竜骨の尾根・逃走
みんなが自分を信じて送り出してくれた。
そのプレッシャーは確かにある。
だけど、誰かの為に命をかけて使命を全うする事は自分にとって誇りだった。
いつもセテウスとフェイリスの陰に隠れてしまい目立たなかった。
何かにつけてあの二人と比べられていた。
自分はあの二人には劣ってない自身はあった。
しかし、誰も評価してくれなかった。
悔しかった。惨めだった。情けなかった。
自分だって出来るって事を証明したかった。
今回、何としても使命を達成して自分はあの二人には負けてない。新時代のリーダー、翼の勇者となるんだ!
「ーー待ってろよ!必ず使命を果たしてみせる!」
気合の入ったバックスは翼を広げ尾根に沿って勢いよく地上を目指して降って行った。
☆
使命感にとらわれ興奮する気持ちを抑えきれないバックスは少し飛ばし気味で高度を下げていた。
「ふうっ、標高五千メートル切ったかな?」
岩場に腰を下ろして汗を拭う。
体力はまだまだ大丈夫だ。
今日中には三千メートル地点には行けるだろうと計画を立てていた。
飛んで行けるのもあと僅かなので、そこまでは飛ばしたいと思っていた。
竜骨の尾根は左右で異なる気流が発生している。そのため左右の気流がぶつかり合い突風が吹き荒れる。
この突風に巻き込まれると羽根で浮力の調整が効かず滑落する危険があるのだ。
ローチェ領から旅立つ前に竜骨の尾根では飛ぶ事を警告されていた。
バックスは分かってはいたが少しでも距離と時間を稼ぐ為にここまでは飛んで来たがーー、
「ここから先はさすがにもう飛ぶのはやめておくか…」
バックスの目に永遠と続く九十九折りの尾根が見えた。それに噂通りの突風が地鳴りのように吹き荒れていた。
背負っていたバックパックから水筒を取り出し喉を潤すと、バックスは再び尾根道を自分の足で進み出した。
☆
ーーどれくらい進んだのだろうか。
時間の感覚が麻痺する。
ずっと同じ景色と同じような九十九折りが延々と続いている。普段、地に足を付けて長時間歩くことが無いバックスにとってはかなり苦痛であった。
「思ったより時間がかかってる。三千メートル地点までと思っていたが、竜骨の尾根を超えたら今日はそこでキャンプを設営するか」
前半飛ばし過ぎたのも疲労を早めた原因かもしれない。普段からもっと足腰を鍛えておけば良かったなど、次々と頭の中に後悔や反省の弁が浮かぶ。
自分の歩んで来た道のりを振り返る。
ローチェのシンボルロックマウンテンキャッスルの最上階は雲で隠れて見えないが、大きく聳え立っていた。
「ーー結構、下って来たと思ったけどな」
バックスが視線を前に戻そうとした時、視界に隅に大きな影を見たような気がした。
何かーー。
再び視線を後方に移す。
「ーー何で⁈」
それは全力でこちらに向かって来ていた。
逃げろーー。
奴が狙っているのが自分だと一瞬で分かった。
逃げろ。逃げろーー。
禁止されていたが翼を広げて飛んだ。
「ーー何で?奴らはこの尾根を知らない筈じゃ?ーー話が違うじゃないか!!」
必死で羽ばたいた。
一人で文句を叫びながらただひたすらに飛んだ。
☆
目の前が真っ白だった。
逃げる事だけに必死だった。
心臓が破裂しそうなほど苦しい。
もう羽ばたく力も残っていない。
ーー死ぬ。 殺される。
無我夢中で突き進んだ。
ーー何でバレた。
喉の奥が痛い。 血の味がする。
息をするのも辛い。
ーー今まで一度たりとも見つかった事がなかったのに奴らは絶対知らないはずなのに。
「ーーーーッ‼︎」
木の根に足を取られ勢いよく地面に叩きつけられて転がる。
無理も無い。普段は飛んで逃げていた。
全力で走るのは久しぶりだ。
ーー立て。
左足が木の根に引っかかって抜けない。
ーー立て。
くそ、くそ、何やってるんだ。
急げ、急げ、急げ、急げ、急げ、急げ。
ーー立て。
ヤツが来る。ヤツが来る。ヤツが来る。
ーー立て。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ーー立て!
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ーーたて!
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ーータテ‼︎
引っかかっていた足が抜け安堵した時、
小さかった黒い点が徐々にゆっくりと大きくなり、色のあった地面を大きく黒く染め上げた。
バサ、バサ。
羽音が身体を恐怖で縛り付ける。
転んだ影響なのか上手く立てない。
バサ、バサ。
震えが止まらない。
腰が抜け、這うように逃げるのが精一杯だった。
バサ、バサ。
「あ」
黒い羽根が鼻先を掠めて地面にふわりと落ちた。
全身の毛という毛が逆立ち、身体中から冷たいものが吹き出した。
「つかまえた」
鋭い前脚の爪で背負っていたバックパックを掴まれた。
追って来たのはガチョウの頭と脚、コウモリの羽、ウサギの尻尾を持ったライオンの姿をしている三怪鳥の一羽イポスであった。
「うぁっっぁぁああああああーー!!!!」
バックスは叫びながら、バタバタとその鋭い爪から逃れようと必死で足掻く。
そして、その間も頭には一つの疑問が頭を過ぎる。
「どうして、奴らは竜骨の尾根の事が分かったんだ?」
バックスの悪あがきが功を成す。
バックパックから肩が外れて体が地面へと転がる。
ーー今だ!!!!
