・」
「あんたが言えないなら・・・私言おうか?」
その言葉にちらっとエリーナを横目で見るエル。
エリーナは目を細め何かを悟ったような少し冷たい雰囲気を出していた。
なぜかここでエリーナに頼んではいけないような気がした。もちろん、エリーナに頼る気もない。
「ぼ、僕が言うよ。もちろん・・・」
エリーナは「あんたに言えるの?」と、
目を細めてじっと見つめていた。
「な、な、何だよその目は?
ぼ、僕だって男だぞ。言うときは言うんだ!」
バンッと、馬車の荷台の床に手をつき立ち上がる。
双子姉妹は同時に白銀の頭の少年の顔を不思議そうに見つめる。
「ーーーーーーーーっ」
エルが声を出そうとした時ーー、
「お客さん!ほら見えましたぜ。
あれが先代の勇者さまの街〈フレデリカ〉ですぜ」
馬車のお兄さんは手綱を握りながら白い歯を見せエルたちを振り返った。
「わあ」と声を上げながら双子姉妹は見えてくる街を眺めていた。
完全にタイミングを失い、呆然と立ち尽くすエルにエリーナは、
「男見せてくれるんじゃなかったの?」
「え、えっと・・・」
エリーナは顔を近づけて耳元で「ダサッ!」と、言い残しそのまま双子姉妹の横で街を眺めていた。
エルは石像のように固まって動かなかった。
☆
先代勇者の故郷〈フレデリカ〉
元は小さな街だったが、勇者さまの生まれた街として国中に知れ渡った事により街が活性化して徐々に大きくなっていった。
特に注目を集めているのは〈英雄碑〉だ。
魔王討伐した際のパーティーメンバーの名が刻まれた記念碑を一目見ようと多くの人がこの街に訪れる。
〈フレデリカ〉の街が活性化したのはそういった観光客を相手にした商人が多く移住して来た事が大きいのだ。
「エル、あの大きな石碑が目的のーー」
エリーナが口を大きく開け遠くからでも分かる大きな石碑を見つめる。
「うん。あれが〈英雄碑〉だよ」
ぐいぐいとエルの服を引っ張る小さな手。
「あの大きな石に何かあるの?」
青いリボン・・・ミレアだ。
エルは膝を折ってミレアと同じ目線で、
「あの大きな石碑に僕の父さんの名前が刻まれているんだ」
目をキラキラ輝かせて声を弾ませるエル。
嬉しそうなエルにミレアは、
「お父さん凄い人なんですね」
「うん。父さんは魔王を討伐したパーティーのメンバーだったんだ。僕もいつか父さんのようになりたいんだ。僕の憧れだよ」
真っ直ぐ大きな石碑を憧れの眼差しで見つめるエル。
エリーナがポンとエルの背中を叩くと、
「名前を見つけたら馬鹿にした奴等にざまーみろって叫んでやりなよ!」
エリーナがニヤッと微笑み、それに吊られるようにエルも「うん!」と微笑んだ。
馬車は音を立てて進んで行く。
もうすぐ目的地の〈フレデリカの街〉だ。
エルは高鳴る鼓動を抑えられずにいたーー。




