家出
「お父様、魔王を倒した者と私を結婚させるとは、どう言った事でしょうか?」
「こうでもせんと皆、魔王を討伐しようとせんのじゃ」
「私、嫌です。 どこのどなたか存じぬ方といきなり結婚なんて……」
「エリーナ……私も心苦しいのじゃ。予言では既に勇者は生まれていると聞く。それなのに一向に勇者を見たと言う情報は無い。
もう次々に国や都市は魔王軍に滅ぼされているのじゃ」
「それでも私は……」
王は悲しみを顔に刻みながら姫の肩に手を乗せ、
「我慢しておくれ」
「自分の結婚相手くらい自分で決めさせて下さい!!」
肩に置かれた王の手を振り払い、部屋を飛び出す。
「エリーナ……すまない」
「王様ーー! 姫さまが部屋におりません!!」
「何? あのおてんばめ、国中捜して連れ戻せえええええええ!!」
慌てて国中の兵士が散り散りに姫を探し始めたーーーー。
* * * * * * * * * * * * *
「ふんっ! 誰が言うことなんて聞くもんですか。どこの馬の骨とも分かんない男と結婚なんてゴメンよ。カッコイイお金持ちのイケメンと結婚するって私、決めてるんだから」
城下町と城を繋ぐ桟橋の下に身を隠している姫の名は、エリーナ・ファン・ノイシュヴァンシュタイン。十七歳。ウェーブがかった腰までの長い髪にややつり目の大きな青い瞳。小さな顔に小さな口元。世界中の貴族の男たちを今虜にしている女性である。
私は他人より可愛い、モテてる。
本人もそれを自覚している。
だからこそ自分はお付き合いする人を選ぶ権利があるのだ。
これまで何十人という貴族の男達に求婚されてきた。
しかし、彼女のハートを掴んだ男は一人もいなかった……
一目見て彼女には分かってしまった。
男達は皆、富と名声、そして彼女の容姿にしか興味がないことに。
彼女の中身なんてどうだって良いのだ。
本当に心から愛してくれそうな人も中にはいたが、どうせ直ぐに冷めてしまうだろうと勝手に思ってしまった。
本来なら十五歳の誕生日を迎えたら婚約し結婚の準備に入るのが王族の姫としての務めなのだ。
しかし、婚期を逃して未だ一人もお付き合いした人はいないのだ。
エリーナは伸ばし続けてきたウェーブがかった長い髪をバッサリと切る。
高価な綺麗なドレスを脱ぎ捨て黒いローブを羽織った。
流れる小川に少し前屈みになり水面に映る自分の姿を確認する。
長かった髪の毛は肩までの長さになっていた。それでも不自然さは全く感じない。
相変わらず愛くるしい顔は健在である。
「魔導士ってことにしようかしら?
一応、ローブを羽織ってるもんね」
笑みを浮かべると「あとは」っと、周囲を見渡す。
誰もいない事を確認し橋の上から城下町へと駆け出して行ったーーーー。
☆
城下町には沢山の人々、多種の人種が行き交い、いろんな店が所狭しと並んでいる。
エリーナは顎に指を当て、物色をしながらゆっくりと歩む。
捜し物にこだわりがあるのか、
「これでもない」「コレはちょっと違う」などと独り言を呟きながら城下町を練り歩く。
メインストリートから少し離れた路地に目をやった所で足が止まる。
そこは薄暗く陽も当たらないような場所だ。じめじめしてカビ臭く、メインストリートとは打って変わり全くひと気のない場所。
そこに誰かが置き忘れたのか箒が一本壁に立て掛けられていた。
「これよこれ!! やっぱ魔法使いとか魔導士には箒よね」
エリーナは箒を手に取り笑みを浮かべる。
少しくたびれた年季の入った箒である。
それを手にして喜ぶ少女。
通り過ぎる人から見たらなぜ箒を持って喜んでいるんだと不思議がられる事間違い無しだろう。
エリーナは箒を抱えてメインストリートから少し離れた拓けた広場まで駆けて行った。
その間にも何人もの兵士がエリーナ姫の行方を捜していた。
当然、箒を抱えローブを羽織ってる少女にも視線を送られたが近寄って、「ローブを外せ」とまで言ってくる兵士は一人もいなかった。
それはそれでこの国の兵士は本当に頼りになるのか?と疑問を抱いたが、今回はこの頼りない捜索のおかげで城に連れ戻されずにいるのだ。
エリーナは広場まで来ると、人気の無い場所へ移動し先ほどのゲットした箒を地面に置く。
「ふーっ、ここまで来れば安心ね。
私の冒険の第一歩よ!頼むわね箒さん」
エリーナは徐に右手を突き出して呪文を唱える。
「サンクトビーターリデート」
箒は光り輝き、まるで誰かが上から糸で操っているんではないかと思ってしまうように勝手に箒が浮かび上がった。
「良し! 箒くんこの国から脱出するわよ。
そうねえ、行き先は……」
箒はサッと動き出し進行方向と反対向きにエリーナを乗せて大空へ飛び立ったーーーー。
「ちょっ、ちょっとーー!! まだちゃんと乗ってないわよ。それにあんた私をどこへ連れて行く気なの??」
降ろしてよーーーー!!
エリーナは国を飛び出して行ったーーーー。