バックスが地面に這いつくばった瞬間だった。
「ーーフレイヤ!」
アイナの声と同時に、ポンッと真っ赤なドレスの小さな妖精が何も無い空間から現れた。
「任せて‼︎ フレイムフィージョン!」
大気中の凛がパチパチと音が弾ける。
フレイヤがピストルを撃つように指で弾くと、音を立てて爆炎の火柱が上がった。
「今よッ!」とアイナが視線を送ると同時に疾風の如く、クレアがまだ燻されているイポスに向かって駆け出す。
「鏡花乱舞」
クレアの目にも止まらないレイピアの乱れ突きがイポスの身体を突き刺す。
「!!!?」
地面に這いつくばったまま固まるバックスを抱えてアイナが視線を交戦中のクレアに送る。
その視線を感じ取るとクレアはくるんと一回転しながら後方に飛び、そのまま踵を返してアイナ達に向かって駆け出す。
ーーこの間僅か三分の出来事である。
「ーーナイスよ!クレア!!」
「お姉ちゃんもフレイヤもありがとう!」
ハイタッチを交わすアイナとクレア。
「当然よ」とアイナの頭の上で胸を張るフレイヤ。
「あ、、あの…ありがとう…ございました。
も、もう一人で大丈夫です」
アイナに抱えられたままのバックスが申し訳なさそうに頭を下げた。
「あら、そう?だけどキミ、もう少し走ってもらわないとならないんだけど…大丈夫?」
アイナはバックスを放り投げるように地面に降ろすと後方を睨み付ける。
「えっ、えっ…」
慌てて立ち上がるバックス。
恐る恐るアイナの視線の方向を見つめる。
「あちゃー、やっぱりダメージほぼ無しか」
クレアは手に持つレイピアを見つめながら苦笑いを浮かべた。
クレアのレイピアはイポスの硬い毛に阻まれほぼ、身体に傷を負わせる事が出来なかった。
同様にフレイヤの魔法も体毛を焦がした程度だったのだ。
ガチョウの頭を左右に何度も振りながら、ライオンの身体を起こした。
「フレイヤの炎もクレアの攻撃もほぼダメージ無しか…なかなか硬いな」
「お姉ちゃんどうする?」
アイナの頭を悩ませたのはイポスの硬さと、今はクレアと鳥人族の男の子が一緒にいる事だった。自分一人だったら上手く切り抜けられる自信があった。最悪の事態になった場合自分はこの子達を守り切れるのか?フレイヤの最強魔法のメサイヤは通用するのか?ーー自問自答を繰り返す。
「き、、来ますよ」
腰が抜けて地面にへたり込むバックス。
クレアがバックスの前に立ちレイピアを構える。
ーー考えてもしょうがない!守れるのは私だけだ!!
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ローチェ国領土への入国経路は二つある。
一つはミッドガルド方面から荒野を超えて山道に入るルート。もう一つがアイガーの街から真っ直ぐに直登するルートである。
エルとハルト達がローチェに向かったルートがミッドガルド方面であり、アリアカンパニーが使ったルートがアイガーの街からの直登ルートである。アイガーの街からのルートが一般的であり、エル達のルートよりも早くローチェ国領土に辿り着けるルートである。
ただ、エル達がいた場所からではサザンビートの国に入国して更に回り込んでと、余計に時間がかかってしまう為あの時点ではこのルートを通る選択肢しかなかったのだった。
そして、あのメンバーが全滅したのもーー、
「……だいぶ時間が経っているな」
原形が分からない程、朽ち果てていて一部白骨化している遺体が数体発見された。
同じ冒険者としてせめて遺留品だけでも、帰りを待ち望んでいる家族に届けてあげたいとアリア達は思っていた。
明日は我が身かもしれないーー。
なら、せめて。
その人の生きた証をーー。
だって悲しいじゃないか。
誰かのために戦って帰るべき場所に帰れないなんてさ。
「ーー冒険者ライセンスがありました」
アリアは受け取った冒険者ライセンスから思わず目を逸らした。
そして、目を閉じて顔を空に向けた。
「ーーアイナに何て報告すれば良いんだよ。
馬鹿どもめ!」
発見されたのはSpielplatzのサラ・シャルル・レグルスの三人の遺体だった。
その驚きと衝撃はアリアカンパニーのメンバーすら信じられないと目を疑う程だった。
それと同時に改めてこのアラートレベル5の難しさが浮き彫りとなった瞬間だった。
いつもご愛読ありがとうございます。
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作者のモチベーションになります。
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