双子姉妹との約束②
「え、え、エリーナ・・・」
「う、、うん、うん・・・」
目の前にある青白く光り輝く緑色の草が生えている。
ここはシンラの森の最深部、〈ネウロの巨木〉の根元にこの発光する草は生えていたのだ。
「やったね!これで、これであの子たちのお母さんは助かるんだね」
無垢な笑顔を浮かべて大はしゃぎするエリーナ。
「・・・うん」
歯切れの悪い返事を返すエル。
ここに来る前に双子の姉妹の母親と話した内容が頭から離れなかった。
「ーーじゃあ、急いで戻りましょう」
「ああ・・・確かに魔物が出現ーー」
嘘だろ?
「な・・・なんで?」
エルとエリーナの目が点になって凍りついている。
ほんの数秒前までは確かにそこには何も無かった。
もし何者かが近づいていたなら気付いた筈だ。
月光草を見つけてはしゃいでいて油断したから?
ーー違う。野生の魔物の特性、息を潜めて近付き獲物を狩る習性。
今、エルとエリーナの目の前に巨大な魔物が襲いかかる所だったーー。
グオォォォォォ
「エリーナ捕まれ!!」
魔物は姿勢を低くし頭の角を立てて突進して来る。
地面を強く蹴り上げ横に飛び突進を回避する。
「あの目の傷・・・昨日のケルビだ!」
「えっ!何て執念深い・・・」
「エリーナ、もしかしたら・・・いや。
今の僕ではケルビに勝てないと思う。
隙を見て月光草を取ったら逃げてくれ!」
「え・・・で、でも私だって少しはあんたの役に立てるわよ」
「こいつを倒すのが目的じゃない。エリーナが先に逃げてくれれば、僕も隙を見て逃げられるから・・・今は・・・逃げることしか出来ない・・・ごめん」
エリーナは納得して「うん」と頷いた。
「ーー惹きつけるから頼む!!」
皮のブーツに素早く人差し指で文字を書く。
エルの書いた文字は青白く輝く。
〈超加速〉
人間の限界を超えた俊敏性、地面を一歩強く蹴るだけで一瞬でケルビの目前まで移動する。
腰に差してある短剣、聖剣エルリーナを抜き出しケルビの左脚に短剣を振る。
ケルビの脚から流血が飛び散る。
更に、そこから後ろ脚に向かって斬りつけようと駆け出すが後ろ脚の蹴りがエルの腹部に直撃するーー。
バキッと、鈍い音とともにエルは吹き飛ぶ。
「エル!!」
エリーナの甲高い声が森に響く。
エルは腹部を抱えながらゴロゴロと数回転がる。
ガハッ
口から血を吐き出す。
数多くの付与が施されてる服を着用してなければ即死だった可能性がある。
それほどの威力の蹴りだったのだ。
これが上級クラスの魔物の力。
「はあ、はあ・・・完全に折れてる・・・」
腹部を押さえながら産まれたての子鹿のように足を震わせながら立ち上がるエル。
それを目にしたエリーナは急いで月光草を摘みに行く。
急がないとエルが危ない。
エリーナの表情に焦りの色が浮かんだ。
〈ネウロの巨木〉の根元に咲く月光草を掴むと勢いよく引き抜く。
「これで、これで・・・助かるんだ」
青白く発光する月光草を握り締め、エリーナはエルにゲットした合図をする為視線を送った。
「ーーーー!!」
エリーナが目にしたのは、立っているのもやっとのボロ雑巾のような状態のエルだった。
エルはエリーナと視線が合うと、コクリと頷き再びケルビに視線を戻し自分に注意を引き付けた。
このまま本当に自分だけが、逃げて良いのだろうか?
傷つき今にも倒れそうなエルをそのまま置き去りにして良いのだろうか?
エリーナの頭の中ではいろんな思考がぐるぐると巡る。
エリーナがハッと我に返った時、エルの足が止まりまさにケルビが瀕死のエルにトドメを刺そうとする瞬間だったーー。
「ダメーー!!サンクトビーターリデート」
グオォォォォォ
地面より土の巨人が現れケルビに向かって歩み寄る。
ケルビも瀕死のエルから土の巨人にターゲットを変更し様子を伺っている。
自分から意識が離れた事をエルは虚ろな眼差しで確認すると、最後を力を振り絞るようにして震える体を押さえ込み立ち上がる。
「ゔああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
地面をありったけの力で蹴り上げ、ケルビの首に思いっきり短剣を突き刺したーー。
悲痛な獣の叫び声が木霊しケルビは光の粒が砕けるように消え去り、魔結晶だけが地面に転がっていた。
エルはそのまま地面に倒れ込みピクリとも動かなかったーーーー。
* * * * * * * * * * * * *
ーー全身の力が入らない。たぶん血を流し過ぎたんだろう。
もう一人では立ち上がる事すら出来ない。
目の前の視界が霞んで見える。
エルの中に生まれて初めて死という一文字が頭を過ぎったーー。
昨日初めて魔物を討伐して冒険者として一歩を踏み出したのに二日目にしてもう、瀕死の重症を負うとか・・・僕らしいな・・・。
ただまだ死ねない。
双子の姉妹に約束をしたんだ。
エリーナがちゃんと薬草を手に入れてるのを確認するまではーーーー。
「エ・・・ル」
微かに声が聞こえる。
「エル・・・」
自分が無意識のうちに目を閉じていたのに気づいた。
最後の力を振り絞るように重いまぶたを開ける。そこには悲しげな表情をした金髪の可愛い少女の姿があった。
「え・・・りーな?」
コクリと頷くその瞳には、いっぱいの涙をためて倒れているエルを覗き込んでいる。
「や、やく・・・そうは・・・」
口をへの字にしてエルの顔の目の前に右手に握り締めた薬草を見せる。
それを確認すると、エルは今できる精一杯の笑みを浮かべる。
エルはやり切ったと安堵した。
エリーナというパーティーメンバーを守れたこと。双子の姉妹の約束を守れたこと。
あとは、街で僕等が帰ってくるのを待っている双子の姉妹の元へ。
「える・・・」
そう言えば初めてエリーナに名前で呼ばれた気がする。
彼女の目から溢れた雫が頬に当たるのが分かった。
薄っすらとぼやけて見える視界に映る彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
エリーナに言わなきゃ・・・
「・・・けて」
エリーナはエルの口元に耳をすます。
「とど・・・けて・・・」
涙を拭っても、拭っても溢れる涙を止める事は出来ない。
エリーナの握り締めている右手が震える。
今、自分に何が出来るんだろうか?
目の前に大切な仲間が傷つき倒れているのに見捨てて人助けなんて出来るのだろうか。
誰かを犠牲にして助かった命をその人は素直に喜んでくれるのだろうか。
エリーナに冒険者初日から究極の試練が立ち塞がった。
双子の姉妹と約束した。
必ずお母さんを助けると約束した。
指切りした。
今、この場から直ぐ走り出せば双子の姉妹のお母さんは助かる。
だけど・・・エルは・・・。
ーーーーーーーー。
ーーーーーーーーーー。
天を見上げて祈りを捧げる。
覚悟を決めたのか涙を拭いながらエルに顔を近づけて囁くように呟く。
「ごめんね、エル」
エルは目を開けたーーーー。
「あ・・・あれ?ぼ、僕は・・・」
上体を起こし不思議そうに自分の体を確かめる。
「え、える・・・」
エリーナは子供のように涙を零しながらエルに縋り付いた。
普段の強気の彼女からは想像もつかない姿だった。
「え、え、えええエリーナ??」
エリーナの涙と自分に折り重なる姿を見て動揺するエル。まだ記憶が混乱し分からないでいる。
「良かった・・・無事で良かった・・・」
その言葉を聞いてはっと、我に返る。
自分は魔物と対峙して死にかけた。
エリーナに月光草を託した。
月光草を・・・届けて・・・
「え、エリーナ・・・その・・・」
自分が助かっている事実。
まさか・・・言葉に詰まる。
「・・・月光草は?」
エリーナはその言葉に体をビクッと強張せた。
小刻みに震える振動は折り重なるエルにも伝わる。
「・・・ごめんな・・・さい・・・」
エリーナは今にも消えてしまいそうな声で一言そう答えた。
自分が助かったっていう事はそういう事だと分かっていた。
だけど・・・
エルの脳裏にミレアとクレアと指切りした約束の場面が走馬灯のように蘇る。
「エル・・・ごめんね。わたし・・・」
悲痛な表情で震える声を絞り出した。
「わたし・・・えるを見捨てるなんて・・・
できなかった」
大きな目から涙が溢れ滴り落ちる。
「薬草も届けなきゃとは思った・・・
約束も守らなきゃとも思った・・・」
エルはキラキラと光る雫を見つめて声の出し方を忘れてしまったように喉が動かない。
「あの子たちのお母さんが苦しんでるのも知ってる・・・それでも・・・私はエルに生きててほしかった・・・ごめんね・・・」
エリーナは・・・悪くない。
「エル・・・約束守れなくてごめんね・・・」
謝らないでーーーー。
「私・・・まだエルともっと一緒にいたかったから・・・だから・・・」
その言葉に胸を締め付けるエル。
「・・・もう無理はしないで」
僕は何でこんなに弱いんだろ。
また、僕はエリーナに助けられた。
渇いた喉から必死に絞り出した一言。
「エリーナ、僕強くなるよ・・・」
もう苦しい辛い想いをさせない。
もう二度と君を泣かせたりしない。
例え何があっても君を守るーー。
エルの弱い心が少しずつ変わっていくようにエリーナも少しずつこの白銀の髪の小さな少年に心奪われていくのだったーー。